0063話
トレント。
それは、木のモンスターとして有名な存在だ。
トレントと一口に言っても色々な種類がおり、普通の木のように地面に埋まったまま獲物を待ち構えるようなトレントもいれば、木の根を足代わりにして歩き回って自分から獲物を探すようなトレントもいる。
また、中には長い時間を掛けてより強力な存在に進化したトレントもいるという話を、白夜はネクストの授業で聞いた覚えがあった。
そんな説明を思い出しながら、白夜は視線の先にある、幾つもの切り株を……青の街から出てきた人物が口にした、トレントの残骸と思われる存在に視線を向ける。
「あんたは、青の街の住人かい?」
白夜が切り株に視線を向けていると、早乙女がその人物に声をかける。
もっとも、青の街から出てきたのだから、その住人ではないという可能性はそう高くはなかったが。
実際、早乙女に声をかけられた男も、そんな早乙女の言葉に頷きを返す。
「ああ、そうだよ。それで? あんたたちは? ……ん? お前は緑の街の鎌谷だったか。なるほど、道の一件で来たのか」
最初は見慣れない者たちの姿に若干の警戒を抱いていた男だったが、一行の中に顔見知り……という程ではないが、顔を知っている人物がいることで、何故ここにこのような者たちが来たのかを予想する。
「そうだ。この人たちが道を作るのに協力してくれるトワイライトの人たちだ。けど……何だってこんなことに?」
「さあな。俺にだって分からんよ。ただ、分かっていることは、最近……それこそ、ここ数日になって何故かトレントが青の街の周辺にいきなり生えるようになったことだ。だから、こうして……」
そう言い、男は自分が持っている斧に視線を向ける。
「俺が見て回って、トレントを伐採してるって訳だ」
「いや、ちょっと待てよ、あんたは別に能力者でも魔法使いでもない、ただの人間だろう? なら、一人でトレントの相手をするってのは、危険すぎる」
トレントというのは様々な種類がいる分、どうしてもそこには強いトレント、弱いトレントといった風に混ざっている。
そんなトレントを相手に、特に戦闘力も持たないような一般人がたった一人でどうこうしようというのは、トワイライトの面々……いや、ネクストの生徒の白夜から見ても、自殺行為にしか思えなかった。
一瞬だけ白夜は、実はもしかしてこの男は実力を隠しているのではないか? と思わないでもなかったが、男の足運びといったものは一般人のそれで、戦いにかんして素人なのは間違いない。
心配そうに言うトワイライトのメンバーの言葉に、だが男は笑みを浮かべて口を開く。
「ああ、それは気にしなくてもいい。トレントではあるが、別に凶暴って訳じゃねえからな。それこそ、ほとんど身動きをしたりもしない」
『は?』
男の言葉に、それは本当か? と皆が声を揃えてから視線を向ける。
そもそも、それではトレントであるのか、普通の木であるのかの見分けが付かない。
……もっとも何もない場所に突然木が生えるという時点で、それは普通の木ではなく、何らかの異常があることは間違いのない事実だったが。
「それは、本当にトレントなのか?」
「ああ、トレントだ。ただし、正確には鳥や狐、狸なんかの小さな生き物を専門に捕らえて食べるトレントだな。そんな訳で、人間には一切反応しない。それこそ、斧で幹を切られてもな」
「……トレント?」
早乙女の唖然とした呟きが周囲に響く。
だが、実際にこうして男が平気な顔をして説明している以上、少なくても完全な嘘であるとは思えなかった。
「そんな訳で、トレントが突然生えてくることに困ってはいるけど、トレントそのものには困ってないんだよな。……実際、トレントは魔力を持ってるから材木として優れているから、乾かして使えばかなりの高級品になるって喜んでいたし」
さらに男は、トレントが鳥や動物だけを攻撃するという性質から、農業をやっている者にとっては水田や畑の近くに植えて欲しいとまで言ってる者がいると、そう説明する。
そんな説明を聞いていた白夜は、ふと思うことがあった。
「その、ちょっといいですか? 小動物を狙うなら、それこそ人間の子供とかも危ないんじゃ?」
