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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

おかしな竜は笑顔が欲しい

作者: チル

「明日、かぁ」


 私は日付記録魔法(カレンダー)を見てため息をついた。

 憂鬱だからではない、それが丸1年たったという感慨からだ。

 そう、私は明日でこの世界に来て1年目になる。


 私は人間だった。

 別の世界でそれなりに楽しく生きそれなりに苦しんでそれなりにお菓子を作っていた。

 お菓子作りは良い、生きる全てがあそこにはある。


 バレンタインデー用に張り切って造ったお菓子。

 全てチョコで出来た高い塔。

 それを完成させた。


 少し休もうと寝ていたら、いつの間にかこの世界に来ていた。




 異世界転移というものだと言うのに気づいたのはその少し後。

 私が驚いたのは、私自身にだった。


 白い鱗に覆われた全身。

 獣脚で上がったかかと。

 胸に綺麗な銀の羽根。

 背には銀の羽毛に覆われた翼。


 顔を触ろうとすればその手……いや、前足は地面を支えて。

 顔はトカゲのようになっていた。

 いや、これはもうどうみても……

 竜だった。


 呆気にとられて尾を忘れていた。

 振ると、反応する。

 作り物じゃあ、ない……?


「おお、本当に銀の星が降るとはな」


 そのお爺さんの声に振り返ると私のような姿ながらも全身が錆びたような竜。

 茶色になって私よりも大きいその竜は日本語を話して……

 違う、私が別の言語をそのまま理解できている?


 そんな調子で私は流されるように進んでいった。


 私は隕石が落ちてきた先にいた存在。

 伝承にある銀の星。

 その伝承は彼等の竜族に伝わるものだ。


『世界が危機へと導かれし時に相反せし存在生まれる。

 それは銀の星となって九頭竜の山に落ちる。

 銀の星は未知なる力を用い天を突き危機へと挑む』


 ざっくりと言えばこんな感じだった。

 私が落ちたらしいのは九頭竜山の頂上。

 つまり私は何故か伝承の存在になってしまっていた。




 ワケのわからないまま話は進んでいく。

 私は銀の星……彼等の言葉に直すとフォロ·テラという名前で呼ばれるようになった。


 フォロとなった私は伝承の通り旅をした。

 ある竜には親切にしてもらい。

 とある竜には試練と称して殺されかけた。


 私、現代人ですよ!

 殺す殺されるとか本当に勘弁!


 それでも私は無事に生き残った。

 なぜか。

 私が伝承通りの力を持っていたからだ。


 圧倒的な……それこそ人の頃では考えられなかったパワー。

 何も通さないどころか反射する鱗。


 身軽なのに多くの質量を持つ肉体。

 竜特有なのかな?

 無限にわいてくる強い勇気。


 それすらも越えて凄かったのは私がお菓子を作れたこと。

 それが私の最強で最高の力。

 この世界では魔法と呼ばれるもの。


 様々な魔法を旅で身に着けたけれど何にもお菓子の魔法には敵わない。

 さらに言えば私は何も食べなくても平気。

 私のお菓子の魔法が最強なのは、私が食べるからじゃない。


 私が積み上げてきたお菓子作りの知識と技術。

 それが魔法と竜の力で何倍にも強くなっていく。


 旅の中で何度も繰り返して生き延びてきた。

 そう、私は……お菓子と称してなんでも作れた。


 はじめの頃は普通のお菓子程度だった。

 それでも優しい竜にあげると、


「え、何これ!?

 僕が食べてきたものって一体……

 ね、ねえ!

 もっと、もっと無い!

 フォロ·テラさん凄いよ!」

「もっとあるからね!」


 信じられないというほど喜んでくれて虜になってくれる。


「うわはぁ〜!

 天にものぼるー!」

「もう死んでも俺は満足……

 いや、死んだら食べれない!」

「喝っ!

 旨い!

 もっと差し出すことを許可する!」


 私はお菓子を受け取ってくれる相手がいればどこでも生きていける。

 そんな自信が旅の間についた。




 凶暴な竜が相手の場合は少し無理やり受け取ってもらう。


「ハァ……ハァ……」

「どうしたド甘竜!!

