放課後
「ところで、キャンプの事だけど」
ウルシが今日のメインテーマについて口火を切った。終業式の日の午後、五人は一度帰宅し昼ご飯を食べた後、教室にあらためて集合した、大切な「会議」のためである。
毎年行われるサマーキャンプにユカたちが初めて参加したのは小学校の一年生の時、キャンプのルールで二年生までは親も一緒だが三年生以上は原則子供だけでの参加となる。この時親しくなった五人組で毎年欠かさず参加してきた。最初は母親同士の繋がりから始まったこのサマーキャンプも四年生からは自分達で出し物を考えたり、オリエンテーリングコースを決めたりと一年の中で最も心ときめく五人の最大イベントとなっていた。
期間は三泊四日、山登りにハイキングにテント生活と小学生にしてはかなり硬派なメニュー。主催者のリーダーいわく「子供はたくましくなくてはならない」がこのキャンプのポリシーなのだそうだ。グループでの参加だが、活動は学年がごちゃまぜになり、上級生が下級生の面倒を見る。最近は学校でも横のつながりばかりで上下のつながりが薄くなってきている、そんな時代背景も含めてのポリシーとのことだ。ユカ達も今まで先輩達に色々な事を教わってきた、そして、今年は最上級生として下級生を引っ張る番である。
「最後のキャンプだからな、最高の思い出にしないと」
ウルシが続けた。
「最終日のナイトパーティーの出し物は一グループ六分、優勝賞品はメンバー全員の写真の入った記念パネルに自分たちでデザインできるオリジナルスマホケース」
ロクが割って入る。
「園田君、やっと元気になったみたいね」
「へへっ」
「去年は入賞すらできなかったものね」
しーちゃんが遠い目をして呟く。
「毎年、優勝は六年生から出てるから、今年は何としても優勝だ!」
ウルシの言葉を受けユカが教授に尋ねた。
「教授、去年の優勝ってどんな出し物だっけ」
「モンスターに仮装してダンスを踊った、あれは見事でした。音楽が鳴って登場した瞬間に大歓声が上がったのを覚えてる」
「そうそう、思い出した」
ユカはうなずく。
「じゃあ、アイデアの発表ね、みんな考えてきた?じゃ、ウルシから」
ユカのいきなりの振りにウルシは意表をつかれたように。
「あ、悪い、、オレまだ考え中」
「教授は?」
これまた驚いたように。
「いや、ごめん、まだです」
「ぼくも・・」
「えーっ、ロクちゃんも、ダメだなぁ男子」
ユカは口を尖らせしーちゃんの方を向いた。
「まあいいじゃない、ユカ。私も考えてきたけど何となくだし、最後のパーティーだからみんなで一から考えましょう」
しーちゃんの言葉に男子一同は顔を見合わせてほっと一安心。
「それがいいよ、さすがは志水さん」
「僕も賛成だな」
「ロクちゃんも調子いいんだから」
「じゃあ、みんなでアイデア出しましょ」
「しーちゃんがそう言うなら、そうしますか」
「さんせーい」
「最後」という言葉がユカの心に刺さる。卒業したらウルシは野球の名門校へ、教授はアメリカ、しーちゃんもミュージカル学院に通える東京の寮制の学校を受けるらしい。ロクちゃんは地元の学校、そしてあたしはどうなるのだろう。
みんなが離れ離れになる光景が頭をよぎる。この仲間で一緒に過ごせるのも限られた時間なんだ・・・ユカはちょっぴりさみしい気持ちになる。
放課後の静かな廊下をけだるい風が足早に通り抜けた。
五人は思い思いにアイデアを出し合うが簡単には決まらない。一時間も話しているうちに話は横道へとそれていく。
「ねえ、みんな知ってる?うちの学校の七不思議」
「おお、ユカ、聞いた事あるぜ、音楽室の幽霊、夜中にピアノの音が聞こえるってやつ、ロクは?」
「僕が聞いたのは裏庭のでっかいヒマラヤ杉、あれがね、嵐の時に不気味に光るってやつ、実際に見た人がいるんだって、僕三年生の嵐の夜にこっそり見に来たことがあるんだ」
「見えたのか?」
「いや、あんまり雨風が強くて五分くらいで退散したよ」
ロクは首をゆっくりと横に振りながら答えた。
「私も知ってるわ、神隠し、ある時、突然生徒が消えちゃったんだって、大人が目を離しているほんの僅かな時間に。何でも同じ年に二件もあったそうよ、警察に捜索願を出して町中で探したけど見つからなかったんだって」
「しーちゃん、それっていつ頃の話?」
「二十年以上前らしいわ」
「あたしたちの生まれる前ですか」
「内山君、そういうのって本当にあるの?」
しーちゃんは真面目な顔で教授に尋ねた。
教授はメガネに手を触れるとおもむろに口を開いた。教授の手がメガネに触れた時は何かしらの答えが見つかった時だ。
「どの学校にもこうした七不思議はある、でも幽霊にしても神隠しにしても信ぴょう性はなくて単なる噂話だと思うよ。怪談話は誰でも興味あるし、話を作って怖がる事も一つの楽しみなんだと思う。ヒマラヤ杉は科学的に証明できるんじゃないかな、稲妻の正体は電気だって今ではみんな知ってるけど、昔の人はそれこそ雷様だと思っていた訳だし、木に落雷すれば見た人にはかなりのインパクトだ」
「あと、校庭を掘ると骨が出てくるって・・」
「ロク、それは本当だと思う。水島は太平洋戦争中の軍港だからね、町の歴史を調べると何度も空襲を受けてるんだ。校庭から人骨が発見されても不思議じゃないよ、痛ましい話だけどね」
「そうよね、幽霊なんて確かに非科学的ですものね」
しーちゃんが改めてうなずいた。
「なーんだ、話振って損しちゃった、七不思議もそこまで冷静に分析されるとつまんないかも」
「ごめん篠宮さん、でもね、世の中には科学ではどう考えても説明できない事も実は沢山あるんだ」
「例えば?」
「デジャヴュ現象」
「へっ?でじゃびゅ?」
「初めて来た場所なのに、この景色見た事がある・・なんて体験ない?」
「ある!」
「やっぱり・・僕もあるんだ、幼稚園の時に夢に出てきた交通事故がそれから一週間後に偶然見た交通事故の現場にそっくりだったんだ」
「すごい!教授、それ、予知能力じゃないの?」
ユカがすっとんきょうな声を上げる。
「自分でも驚いた、それを思い出す度、たとえ今の世の中では非科学的な事であっても、完全否定はできないって思うようになったんだ。だって、科学はあくまで人類が作り出してきたもの、それはとても偉大だけど人類が解明してきた事は空から眺めてみれば校庭の片隅の砂場位の広さかも知れない、砂場の外にある広い世界を知らないだけかもしれないってね」
「さすが内山君ね、私もそう思うわ、いや、そう思う方が楽しい」
「うん、志水さん、楽しいに賛成だ」
他愛の無いおしゃべりは続く、こうしたなんでもない会話が楽しくて仕方がない。五人は時の経つのも忘れて話に夢中になった。
「楽しいね、あたし、トイレに行ってくる」
ユカは一つ大きく伸びをして教室から出て行った。廊下に出ると窓の外から夏に似つかわしくない冷たい風が吹き込みユカの首筋をなぜていった。