ついでに、ノーラも……と、白夜は自分の頭上を浮かんでいる空飛ぶマリモに視線を向ける。
「みゃー?」
白夜の言葉を聞いていたのかいなかったのか。
ともあれ、ノーラは不思議そうな鳴き声を上げると、そのまま白夜の頭の上に着地する。
ここがいつもの自分の場所、と。そう言いたげな様子を見せるノーラに、早乙女や鎌谷だけではなく、青の街から出てきた男もどこかほんわかとした気持ちを抱く。
「あー、そっちの丸いのは知らねえが、取りあえず子供が襲われたって話は聞かねえな。恐らく人間は攻撃しないようになってるんじゃねえか?」
「いや、もしそれが本当なら、大騒ぎになってもおかしくないんだが」
青の街の男の言葉に、早乙女が呟く。
実際、現在地球にいるモンスターの多くは、基本的に人間に対しては敵対的だ。
中にはノーラのように個として友好的な存在で、従魔になったりすることもあるが、それはあくまでも個としての判断であって、種族全体としてではない。
そうである以上、種族として人間に敵対的な存在ではないトレントがいるのであれば、早乙女の言う通り大きな騒動になってもおかししくはない。
もっとも切り株を見れば分かる通り、人間に敵対的ではないからといって、それで人間の邪魔をしないという訳でもないのだが。
「そう言われてもな。取りあえずこっちにしちゃあ、敵対的ではないかもしれないが、生活の邪魔になるのは間違いない事実だ。何をするにしても、このトレントみたいなのがいるのは、俺たちにとっては厄介だよ」
そう言われれば、早乙女としても何とも言えなくなる。
生活を妨害されてもモンスターを倒すな、などとは到底言えるようなことではないのだから。
もしくは、自分たちがトレントで被害を被っている分をどうにかすると言えば話は別のなのかもしれないが、今回ここに来ているのはあくまでも青の街と緑の街に道を通すためであって、トレントの件は言ってみればおまけにすぎない。
早乙女が黙ったのを見て、男は斧を手に再び口を開く。
「そんな訳で、俺は他の場所にあるトレントも切ってくるからよ。じゃあ、俺はそろそろ行くぞ。いつまでもここで時間を潰す訳にもいかないしな」
「あ、ああ。……分かった。気をつけてな」
早乙女にしてみれば、今の状況で男に何か言うことは出来ない。
出来ればそのトレントの実物をトワイライトの本部に持って帰りたいとは思っていたが、それは今はすぐにどうこうといったことは出来なかった。
そうして男が去るのを見送った白夜たちは、青の街の中に入る。
もっとも、街のすぐ外で話していたのだから、当然のように何か怪しい存在……モンスターなり動物なり、場合によっては盗賊なりといった者たちが入ってこないように見張っていた、言ってみれば門番の役割をしていた者たちは、白夜たちの存在に気がついていた。
「緑の街の鎌谷と、今回の依頼を受けてくれたトワイライトの方々、よく青の街まで来てくれました」
二十代ほどの年齢に見える男が、そう言って嬉しそうに笑みを浮かべて早乙女たちに声をかける。
正直なところ、まさかここまで歓迎されると思ってはいなかった白夜としては、その言葉遣いに少しだけ驚く。
「ああ、そう言って貰えるとこちらも嬉しい。今回の仕事は色々と大変なこともありそうだけど、気持ち良い仕事が出来ることを期待してる」
早乙女のその言葉に、門番の男は笑みを浮かべて頷く。
「ええ、もちろん。緑の街との間に道が通れば、この街ももっと豊かになりますしね」
門番の言葉に、早乙女も笑みを浮かべて頷きを返す。
「今回の仕事には、こちらも全力をつくすつもりだ。もちろん、青の街や緑の街の住人の協力も必要になってくるかもしれないが……」
「分かっています。全ての要求に応えることは出来ませんが、それでも青の街で出来る限りの要求には応えさせて貰います。その辺は街長からも言われてますから」
「そうか、ありがたい。……それで、街長に会いたいのだが……」
「もう呼びに行ってますよ」
そう告げる門番。
本来なら、門番というのは二人一組で行われるものだ。