 伝承の力はその程度か!」


 この時は全てを燃やし尽くす炎を使う火竜に苦戦していた。

 空を飛び続け熱でお菓子を全て溶かすのは相性が最悪。

 私のお菓子たちを溶かしては笑っていたから……許せない。


「ハァ……だったら!」


 炎を避けつつお菓子魔法を練り上げる。

 どうなるかわからないからあまりやりたくなかったんだけれど……

 実践で試すしかない。


「何度やっても無駄……

 何!?」


 火竜の爆炎によって溶かされたはずの私のお菓子は健在。

 それどころか意思を持ち人型になって立ち上がった。

 砂糖の融点は180℃ほど。

 1000℃を超える爆炎には普通耐えられない。


「何をした!

 まさか……」

「行って!」


 私の声に答えて人型の飴の塊が跳んでいく。

 それまで見せなかった力に火竜は驚き回避しそこねた。

 尾にしがみつく。


「テメェ……

 この魔力、自分を素材につくったな!?

 良いねえ狂ってるぜ!」


 戦闘狂には言われたくない。

 私は胸の羽根を数枚ちぎってそれを元にお菓子を作った。

 私の体は非常に優れた力を持っているからできるとは思っていたけれど……


 それと私の体は誤解を生みそうだけれどどこでもおいしい。

 非常に甘く砂糖のようななにか。

 それでいて竜の力はある。


 ここで手を止めるワケにはいかない。

 今度は私の爪を一個切り落とす。

 お菓子魔法なら包丁のお菓子でスパッと斬り落とす事も出来た。


 天空では人型の飴を振り落とそうと火竜が暴れていたが相手は飴。

 振れば振るほどネバネバくっついている。


「ちくしょう、ド甘竜め!

 取れねえな!」


 今のうちに。

 私が見聞きした中で想像して一番効きそうなもの考え作り出す。

 竜の頭は凄い。

 複雑な設計図を空で組み立てそのまま魔法で再現出来る。


「出来た!

 さあ、お願い!」

「何!?」


 空に向かって飛んで行くのはドラゴンキラー。

 鱗を剥がしてそのまま殺すと言われる特殊なノコギリ状の大剣。

 だが火竜はすんでの所で回避した。


「流石にこれは当たってたまるか!」

「そう?」


 けれどこれで良い。

 背中までよじ登った人型の飴がドラゴンキラーを手に取る。

 そして……


「な、待て、やめろ!!」


 そして火の戦場に絶叫が鳴り響いた。


 大丈夫、死んではいないから!

 ただ笑ってくれるまでお菓子を食べてもらったけどね。


 そんな風に私の旅は山あり谷ありだった。

 私の姿も何度も変わって昔のずんぐりした感じからすっかり洗練された姿に。


 竜としては小さかったけれど今ならばしっかりとおとなだと胸をはれる。

 能力も初期とは比べ物にならなくなった。


 何度も人間には会ったけれどそのたびに追われた。

 何言っているかわからないだけならともかく、危険な敵とみるか良素材の塊と見るかの二択だった。


 お菓子魔法を見たら私をバラそうとしてきた時はショックだったなぁ。

 金の卵を産む鶏を殺しても金は手に入らないんだよ!


