落雷
教室での五人の「会議」は他愛のないおしゃべりを交えながらさらに続いた。
「じゃ、今の所は何か音楽をやるって事でいいか、教授」
「異議なし、やっとだね」
「私も異議なし、まだ時間はあるしみんなでいいものを作っていきましょうよ」
「志水さんがいいならぼくも賛成」
「ロクちゃん、自主性、自主性」
「ところで今何時だ?」
「四時過ぎよ、副校長先生に言って五時までは教室使用の許可をもらってるから」
「副校長先生?ユキポンじゃなくて」
「一応ね、行沢先生だって明日から夏休みに入るんだから、きっと早く帰りたいはずだわ、副校長先生なら遅くまで残ってると思ったの」
「そうか、さすが志水さん」
教授が窓に目をやった。
「外が暗いよ」
「ほんと、真っ暗だ、夕立かもね」
ロクが心配そうな顔を見せる。
「こりゃ、降り出す前に帰らなくちゃまずいな」
窓の外は暗雲が立ち込め、まるで夜の様な暗さ、遠雷が微かに耳を掠める。
「ねっ、早く帰ろう、あたしの苦手なもの中で雷はかなり上位」
「二年の時のキャンプでユカが雷で泣き出してリーダーにずっとつかまってたよな」
「不名誉な思い出、ウルシの意地悪!」
「誰だって怖い物はあるわよ」
「志水さんは?」
「私はガンダム」
「何、それ?」
「ゴ・キ・ブ・リ、口にするのも怖いからそう呼ぶの。我が家では通じるわ」
「それ、最高。ガンダムが出たーって叫ぶんだ」
「そう、とにかく嫌い」
「あ、ガンダム!」
「キャッ!」
「冗談だよ」
「漆山君の意地悪!」
不気味な外の景色をよそに教室の中に華やかな笑い声が響く。
「どうやら間に合わなかったみたいだね」
教授が窓の外を見て呟いた。
バラバラという激しい音が教室中に響く。降り出した雨はドラムを叩くがごとく窓に吹き付けた。間をおかず空を白い稲光が走る。四階の窓から遠くに見える港の船が影絵の様にシルエットになって浮かび上がった。続けて地鳴りのような雷鳴。音よりも光の方が速度が速い、理科の授業で習ったはずだ。
「きゃーっ、神様助けて!」
ユカはロクのTシャツにしがみつく。
「ユカちゃん、僕は神様じゃないから離して。Tシャツ伸び切っちゃうよ」
「ごめんロクちゃん」
「稲妻が走るのはっきり見えたぜ」
「あっ、また光った、来るぞ」
「もういやー」
バリバリッ! およそ雷とは思えぬ音と胃袋に響くような衝撃が五人を飲み込む。次の瞬間教室は暗闇に包まれた、すると間をおかずに再び窓の外に稲妻が走る稲光に照らされて一瞬間見えていた互いの顔が落雷の音とともにあっという間に見えなくなった。
「て、停電だ」
「ロクちゃん、ほんとに助けてー」
真っ暗な教室、稲光と雷鳴、ユカはもう生きた心地がしない。
「すぐに直るよ、学校には自家発電装置があるからね」
「教授はこんな時でも冷静だな」
「真夜中って訳じゃないし、ほら、目が慣れて見えてきた」
知らず知らずのうちに小さな輪になり身を寄せ合っているのに気づく。みんなの顔が目の前にある、ユカはちょっぴり嬉しくなった。
「あっ電気が灯いた」
「みんな、大丈夫?」
ロクと教授の声にしーちゃんが恐る恐る答えた。
「だ、大丈夫・・だと思う」
「ユカ以外は大丈夫みたいだな、でかくてビビったけどよく考えたら学校にいる限り安全だよな、教授」
「うん、さっきの凄い衝撃は学校の避雷針にでも落ちたのかもしれない、これ以上大きいのはないよ」
激しい雨は相変わらずだが雷鳴は心なしか小さくなり、まるでスプリンターが空のトラックを駆け抜けたかの様だ。
「雨が止むにはまだかかりそうだしこのまま教室で雨宿りといきましょう」
「そうね」
「・・・」
「今のユカの声?」
「あたしじゃないよ」
「えっ、だって女子は二人だけ」
「もう一人いるわ」
「えっ」
「えっ」
「ほら、あなた達の後ろ」
声は教室の後ろで身を寄せていた五人の背中越しに聞こえてくる。振り向くと教卓の上に誰かが腰をかけているのが見える。
「お前、誰?」
「うちの学校の生徒じゃないわ」
「何でそこにいるの」
ウルシが、しーちゃんが、ユカが、言葉を投げた。
狐につままれたように顔を見合わせると再び教卓を見つめる。そこには少女が一人、いたずらっぽい笑顔でこちらを見ている。年の頃は同年代か中学生位、光沢のある青いワンピースに少し先の尖ったエナメルの様に光る白い靴が蛍光灯の光を反射して眩しい。足をぶらぶらと揺らしながら再び五人に笑顔を見せた。しーちゃんが冷静に問いかける。
「あなた、本当に誰?」
「ま、誰でもいいじゃない、雷はもう来ないわ、安心して」
「中学生?」
「まっそんなところかしらね、とにかく、はじめまして」
「こちらこそ、で、何でここにいるの、いつ入ってきたの」
「さっきの停電の時にお邪魔したわ。気がつかないのは無理ないけど。ね、よかったら少しだけ私とお話しない?悪い話じゃないから」
「お話?」
「そう、話を聞くぐらいいいでしょ」
「まあ、聞くだけなら・・・」
五人は再び顔を見合わせ怪訝そうな顔を確かめ合う。なぜか断りきれない不思議な気持ちに全員が戸惑っていた。