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そうこうして、それから三日はジェイの剣の相手をしつつ王都まで一緒に旅してきた。
誰に対しても気さくなジェイだが、ふとした立ち居振る舞いなどで、どうもなかなかいい身分の人なのではと、リシェルは疑っている。
実は子爵様あたりが、騎士として秘密の仕事に来ているのでは!等、小説のような展開を夢想しては自分の想像力にこっそり笑った。
王都に入って乗合馬車から降りた後も、初めて来た街は不案内だろう、自分も王城に行くからと門扉まで送ってくれた。
別れ際に、やや厚い紹介状を手渡される。
「ほれ。これを入隊受付に渡せばいい。あっちの建物な。じゃあな、騎士になればそのうち城内で会うだろうから。またな」
「はい。いろいろと便宜を図ってくださって有難うございます。朝の鍛錬も楽しかったです」
ぺこりと頭を下げると、ジェイは笑って俺もだ、とリシェルの頭をくしゃっと撫でる。
それからゆったりした足取りで彼が騎士の詰所らしき建物に向かっていくのをぼんやりと見送った。
いざこうして別れてしまうとちょっと寂しい。兄のような雰囲気を持つ、懐の大きさを感じる人だった。ちょっと感傷に浸っていると、ジェイとすれ違う騎士か兵士が、ペコペコとバッタのように頭を下げるのに酷く違和感を覚える。
ジェイの姿が見えなくなると、教えてもらった受付棟に行って紹介状を渡した。官吏からは、内容を精査し、入隊試験を受けられる場合は詳細について明日お知らせするので今日は帰るようにと言われた。予定通り一泊だけは街で泊まる。
しかしリシェルが翌朝受付に行くと仮入隊の上、所属部署まで決まっていた。
なんとこの紹介状は、入隊試験を受けるための身元保証ではなく、仮入隊までは確約するという破格の紹介状だった。
「えぇと、入隊試験があるって昨日聞いていたんですけど…」
騎士寮に向かって歩きながら、受付に来てくれた、案内のものだというひょろりとした人のよさそうな眼鏡の青年に問うと、彼はふにゃりとした笑みを浮かべながら
「キミの持ってきた紹介状で実技試験とかやったら後が怖いから」
と、うふふと笑った。
「僕も見たけど、おもしろい紹介状だったよね」
「いや、私は中を見てないので…」
「おやそれは残念。ユーグ将軍が書いた紹介状なんてそうそう見られるもんじゃないよ?」
「は?」
今、なにか怖い言葉を聞いた気がする。
「あのお方が紹介状とかねぇ…うふふ」
「いや、そうじゃなくて、肩書が?」
「ユーグ将軍の? 王国蒼狼軍大将、ジェイリアス・ユーグ伯爵様でしょ?」
きょとんとした顔で、なぁに、知らなかったの? と聞き返す青年に、リシェルは顔色を失くした。
「しょ、将軍…蒼狼軍…うそ。えぇぇぇぇだって私…うわぁ…」
王都までの道中での、敬意のかけらもないやり取りのあれこれを思い出して、思わず頭を抱えた。
ひぃぃ、いい身分だとは思ってたけど伯爵様だったとは! しかも将軍とか聞いてないし…
なんで教えてくれなかったの……朝の剣の稽古とかね、結構思い切りやっちゃったね、私。
思わず遠い目になるリシェルをみて、青年は思い切り吹き出した。
「あははは…苦しい…またやったんですね、あの方」
体を二つ折りにして悶える青年は、目じりにたまった涙を指でぬぐいながら、ようやっとといった感じで言葉を紡ぐ
「大丈夫、あの方の気まぐれは今に始まったことじゃないし、楽しんでやってらっしゃるから。不敬だとか糾弾されないから安心してね」
ああ、おかしい。もう、相変わらずだなぁ。と青年は小さくつぶやくと、リシェルに向き直って、手を差し伸べる。
「そういえば、まだ自己紹介してなかったね。僕は今のとこ騎士寮の寮監を任されてるサイラス・ダインだよ。よろしくね」
「あ、はい! リシェル・アイルザードです。これからよろしくお願いします」
伸ばされた手を握り返して握手しようとすると、不意に手首をとられて手の甲にくちづけを落とされる。
「…っ!!」
「アレイシア男爵のご令嬢。騎士になる前ですから淑女への礼を」
予想外に典雅なしぐさのサイラスから手を引っこ抜くと、目を見張るリシェルに、彼は眼鏡を中指で押し上げて、うふふと笑う。
王都に出るのは母の家名を名乗ることが条件で、アレイシアの家名はジェイに伝えていない為、紹介状にも載っているはずがないというのになぜばれた?
