少女
少女は教卓に腰かけながら、いたずらっぽい笑顔のまま五人に問いかけた。
「あなた達の夢は何?」
「夢?」
しーちゃんが最初に反応した。
「将来の夢よ、志水さんは」
「えっどうして名前を?」
「私は何でもわかるの」
少女の言葉に戸惑いながらもしーちゃんは落ち着いた口調で返した。
「私は・・ミュージカルスターになる事」
「漆山君は?」
少女は視線をウルシに向ける。
「オレはプロ野球の選手になる!」
次に教授へと視線を移す。
「内山君はアメリカに行くんだっけ」
「宇宙工学の専門家が目標です」
「さすがね」
そして、少女の視線はユカへ。
「篠宮さんは?」
ユカは戸惑った。(みんなすごい、今からちゃんとした夢を持って、それに向かって頑張ってるんだ、それに比べてあたしは・・)
「あたしはまだ・・自分が将来何をしたいのか見つかってないの、わかんないんだ、みんな尊敬しちゃう・・」
「心配しないで大丈夫、小学生なんてそんなものよ。今から明確な夢を持っている人の方が少ないんじゃないかしら」
「・・・」
「あなたもすぐに見つかるわ、どんな夢や未来かはお楽しみ」
「最後は園田君」
「僕は・・」
「何?」
「恥ずかしくて言えないよ」
「恥ずかしい事なんかないよロクちゃん」
ユカはロクの顔を見て言った、恥ずかしいのは夢をまだ見つけてもいない自分の方だ、そんな気持ちが心の中にあった。
「でも、話したらみんなに笑われるかも・・」
「ロク、大丈夫だよ、誰も笑ったりしないって」
「そうよ、園田君」
「・・僕、建築家になりたいんだ、ほら僕の家小さくておんぼろだろ、しかも貸家だし、だからうんとカッコイイ家を設計して家族に家を建ててあげるんだ」
「ロクちゃん、素敵、とってもいい夢だよ」
「でも、僕、算数も技術家庭もDだし・・・」
そう言うとロクは元気なくうつむいた。
「大丈夫!あたしもCだから」
「だからユカ、それって全然フォローになってないって」
五人は初めて互いの夢を知った。知らず知らずのうちにみんな大人になってるんだ。ユカは少ししょっぱい気持ちになる、あたしも頑張らなくちゃいけない。
「立派じゃない、感心したわ、ねえ、あなた達の夢を叶えてあげましょうか」
「えっ、夢を叶えるですって?」
「そうよ、悪い話じゃないでしょ」
「そんな事本当にできるの?」
「オレ達をからかってるんだろ」
「信じる信じないはあなた達次第ね」
「簡単には信じられないです」
ロクが、ウルシが、そして教授が驚いた目で少女を見た。
「それはそうね、志水さん、ミュージカルスターになりたいんでしょ、でも必ずしもなれるとは限らない、せいぜい一割程度じゃない、夢を実現できる人って」
「・・・」
「漆山君、聖学に行ったからってプロになれる保証はないわ、あなたより野球の上手な人は沢山いるでしょうし、どんなに努力しても怪我や故障でプロまでたどり着けない人が山の様にいる。科学者だって同じ、十年以上大学で勉強して何本も論文書いて、それでも教授になれない人だらけよ」
「テンション下がるよなあ、なんかオレ達に恨みでもあるのかよ」
戸惑いは次に文句となって少女に向かった。
夢は必ずしも叶うものばかりじゃない、ユカは初めてそのことを感じた。ハハの言葉を聞いたせいかもしれないが、夢というのは持ち続けて努力を重ねていけばいつかは必ず叶うものだと心の奥で思っていた。やりたい事さえ見つかれば夢は実現するのだと信じていた。だからこそ少女の言葉はユカに大きな衝撃を与えた。そうじゃないんだ、世の中には叶わない夢も沢山あるんだ。
「わかったわ、でも、どうやって私達の夢を叶えてくれるっていうの?」
しーちゃんが珍しく怒ったように詰め寄る。
「私の言う通りにすればいいだけ」
「何をすればいいの?」
「ちょっと待て、騙されるな、これは新手のサギだ、きっとこのあと小遣いを持ってこいとかチケットを売りさばけとか、そんな話になるに決まってる。ばあちゃんが言ってたぞ、上手い話に気をつけろって」
「漆山君、すごい想像力ね、あなたならサギに引っかからないわ」
「やっぱり信じられない」
「信じられない」
「そんなの信じられないよ」
ユカ、教授、ロクの言葉が被る。
「そうね、いきなり信じろという方が無理かもね、でも、さっきあなた達話してたじゃない、世の中には科学では説明できない事があるって、校庭の片隅にいるあなた達に見えない世界があるとしたらどう?」
「それはそうだけど・・」
「信じる、信じないはあなた達の自由よ」
教授が口ごもる。
「じゃあ、こうしましょう。今から一つ予言をしてみせるわ、その予言がもし当たったらあたしの話を信じてくれる?」
「予言だって?」
ウルシが食いついた。
「面白い、やってみろよ、最も大した事はできないだろうけど」
少女は意味ありげな笑みを見せる。
「明日の午後一時過ぎにちょっと大きな地震が起きるわ。港では積荷が崩れてけが人も出る、でも命には別条ないから安心して。どう、さすがに地震では嘘はつけないでしょ」
「そんな事ありっこないだろ!」
「だから言ったでしょ、信じる信じないはあなた達次第ですって」
「・・・」
「もし、信じてくれたならこうしましょう、二日後の夕方の五時この教室に来て。そこでまたお話ししない?」
「志水さん、どうする?」
ウルシはしーちゃんに助けを求めた。
「地震なんて予言できる訳ないと思うけど・・」
ウルシは少女に告げた。
「わかった、きっと来るよ」
「よかったわ」
「二日後の午後五時でいいんだな」
「五時きっかり。ただし、チャンスは一回きりよ、時間に来なければこの話はおしまい。心配するでしょうから家族には言わない方がいいかもね、危険な事は何もないけど」
全員が顔を見合わせた次の瞬間、少女の姿はどこにもなかった。
「き、消えた・・・」