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ロク

「なんだかおかしな事になったね」

「うん、ユカちゃんはまだ夢が見つからないんだっけ」

「そうなの、だからロクちゃん凄いよ、建築家になる夢、かっこいい」

「う、うん」


 何度となく二人で歩いた帰り道、クジラ神社からの下り坂を行くユカとロクの顔をまだまだ高い西陽が照らし出す。


「あたし、ロクちゃんの作った家に住んでみたいな」

「ほんと?」

「もちろん、ほんとだよ」

「ありがと」


 ユカの家とロクの家は近い。がらくた館を挟んで300mほどの距離になる。ユカの家はがらくた館の三軒隣。小さな庭がいつも綺麗に手入れされているのはおじいちゃんの仕事。入口は木の格子戸、そして庭の周りは垣根で囲まれている。築五十年を越える平屋の家は「古い」というよりは「趣」を感じさせる。

 ロクの家はがらくた館から西へ三~四分ほど。石段を降りた所に六戸並ぶ市営住宅の一つだ。平屋の団地と言ったたたずまい、前にある小さな公園で二人は小さい時から良く遊んでいた。


「元気ないね、悩みでもあるんでしょ」

 ユカは思い切ってロクにたずねてみた。

 ロクは少しうな垂れながらもユカの問いに答えた。

「どうしてみんなあんなに勉強できるのかな、志水さんすごいよね、オールAだったんでしょ、僕には考えられないよ」

「あっ、それか」

「僕だってまじめに頑張ってるんだ、授業もちゃんと聞いてるし、毎朝の漢字と計算の練習だって一日もサボらずにやってる、でもテストになるとダメ、一生懸命覚えた事ほとんど忘れちゃうんだ」

「うちの学校、テストの点でズバリ評価するからしんどいよね」

「中学に行っても、高校に行ってもこんな感じなのかな」

「もっと厳しいかもね」

「そうかぁ・・」

「大人になって会社に入っても成績つけられるらしいよ、チチが『ジンジサテイ』がどうのこうのってハハに話してたの聞いたことある」

「ジンジサテイ?」

「うん、大人の通信簿の事みたい」

「ふーん」

 ロクは半分うなずいて半分首をかしげてみせた。

「やっぱり、勉強できないと夢って叶わないよね」

 ユカはロクの質問を頭の中で十分にかみしめた後で、自信を持って答える。

「そりゃ必要だとは思うけど、人間の価値って勉強だけじゃないんじゃない?ロクちゃん優しいし、あたし勉強できても冷たい人は嫌だもん」

「そうか、ちょっと安心した」

 ロクはほっとしたように微笑む、その笑顔を見てユカも嬉しくなった。

「元気出しなよ、しーちゃんはしーちゃん、ロクちゃんはロクちゃん、二人ともとっても素敵だよ」

「ありがと」

「じゃ、明日」

「うん、また」


 小学校六年生、それぞれが夢や希望に胸をふくらませる反面、誰もがみんな小さな悩みも心の奥に抱えている。何かの本に書いてあった。「悩みというのはいつの日かチョウになって羽ばたくまでにサナギの中でたくわえる養分だ」って。でも、それはチョウになって初めて気付く事なのだ。


「ただいま、ハハ」

「お帰りなさい、地震凄かったでしょ」

「港で事故があったみたいなの、クジラ神社から見てきた」

「あら、そう、怪我した人がいなければいいわね」

「今日はチチ遅いの?」

「忙しいみたいだからユカが寝た後かもね」

「明日の夕方の五時にみんなと学校でキャンプの出し物の打ち合わせするの、七時にはちゃんと帰ってくるからハハからチチに伝えてくれる」

「了解、日が長いとはいってもそれ以上遅くなっちゃだめよ」

「うん、わかった」



「ただいま・・」

「お帰りなさい、ロクちゃん」

「港はどうだった」

「神社から見たら消防車や救急車でいっぱいだった」

「怖いわね、おやつにする?」

「ううん、ちょっと疲れちゃったから寝てもいい?」

「珍しいわね、そうか、あんなに大きな地震は生まれてから初めてですものね、驚いたでしょ、ゆっくり休みなさい」

「お母さんも初めて?」

「この町ではね、でも小さい頃住んでいた神戸でものすごい地震にあったことがあるの、もう終わりかと思ったわ」

「へーえ」

「あっ、寝る前にちょっと相談、実はね、昨日の晩お父さんと話したんだけど、夏休みだけでも塾に行ってみたらって。ほら、商店街の郵便局の横に新しくできたでしょ、進学塾じゃなくて学校でわからなかった所を教えてくれる補習塾。チラシを見たけど丁寧に教えてくれそうよ」

「・・考えとく」


 この二日間の出来事がロクの心に重くのしかかる。ユカの言葉に慰められはしても重い気持ちの全ては振り払えない。「劣等感」という言葉をロクはまだ知らないが、みんなができる事が自分にはできない、それだけは誰よりもロク自身が強く感じていた。「勉強」という魔物が頭を締め付ける、心の疲れは睡魔となって襲いかかった。


(僕は、将来建築家になるのが夢です)

(何言ってんだよ、算数も技術もDでなれる訳ないだろ)

(頑張って勉強すればなれるんだ)

(ムリ、ムリ、人には努力で補いきれない才能ってものがあるんだ、お前にはその才能がないのさ、誰が見てもわかるよ)

(そんな事ないよ!)


<あ、園田君、君の今回の設計ひどかったね、お客さんからクレームが来たよ、書き直してもらおうかとも思ったけど他の者に頼む事にしたから、暮れの「ジンジサテイ」は覚悟してもらわんとな>

<申し訳ありません、社長、僕にやり直させて下さい、今度はいいものを書きますから、お願いします!>

<いや、もういいよ、君、才能ないみたいだから他の仕事を探したほうがいいんじゃない>

<社長、お願いします・・・>


 心の病はしばしば悪夢を誘い出す。誘い出された悪夢は容赦なくロクの心をむしばむ。振り切ろうとしても振り切れないねちっこい悪魔は「夢」というキラキラ輝く宝石を一つずつ黒っぽい石コロへと変えていった。


(夢・・か)

(嫌な汗・・)

(夢が叶うなんて・・・そんな事あるはずないよ)

「夢を叶えてあげる」という少女の言葉をロクは頭の中で思い出しては繰り返した。








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