何かあった時に、二人いれば片方が異常を知らせに行くことが出来るのだから。
それこそ、今回のように。
「そうして貰えると、こっちは助かるよ。……それにしても、トレントの一件は厄介だな」
自分たちの会話が聞こえていたのを前提として、早乙女は門番の男に話しかける。
門番の男も、そんな早乙女の考えは分かっているので、特に惚ける様子もなく頷く。
「そうですね。人に害はないんですが、気がつけば色々な場所に生えてますから。特に厄介なのは、外にもある切り株です。トレントそのものは切れば色々と使い道もあるのですが、切り株となると……あれをどうにかするのは、かなり大変なことになりそうです」
「その辺は、取りあえずこっちで何とかしてみるさ。……なぁ?」
早乙女の視線が向けられたのは、当然のように白夜だった。
今回の依頼にかんしては、様々な労力となる闇のゴブリンを作り出す能力を持つ白夜が鍵となるのは間違いない。
「そうですね。俺の能力を使えば、どうにかなる……かもしれません。ただ、切り株ってのはそう簡単にどうにか出来るものじゃない以上、本当にどうにか出来るかどうかは、実際にやってみないと分かりません」
「なら、やってみろ。今なら別に能力を使っても構わないだろう?」
早乙女の言葉に、白夜は少し考えて頷く。
「分かりました。今日はこれから特に何かをする予定もないですし、そう考えると能力を使っても問題ないですしね。……構わないですか?」
一応、といった様子で門番の男に尋ねる白夜だったが、門番の方はそんな白夜の言葉に異論がある訳がなく……それどころか、こうして目の前で切り株をどうにかして貰えるのなら、自分の目でしっかりと見てみたい。
そんな思いを抱いている門番は、白夜の言葉に頷きを返す。
「本当に切り株をどうにか出来るのであれば、見せて欲しいです」
その門番の言葉に、白夜は頷いてから口を開く。
「我が大いなる闇に眠りし者よ、その姿を現し、我が命じるままに動け」
いつもの如く厨二病的な言葉を口にする白夜。
当然門番もいきなりそんな言葉を聞いて驚くが、白夜は門番の視線を意図的にスルーしていた。……それでも若干の恥ずかしさが残るのか、薄らと頬が赤くなっていたが。
ともあれ、白夜の影が広がって闇と化し、四本腕のゴブリンが十匹ほど姿を現す。
闇で作られたゴブリンを見た門番は、一瞬警戒するも……そのゴブリンが暴れるようなことはなく、鎌谷以外の者は特に緊張している様子も見せていなかったこともあり、警戒を解く。
……鎌谷も白夜が生み出す闇のモンスターは、これまで何度も見ている。
見てはいるのだが……それでも、やはり一般人でしかない鎌谷にとっては、闇で出来たモンスターを見てもすぐに慣れるということはなかったのだろう。
軍隊蟻を倒す光景を見てはいるだけ、門番の男よりもすぐに警戒を解くことは出来たのだが。
「よし、ゴブリンたち。あの切り株を皆で引っ張って抜け」
白夜の命令に、四本腕のゴブリンたちは早速切り株のある方に向かって歩き出す。
もっとも、トレントの切り株はそこまで大きなものではない。
三匹、四匹、どんなに頑張っても五匹くらいのゴブリンであれば、切り株に手をかけることは出来るが、それ以上ともなれば余るゴブリンも出てくる。
そのようなゴブリンは別の切り株に向かい、その切り株を何とか大地から引き抜こうとする。
闇で出来たモンスターは、基本的に言葉を発することは出来ない。
だが、それでも必死になって切り株を引っ張っているゴブリンたちは、何も言葉を発していなくても、それを見ている方には何らかの言葉を発しているようにすら見える。
「おお」
門番の男は、そんなゴブリンの様子を見て思わずといった様子で声を漏らす。
初めて白夜の能力を見た門番にしてみれば、闇で出来たゴブリンというのにも驚いたが、それ以上に闇のゴブリンが白夜の命令に従って切り株を引き抜きに行ったことも驚いた。
同時に、闇のゴブリンたちが協力して切り株を引き抜こうとしている光景は、ただ驚きしか存在しない。
そして……やがて数分後には、切り株が地面から引き抜かれるのだった。




