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この血に響け、祝ぎ歌よ  作者: 零-rei-
この血に響け、祝ぎ歌よ
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1 - 12 真の旅立ち

 ぬかるみこそしていないが、まだ土は黒々としていて、やわらかいままだった。王都へむかう街道を歩きながら、少女は地面をかかとで軽く蹴った。

 この平原で、おとといは轍の跡を追った。

 少女が憮然とうつむいていると、青年が歩調をゆるめてとなりにならんだ。蜜色の腕がのびてくる。幼い子にするように、指がこちらの髪をがしがしとかきまわした。


「どうした、怖気づいたか?」

「怖気づいてなど! やめてください」


 子守さながらのしぐさにむっとして言いかえし、青年の手をえいとはらおうとする。顔をあげると、まぶしいくらいの白が目に入った。すっきりとうしろでひとまとめにされた髪が秋の陽光を照りかえしている。

 少女の髪の毛を青年の指がもてあそぶ。その毛先は肩をこすらない程度にそろっている。あのあと、彼がととのえてくれたのだ。

 ひとふさをくるくると指に巻きとりながら、短剣を抜けと、青年はとうとつにいった。

 右腰の剣に手をふれ、昨日、青年がしたように逆手に持って引きぬく。さらに、振ってみろと命じられ、少女は悩んだ末にそのままの持ちかたでひゅっと突きだしてみた。

 青年は少女の頭からおろした手でこちらの腕をつかみ、短剣を抜きとった。黙って手をひらかせ、柄の頭をてのひらのくぼみに落とす。親指と人さし指とのあいだにはさみこむように剣先を倒して、五指で柄をつつませた。


「これが基本だ。はじめのうちは順手のほうがうまく切れる」


 振ってみろと再度いわれて、少女は二、三度斜めに空を切りおろした。

 思った以上に柄が手になじむ。隙間がぴっちりと埋まっている。刃がぐらつかなくなった。腕の一部のような感覚だ。

 少女の驚きが伝わったのだろうか、青年は笑みをもらした。ひととおりの刃の動かしかたを教えると、さりげない調子で忠告した。


「これは武器じゃない。飾りだと思え」

「はい……、はいっ?」


 ききかえした少女に、青年はことばをそえ、短剣を鞘へおさめさせた。


「道具として使うならいいが、人は斬るな。短剣を使うほど、敵に近づかないこと。相手の顔かたちが見えたら、死にものぐるいで逃げろ」

「敵前逃亡しろと、そう、おっしゃるのですか?」

「おまえは弓兵だ。剣はいっさい抜くな」


 きっぱりと言いはなつ。少女は眉根をよせて、青年を見上げた。こちらの視線など、羽虫ほどにも気にしてはくれないらしい。青年はことばを重ねた。


「弓を射て人を殺したこともない奴に、短剣で切りつけることができるわけがない。人を死なせるのは、死ぬことよりもおそろしいものだぜ」

「それは、そうでしょうが、」


 自分よりも七つ八つ年上の青年がいうことに、少女は怖気をおぼえながらも反論を口にしようとする。そのときだ。


「悪いけど、お嬢さんは、はなから戦力外だと思うよ。僕といっしょで」


 ふたりのあいだに、ノンが静かに口をはさんだ。少女を気遣ってはいたが、ノンが口にすることばは直接的なものだった。


「僕は学費を稼ぐために弓兵になる。君は僕より強いだろうけど、誰よりも先に死にそうだ。弓兵にして、なるべくうしろにまわってもらおうってことだと思う。剣や槍を持たせたら、敵とじかに斬りむすばなきゃいけないからね」


 あっさりといって、ノンは荷をかかえなおす。背丈ほどもある弓は、たしかに軟弱そうなノンには不似合いだった。

 給金のために力のない者が傭兵を志すことはよくあるのだろう。彼らはきっと死ぬのだ。だから、青年はとめようとした。

 貴族として、家の代表として行くのならば、誰かが護ってくれる。だが、傭兵になれば、自分の力で生きのこらねばならない。それには力不足なのだと、教えようとしていたのだ。