 そして長い旅路の末に私は伝承に挑むこととなった。


 伝承の平野。

 そこで私は空を見上げて遠視魔法最大化(てんたいぼうえん)を使う。

 ……見えた。


 最初伝承を聞いた時は無理だとかありえないとか思っていたそれ。

 宇宙から迫る濃い茶色の星。

 まだ遠いけれど伝承どおりなら1ヶ月後に降る。


 落ちれば星は終わりだ。


 なぜ私がなんて思ったけれど、今だと私しか出来ないってわかる。

 私の力と気づけたタイミングでなければ準備出来ない。


 こうして私はギリギリまで作業に追われることになった。




 明日はバレンタインデー。

 それと同時に迫る隕石。

 タイムリミットは後わずか。


 けれどやれることはやった。

 私は日付記録魔法を閉じて窓から下を見る。


 私が作ったのは天をも穿つほど高い塔だ。

 あらゆる計算をつくし素材もできるだけこだわった一品。

 建築された魔法のお菓子。


 金属より遥かに頑丈なこの塔はまっすぐ隕石へむかって伸びている。

 ちょうど1年前も似たようなのつくっていたっけ。

 もちろん常識的なサイズのをだよ。


 私の脳内にテレパシーが飛んでくる。


『母様、隕石が成層圏を突破しました』

『被害は?』

『殆ど……』

『そう……』


 出来ることならそこで破壊したかった。

 連絡をテレパシーでよこしてくれたのは私の最高傑作たち。

 私の分身とも言える特攻隊。


 何故か母と呼んでくれていたが、まんざらでも無かった。

 精巧なつくりの彼等はみな2つとない存在。

 100を超える竜の力を持った彼等はこの日のために生み出された。


 だから、悲しみに暮れている場合じゃない。


 顔を拭って通信魔法で塔内に指示を出す。


『全員戦闘態勢!』


 塔内から叫び声が響き渡る。

 これまでの旅で出会った竜たちだ。

 まだみんながいる。


 彼等はそれぞれにお菓子と装置を渡してある。

 今ではあの火竜もしぶしぶとはいえやってくれている。


 みんながそれぞれのお菓子を口にする。

 するとみんな苦しみだした。

 時期に強大な力を帯びて苦しみは収まる。


 それぞれにギリギリに配合した限界まで力を引き出すお菓子。

 ただしそれは一発にかけた力。

 後は疲れ切ってしまう。


 ちなみにおいしい。

 嬉しい咆哮が塔内に響き渡った。

 うん、大丈夫そう。


 竜達はそれぞれ身体を固定され最大限のパワーを発揮できるようにする。

 竜のブレスは単純な火力は良いのだが本来の力より大幅に上げている。

 普通ならば踏ん張りきれず後ろに吹き飛んでしまうから固定した。


 さらに塔の壁に特殊な紋様が浮かび上がる。


 合図とともにこれに全力の一撃を一斉に放った!


 本来なら貫くはずのブレスが紋様に吸い上げられる。

 そして塔全体が輝き出し先端から光が溢れた。


 一閃!

 空へ向かって一直線に束ねられた竜のブレスが飛んでいく。

 間近に迫っていた隕石に当たるとその勢いを殺していく。


「行ける!」


 みんなが全力で叫んでいる。

 溢れる力全てを隕石にぶつけているのだ。


「うおおおおおおおおぉ!!!」


 どこまでもどこまでも止めるために全力で。

 全力で……


「止まら……ない!?」


 叫び声が徐々に消えていく。

 みんな力尽き始めた。

 それと同時に隕石は再び降下の勢いを増す。


 このままでは、日付が変わると共に落ちる。


「まだ終わっていない!

 終わらせない!」


 光が消える前に急いで窓から飛び出る。

 向かう先は隕石の近く。

 空気を燃やし落ちていて近寄るだけで危険だ。


 それでも近寄る。

 多少なら私の力なら大丈夫。

 やがて塔からの光が消えた。


『死ぬんじゃねぇぞ、フォロおおおおぉ!!!』


 最後にそうテレパシーが飛んできた。


 塔のみんなは大丈夫だ。

 自動で遠くへ転送される仕組みになっている。

 ……もちろん止めなければ、星ごと砕けてしまう。

 あくまで最後の手段のためだ。


「絶対にこの星は、みんなの笑顔は!

 なくさせない!!」


 ありったけのお菓子魔法を発動させる。

 私の血や鱗を消費して大きな手を作った。

 隕石を受けるほどの大きな手。


「ぐうっ!?」


 空中で受け止める。

 けれど止まらない!

 恐ろしい衝撃。


 身体がバラバラになりそうな悲鳴をあげる。

 砕けた鱗は端からお菓子魔法で手の補強に回す。

 それでも止まらない。


 ついに、ついに塔まで落ちてきた。


「はああああああああああぁ!!」


 絞りきる、体中の鱗や角が砕けようとも。

 そうしてやっと、やっと。


 最後の作戦を行う準備が出来た。


 未だに緩みながらも下落を続ける隕石。

 星をも砕く巨大な焦げ茶色の塊。

 私の側にある塔へと落ちていく。


 塔は細部まで計算してつくられている。

 この落下速度ならば!


 塔に串刺しになっていく隕石。

 ここはまだ雲の上。

 ここで止める、絶対に!


