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この血に響け、祝ぎ歌よ  作者: 零-rei-
この血に響け、祝ぎ歌よ
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1 - 13 隣りあう暗闇

 男がひとり訪ねてきたのは、いましも夕餉の準備にとりかかろうという時間帯だった。

 ノンにつれられて、炊事のための水を汲みに行った帰りに、少女は背後から声をかけられた。

 浅黒い肌をしたいかつい風貌の男である。彼は幕屋へと急ぐ少女をつかまえて、さも奇遇だと言いたげな身ぶりで話しかけてきた。


「あんた、グラナダと同じ隊の嬢ちゃんだよなぁ? ちょうどよかった、あいつのところへつれていってくれないか」


 声こそ大きかったが、穏やかな口調だった。小柄な少女を驚かすまいとしてのことらしい。しかしながら、少女のほうはグラナダといわれても、すぐには誰のことをいっているのかわからなかった。首をかしげて数瞬考えこみ、やっと諒解した。

 青年のことである。グラナダとは、かぶとを貸してくれた一団の使っていた呼び名だった。


「すぐそこだ。ついて来てくれ」


 水の入った皮袋をかかえたまま、片手で方向を示し、少女は好意的な表情をつくった。たとえ見知らぬ者だとしても、ここにいるかぎりはみな、ともに戦う仲間だという意識が先行していた。

 男は口も目も細くして、にっと笑い、礼をいった。たぶん、彼もエレブ人なのだろうと、少女は思った。

 歩くたびに腕のなかで、水がはねる音がする。少女は重さにたえかねて、幾度も袋をかかえなおす。と、見ていた男がぐっと袋の口をつかんだ。


「こぼれるよ。ここを持つといい」

「ああ、ありがとう」


 いわれたとおりに持ちかえると、男はやっと袋から手を離した。ゆれる水を見て、


「南は、水に苦労しないようだなぁ」

「特に秋のうちは大雨が多いからな」

「雨か……」


 男は遠く北をみやった。

 紅葉することなく濃緑に色づいた山並みが北から西へと尾根を連ねている。ふもとから茫洋と広がる平野は一面、黄味を帯びた浅い色をしている。男の足元まで続いて、さらに南へといたる。黒い沃土と豊かな水脈とを隠しながら、シラの大地はどこまでも同じ色合いに染まっている。

 少女のとなりで、男はほうけた。


「シラはうつくしいな。もっと南のサフィラも、きっとうつくしいのだろうな」


 いきなり何を言いだすのだと、少女が不審がるのを笑って、男は前をむいた。大きく手を振って、声をあげる。


「グラナダ!」


 呼びかけられて、幕屋の前で青年がこちらをふりむいた。大股で歩いてくる。その彼が口をひらくまで待たずに、男は矢継ぎ早に用件を告げた。


『今晩、北の者で景気づけをすることにした。おまえも来ないか?』


 少女は耳にした音に驚いて、青年を凝視した。アダルのことばだった。プリスキラ女史が熱心に教えてくれなければ、いまもそれとは知れなかっただろう。だが、意味まではわからなくても音律で周囲にわかってしまうものではある。男の声はシラ語を話しているときよりも低くひそめられていた。

 ふむと、青年は軽く考えこんだようだった。いまだに皮袋を持ったまま、その場に立っている少女を一瞥し、男に目をむける。


『俺ひとりなら、遠慮しておく』

『隊全員で来いよ。何、北だろうと南だろうと、誰もそこまで気にしやしない』


 男のことばにうすい笑みをうかべて、青年は了承した。


『どちらに行けばいいんだ』

『ここから北西の方角に北の者ばかり集まっているあたりがある。そこに場をつくっておく。日が沈んだら、すぐに来い』

『わかった。よらせてもらう』


 青年と男は笑顔で右肩を軽く打ちあわせるようにし、相手の左肩を手でたたく。少女には見慣れないしぐさだが、アダルのあいさつなのだろう。彼を見送ると、青年はぼんやりと自分を見ていた少女にあっさりと告げた。


