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リシェルの故郷、アレイシア男爵領はエスガストル王国の東端に位置する。

隣国との国境は、大陸の背骨と言われる山脈沿いの森と隣接した未開発の地が多く残る土地だ。

父は、「気候に難があるわけではないのだから、うまく開墾していけば皆豊かに暮らせるようになるよ」と言う。しかし森の深部からは稀に魔物が現れることもあり、さらに隣国からどう山脈を超えてくるのか、山賊の類も根城を張ることがある。

 森の周辺は浅い部分であれば恩恵も豊富だが、現在の農地を維持するのが精いっぱいの現状では、さらに森を開墾して人の領域を広げることは難しいのが現状だ。

男爵領の経営状態はそこそこと言ったところだが、祖父の代で叙された領地はまだインフラの整備を含めて発展途上である。

つまり、いくらお金があっても足りないのだ。

男のように剣を振り回し、侍女として城に出仕しようと乗合馬車に乗っているリシェルは、実はれっきとした男爵家の令嬢だった――


リシェルはジェイの胸倉をつかんでがくがくと揺すりつつ、頭の中はこれまでの事がぐるぐるまわり、これからの事をどうしようかという焦りでいっぱいだった。

自分はどうしても王都に行かねばならない。

そもそも侍女になるのは自分の夢でもあったが、王都から来た商人から上級侍女の俸給を聞きかじり、ますます王都に上らねばと決心を固くしたのだ。

自分が領地にいて経営の手伝いをしても得られる結果はたかが知れている。

しかし王城で働けば、少なくとも屋敷の使用人を増やして雇用を確保することもできるし、森の際にある害獣用の柵を作り直す費用も捻出できるに違いない。

それに、それに――兄からさんざん却下を食らい続けている自分の結婚相手を王都で見つけるのだ。頭脳明晰で腕に覚えのある旦那様と故郷に帰り、領主となる兄の下で一緒にアレイシアを盛り立てるのだ。

旦那様となる方の実家が裕福であれば援助だってしてもらえるかもしれない。

父にも兄にも反対され、母に微妙な顔をされようとも、祖母を味方につけて何とか説得できた王都行き。

ここで侍女になるのをあきらめたら、きっともう次のチャンスはめぐってこないに違いない。

 

「おおおおい、死ぬから、ちょっと真剣にヤメテ。かんべん!」

ジェイの悲鳴に我に返ったリシェルが、はっとして手を離す。

「やだ、ごめんなさい」

がくがくから解放されたジェイによると、4年ほど前から公募の時期は変わっており、今の時期は騎士見習いの締切だけが間に合うタイミングだという。

ド田舎のアレイシア領に、その情報は必要の無いものとして伝わってこなかったのだろう。

「侍女は公募、年に一回だからねぇ。騎士の方は、年2回あるよ?」

「そんなぁ。だって、もうここまで来ちゃったのに」

 みるみるうちに眉根を寄せて唇を震わせ、涙が零れ落ちそうになっているリシェルに、ジェイは慌てる。

「わわわっ、おい、どうしても王宮じゃなきゃダメなのか? 俺のつてを使って、どっかの屋敷を紹介してもいい。そんで、来年また王城に行けばいい」

 ジェイの気前のいい言葉に、ふとリシェルは我に返ってジェイを見つめる。

 短い金のくせっ毛に、榛の瞳。がっしりとした体躯の、なかなかの男前だ。小汚いマントを羽織っているけど、着ている服の生地は特上と言って良いもので服装には品がある。なんといっても彼の剣は地味ながらとても良いものを使っていた。

