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この血に響け、祝ぎ歌よ  作者: 零-rei-
幕間 その1
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幕間 - 08 とある少女の不運な一日

 踏み込んできたのは男ひとりだった。並んで座ったこちらを見下ろして、無造作に手をのばした。私の二の腕をぐっとつかみあげる。


 少年が身じろぎする。険しい表情に、私はあいた手で「抑えろ」と合図した。だいじょうぶだと目でうなずいて、自分から立ちあがり、男に正対する。

 ひとりだけ連れて行かれては困るのだが。男に何を言われたわけでもないが、少年は私のこころを察してくれたらしい。腰をあげ、私とともに部屋をでた。


 隣室はまぶしかった。数えてみれば、そう煌々と火が灯されているわけでもない。いままでの暗さを思い知って、ともかく目をならさねばと、私はまばたきを繰りかえした。

 面をあげると光が目に染みた。だが、それぞれの顔も見ておかねばなるまい。いちばんににらみつけた男の顔はぼやけて、ずいぶん暗くみえた。


「確かに上玉だな。粒ぞろいだ」


 視線の先で、黒い丸がしゃべる。


「こっちは目をケガしてるのか」

「言い値で買おう」

「こういう細っこいの、嗜虐趣味の客にうけるんだよなぁ」


 怖気をもよおして、私は首をすくめた。

 すかさず、やや白い面長が制した。口調はおだやかであるが、黒丸をたしなめるようなひびきがある。声からしても、こちらのほうが年長らしい。


「まずは首実検というはなしだったはずだ。どれ、私にはその焦げ茶のほうを貸してくれ。ひとまわりしてくるから」

「ひとりずつなど、逆に面倒だ。ふたり一緒に連れて歩けばいい」


 いまのは、誰がいったのだろう。


 私は歯がみした。もっと観察力を鍛えておくべきだった。逃げだす隙すらうかがえない。

 上下の街の境は、とっくに閉じてしまったころだ。早くこの部屋の外へ出たいのはやまやまだが、花柳街から出るすべはない。それでも、助けを求めるにはあの関門がいちばんのように思われる。


 目が慣れる。腕をつかんでいる男が他の男から荒縄をうけとって、私と少年を後ろ手にしばりあげる。まるで咎人のようなあつかいに憤るが、少年はすでに反抗する気がうせているのか、沈鬱な面持ちである。


 ここで家名をだせばいいのに! そう思うのだが、少年は口をひらかない。じっと下をみているせいで、目があわない。

 思う間にも街へと一団が歩きだしてしまう。


 少年の協力なしにこの人数を相手取って、彼を守りながらの逃避行など、不可能に近い。言っておくが、私は複数人相手の戦闘においてはほぼ素人であるし、腕をふさがれてはどうしようもない。この少年は体術を会得しているようだが、こうもやる気がなくては頼る気もしない。


 ああ、いっしょにつかまるのなら、あの赤毛の連れも込みにしてほしかった。彼は腕がたつようだし、少年がうごかなくてもなんとかなったかもしれない。


 この、縄さえ切れれば。

 幸い、わたしたちは最後尾であるし、縄にも余裕がある。

 縄をちぎろうと左右に引く。肩がひきつって痛む。手首をぬくのはどうかと、交互にうごかしてはみたものの、肌が縄でこすれるだけである。


 短剣はないし、少年も刃物は持ってな──

 私は動きをとめた。


 シィネの小刀!

 たしか、首にかけていたはず。あれをとりだして、歯で麻紐を切って落として、急いでひろって。

 できるだろうか。いや、やってみよう。


 私が身じろぎしたのがみえたのだろうか。少年が反応してくれた。こちらへ自然に歩みよってくる。くちびるのうごきでつたわるだろうか。


『こがたな』


 少年は首をかしげる。私はもどかしくなりながら、顎先で胸のあいだをしめした。彼は眉をひそめて、さきほどの私とおなじように縄をとこうというようなしぐさをしてみせて、目の前の男の目をごまかしながら上半身をかがめた。私の口元まで耳をよせる。

 そこへ、ささやいた。


「小刀」


 喉がかわいてきて、声がかすれた。でも、つたわったらしい。少年はちらりと私の腰元をみた。ありかをさがしているらしい。


 違う。そこじゃない。ここ。


 私は再度、うなずくように顎先を下にむけ、目で鎖骨のすこし下あたりをまなざす。


「あ……、え?」


 少年はひとりごとにしては大きめの声量で納得し、驚いたようだった。と、見る間に頬に朱をのぼらせる。なぜ、そこで赤面するのだろう。


 前を見る。気づかれたようすはない。縄の先を持った男は行きしぶるように足を引きずって歩いている。首実検など、計画になかったのだろう。これは、根回しなどされていようはずもない。私たちを売りとばそうというのは短慮な思いつきか。それなら、縄が切れずとも助かる手段があるかもしれない。


 早く。ダメでもともとなのだ。気づかれてもいいから。

 目で急かすと、少年は意を決したようにこちらに近づいた。それから私にかぶさるように、ってぇえっ?


 そういうことか!


 私は足をとめそうになった。

 首筋が生温かい。吐息がかかっている。少年が首っ、首に、顔を! 長めの髪が頬にふれて、くすぐったいったらない。


「ひゃ」


 つい小さく声をあげる。少年の頭がぴくりとして離れかけたが、すぐに元にもどった。視界の端にみえる耳が真っ赤になっている。浅く肌をつままれるようなやわらかい感触ののち、右の首筋から胸へと何かが滑り落ちる感覚があった。紐だろうか。うう、いたたまれない。


 我慢していると、少年がおもむろに離れる。ずるずると紐がひっぱられて肌がすれる。目があって、新緑の瞳がもうしわけなさそうに、そして、ちょっと誇らしげにする。口元には麻紐と、むすびつけられた小刀。


 さて、どう受けとろうか。弱っていると、少年は紐の端をくわえたままで振り子のように前後へゆらして勢いをつけ、ひょいっと宙に放り投げた。わずかに斜め前方に飛ばして、早足に前へ。


 ぱしっ。見事に後ろ手でつかんでみせるのをみて、私は手も動かないのに拍手をしたくなった。ほんとうに貴族か、あなたは。曲芸師さながらではないか。

 思っていると、少年が隣にならんだ。上半身を私から離すように身をよじる。手のなかに固いものが押しこまれた。


「!」


 あなたがさきに、そう言おうとしたのを、微笑みで押さえこまれる。私は軽く頭をさげて、小刀をつまみ、力をこめた。きゅいんっと、金属と木が軋む音がする。前をうかがいながら、迅速に縄に刃をあてる。細かく繊維の断たれる音はする。いっこうにちぎれてはくれない。


 私はあわてた。一所懸命になった。一刻もはやく縄を切って、彼のも切ってやらねば。そう思って指をうごかす。はやくはやくはやく!


 少年の声と、男の怒号を聞いてはじめて、立ち止まってしまっていたのを知った。男が近づいてくる。少年が私と男を隔てようとわりこんで、払われる。小刀に気づかれるわけにはいかない。私は怯えたふりをして、壁を背にあとずさった。

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