 隕石は激しく砕き揺れ勢いを削られても落ちていく。

 私もお菓子の手で支えている。

 が。


「カハッ!?」


 負荷に耐えきれず吐血してしまった。

 その血すら補強の材料にする。

 今は何でも惜しい。


 隕石がとうとう雲を突き抜けた。

 このままでは地上に落ちる。

 星は砕けなくとも大災害は免れない。


 だから、だから。

 私は最後の力を振り絞って魔法を使った。


 地面が、平野がめくれ上がっていく。

 それだけじゃない。

 見渡す限りの大地がカタチを変え浮いていく。


 私の最後の作戦。

 星の上にお菓子で外郭を作って隕石を包み込む。

 そうだ、隕石もチョコみたいな色だしちょうど最後のお菓子の傑作に相応しいかな。


 星の上から見れば驚く光景が見えるはず。

 隕石を包み込むようにめくれあがっていく星の一部。

 そしてその下には本物の大地。


 私は飛ぶ力もなくなってただただ落ちていく。

 隕石はやっぱりまだ落ちていくけれど塔を貫いている。

 そのせいか落下の勢いは増していない。

 それでいい、最悪な場合でも計算上地上に被害はない。


 そしてお菓子が隕石を包み込み激しく激突した。




 私、死んだのかな。

 死んだよねぇそりゃあ、あはは。


 いきなりこの世界にきて救えって言われて理不尽だなんて思ったけれど。

 たくさん苦しんでたくさん楽しめてたくさんお菓子を作ったなぁ。

 みんなのお菓子を食べた時の笑顔、守れたよね?




 うん……?

 ここは……どこだろう。

 目の前には焦げ茶色の竜がいる。


 まるでチョコレートで出来ているみたいだ。

 寝ているみたいだけれど……

 あ、起きた。


「ん……?」

「キミは?

 私はフォロ·テラって言うの、お菓子食べる?」

「ん……」


 私がお菓子魔法で簡単な飴を出すと竜は恐る恐る舐めた。

 それにしても小さい、多分子どもだ。

 まるで生まれたてのような……


 飴をなめると彼はピクリと耳を動かす。

 尾もピンとはったりブンブンふったり忙しそう。


「ん!」

「喋れないの?」

「ん?」


 言葉が分からないのか。

 とりあえずこのどこかわからない場所から動きたいけれど……


「ん」


 そう言って彼は私に前足をかける。

 一緒に連れて行ってほしいと、そう言っている気がする。


「うん、一緒に行こう。

 はい、お菓子」

「ん!」


 うん、凄く喜んでくれている。

 私はその笑顔を見るだけで凄くやる気になる。

 前の世界ではパティシエなんて夢のまた夢だったなぁ。


 その代わり趣味として没頭できたから今があるのかな?

 そう考えると、私のこれまでは無駄じゃなかったのかな。

 あれ……私は……いしきが……




「大丈夫かド甘竜!!」


 う、いてて。

 この声は火竜……

 あれ、さっきの仔は?


 周りを見渡してもいない。


 いやー、それにしても私、良く生きていたなぁ。

 全身が砕けた飴細工よりひどいや。


「大丈夫……じゃないかも」

「まったく無茶しやがって……

 終わったらみんなで甘いもの食べるんじゃあなかったのか?」


 私は苦笑いしようとしてその筋肉の動きをするだけで痛みが走る体に気づいた。

 お菓子魔法、今は出来ないや。

 火竜もなんだかんだ楽しみにしてくれていたのにね。


「それで、お前が抱えていたアレはなんだ?」


 言われて気づく。

 私のすぐ側に小さな卵。

 いや、ちょうど竜の卵に似ているサイズだ。

 焦げ茶色をしていて……ああ。


「あの隕石だよ、多分」

「はぁ?

 どっか頭でも打ったのか?」

「大真面目に」


 私のこの世界に来た時を思い出せば分かる。

 私も規模はずっと小さいが空から落ちてきたからだ。

 ならばこの卵も……

 そう伝えた。


「なるほどねぇ、この星にクソ迷惑かけたそれからどんなのが生まれるのやら。

 今のうちに壊したほうがよくねぇか?」

「大丈夫」


 それはきっとお菓子で笑ってくれる相手だから。

 私はそう言って笑顔になった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] おかしってそういうことか!と読んで納得しました。 お菓子の活用法がなかなか多彩でびっくり。確かにそういう使い方もあるよね、と思いました。 [一言] この度は「ドラゴン愛企画」に参加してくだ…
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