0009話
ゾディアック……それは、学園都市の中に幾つもあるネクストの学校の中でも特別な存在だ。
ネクストというのは元々トワイライトの下部組織……正確には訓練校という扱いであり、ネクストで十分な実力を蓄えてからトワイライトに所属するという形式になっている。
だが、そんなネクストの生徒であるにもかかわらず、その時点でトワイライトの中でも一線級の人材として戦えるだけの実力を持つ人物。
そのような人物こそが、ゾディアックと呼ばれることになる。
基本的に十二人しか存在しないゾディアックだが、いつの時代も必ず十二人いるという訳ではない。
空いている座があったとしても、実力がなければゾディアックの人数が十二人揃わないということも珍しくはなかった。
……いや、むしろ全ての星座が揃っている今のゾディアックの状態の方が異常なのだ。
世代によっては、半数の六人以下ということもあったのだから。
そんなゾディアックの一人……乙女座の称号を持つ光皇院麗華が、現在白夜の視線の先にある映像モニタに映し出されていた。
直接見ている訳ではなく、こうして映像モニタ越しに見ているだけだというのに、その人物から感じられる迫力は圧倒的だ。
それこそ麗華が映像モニタに映し出された瞬間、白夜のいた部屋の中が静寂に満ちてしまうほどには。
太陽の光そのものが髪の形になったと思われるような、光り輝くような黄金の髪。
まさにプラチナブロンドと表現するのはこれしかないだろうと思える、そんな髪だ。
黄金の髪の先端が波打っているような、いわゆるウェーブヘアと呼ばれる髪は、背中の中ほどまで伸びている。
戦う者の中には、髪が長いと邪魔だということで短くしている者も珍しくはない。
だが、麗華はそんなことと自分は無関係だとでも言いたげに、美しい髪をそのまま伸ばしていた。
顔立ちも意志の強さや気の強さを示すかのように、少し目が吊り目がちではあるが、非常に整っている。
乙女と呼ぶよりは、戦女神と呼ぶのに相応しいだろう姿。
その肢体は女の魅力という言葉を集めたかのように胸は大きく、腰は細く、すらりとした足は長い。
そんな身体を覆っているのは、魔力を込めて作られた鎧。
いわゆる、ハーフプレートアーマーと称される類の鎧だ。
そして手に持っているのは、純白の刀身を持つレイピア。
本来であれば、レイピアは対人戦はともかくモンスターを相手にするには向いていない武器なのだが……それを持つのが麗華となれば、話は変わる。
麗華の能力がどのようなものなのかというのは、その知名度と同様に広く知られている。
白夜が持つランクA能力の闇と対をなすと言ってもいい、ランクA能力、光。
だが、同じランクA能力同士ではあっても、それを十分に使いこなしているかとなると、それこそ白夜と麗華は天と地ほどの差がある。
それは、白夜がネクストの中でも一般的――強者であるという認識はされているが――な生徒であるのに対して、麗華がゾディアックの地位にいることからも明らかだろう。
また、麗華は『光の薔薇』の異名を持つだけの実績も積み重ねてきている。
そんな人物と相対するのは、麗華と同い年……つまり白夜よりも一つ年上の男だ。
自信に満ちた表情を見る限り、麗華を前にしても怯む様子は一切見せていない。
「……末次先輩、随分とやる気みたいだけど……どう思う?」
麗華が姿を現したときの衝撃から、ようやく我に返ったのだろう。
知美は麗華の姿を見た興奮でまだ頬を薄らと赤くしながらも、隣で同じように映像モニタを見ていた白夜に声をかける。
「そう、だな。……普通に考えれば、ゾディアックの麗華先輩に勝つなんてのは無理だと思うんだけど」
そう言葉を濁したのは、末次先輩と呼ばれた男が自信に満ちた表情を浮かべていたためだ。
「末次先輩の能力って何だっけ?」
「地属性の……木だろ? ただ、能力ランクはそこまで高くなかったから、地面から木を生やして攻撃するとか、そういうことは出来なかったと思うけど」
以前の戦いで見た末次の戦い方を思い出しながら、白夜は考える。
普通に考える限り、とてもではないが末次が麗華に勝てるとは思えない。
能力者のランクが戦闘力に直結しないというのは、白夜と麗華を見れば明らかだろう。
