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この血に響け、祝ぎ歌よ  作者: 零-rei-
よろず屋は今日も開店休業
42/67

3 - 04

「見取り図? まさか、アシュドド城砦か」

「去年から今年にかけて、工事はない?」

「……城砦の改築は十年前に行われたきりで、あとは例年の部分補修のみです」

 中将は平面図に見入っていた。指を滑らせ、丹念に確認している。

「これだけ詳細な図面が出回っているとは」

「出回ってなんかいないわ。それはあたしが描いたんだもの」

「な……」

 絶句した中将の表情に照れ、あたしは図のうえにのりだした。

 城砦はえぐられた山腹に建てられている。深い堀で囲まれ、街道から正門へは砦側から跳ね橋を下ろす。城砦の敷地は四角い。中庭を中心にして四辺を建物が取りかこんでいる。

 えーっと、どこだったかな。

 階数ごとに輪切りにするように描いてあるので、建物内でも五つに図がわかれている。自分で描いたくせに迷いながら、一箇所に指をおろした。四階の西端の部屋である。

「見張り塔よ。いちばん高い建物。最上階の見張り台以外を反省房として使っているって聞いたわ。士官用の房室は四階だって。城砦に殿下がいるなら、この部屋じゃないかな」

 士官は貴族出身者が多数を占める。規律違反をおかしたからと言って、壁むきだしかつ堅い寝台の部屋に閉じ込めることもできない。おかしなことだと思われるかもしれないけど、それがまかりとおるのがシラ王国だ。人口や国の規模のわりに貴族が少ないってことは、富や権力が少数に集中するってことでもある。

「なるほどね。まぁ、可能性のひとつだな」

 青年が中将をうかがう。中将は目を細めて考えていたが、肯定のしぐさを見せた。

「城砦に行くのも、まったくの悪手ではないでしょう。殿下は自然と目立つかたです。城砦の兵士が見覚えているかもしれません」

「手がかりはいまのところ、北北西だけだ。行くしかないだろ」

 行ってこいよとふくませて、青年は肩をすくめた。あたしは見取り図を小さくたたんで鞄にしまう。万一の事態のために、縄だの小刀だのも用意する。いざ城砦攻略となれば、必要なものは多いし、あのへんは田舎だから現地調達がままならない可能性が高い。

 あたしは固い表情の中将の前へ立って、腰に手をあてた。じぃぃっと焦げそうなくらいに見あげる。にらめっこにもならない。あるのは、まばたきだけで。

 うあ、まつげ長っ。ばしってした、ばしって。風でも起きたんじゃないの? 見蕩れかけて、一所懸命に雑念を追いはらう。

 このひと、きれいなんだけど、おもしろ味ってものに欠けている。そこの赤毛の青年のほうが親しみやすかっただろうにな……。

 不満が顔にでてしまったのだろうか。中将が弱ったような表情になった。あ、いえ、単に見つめすぎですね。失敬失敬。

 前途多難を感じながらも、あたしはできるかぎりの明るさを装う。

「行きましょっか」

 自分でも空まわりを感じる声に、中将はものもいわずに小さくうなずいた。


 王都の北門で、あたしたちを待っていたのはいかにもお貴族さまらしい立派な葦毛の馬だった。庶民の荷馬にくらべ、格段に大きい。品種の違い? 軍馬のために交配したとか?

 それにしても、葦毛はない。

 年取ったら見事な白馬になるんだろうなと思わせる色合いだ。──そっか、白馬でなかっただけマシ? きゃあ、目立ってる。しかも、……一頭?

「ねぇ、中将。あたしの馬は?」

 嫌な予感。中将は軽やかに葦毛さんにお乗りあそばし、さらりとおっしゃいました。

「ありません」

 走ってついてこいとおっしゃいますか、中将。四本足のよく訓練された軍馬に、走るための脚に、歩くための二本の足で追いつけと。 いくらなんでも、その仕打ちはないでしょうよ!

 心中叫んだあたしをよそに、馬が右まわりに常歩でこちらにやってくる。あたしの真ん前で脚をとめる。

「?」

 首をかしげる。うしろ気味にまたがった中将の足は、馬の横腹でぶらぶらしている。あぶみがない。鞍もない。裸馬ではないものの、手綱だけで馬をあやつる気らしい。

「もしかして、ふたり乗りってワケ?」

 考えが小さく声にでる。聞こえたかどうか。中将が腕をのばした。あたしの両脇に手を差し入れ、ひょいと抱えあげる。抗議の声をあげる間もなかった。

「ち、中将ッ。この子、ふたりも乗ってだいじょうぶなの?」

 馬の首と中将とのあいだに収まって泡を食っていると、背中のむこうで笑う声がした。

「もったいなくも王女殿下をお乗せして駆けたこともあります。あなたはひどく軽い。戦支度をして乗ったほうがまだ重いでしょう」

「わ、悪かったわね!」

 王女殿下って、まだ子どもでしょうが!

