九話 畑仕事をしなくても稼げる方法
そろそろ、冬の始まりが見え始める季節。なんとなく空気が冷たいし、暦の上でも秋は終わりらしい。畑の方も、つい先日収穫を全て終えたところだ。そのため、しばらくは暇になる。一応することがないわけではないが、やはり畑メインでは冬の仕事はそこまで多くない。
「けどなぁ……」
物置の隅で、俺は一人畑仕事で貰うことのできた報酬を眺めていた。
報酬は言われた通り現物支給で、結構な量のお米と小麦と野菜、それと羊の毛皮がまるまる一頭分だ。これのせいで物置がだいぶ狭くなったので、ファロンは今リーレと一緒に寝てくれている。最初は嫌がったのだが、俺が試しに
「俺、わがままを言わないような子が好みなんだ」
と言ってみたところ、あっさり了承してくれた。あんなにちょろくていいんだろうか。まあ子供だし、あんなものなんだろう。
そんなことよりも、今大切なのは別のことだ。
「食べ物は普通に嬉しいけど、羊の毛皮そのままって。せめて毛糸に加工してから欲しかったわ……」
だったら、もっとやりようもあったというのに。
ちなみに前に狩った毛玉オオカミは、普通に美味しくいただきました。売るほど量がなかったのだ。毛皮については、今度暖炉に火を入れる時にでも使おうと適当な麻袋に詰めて放置してある。
「てか食料品だけってのがなぁ……やっぱり、お金で報酬欲しいよな」
でないと、街に行って買い物、ってこともできない。いい加減、制服の下に着ていた体操服で寝るのも限界な季節である。新しい服が欲しい。いつも着ていられるような綿の服は、あちこちからお下がり貰って来たからあるけど、寝間着はいいのがなかったのだ。
「街に行って職探した方がいいのかなぁ……」
ぶっちゃけ、嫌だ。ライラに聞いたけど、街に行っていきなり仕事っていうのは難しいらしい。簡単にアルバイトができるような世界じゃないのだ。職人がどうの伝統がどうのって世界みたいで、新人が入る隙なんてどこにもない。もしあっても、下働きから始めなくてはいけないわけで、もう超本気で嫌だ。もっとこう、楽に稼げる方法はないものだろうか。
「そんなおいしい話、あったら誰も苦労しないよなぁ……」
そうは思いつつも、せめて村のみんなに一回訊いてみようと、リーレに出かけると言ってから外に出る。ファロンはお昼寝中なので、今がチャンスだ。起きていると、絶対について来たがる。どうにかして隙を作るのが、けっこう大変なのだ。
なんか、小さい子供がいる主婦みたいな悩みだなこれ……
お隣さんから順に訊いて行くと、三軒目のフウジュさんという三十代後半くらいに見える、額がかなり広くなって来ている一人の男の人に行き当たった。
「お金が欲しいねえ……気持ちはわからなくはない。オレだって欲しい。あればあるほどいい。うーん……あ、そうだ。オレの相談に乗ってくれて、何かしらの成果があれば報酬を支払うってのはどうだろう?」
「俺なんかじゃ、お役に立つのは難しいかと……」
「話を聞いてから考えてくれてもいいんだ。すごく困ってることがあるんだが、オレ一人の力じゃどうにもできなくて。頼むよ」
相談の内容次第かなぁ……まあ一介の高校生に、大人の男が真面目に相談するようなことがどうにかできるとは思えないけど。
了承したところお茶を出されたので、飲みながら落ち着いて話すことにする。確かにもう、立ち話をするには辛い季節だ。
「それで、相談とは」
世間話から入ったりするのは得意じゃないのでそう訊くと、間髪入れずに答えがあった。
「モテないんだ」
「……はい?」
えーっと、なんかとてもリアクションに困ることを言われたような?
固まる俺に、フウジュさんはご丁寧にも言い直してくれる。
「モテないんだ、オレ。妻もいなければ彼女もいない。どうすればいいと思う?」
「ど、どうすればと言われましても……」
ていうか、なんで俺にそんなこと相談しようと思った? もっと適任の人がいるだろ、既婚者の。どう考えても、まだ結婚どころか恋人もいない子供に訊く話じゃないだろ。もしくは、俺なんかにも訊きたくなるほど困ってるのか? ていうかこの相談、された俺の方が困るんだけど。
困惑する俺に、フウジュさんがどうして俺に相談しようとしたかを説明してくれる。
「ほら、マナトくんって色んなことを知ってるってリーレちゃんから聞いているから。不思議なことを知ってるし、物の問題点がわかったりするんだって?」
「ああ、それで」
リーレ経由で、俺の魔法のことが知れ渡ったから相談して、ということのようだ。それなら納得である。納得ではあるが、いい話ではない。
俺の魔法を勝手に広めるのは、もうやめてもらおう。何もないとは思いたいけど、何かあった時に不利になったらやだし。
俺のそんな考えをよそに、フウジュさんはものすごく真剣に相談して来る。これには、応えないわけにはいくまい。
「マナトくんなら、オレがモテないのはどこが悪いからなのかわからないかな!?」
「まあ、やってはみますけど……」
俺の決意とかは別で、問題がわかるかどうかは微妙だ。リーレの時のこともある。だから俺はダメ元でフウジュさんを見ながら、魔法を発動させた。
『問題点:若ハゲ』
「ゲフォオッ!?」」
何も飲んでいないのに、盛大にむせこんだ。
ちょ、ちょっと待って!? 若ハゲ!? 原因若ハゲなの!? ってかそんなことまでわかるのなこの魔法!!
