仲間
一学期の終業式、この日は日本中の子供たちにとって最も光輝き、心ときめく日かもしれない。明日から夏休み、この何とも言えない期待感は夏休み最後の日の憂鬱感と共に誰もが経験する気持ちだろう。ドキドキしながら通知表を受け取る「儀式」を終えた後、にぎやかな教室から一人、また一人と夏の日差しの下へと姿が消えていく、(夏休みが始まるんだ!)この解放感は何度味わってもやっぱりいい。
みんながいなくなった教室の丁度真ん中辺り。
「ユカ、成績どうだった?」
「うーん・・微妙」
「しーちゃんは?」
「頑張ったわ、これでこの夏休みにミュージカル教室に通わせてもらえると思う」
「よかったじゃない、約束果たしたんだ、すごいね」
「必死だったもん。オールA取れたらミュージカル教室、呪文みたいに唱えてた」
「おめでとう!」
「ありがとう!」
ユカの小学校の通知表は小学校では珍しい五段階評価。多くの小学校では「よくできました」「ふつう」「もうすこし」といった「ゆるーい」項目が並ぶが、ここではAからEまでの評価がシビアに並ぶ。各科目に四つずつの観点があるのでオールAともなれば三十六のAが並ぶ事になる。「五年生と六年生は自分の学力を自覚し中学に進学しても困らないように」という校長先生の教育方針なのだそうだ。
「あたしはオールCにBがちらほらって感じ、帰るの気が重いな」
「夏は講習?中学受験するんでしょ?」
「一応、でも小学校最後の夏休みなのに、ほとんど遊べないと思うとね・・」
「テニスは?」
「合格できるまではお預けかな」
「しーちゃんはずっとミュージカル?」
「八月に入ってからの三十日間よ、途中でプロの公演も見られるし最後にはオーディションがあるの、でも安心して、サマーキャンプには行くから、七月の最後だったわね」
「よかった、あたしもキャンプだけは参加させてもらえそう、みんなで行く最後のキャンプだからね」
志水香澄 「しーちゃん」はあたし達のグループでのお姉さんといったところ、明朗活発、才気煥発、才色兼備と褒める言葉に事欠かない。今日のファッションは青と白のギンガムチェックのワンピース、ロングのストレートヘアーも大人っぽくてとっても素敵。ユカは自分にないものをいっぱい持ってるしーちゃんを羨ましいと思う時がある。でも、それを言うと「あたしこそ、ユカが羨ましいわ」と返される。いったいあたしのどこが羨ましいのか全くわからない。気遣いができて仲間を引っ張るリーダーでもある。
話していると教室の後ろのドアが開いた。
現れたのは三人の男子。
「よう、お待たせ」
「お、来たな三人組」
「さぁ、夏だキャンプだお祭りだ」
「漆山君、野球の合宿は大丈夫なの?」
「危なかったけどずれてくれた、セーフ」
ウルシは大げさなジェスチャーで答えた。
漆山航「ウルシ」は体育会担当。ユカとは幼稚園からの幼なじみだ。地元の硬式野球リーグではちょっとした有名人。ピッチャーを務め県大会で優勝、新聞やテレビ局が取材に来たりする。スカウトなんてプロ野球の世界だけと思っていたけど、ウルシの所にも中学からスカウトが来たらしい。背丈も六年生で一六五センチ、坊主頭で夏はいつでも真っ黒だ、白いユニフォーム姿のウルシを見るとユカはオセロゲームが頭に浮かぶ。性格は単純そのもの、かなりのおっちょこちょいだがユカはウルシのそんな所が大好きだ。
「ところでさ、大ニュース」
「なになに」
「ちょっとショックなんだけど、な、教授」
教授はユカとしーちゃんの方へ顔を向けるといつものように微笑みながら言った。
「僕、引っ越す事になった」
内山京司 「教授」はウルシと正反対の理科系担当。頭脳明晰、冷静沈着、困ったときに相談すればかなりの確率で解決してくれる。銀縁メガネがいつもクールだ。それでいて優しくて照れ屋、一緒にいると心がホッとするのも魅力だ。そんな教授から思いもかけない言葉が飛び出てきた、ユカとしーちゃんは思わず顔を見合わせる。
「えっ、嘘でしょ?」
と、まずはしーちゃん。
「父親の転勤が決まった」
「どこに?」
続いてユカ。
「アメリカ」
「すごーい、ちょっとかっこいいね」
ユカがたたみかける。
「これも人生経験の一つだし」
「相変わらず冷静ね、すぐに行っちゃうの」
「いや、卒業後の四月」
「そっか、寂しいけど安心したわ、すぐにいなくなっちゃうのかと思った、それならキャンプは行けるんでしょ」
「もちろん、最後だからね」
しーちゃんはホッとした様子でユカを見た、ユカも同じようにホッとした様子でしーちゃんを見つめ返し、二人は同時に笑みをこぼした。
「ところでウルシは聖学目指すの?」
振り向き様に質問。
「おう、なんたって名門だからな、プロを目指すにはしっかりしたチームでないと、オレの偏差値でも何とか入れそうだし野球のセレクションに通れば合格ラインを下げてくれるんだ」
ウルシは握り拳を胸の前で小さく振りながら熱く語る、勉強と偏差値の所だけ、拳が少し緩んだ気がした。
「おー燃えてるね、野球少年、ねぇ、聞いて、しーちゃんオールAとったの!」
ユカの言葉にウルシと教授がすぐに反応した。
「へーすごいじゃん!これでミュージカル教室だっけ」
ウルシがまたまた派手なアクション付きでOKマークを作ってみせた。
「おめでとう志水さん」
「ありがとう、内山君」
しーちゃんはとびきりの笑顔で応えてみせた。何しろオールA、ユカは心から凄いと思う。自分の目標のために努力し、しかも有言実行、同じ年なのにまったくもって尊敬の二文字しか浮かばない、うん、すごいよしーちゃん。
四人が盛り上がる中、うつむきがちなのは「ロク」だ。ユカが気にして声をかけた。
「ロクちゃん元気ないね」
「何しろ今日はロクの最もブルーな日だからな」
うつむきがちなロクの代わりにウルシが解説を入れる。
「ああ、志水さんすごいよな、僕の通知表なんかDのオンパレードだから、先生はよほどの事がないとEはつけないって話だから実質オールEみたいなもんさ、勉強できるみんなが羨ましいよ」
「ロクちゃん、大丈夫、あたしも勉強苦手だし、仲間・仲間」
ユカはロクの肩を叩いて笑ってみせた。
「なぁ、ユカの言葉あまりフォローになってない気がするんだけど」
ウルシの絶妙の突っ込みにしーちゃんと教授の笑い声が教室を包む、そして固かったロクの顔が少しだけ緩んだ。
「とにかく、明日から夏休みだし、元気に行こう、ロクちゃん!」
六年生にもなると変に男女が意識して互いに反発したり妙によそよそしくなったりするものだ。クラスの中には今まで感じた事のない変な空気を感じる事もあったし、誰かが誰かに告白メールを送ったなんて噂が流れたりもした。けれど五人組は何とも自然体、ユカは思う。(このまま、ずっとこの仲間で過ごしていきたい、こんなに落ち着ける居場所はほかにないから・・・)と。