 少女は自分が何をしに、この街道を男たちとともに歩いているのかを理解した。






 閲兵場となっていたのは、王都に程近い草原だった。そこには天幕がいくつもの張られており、かなりの人がうろうろと動きまわっていた。

 すでに登録をすませたと見える人相のあまりよくない男ら。ノンと同じ理由でここにやって来たのではないかと思われるやさしげな少年たち。まるで貴族のようにみずからを飾りたてた者、町人らしき者、農民らしき者。

 集団が視界に入りはじめたころから、少女は閲兵場にいる群衆のなかに、ある意外な点を見いだしていた。

 女子どもがいるのである。それも、ひとりやふたりではない。傭兵となる男の数に匹敵するやもしれないほど、大勢だ。そして、その誰もが、戦の装備をしてはいなかった。村娘は村娘の身なりのままで、荷を積んだ馬車のまわりでせわしなく働いている。

 青年が脇から目線の先を探って、説明してくれる。


輜重隊(しちょうたい)だ。どこかの隊の補給部隊だな。傭兵の家族も、戦に便乗して物を売る商人たちもいる。医者も数人いるだろうな」

「まさか、あの一団を始終つれて歩くのですか?」

「そうだ。俺たちみたいな人数の隊は少ない。ふつうはあれくらいの大所帯になる」


 少女はことの次第にあきれかえった。あれほどの大人数、しかも大半は徒歩だ。重い荷車を引く馬もある。どう考えても、輜重隊が行軍の足を引っぱることは目に見えている。単純に人数が二倍になれば、それだけ足に響く。

 青年は少女の思考の動きを先回りした。新入りの考えることなど、誰であろうとも、そう変わりばえしない。


「俺たちもあれのご厄介になる。そうでなければ、戦場で飢え死にするぞ」


 戦死ではなく、餓死!

 それだけは嫌だと、少女はかなり真剣に思った。






 閲兵場では、ひとりひとり装備を点検され、隊ごとに契約を交わす。その一連の作業をこなす人物を兵站官と呼ぶ。

 兵站官(へいたんかん)の目を欺くために、隊を越えて装備の貸し借りが行われることもあるのだと、青年は平気な顔でいった。

 少女はもとより、隊の面々には装備を用意する金銭的余裕がない。当然のように借りることとなる。具足や鎖かたびら、鎧や小手などは見逃されるが、かぶとは絶対に必要なものだ。

 青年やダビドゥムは閲兵場につくなり、契約をすませた隊に知りあいを探しに行き、交渉の末にかぶとをいくつも借りてきた。

 他人ごとのように離れて見ていた少女を青年が手招く。なんだと近づくと、視界がいきなり暗くなった。

 かぶとで頭を覆われたのである。面覆いのある型ではなく帽子のような型だが、それでも首や肩がひきつる。両手で支えて視界を確保したら、重心が移ってよろけてしまった。

 青年に笑われて、少女はむすりと黙り、さっさと兵站官のもとへむかう列にならんだ。

 間近に迫っていた兵站官の声が大きく響く。


「クラスノ! ひさしぶりじゃないか、よく生きていたな!」


 目の前のダビドゥムも、少年らも飛び越して、兵站官の目は少女の背後をとらえていた。

 少女がふりあおぐと、青年は眉を跳ねあげ、目を見開いた。ゆらりと列を抜けでて年若い兵站官の前に歩みよっていき、相手を指さして確認をとった。


「イノストランツェフ? どうしておまえが役人の真似ごとをしている」

「真似ごとなんかじゃないさ」


 目の前で展開されるいかにもな『感動の再会』に、少女は前に立つノンの袖を引いた。


「ブランどのの本名は、クラスノなのか?」

「クラスノもイノストランツェフも、エレブの響きがする。兄貴はアダルの人だから別におかしくないけど、なまえじゃないと思う。クラスノはたしか、『赤』って意味だよ」


 ノンは小声で少女に耳打ちし、青年たちのようすをみやる。あとのほうは話し声こそきこえないが、身ぶりは異国風に大振りで、ここからでもよく見えた。青年は兵站官の肩を親しげにたたき、こちらにいる隊の全員を指さしていた。