突如として咳き込み出した俺に不思議そうな目を向けつつも、背中をさすってくれるフウジュさん。とてもいい人なのに、モテない原因が若ハゲなんてすさまじく悲しすぎる。
「大丈夫かい? ま、まさかどうにもできないくらいヒドイ問題が……!?」
「え、えーっと……」
ど、どうしようこれ。はっきり言っちゃっていいのかな……でも言わないとどうにも……
「あ、あの、フウジュさん。失礼ですが今おいくつですか?」
「え? 二十五だけど……」
若っ!? てっきり四十近いのだとばっかり……!!
なるほど。これが問題点なわけか。見た目が三十を軽く超えたように見えるから、ちょうどいい歳の人と巡り会えないわけで。なら髪の毛が生えればモテるでしょう。……って、言えるかぁっ!!
そもそもこの世界に、発毛剤とか育毛剤とか、そういったものがあるとは思えない。それに栄養状態の問題だってあるだろう。だったら髪の毛を生やすというのは、地球よりも相当難しいと思われる。だからといって、ここでさじを投げたくはない。こんな小さな問題でモテないなんて、フウジュさんがかわいそうだ。
だが、どうすればいいのかという具体案が浮かばない。マッサージをすれば生えるとか刺激を与えて~とかできそうな方法は色々あるが、効果は個人差があるし生える保証もない。それに俺のうろ覚え知識でやったら、何かしらの副作用が出たっておかしくないのだ。
「マナトくん、何かわかったのかい?」
俺がフウジュさんのことをじっと見つめていたせいか、そんなことを訊いて来る。もしくは俺が見ている先が頭だと、勘付いたのかもしれない。
正直に言うか? けど、言ったところでどうにもならないものを言ってもなぁ……この世界に育毛剤があればなぁ……もしくは、いっそのこと――
そこでふと、一ついいアイデアが浮かんだ。もしかすると、これなら割とすぐにどうにかできるかもしれない。
「フウジュさん、提案があります」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ありがとう!! マナトくんのおかげで、初めて彼女ができたよ!!」
相談から二週間後。いよいよ冬本番といった気温の中、やたらとテンションの高いフウジュさんが訪ねて来ていた。どうやら、作戦は大成功のようだ。
「さっそく効果あったんですね。よかったです」
「ああ、もうホントなんとお礼を言っていいか……!!」
喜ぶフウジュさんは、二週間前とは見違えるほど若々しく見えた。やはり髪の毛のあるないは、大きいらしい。
さて、俺がどうやってフウジュさんに髪の毛を生やしたか。正確に言えば、生やしたわけではない。確かめてはいないけど、一本も増えていないだろう。髪の毛を生やさなくたって、生えているように見せることはできる。俺はただ、フウジュさんにカツラを被せただけ。
ここは異世界。調べてみたのだが、カツラなんて使用方法が限られまくっているものは、存在しなかった。あとでリーレに訊いてみても、わからないと言われたので、この世界には元からないと思われる。もしかしたら、貴族の間だけで大流行している! とかはあるかもしれないが、どっちみち庶民には縁のないものだ。
じゃあどうやってカツラを用意したかと言えば、前に倒した毛玉オオカミの毛。あれを使って、カツラを作ったのだ。俺が。
フウジュさんの頭の形に合わせて立体的に縫った麻布に、髪の毛を少しずつ埋め込んで行く作業は、半端じゃなく疲れた。一週間近くかかったし。でもこうして笑顔でお礼を言いに来てくれているのを見ると、すごく報われた気になる。
「それでこれ、少ないかもしれないけどお礼だ!!」
嬉しそうなフウジュさんに渡されたのは、金貨が一枚。金貨は一枚で日本の十万円くらいの価値だ。ということは、今回の相談料は十万円ってことに――
「こ、こんなにもらえませんよ!?」
いくらなんでも多くね!? あ、でも地球でのカツラの値段わかんないや!? もしかして、けっこう高いのか!?
驚く俺に、フウジュさんは惜しむ様子もなく満面の笑みで金貨を俺の手に押し付けて来る。
「いいんだ。お金はまた貯めればいい。オレはこれまで一人暮らしだったから、蓄えはそこそこあるんだよ。それに、こんなにいいものを、わざわざオレだけのために作ってくれたんだ。ちゃんとお金を払わないと、バチが当たる。もらってくれ」
「まあ、そう言うんでしたら……」
俺としては、大したことをしたつもりはない。カツラを作るのだって、少しリーレに手伝ってもらったし。なのにこんなにもらっちゃって……街に買い物に行ったら、何かリーレにも買って来よう。
半分押し切られたが、お金はありがたくもらうことにした。やはりお金は、あればあるほど今後楽ができる。
俺はもらった金貨を握り締め、大喜びで帰宅するフウジュさんを見送ったのだった。