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 寮母のターシャさんは、田舎の宿屋のおかみさんと言った感じの恰幅のいい中年女性だった。

 柔らかい茶色の髪の毛をゆるく結い上げ、きらきらした青い瞳の小柄でかわいらしい雰囲気の人だ。

 良かった、優しそうな人で。リシェルがほっと息をつくと、ターシャさんはニコニコ笑いながら、寮の中を案内してくれた。

 

 基本的に寮の建物の東側が女性寮、西側が男性寮だ。

 男性の方が人数的に多いのもあって、建物自体はアシメトリーにできている。

 食堂や会議室など共用部分は全て一階にあり、二階より上が居住スペースとなっているが、階段から分かれているつくりになっているので、住む階が同じでも建物の右翼と左翼は一階を経由しないと行き来できない作りとなっている。

 そして、基本行き来は禁止。


「まぁ、風紀の面からね。中にはお付き合いしてる子たちもいるけど、お互いの部屋には行けないのよ」

 ターシャさんがニコニコしながら説明してくれる。

「さぁ、お部屋の方にご案内しますね。基本的は二人部屋なのよ。あなたと同室なのは、クラリシェイア・ハール伯爵令嬢かしら」

 ターシャが、3階の居室の扉を開けながら説明する。

「はくしゃく令嬢、ですか?」

「そうね、貴族のご令嬢が騎士でいるのは珍しいことだけど、とてもかわいらしい方よ。きっとあなたとならうまくやれるわ」

 ターシャさんは相変わらずニコニコと微笑んでいる。

「貴族のご令嬢とお付き合いしたことないので緊張します…!」

「あら、大丈夫よ、あなたアレイシア男爵のお嬢様でしょ?」

 さっきサイラスに落とされた爆弾がここでも落とされて、リシェルは目がこぼれるかと思うほど目を見開く。

「あら、おほほ、ごめんなさいね? 入寮してる方の情報ですもの。大丈夫、他の方に話したりはしなくってよ?」

 プライバシーって大事ですものね? その剣はちゃんとしまっておくのよ?

 どこかで聞いたようなセリフが繰り返されると、リシェルの手に鍵が落とされた。

「今は、午前の訓練の時間だからクラリシェイアさんはいらっしゃらないけど、昼食前には一度部屋に戻られると思うわ。それまでに荷物の整理して一休みしてらっしゃい」

 分からないことがあったら、小さなことでも聞きにいらしてね、と言ってターシャさんは部屋を出て行った。

 王都怖い!

 リシェルは涙目になりながら、とりあえず部屋の備え付けの椅子に腰かけて休むことにした。


 気持ちが落ち着くと、リシェルは部屋を見回した。

 ベッドが二台に、小さいがそれぞれのクローゼットとライティングデスク。

 部屋の中央にダイニングテーブルセットが据えてあって、おそらくここでお茶を飲んだりできるようにしてある。

 部屋の隅には、簡易的なキッチンのようなものがあり、湯くらいは沸かせるようになっているようだ。

 内装はシンプルだが温かみのある明るい色合いでまとめられている。

 開け放されたクローゼットの方が、自分の使う方だろうと見当をつけて少ない荷物を整理した。

 

 窓に目を向けると、飾り気のない部屋にカーテンのレースと花柄の布の柔らかい色合いがちょっと目を引いた。

「カーテンがレースだなんてすごい。レールが二重になっているのね。貴族令嬢の仕様なのかも…」

 呟きながらレースのカーテンの向こうを覗くと、騎士の鍛錬場らしき場所が見える。

 さらにその向こうは馬場になっているのか、馬を繰る集団が遠目にうかがえる。

 思わずリシェルは、騎士たちの動きを眺めることに夢中になった。

「わぁ…。ほんとに騎士なのね」

 誰に言うともなく呟くと

「そうね。ここからの景色は身が引き締まるでしょ?」

 背後から、ソプラノの美しい声が聞こえる。

 驚いて振り返ると、そこには黒髪を一つに結い上げた、青藍の瞳の美しい少女が立っていた。

 切れ長の瞳とやや薄いが形の良い小さめの唇、きりりとした顔立ちの少女は、リシェルに向かって手を差し伸べる。

「初めまして。同室のクラリシェイア・ハールよ。クラリスって呼んで頂戴」

「あっ、初めまして! リシェル・アイルザードです」

 慌てて差し伸べられた手を握り返して挨拶を返す。

「敬語は不要。これから同室になるのに堅苦しいのはごめんよ」

 クラリスはそう言いながら、上着をクローゼットにかける。

「一人部屋もいいけど、寂しかったのよ。せっかく寮に入ったというのに家と同じだとね。今日から楽しくなるわ。どうぞよろしくね?」

 小首を傾げながら微笑むクラリスが可愛すぎて、リシェルは内心悶えた。

 可愛い! ドレスを着てなくともお姫様みたい!! さすがは伯爵令嬢だわ。

 リシェルが領地にいた頃、近隣の他領には同じ年頃の女の子がいなかった。

 貴族の令嬢と接するのは初めてで、しかも所作も造作も格別に美しいときては、盛り上がる気持ちを抑えきれない。

「はい! 私もクラリス様と同室で良かったです!! どうぞよろしくお願いします」

 思わず両手を胸の前で組んで答えると、クラリスはさらに優しく微笑んだ。

「敬語になってる。それに様つけもダメ。ねぇリシェル。今日来たばかりで、色々分からないことが多いでしょうから今日はあなたに施設を案内するよう上官から言いつかっているの。一緒に昼食を取ったら城内を案内するわね」

 おかげで午後の訓練が無しになって幸運だわ、とクラリスが言う。

 こんなに素敵な方が同室になるとは、私も幸運だわ! リシェルは美少女を前に現金にも俄然これからの生活が楽しみになるのだった。


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