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この血に響け、祝ぎ歌よ  作者: 零-rei-
この血に響け、祝ぎ歌よ
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1 - 10 少女の選択

 短剣を逆手に持って、頭のうしろにまわし、ぐっ、ぐっと幾度も押しあげる。持ちなれないせいで刃がぐらつく。うまくいかない。

 支えを失い、はらりと床へと舞う。一条、また一条。黒檀色が床のうえで渦を巻き、その場をだんだんと埋めつくしていく。

 昨晩から考えつづけていたことが、使い慣れない剣の切れ味をさらに落としている。髪の毛のちぎれる音を聞いて、少女はいったん手をとめた。

 髪の束をつかんでいた左手に、断たれた長い髪がはりついている。それを振りはらって床に落とす。

 窓の外を見た。影絵のような家々の屋根のむこうで、空はすでに白んでいる。雲がすんだ薄紅に染まろうとしていた。

 少女は懐から親指の先ほどの宝飾品を取りだした。草原に残された馬車の近くに落ちていたものだ。闇のなかで、少女らの呼びかけと松明のひかりに答えたのは、紺碧の石のみだった。昨日までミカルの襟元を飾っていたはずのブローチである。

 生きて王都にいるのなら、ミカルのことは心配ない。年こそ若いが、彼女は古参だ。ミカルを知る使用人は王都の屋敷にも数多くいる。昨日の自分のように信じてもらえないことなどないだろう。誰かにすがって、雇い先の家名さえだせば、自分の家がミカルを守るだろう。そして──

 もし、ミカルが王都にいないのならば、やはり、自分の力では何もなせないのだ。

 どうあがいても、少女にはミカルを助けることなどできない。

 ブローチを懐におさめ、少女はもう一度、短剣を握りなおした。暁の光は窓枠や床板に反射している。床に散らばる髪がそれぞれに黄色く透ける。

 うまく切れない一筋をつまむ。少女は自分にあきれて笑んだ。

 もう後戻りはできない。

 シラに伝わる古式ゆかしい方法での結婚は、もはや不可能だ。腰までの長い髪がなければ、あの儀式はできない。このざまでは王都で婚約者に会ったところで、婚儀は何年も先延ばしにされるか、破談にされることだろう。

 愉快にさえ感じて、喉の奥でこもった笑い声をたてる。

 最初から、こうすればよかったのである。どうしてすなおに髪をのばしていたのかと、少女は不思議に思う。たしかに、自分は中途半端だった。

 手に持った一筋に刃をあてたところで、部屋の戸がたたかれた。思いのほか彼らの起床が早かったのに驚きながら、少女はこたえを返す。遠慮がちにひらいた戸の隙間から、少年がそっとこちらをうかがっていた。

 と、妙な喘ぎ声をあげて、表情を凍りつかせてしまう。


「もしかして、昨夜、外套を脱ぐのを手伝ってくれた……?」


 話しかけた少女に、少年は激しく首を横に振った。人違いらしい。シルファの羽毛のようにふわふわとした亜麻色の髪がゆれる。緊張しているのかと思い、親しみをこめてほほえみかけてみたが、あまり効果はないようだ。

 少年はふるえながらこちらを凝視した。


「お嬢さん、短く、なんで、髪がっ」

「これか。自分では結えないからな。のばしていては邪魔だし、」


 いいつつ、さくりと最後のひとふさを切り落としはじめる。おそらくは彼の常識では考えられない理由を耳にして、少年は本格的に声を失したらしかった。すっかり青くなっている。

 シラの女性で髪を短くする者といえば、尼僧か、王宮仕えの女官、または再婚する気のない未亡人だけだ。

 長くのびた髪は豊穣なる実りの象徴だ。婚儀の際のあつかわれかたひとつとってみても、それは如実にあらわれている。婚約を交わすとき、男性はひざまずいて女性の髪にくちづける。そうして、実りに感謝と敬意を示したのち、額に押しいただいて、実りに身を浴す許しを請うのだ。

 大地母神信仰のなごりである。いまの王国の中央では、その信仰も絶えかけている。男性の力が強くなった現在も、儀式こそ残ってはいるものの、すでに形骸化している。

 それも、巷間においてはそのかぎりではない。

 少年はこちらのことばを最後まできかずに、人を呼びに走った。はたして、彼がもどったときには、少女は作業を終えていた。

 首筋があらわになり、黒檀色の髪と白い肌との色の差を見せつけている。

 呼ばれてきた青年は、こちらを目にするなり、盛大にためいきをついた。だが、反応はほとんどそれだけだった。


「なんでこんな思いきったことをするんだ。……お嬢さん、まさか王都で尼になる気じゃないよな?」

「王都には行かない。近くには行くが」

「ことば遊びじゃないんだぞ。近くには行くって、」


 少女のいったことを繰りかえして、青年は何かに気づいたらしかった。うってかわって、真剣な顔つきになる。


「傭兵になるつもりか?」


 少女はうなずいた。


「戦にでるには、それがいちばんかと」

「どうして、わざわざ戦いに行くんだ」


 青年に鋭く問われて、少女は考えを整理しようとうつむいた。切ったばかりの毛先がすべり、頬をくすぐる。それを指ではねのけながら、ゆっくりとことばを選び、ひとつひとつ音にした。


「ミカルの……侍女のゆくえがわからぬいま、こういうことをいうのは薄情かもしれないが、好機だと感じてしまうのだ。もしこのまま王都にむかえば、いままでの努力を無にせざるを得ない。だから、試してみたくて」


 知らず、からだの前で組みそうになった手に気づき、振りはらう。そのしぐさをも見ながら、青年はいった。


「顔をあげな、お嬢さん。俺はあんたの事情は知らない。だが、ひとつだけ教えてやる。ひとと話すときは相手の目を見るんだ。やましいことがないなら、なおさらな。貴族の礼儀作法がどうだかは知らないが、俺たちの世界では、先に目をそらした者は立場が弱くなる。戦いでは、確実に負ける」


 いわれたとおりに顔をあげ、少女は青年の瞳を視線でとらえた。青年のほうも少女を見つめかえす。強く目で射られても、ぐっとこらえて、視線をゆるがせない。

 と、青年の口元が淡く笑みをうかべた。それでいいと誉められ、少女はどのような反応をしたらよいのかわからなくなった。世辞でないことばには不慣れなのである。

 青年は腰にさげた長剣を外し、少女に返してよこす。なりゆきでついうけとったが、意図を理解できない。見上げると、青年は淡々と告げた。


「傭兵になりたければ、俺に勝ってからにしろ。そうしたら、よろこんで戦場まで連れていってやる」


 借りるぜとひとこと断って、青年は少女の手から短剣を取りもどした。そのまま、手を引いて部屋から連れだす。おとなしく連れていかれる少女とは裏腹に、ことの次第を脇で見ていた少年は声を上ずらせた。


「え、ちょっと、兄貴、この髪の毛はどうすれば。っていうか、それ、いくらなんでもムチャですよ!」


 ひとり取り残された少年は、片づけるのはいますべきことか否かと、さんざん迷うそぶりを見せた挙句に、結局、早足に青年たちのあとを追った。

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