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予言

 遠く港から昇ってくる船の汽笛の音が窓越しに微かに聞こえる。それはユカとマスターの語る不思議な物語のBGMのようにゆるやかに店の中にこだました。マスターは自分の思い出話を一通り語り終えるとあらためてユカに問いかける。


「その子は夢を叶えてくれるって言ったんだよね、で、ユカちゃんはどうするの」

「実はあたし・・・まだ夢が見つからないの、だからピンとこない」

「なるほど」

「あたし以外のみんなはもう、はっきりとした夢を持ってるの、だからこそ、それを叶えてくれるって話はきっと魅力的よね」

「うん、そして、必ずしも実現するとは限らないっていうその子の話は確かに間違いじゃないわけだ」 

「あたし・・どうすればいいんだろう、自分一人ならそんな話無視すればいいだけ、でも、みんなの夢の事を考えると・・」

「お悩みだね」

「お悩みです」

 マスターはしばらく上目で考えたあと、何やら考えがまとまった様子で、手にしていたグラスを静かに拭き終えるとユカの目の前に置いた。

「ユカちゃん、相談の答えになるか分からないんだけど・・僕から一つだけアドバイスするなら・・・夢って・・人に叶えてもらうものじゃないんじゃないかな」

「えっ?」

 その言葉は突然でユカは意味をすぐには飲み下せず、マスターの目を見つめた。

「僕もこの店を出すまでに色んな事があって五十年かかった訳で・・でも、それだけにものすごく愛着もあってね、こうしてユカちゃんがお客さんとして来てくれるのが本当に嬉しいんだよ、もしこの店を誰か他の人に『はい』って譲ってもらったとしたら、こんな気持ちにならないと思うんだ」

 マスターはユカの目をじっと見つめながら、ゆっくりかみしめるように言った。

 ユカはその言葉を聞くと何となく胸につかえていたものが取れたように感じた。

(夢は人に叶えてもらうものじゃない・・)

「うん、納得!」

「落ち着いた?では特製のレモンスカッシュをご馳走しようか、もちろんユカちゃんの買ってきてくれたリムーのレモンでね」

「わっ、有難う」

マスターがグラスを取ろうとした瞬間、店のドアの鈴が少し乱暴にカランカランと音をたてた。

「いらっしゃいませ」

「えっ、マスター 違う、地震!」


 店全体が小刻みに揺れ、やがてその揺れは大きな波に変わった。棚のグラスが一度に床に落ち音を立てガラスのしぶきが跳ぶ。カウンターの水槽は波打ち、中のグッピーとネオンテトラが慌てた様子で水中を泳ぎ回る。

「キャーッ、大きい!」

 カウンターを飛び出したマスターが側にあったバスタオルでユカの頭をくるみ、テーブルの下に抱え込む。三十秒にも満たない時間がユカにはとてつもなく長い時間に感じられた、やがて沈黙が。


「ユカちゃん、大丈夫かい?」

「マスター地震よ!あの子の言った通りになった!あの子の予言が当たったの!」

「・・・」

「港で積荷が崩れるの、ケガ人が出るわ」

「・・・」


 窓から消防車のサイレン音が飛び込む、救急車の声も交えて港の方からはホイッスルの音、ただならぬ喧騒が風に乗って舞い上がってきた。


「あの子言ったの、今日地震が起きるって、港の事故もきっとあの子の予言通りなんだわ」

「どうやらそのようだね」

「マスター、ごめん、あたしみんなに会わなくちゃ、みんなに会ってくる!」

「わかった、何かあったらいつでもおいで。それから気が動転した時にはこいつを齧るといい、冷静になれる魔法の薬」

「エメラルドレモン・・ありがとマスター、じゃ行ってくる」


 ユカは走る、きっとみんなも来るはずだ。ユカには確信めいたものがあった。坂を駆け下りリムーの分かれ道を港と反対側に折れる。雑木林を過ぎたところに続く石段、駆け上ったところには鳥居。クジラ神社と呼んでいる町の鎮守の境内が五人のいつもの集合場所だった。


(きっとみんなも来る!)


 ユカは鳥居から坂道を見下ろす、5分も経った頃、坂道を駆け上ってくる二人の姿が。

「ユカ!」

「しーちゃん!やっぱり来たんだね」

「ええ、一人じゃいられなくて」

「あたしも」

「おー、来たか」

「ウルシ!」

「みんな来ると思ったぜ、教授とロクはオレが電話で呼び出したからもうすぐだ」


 昔は鯨の水揚げ港だった水島港を守る神社には鯨を象った石像が二体、クジラ神社と呼ばれる所以である。正式には水島神社という。港を一望できる山の中腹にある境内からも港の慌ただしさが伺える。消防車の赤と救急車の白が夏の光の下を走り回る。倒れた積荷を持ち上げる為かクレーン車の黄色い姿も見える。


「あっ、二人来たみたい、教授、ロクちゃん、こっち!こっち!」

「ユカちゃん、予言当たったね」

「うん、あの子の言った通りになったわ」

「じゃ、やっぱり昨日の話は本当って事か」

 ウルシが教授に声をかける、誰かと話して不安を拭いたかった。

「信じられないけど、信じるしかないよ」

「で、どうするの?二日後って言ってたから明日だわ」

 しーちゃんがウルシに水を向けた。

「行くだけ行ってみるってのはどうだ、危険な事はないって言ってたろ」

「何しに?」

「夢を叶えてくれるって悪い話じゃないじゃん、もしかしたらオレを野球の天才にしてくれるのかも」

「未来を予言した訳だから、超能力者なのかもしれないわね・・」

 しーちゃんはそれきり黙ってしまった、代わりにユカが声を上げた。

「どうなの、教授?」

「非科学的な事には違いないけど、世界には科学で説明できない力を持つ人が確かに存在する」

「チャンスは一回だけだって言ってたぜ、オレは行く、みんなはどうだ」

「・・・・」

「私も話だけは聞いてみる、ダンスが上達する秘訣を教えてもらえるならラッキーかな」

「僕も超能力と科学のヒントがもらえそうだし」

「頭良くしてくれるかなぁ」

「ユカは?」

「えっ、あたしは・・・」


ユカはためらう。いいじゃない、話を聞くだけなら、何をためらうの?自分にはっきりとした夢がない事、そして「夢は人に叶えてもらうものじゃない」マスターの言葉もユカの心を揺らしていた。しばらく考えてユカはのどの奥から言葉を押し出した。


「あたしも・・行くだけ行ってみようかな・・」

「よし、決まった、明日の夕方五時、家族が心配しないようサマーキャンプの打ち合わせ、帰宅は七時と全員揃って伝える事にしよう、いいな」

「十分前には行くわ、みんなも遅れちゃダメよ」

「OK!じゃあ、教室で」

 五人は戸惑いを隠しきれぬまま、ひとまずの約束を交わしそれぞれ家路についた。







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