 それからさほど経たぬうちに、少女をふくむダビドゥム以下十数名は厳しい審査も軍規への宣誓もなく、閲兵をすませることとなったのである。






『兄貴はアダルの人だから』


 ノンのひとことは何気ない調子で発されたため、そのときはあまり深く考えなかった。だが、あとになって、少女はそのことばを思い起こして、疑問を感じていた。

 これからはじまるのはシラ王国と東アダル帝国の戦争である。それでも、青年はこちら側に立つ気なのだろうか。

 少女にはなぜそのようなことができるのかわからない。だが、青年にとってはきっと、かぶとを貸し借りするようにあたりまえのことなのだろう。

 兵站官にクラスノと呼ばれた青年は、すぐその後にかぶとを返しに行った先で、グラナダと称されていた。他にも、ワイスだの、レバノンだの、キズィルだのと呼ばれ、さらに同じ隊の少年たちにはブランの兄貴と慕われて、そのどれもに返事をしてみせる。どれもが青年の名で、同時にほんとうの名ではない。

 おそらく青年はいまここにいるように、他の国のためにも傭兵や正規兵らとともに剣や槍をとり、戦い抜いてきたのだ。

 さまざまな地域の響きのする名を頭のなかで列挙して、少女はめまいをおぼえた。

 青年の容姿は、どこの生まれなのかをまるで読みとらせない。エレブ人ともアス人ともつかないので、少女は手前勝手にアス人だと思いこんでいた。

 色の淡い髪や瞳はアス人に近いが、白や紅など見たことがないし、肌の蜜色はアス人にしては濃く、エレブ人にしてはうすいのだった。一般的なエレブ人ほど背が高いわけでもなく、アス人のように低いわけでもない。手足の長さや敏捷さだけをとってみれば、いささかアス人離れしているといなくもなかった。


「深刻そうな顔をしてるねぇ、お嬢さん」


 シィネが近くにかがみこんだことで、少女は自分が幕屋のなかにいることを思いだした。

 町や村の近郊で戦が行われるときは住民が逃げ去ったあとの住居をそのまま宿営地にするらしいが、まだ閲兵直後の少女らは平野に布張りの簡易な小屋を立てて休んでいた。

 少女もまた、隊のみなと共にせまい幕屋の端に腰をおろしていたのである。シィネに矢のつくりかたを教わるつもりで待っていたのだが、考えに囚われてすっかり失念していた。

 腕に布袋と幾本かの木の枝をかかえたシィネは、あぐらをかいて少女の前に座った。荷物を地面におくと、胴着の襟元から何かをひっぱりだす。親指と人さし指でぎりぎりつまめる程度の細い白木の筒である。それは麻紐でシィネの首からさげられていた。

 シィネは首から紐を外すと、筒の両端をつかんで左右に力強く引いた。きゅっと木のこすれるような音がして筒がふたつに分かれ、紐のついたほうが銀鼠色の鈍い光を放った。

 鉄の小刀だ。刃の部分はちょうどシィネの小指くらいの幅と長さで、ごくごく小さいものだった。

 シィネはそれを右手に構えた。


「まずはひととおりやってみせるから」


 いうなり、持ってきた枝の皮を剥ぎだす。もともと小枝はあらかた落としてあったのだ。何の木なのか、少女は知らないが、なかが空洞になっている不可思議な枝だった。太さは少女の指と同程度だ。

 枝と一口にいっても、弓とほぼ同じ長さだ。少女の背丈よりはやや小さいといったところだ。そのため、作業にそれなりに時間をとられた。

 節を削り、なめらかにする。布袋をあけて、細い麻紐と、鋭く削られた黒い石──ワーサイトというらしい──と、軸の部分で縦にふたつに割られた鳥の羽根を取りだした。ワーサイトを鏃にし、羽根を三つ選んで、紐でくくりつける。