硬直し、その場にとどまるリシェルに、サイラスは先に進むよう促す。
「びっくりした? 寮監ですから。どんな方が入寮してらっしゃるか分かってないとですよね? 大丈夫です、他の人には言いませんから。まあね、キミだけじゃなくて他の方も色々あるんで心配は無用ですよ」
プライバシーって大事ですよね、とさらりと言って、寮に向かって歩き出す。
「リシェルさんは女性ですから、女子寮ですよ。僕でも有事の時以外は入れません。普段は寮母さんがいらっしゃいますから安心してくださいね。分からないことがあったら、寮母のターシャさんか僕に聞いてね」
このひと怖い。優しそうだけど怖い。できるだけこの人にはかかわらないようにしよう。
微笑みながら話しかけるサイラスに、ひきつった笑みを返して頷くと、急にサイラスが立ち止まる。
「あ、そうだ。聞いておこうと思ったことがあったんだ。キミは侍女になりたいって紹介状にあって。ねぇ、なんで王都に働きに来たの?侍女でも騎士でもいいってことはよっぽど王都にいたい事情があるんでしょ?」
「え?えぇぇと、私の小さいころからの夢だったんです、王城で侍女をするのが」
「それだけじゃないでしょ?侍女ならほかでもできるからね」
私の答えに笑みを深めながら、サイラスが続きを促す。
ジェイは、リシェルの当初の希望を汲んで紹介状に何か書いてくれたようだが、こんな質問をされるとは思っていなかった。
「僕でお役にたてそうなことなら、お手伝いしますよ?こう見えて顔が広いですからね」
王都に来た理由なら、他にもある。あるけどこの人にいうのはなんか怖い。
ためらっていると、サイラスがにやりと笑う。
「いいんですよ、男を探しに来たって言っても。大変失礼ながらあの僻地じゃあキミに見合った結婚相手を見つけるのは難しいでしょう」
「なんで…」
なぜ分かったのかと問い詰めようとして、サイラスが人差し指をたてた、しぃっというポーズを作る。
「カマをかけただけですよ。キミは考えていることが顔に出すぎです。そこが可愛らしいけどね。僕も独身なんで、候補に入れてくださいますか?ダイン男爵家の三男坊です。幸い家柄も釣り合うしそれなりに有能なんですよ?」
いやいやいや、怖いから!有能なのはわかる気がするけども候補とか無理です。
若干涙目になりながら、全力で首を振る。
「その、まだ、お仕事も慣れてないですし、そういった話はまた後程っ!」
「うふふ、そうだね、余裕なさそうだもんね」
いやあ、おもしろい方が入ってくださって、僕もお仕事楽しくなりそうですうふふとか、聞こえてますからね?
おびえながらサイラスに着いていくと、ほどなくして寮につく。
「じゃあ、後はターシャさんに引き継ごうかな。残念だけど」
寮の扉を開けながら、サイラスが振り返る。
「キミと同じような目的でここに入ってる人もたくさんいますから、きっといろんな情報が入ってきますよ。まぁ、男の方も似たり寄ったりですけどねー」
軽く肩をすくめながら、中に入るように目線で促す。
「どうぞ。わが騎士団は、キミを歓迎しますよ。リシェル・アイルザードさん。入ってすぐ右の部屋がターシャさんの執務室だから、まず部屋割りとか聞いてね。それとここが私の執務室ね」
サイラスは入口から左側の部屋に入りしな、振り返る。
「あ、最後に一言言い忘れた。――キミが持ってるその剣はとってもいいものみたいだけど、ここで使うのはあんまりお勧めしないな。本名を隠しておきたいなら特にね…。じゃあ、用があってもなくても可愛い女の子は大歓迎だからお茶でも飲みに来てね」
最後にうふふと笑ってサイラスは執務室に消える。
行きません、用があってもできるだけ行きませんからね!
心の中でリシェルは断言すると、母が若い頃愛用していたという剣を剣帯から外して抱え込むと、ターシャさんの執務室のドアを恐る恐るノックしたのだった。
読み返しながら、文章が詰まって画面が■な感じなのでもっと行間取った方が見やすいのかなとか、思ってますがバランス難しい…