「あれ? ジェイさん、えらいひとなの?」

「いや、偉い人ってわけでもないけど・・・偉い人に、つてはあるよ」

 リシェルの質問に、ジェイは初めて困ったような顔を見せる。ちょっと考えてみれば、偉い人がこんなに若いわけはないし一人でこんな乗合馬車に乗っているはずもない。

 自分の突拍子もない考えに、リシェルはおかしくなった。

「ふふ。ありがとう。でも、知り合ったばかりの人に頼むようなことじゃないから、自分でなんとかするわ」

公募は年に一度だけれども、時々臨時で欠員の募集があるとも商人から聞いていた。今はそれに賭けてみるしかないかなと思っている。

「そうか? 一番いいのは、ほんと騎士なんだけどなぁ。向いてると思うよ? 紹介状は俺が書くからさ」

 断るリシェルに、畳み掛けるようにジェイが言うと、近くで話を聞いていたらしきおばさんが、突然会話に乱入して追い打ちをかける。

「あらあら、さっきから聞いてれば、いい話じゃないか! 騎士の紹介状を書けるってことは、アンタ王城勤めの役もちなんだね! まぁ見かけによらないもんだ。リシェルちゃんだったかね、紹介してもらいなよ! 里はタシルだろ? とんぼ返りするのも大変じゃないか。今更帰れやしないさ。実家には手紙でも出しときゃいいよ。侍女の仕事より、騎士様の方が高給取りなんだよ! 幸い、しばらく戦もなさそうだし、女性騎士は少ないから、うまくいけばお姫様の護衛の仕事なんかも任されるかもしれないよ」

 さりげなくジェイに失礼なおばさんのセリフに、リシェルの心がちょっと動いた。

ジェイが目の端で苦笑している。

 お姫様の護衛!それに高級取り…!

 ちらりと、ジェイの方を上目づかいで見上げると、ジェイはにっこり笑ってこう続けた。

「そうそう。給料ね。見習い騎士と、3年目の侍女が同じくらいの俸給だな。仕事内容によっては特別手当もつくよ。部屋も、基本2人部屋だし。侍女は見習いは4人部屋らしいな? お姫様の護衛はちょっとわからないけど、高貴な方の護衛の仕事は回ってくるだろうな」

 それに、とさらにつけ足す。

「里がタシルか。アレイシア領とはまた遠いな。帰りの足代あるのかい? すぐ帰るつもりで来たわけじゃないだろう? 逗留して仕事を探すにも、宿代ばかにならないぞ?」

 痛いところをつかれた。

 予定では一泊して、翌朝王城に向かい、そのまま侍女専用の宿舎に入れてもらうつもりでいた。

 リシェルの紹介状はしっかりしたもので、見習いの登録であればまず落とされることはないだろうと祖母が太鼓判を押すので、すっかり安心しきっていた。当然ながらとんぼ帰りの足代なんて持っていない――――。

現状取り敢えず宿に逗留して、臨時募集がかかるまでどこか住み込みのお手伝いでも探すしかないだろう。しかしすぐに仕事が決まるとは限らない。

「も、もし一年で辞めちゃっても、罰金とかかかりませんか?」

「いや。とられない。短期間で辞めてく奴は結構いるよ。事情はそれぞれだけどな」

 話に乗ってきそうなリシェルに、ジェイはもう一押しする。

「騎士なら、基本王城務めだからな。翌年侍女に職変えてもそれまでに知り合いもできるだろうし、城の中のことも覚えられるよ」

 俺っていうコネもいるしね?と、にっこりとどめを刺す。

「――――紹介状、お願いしてもいいですか?お礼はちゃんとしますので」

 迷ったけれど夢に見たお城のことを出されて、リシェルはつい乗ってしまう。

不確定な臨時募集よりも、目先の高給に目がくらんだとも言う。

「もちろん。それに礼ならさっきいいもん見せてもらったから充分だ」

 にやっと笑ってジェイが言う。

 何のことか分からず、リシェルが小首をかしげる。

「いくら裾が邪魔とはいえ、年頃の女の子があのたくし上げ方はないだろ。次回から旅装には気を付けた方がいいぞ」

「あ!!」

 そういえば!

 さっきすっごい思いきりスカートの裾まくり上げてた!いやでも邪魔だったんだもの。人生かかってたし。

 今更羞恥がこみあげて、リシェルは真っ赤になってジェイをねめつける。侍女志願者にあるまじき失態だしそもそも女の子として品がなさ過ぎる振る舞いを思い出して涙目になる。

「次からは…もっと動きやすい服を着ます…!!」

「くくっ」

 ジェイがこらえきれずに笑いをもらして、リシェルの頭をくしゃりと撫でる。

「まぁ非常事態だったからな。気にすんな。さらに王都に着くまで、剣の鍛錬の付き合いしてくれたら紹介状に色つけとくぞ」

「私じゃ練習相手にならないでしょ?」

 拗ねたように言うリシェルに、ジェイが笑みを浮かべる。

「いやいや、なかなかのものだったよ。筋がよくなきゃ俺だって紹介状書かないさ」

「そうかなぁ…」

 リシェルは半信半疑で呟いた。


お話を読んでくださっている方、ありがとうございます。

文才がなくて頭抱えてますが、なんとかアップ続けたいです。

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