 目の前でさくさくと手際よく一本の矢がつくられるのを見て、少女はほうけてただ見つめていた。おぼえるために凝視しているというようすではない。シィネは気づいて、短剣を持たせて、枝を手渡した。

 少女はうながされるままに枝に刃をあてた。が、すぐにやめて、シィネにむきなおった。


「この用意をととのえるのは、かなり骨が折れたのではないか?」


 正直な感想だった。枝はどれも天然のままではない。まっすぐすぎるのだ。火であぶって矯めてあるのだろう。長さもそろえてある。羽根も予め割ってあり、ワーサイトも鋭い四角錐にして、底面をへこませてある。

 矢の作りかたを教わるこころづもりだったが、これはすでに組み立てかたに近かった。

 シィネはくちびるをたわめ、首をすくめた。


「まぁ、それなりに。でも、ブランの兄貴がくれた槍だけで、手間賃ももらったようなもんだから」

「槍とは、それほどに高価なのか?」

「ん? ああ、あれを売れば、おれの家は一年近く食いつなげる。槍兵で雇ってもらえたから、その給金もくわえたら、二年いくかも」

「ふむ……」


 一年間の生活費で換算されても、実感がわかないらしい。生活水準が違うのだから、当然のことである。実家の帳面にあったのは、どのくらいの数だったろうか。少女は首をかしげて、考えこんでしまう。シィネは彼女が世間知らずであるのを承知して、根気よく説明してくれた。


「槍兵は三ヶ月一カランで国に雇われるんだよ。その短剣が買えるかどうかだ。あの槍も同じくらいの値段。お嬢さんが兄貴に渡した長剣、あれは数カランか、品がよければ数十カランするって隊長がいってた。……お嬢さん、ライケール銀貨って見たことある?」


 少女はあっさり首を横に振った。実をいうと、カラン金貨も見たことがない。


「ライケール一枚の値がカランの一万分の一だというのは知っている」


 耳学問や書物の知識のみだといわんばかりの発言に意識の違いを感じとりながら、シィネはことばを選んだ。


「銀貨一枚で麺麭(パン)が一斤買える。一斤はさすがにわかるよな? 家族四人いたら、一食か二食ぶんの量だ」

「だから、一カランあれば一年は優に暮らせるというわけか」

「そう、そういうこと」


 シィネがいうのは純粋に麦だけの麺麭ではないし、一斤もところによって大きさや値段はまちまちであるなど、ふたりの認識の溝が埋まることはないのだが、ここで麺麭の質の話などしてもしかたない。

 少女は庶民の暮らしとはそういうものかと思い、シィネは彼女が違う世界に生きていたのだと実感した。

 シィネはこころからためいきをつき、手を動かしはじめつつも口をひらいた。


「お嬢さんは、ほんとにお嬢さま育ちだから貨幣なんか見たことないんだろうけど、おれなんか貧乏だから見たことがなかったクチでさ。カランなんて、戦にでてはじめて知った」


 ぼやくような口調に、しかし、少女は枝の皮を剥くのに手間取って、返事をすることもままならない。それと知っているだろうに、シィネは続ける。


「お嬢さんが来てくれなかったら、今回も弓兵だった。せっかく兄貴に教えてもらっても、槍も持ってなかった。でも、やっと母さんに金貨を見せてやれる」


 ありがとう。

 短剣を使う手をとめ、シィネのほうをむきかけて、少女はとどまった。彼がわざとこの間合いを狙ってそのことばを口にしたのがわかったのだ。

 目を下に落としたまま、枝のおうとつをたしかめるふりをする。そうして、シィネにあわせて、ことのついでのように返した。


「あなたが弓を持っていなければ、私もここには立てなかった。私のほうこそ、礼をいう」


 自然と声にこもってしまった真情に、シィネはついに枝から手を離し、首のうしろをなでさすった。


「なんか、照れくさいな、こういうの」

「先に言いだしたのはあなただろうに」


 解せないといった風の少女の言に、シィネは呵呵(かか)と笑った。

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