 あたしはこころもち中将から体を離し、馬につかまった。戦支度って、鞍はもちろん、乗り手は鎧甲に具足、小手と重装備だ。槍持ちが側を離れれば、長槍まで持っちゃう。優に子どもひとりぶん以上の重みが加わる。

 小柄なのはあたしだってわかっているけど、子ども並みの体格だって、こうもはっきりといわれると、なあ……。

 すでに道が暗い。警備兵が松明をくれた。あたしは松明をかざし、中将が手綱をとる。馬がゆるゆると走りだすと、背後で北門がしまる音がした。

 あたしは、前方の青黒い世界をみつめた。風が髪をなぶる。ひさしぶりの感覚だった。

「甘いかおりが」

 地を蹴る蹄の音にまぎれて聞こえたつぶやきに、大声で応える。

「焼き菓子のにおいじゃない?」

「……そうでしょうか」

 風がうなる。あたしはふり落とされぬように馬の首をつかみ、影絵のように黒ずんだアシュドド城砦の方角をはるかに見据えた。



 ゲバル山脈の稜線と夜空の境目がぼやけた。

 東の海岸にほど近いところから端を発する山脈は、東アダル帝国との国境線であるイェオール河に添って東西にのびる。さらにゆるやかに弧を描いて南に曲がり、イェオール河と離れ、一部が西隣の国クロエとの境となる。

 東には海洋、南にサフィラ、西にクロエ、北には東アダル帝国と、シラ王国は大海と大国によってとじこめられている。

『ゲバル以北は降雨が少なく、特にアダルは水不足で土が痩せています。道端に雑草が生えることもありません。なぜ、北にひとびとが移り住んだか、おわかりになりますか?』

 むかし、家庭教師に習った国史がよぎる。

 小さなシラが豊かなクロエやサフィラから戦をしかけられることはない。だが、荒涼とした平地と岩肌の目立つ山ばかりの国土を持つアダルとは、有史以来争いが絶えない。アダルが東西に分裂するより、ずっと前からだ。

 好戦的な東の帝国と、平和主義の西の共和国。シラは不幸にも、東と国境を接している。

 西峰のむこうに、夕日のなごりが消えた。

「どうかしましたか」

 水筒を片手に声をかけられて、あたしはすべきことを思いだした。

 枝をあつめ、たき火をしたり、馬の世話をしたり。野宿するためにやらなければならないことはたくさんある。

「なんでも、ないわ」

 自分たちのことよりも、まずは馬だ。大人ふたりを乗せて走った馬は、丁重にねぎらわねばなるまい。冷たく澄んだ水をたっぷりと飲ませ、えさをやり、休ませて。低くゆるやかな丘の連なる草原にも、泉はある。街道から遠くないところに位置しており、旅慣れた者には知られた休憩場所だ。

 中将が馬を水辺へ引いていくあいだに、あたしは火をおこす。松明があったから、たいした手間ではない。

 さて、中将がもどってきたら──

 あたしは足元のたき火から離れ、手でひさしをつくった。火に慣れた目を暗がりにこらして、灯りをさがす。ここはぎりぎり、アシュドド近隣と同じ領主の所領である。あたりにも民家があるだろう。何か話をきけたら。

 ほんとうの目的は違う。馬糧だ。中将は自分の糧食すら持っていないだろう。あたしも手持ちは乾肉や、二度焼きした雑穀麺麭(パン)だけ。

 さすがに急なことで馬のぶんまで用意がない。豆と干し草がほしい。豆が水煮だと、なお良い。両手いっぱいの豆と、ひと抱えの干し草。少量の塩を混ぜこんだら、出先での馬糧として、それ以上のものはなかなかない。

 幸い、塩や香辛料には手持ちがある。お金よりも物々交換のほうがよさそうだ。海沿いと違って、内陸では調味料は貴重だ。きっと、こころよくわけてもらえる。もしかしたら、鍋や炉も貸してくれるかもしれない。

 見つけた。

 あたしは方角をおぼえ、戻ってきた中将に事情を説明し、あとを頼んだ。

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