しかし、麗華はゾディアックの一員となるだけの力を持つ。
そんな人物を相手にして、勝てるかどうかと言われれば白夜は首を傾げざるを得ない。
「……どうした?」
ふと、隣で話を聞いていた知美が自分に珍しそうな視線を向けているのに気が付いた白夜が尋ねる。
「え? いや。……麗華先輩って美人でしょ?」
「まぁ、それは誰が見てもそう言うだろうな」
いきなり何を? と思いつつ、白夜は知美の言葉にあっさりと同意する。
だが、その知美は白夜の様子を見ながら、理解出来ないといった風に言葉を続けた。
「そんな麗華先輩が映ってるのに、白夜にしては珍しくエロい目で見てないなと思って」
知美はクラスメイトなだけあって、白夜が女好きなのを知っている。
もっとも、女好きと言いながら結局恋人の一人も作れていないのを考えれば、その熱意に結果が伴っていないのだろうが。
何人かはそんな白夜に好意を抱いているということは知っているのだが、それを口に出すような真似はしない。
……知美の目から見ても可愛い子が、白夜の毒牙に掛かるのは絶対に避けたかったからだ。
そんな内心の思いを隠して尋ねた知美の言葉に、白夜は少し困ったように頷く。
「ああ、間違いなく麗華先輩は美人だし、外見はモロ俺好みだと言ってもいい。……けど、何て言えばいいんだろうな。闇と光ってのもあるのか、それとも麗華先輩が完璧超人だからなのか……凄すぎて、女として感じないんだよな」
麗華の姿を見て、いい女だと……そう思うのは事実だ。
だが、それでも女好きと白夜が口説きたいと、そう思わないのは白夜本人も不思議だった。
そんな不思議な思いの理由を、白夜は口に出したように能力が正反対だったり、麗華が何をやっても完璧にこなすような人物で、とても恋愛の対象に思えないからだろうと判断している。
麗華という存在が、あまりに遠すぎると。
遠い存在という意味では、モデルのラナも同様なのだが……白夜の目から見て、まだラナの方が身近に感じていたのだろう。
だが、麗華の家……光皇院家は、現在日本でも……いや、世界でも屈指の実力を持つ財閥の家柄だ。
そんな家の出でありながら、能力者としても非常に高い能力を持ち、ゾディアックに所属して乙女座の称号を持つ人物。
外見も誰が見ても美人だと言うだろう容姿をしており、身体つきも特殊な趣味を持たない者にとっては理想とも言える身体つきをしている。
少なくても、普段の白夜であれば麗華のような人物は何が何でも口説こうと思うだろう。
……それが失敗したとしても。
天が二物も三物も与えたような麗華は、それこそ白夜がファンのモデル、ラナと比べても格上の存在と認めざるをえない。
「ふーん……白夜のことだから、女なら誰もいいと思ってたんだけど、違うんだ」
「……それに、どう答えろと?」
「ふふっ、普段の自分の行いを考えてから、そういうことは言うのね」
「みゃー!」
知美の言葉に、ノーラは同意するように鳴き声を上がる。
自分のすぐ側を浮かんでいるノーラに、白夜は少しだけ不満そうな視線を向け……
「あ、始まったわよ」
知美の言葉を聞き、急いで映像モニタに視線を向ける。
最初に動いたのは、末次。
先に麗華に行動させると自分にとって不利になる。そう考えての行動だろう。
だが……麗華は末次が何を考えているのかは分かっているにもかかわらず、レイピアを手にしたまま黄金の髪を掻き上げつつ、末次が近付いてくるのを待つ。
「随分余裕よね」
知美の言葉は、この部屋にいる他の者たちの意見でもあった。
末次も麗華ほどではないしろ、腕の立つ能力者としてそれなりに知られている人物だ。
その末次に好きなように先手を取らせるというのは、余裕……いや、見ようによっては驕っているとすら取られてもおかしくない。
そう思うのは白夜も同じだったが、それでも白夜の目から見て映像モニタに映し出されている麗華の顔には相手に対する侮りの色はないように思える。
優雅に笑みを浮かべているというのを聞けば、普通なら侮っていると見ることも出来るだろう。
だが、それでも麗華がそのように思われないのは、やはり本人が持つ雰囲気や……何より、格というものだろう。
映像モニタを見ている者たちがどうなるかと息を呑んで見守っていると、やがて麗華との距離を縮めていた末次が素早く手を振るう。
