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この血に響け、祝ぎ歌よ  作者: 零-rei-
幕間 その2
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幕間 - 02 不可解なお使い─或る紳士から見たとき─

 紳士は窓辺に立って、小さなうしろ姿を見送った。ここからでは見えないが、菓子の包みを胸にかかえているはずだ。焼き立てだから、まだほのかにあたたかいだろう。

 思っていたよりも、かわいらしい娘だった。話しかたも立居ふるまいも悪くない。顔の傷や髪の長さには少々難有りと感じた。しかし、瑕といえばそれくらいで、たいしたものではない。傷など隠せばいいし、髪は伸ばしたり、かつらをつけたりできる。

 息子から遠ざけようとしたのは、ほとんど直感的なものだった。

 娘の背後には、あきらかに男がいる。

 紳士にはひとめでわかった。具体的に名がでてきたわけではない。恋仲かどうかはさすがに判断できないし、力のある女の可能性も捨てきれない。だが、家はでているというのだから、父親ではなかろう。いまのままの息子には、見向きもしないことだけは感じとれた。

 ひとには支えがいるものだ。どんなに自立していようと、柱のように時たま、背をあずけられる場所が必要だ。異性のことが多いが、現状、息子は柱にはなれないだろう。あの娘を柱としているのだ。

 支えあうなら、まだしも。

 娘は何の不安もなさそうに、ほがらかにしていた。こちらがしかけたいたずらに気がつく程度に聡く、警戒心も持ちあわせてはいたが、息子とそっくりのこの姿をみても動揺ひとつしなかった。まったく気がつかないなら、脈なしと言っていい。

 ため息をついて、ふりかえると、中年の婦人がひっそりとたたずんでいた。

「シェシャン、あなたはどう思うかい。あの娘さん、うちに入ってくれるかな?」

 婦人はただほのかに笑い、ことばを選んで口にする。

「恋に留めておけば、ご当人同士のことですわ、殿さま。遊びかたを、教えてさしあげてはいかがでしょう」

「あの子は真面目で一途だからねぇ。なにしろ、ひとに言われるまで自分が恋をしていると気がつかないばかりか、ただの片思いで婚約まで破棄してしまって」

 紳士はひょいと肩をすくめて、おどけてみせながら、寝台に腰かけた。

「遊び相手とわりきるように教えてごらん。特大の雷が落ちるよ。あの子、私を反面教師にしている節があるし。私もかわいい息子に嫌われたくないな」

「ウルさまはまだ、あのかたに会っていらっしゃいませんもの。冷める恋かもしれません」

「いいや、冷めないよ。断言する」

 思いがけないことばだったのだろう。婦人は目をすこし見開いて、紳士をみつめた。彼はむかいの壁を暗い目でみやったまま、もう一度言った。

「冷めない。──男は、手に入らないものほど、欲しくなるものなのだよ、シェシャン」

 後半は冗談のような調子で言って、紳士は目を伏せた。そして、次にまぶたをあげたときには、翳りはどこにもなかった。

 紳士は悠然と机へよった。さきほど買ったばかりの香水の壜をとりだす。

「これを贈るよ。花の名を持つあなたには、要らぬものかもしれないけれど」

 清冽な百合の香りがした。

 婦人がうけとりかねているのをみて、無理に手にねじこみ、つつませる。

「シェシャン──百合は古来、花の代名詞だ。純白の百合はつるぎにも似ている。そのゆらがない芯の強さが、好ましいとは思わない?」

 ほほえんで、手を離す。

「手に入らないものほど、欲しくなる」

 くりかえすと、婦人はさっと頬を紅くして、胸元に手を組んだ。てのひらに、渡された壜があることに気づいて、しどろもどろといった体で会釈し、退出してしまう。

 それを苦笑気味にながめ、紳士は長椅子にもどった。

 なんて純情なひとだろう。息子にかこつけたのがまちがいだったか。

 考え、紳士はひとり、目をとじた。

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