「飯づくりはやめだ。今日は宴に呼ばれたからな」


 それを耳にし、歓声をあげて幕屋へ走りこんでいくノンとは裏腹に、少女は複雑な気分だった。料理をつくらなくていいのは、うれしい。だが、釈然としない。やはり、この青年はノンのいうとおり、エレブの民なのだと、はっきりわかったからかもしれなかった。


「日が暮れるまで、まだすこし時間があるぜ、お嬢さん。さっきシィネに教わったことをおさらいしておくといい」


 ぽんと頭におかれたてのひらはあたたかだった。

 少女はその手をはらうことなくうつむいて、思いをめぐらせた。アダル人はみな、この青年のようなのか。さきほどの男のように、気遣いのできる者が多いのか。それでは、シラ人と変わらない。なぜ戦争などおこそうとするのだろう。

 頭をよぎった考えに囚われるひまは与えられなかった。その表情から、ふさぎこんでいるのを見抜いた青年が、少女の頭をはたいたからだった。それほど力はこめられていなかったものの、少女は前につんのめった。


「何をするのですか!」

「いやぁ、お嬢さんの頭がちょうどたたきやすい位置にあったもんだから」

「だからと言って、たたくものではないでしょうっ」


 少女が彼のほうをむいてかみつくと、青年は声をあげて笑う。両手の指で彼女の髪の毛をぐしゃぐしゃと混ぜるようにした。少女が眉根をよせて彼の手首をつかむと、さらにたのしそうな声をあげる。

 年は十も離れていないはずだが、いつからか、すっかり娘のようなあつかいである。ここで反抗して、腕でも振りまわそうものなら、もっと笑われる。確信して、少女はむぅっとくちびるを引きむすぶが、青年の笑いはとまらない。


「いいかげんにしてください!」


 言い残して幕屋に入った少女の背を、なおも笑い声が追いかけていた。



   ※



 用事で外にでていたダビドゥムがもどってきたときにも、まだ、青年は外に立ちつくしていた。顔には笑いが残っている。

 それを目にし、隊長は片眉をあげた。


「やけに機嫌がよさそうだな、ブランよぉ」

「うれしいんだ、お嬢さんがじゃれついてくれて」


 幕屋を顎で示しながらの青年の答えに、ダビドゥムは肩をすくめる。


「世話ぁ焼くのも、ほどほどにしてやれ。てめぇの足で立てなくなったら、どうしようもねぇからな。おまえだって、ずっと面倒見てやるつもりはないんだろ?」


 青年は頬と口元に笑みを残したまま、目を伏せた。白いまつげが頬のうえにうすく影を落とす。ダビドゥムとは目をあわせずに、彼はいった。


「長剣と等価値の働きが終わるまでは、傍にいてやろうと思う」

「嬢ちゃんはそんなこと気にしちゃいない。ねこばばしても、咎められやしないぜ?」


 青年はちょっとのあいだ黙ったが、首を振った。


「そんなの、ダメだ。俺が許さない」


 頑迷なようすに、ダビドゥムはめずらしくも厳しい顔をして忠告した。


「手助けしてやるのはかまわんが、救ってやる必要はない。おまえは嬢ちゃんの保護者でも護衛でもねぇんだ。助けてやらなきゃだなんて、思うなよ。てめぇを護るのはてめぇだけ、他人が手だししようとしまいと、死ぬ奴は死ぬんだ」

「いまさらいわれなくたって、わかっている」


 口ではそうこたえたものの、そうは割り切れないだろう自分を、青年はよく知っていた。自分がここにつれてきてしまったのだから、もしあの少女が死ねば、自分の責任なのだ。

 その考えはいわずとも相手に伝わっている。たがいにひととなりを解する程度には長いつきあいである。どうにも譲りそうにないのを感じて、ダビドゥムは呆れはてて、さっさと幕屋に入っていった。

 その場に立ちつくす青年の表情に、もはや笑みはない。

 人を死なせるのは死ぬことよりもおそろしい。そのことばはけして、ただ殺す側としてでたものではない。

 青年の瞳は地面を彷徨し、光を失う。先刻まで自信に溢れていた影が、夕陽で揺らいでいた。

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