そこから飛ぶ、何か。
「何だ?」
その行動に、部屋の中にいた誰かが呟く。
「木の枝だな」
呟いたのは、白夜。
他にも末次の行動を見てとることが出来ていた者が、そんな白夜の言葉に頷く。
普通に考えれば、能力者同士の戦いで木の枝を投げつけたところで、特に何か効果があるとは思えない。
だが……それはあくまでも普通であれば、だ。
今回木の枝を投げたのは、植物を操る能力を持つ末次なのだ。
そうなると、普通に木の枝を投げたのとは全く違う結果となる。
空を飛ぶ木の枝が、見て分かるほどに空中でその軌道を曲げた。
そして木の枝から何かが飛ばされ……だが、次の瞬間光が一閃、二閃し、木の枝から放たれた何かを迎撃する。
「嘘だろ!?」
そう呟いたのは白夜……ではなく、少し離れた場所で映像モニタを見ていた冷泉忠敏の声だ。
「どうしたんだよ、何があったのか分かったのか?」
「ああ。……光皇院先輩のレイピアの切っ先を見てみろ。……分かるか?」
忠敏の言葉に、それを聞いていた者たちは映像モニタに視線を向け……その中の一人が気が付く。
「うわ、マジか? 切っ先が何かを貫いてる。あれって、さっきの枝から発射された奴だよな?」
「ああ。……あの一瞬であれだけのことをやったんだ。ゾディアックの一員だけはあるよな」
白夜のクラスでも腕利きと目される忠敏の言葉に、皆が頷く。
映像モニタに映し出されている末次も、まさかそんな手段で攻撃を防ぐとは思わなかったのか、走る速度が落ち……やがてその場に立ち止まってしまう。
レイピアを構えたままの麗華は、そんな末次に向かって何かを口にする。
残念ながら、この映像ではお互いが何を話しているのかは分からない。
だが、それでも末次が気を取り直したのは白夜にも分かった。
「余裕だよな、本当に」
先程の模擬戦で自分が戦ったときは、相手が態勢を立て直すのを待つような余裕はなかった。
光と闇……能力的に正反対の属性を持つ麗華と白夜だったが、その実力も正反対と言ってもいい。
少しだけ悔しそうに呟く白夜だったが、呟かれたのは口の中だけで小声だったため周囲にいる者たち……近くにいる知美にも聞かれることがなかったのは幸いだったのか。
ただ一人……いや、一匹と呼ぶべきか、ノーラだけはそんな白夜を励ますように、そっと右肩に着地したが。
そんな白夜の思いと裏腹に、戦いは続く。
距離を詰めた末次が、新たに手にした木の枝を振るって麗華に殴りかかったのだ。
木の枝と、レイピア。
武器としての格では、圧倒的に木の枝が劣っているだろう。
突きを主体としているレイピアだが、麗華の使うレイピアはただの金属で出来た代物ではない。
ゾディアックに相応しい、魔力を流すことの出来る機能を持ったレイピア……いわゆる、魔剣や聖剣と呼ばれる類の武器だ。
そんなレイピアだけに、いくら刀身が細くても木の枝とぶつかった程度で折れることは絶対にない。
だが、それでも末次は木の枝を振るう。
そしてレイピアの突きが木の枝を捕らえようとした瞬間、まるで木の枝が生きているかのように曲がってレイピアの一撃を回避する。
「蛇かよっ!」
白夜の耳に誰かが叫んだ声が聞こえてきたが、実際その蛇という言葉は今の木の枝の動きをこれ以上ないほど正確に現している。
そうしてレイピアの刃を回避しながら麗華に襲いかかった木の枝だったが……
「え?」
ふと、映像モニタに映っている光景を見て、知美が呟く。
白夜も口に出しはしないが、知美と同じような疑問を抱く。
……麗華に命中する筈だった木の枝が、ふと気が付けば末次の手からなくなっていたのだ。
何がどうなったかのかは分からない。
それでも、今こうして見ている限りでは麗華にとって絶好のチャンスであるのは間違いなく、ゾディアックと呼ばれる者がそれを見逃すはずがない。
瞬時にレイピアに魔力が込められ、その刀身が麗華の能力のように光り輝く。
そして目にも留まらぬ速度でレイピアが振るわれ……やがて、次の瞬間、空中に光で出来た薔薇のようなものが描かれる。
「光の、薔薇……」
白夜が、無意識に呟く。
光の薔薇。
それは麗華の得意とする技の一つであり、同時に麗華の……ゾディアックの乙女座の称号を持つ者の、異名でもあった。