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八話 たまご消費ミッション

 毛玉オオカミを倒した翌日。非番ではないはずのライラが、十個は優にある真紅の丸い何かが入った大きなカゴを持ってやって来た。


「おはよう、ライラ」


「おはようなのじゃ」


「やっほーみんなー。元気ー?」


「元気も何も、昨日会ったばっかだろうよ……」


 そして確実に俺達三人が母屋にいる朝食の時間を狙って来ている当たり、かなり暇人である。昨日、帰りがけに「明日は仕事ー」とか言っていた気がするのだけど、記憶違いだろうか。


 俺が何かを訊く前に、何を訊かれるか予想していたらしいライラは、カラカラと笑っていた。


「今日詰所に行ったらさー、なんか前に辞めた騎士の先輩がいてー。実家から送られて来たのがあるからって、大量におすそ分けもらったの。一人じゃ食べきれないから、マナトくん達にも手伝ってもらおうと思って早引けしちゃった☆」


「いいのか騎士はそれで……」


 緩すぎだろ。なんで存在すんの騎士。多分税金から給料払われてるタイプだよね? そんなのんきでマジ大丈夫かこいつら。


 呆れ返る俺をよそに、ちょうど朝食を食べ終え開いたテーブルに、でんっとカゴが置かれた。こうして近くで見ると、本当に綺麗な赤だ。ルビーのような輝きなのだが、なんなのかが判然としない。リンゴにしては小さいし、それに玉子形だ。


「あ、マナトくんこれ知らないのか。これは赤玉子」


「そんなんあるのか」


 わざわざ枕に『赤』とつけるくらいなのだから、普通に白い玉子だってあるのだろう。地球にあったのは赤玉と呼ばれる赤みがかかった茶色い玉子で、こんなに目の覚めるような赤じゃない。


「にしても、玉子ばっかり、ひぃ、ふぅ……十五個もあるぞ? こんなにもらって大丈夫だったのか? まさか、詰所にあった玉子、全部もらって来たとかじゃないよな?」


「いっくらあたしでも、そんなことするかっての! これくれたパーウォ先輩って人の家、養鶏やってるらしくてさ。前に先輩んちのニワトリが大脱走した時があって、うちらが回収手伝ったの。そしたら、そのお礼にってめっちゃ大量にくれた」


 それなら納得だ。ライラも一応、真面目に仕事はやっているらしい。こうして聞くかぎり、騎士って地球の警察が近い。警察も、あちこちで動物逃げたりすれば捕まえに行くし。サルとか、イノシシとか。


「確かにこの量だと、一人で食べるのは厳しいわね」


「あ、りっちゃんもそう思う? それでおすそ分けってこと」


 十五個も玉子ばかり食べろと言うのは、かなり酷だ。しかもここ異世界だから、雑菌が心配である。冷蔵庫もないし、長期保存はムリだ。日持ちすれば別なんだろうけど。


「ってわけでー、みんなでなんか玉子料理作ろうぜ! 美味しければジャンルは問わないってことで! 玉子消費できりゃなんでもよし! あ、りっちゃん台所使ってもいい?」


「ええ、いいけど……」


 リーレがどことなく困ったような微笑を浮かべている理由は、だいたいわかる。


「朝めし食べ終わったばっかのやつんちに来たかと思えば、言うことはそれか」


「いーじゃんよー! もう畑行ってもあんまやることないんでしょー? 秋終わりそうだし」


「まそうだけど……」


「じゃあいーじゃん! 頼む、捨てるのはもったいないじゃん!?」


 そんな風にライラに押し切られる形で、なぜかこの玉子を調理することになっていた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇  



「言い出しっぺが料理できないってどういうことだマジで……!!」


「ま、まあまあマナト、落ち着いて!」


 最初に料理しようとかのたまったくせに、当の本人が料理できないって何!? つーか訊けば一人暮らしをしてるっつーのに、日々の食事はどうしてんだあいつ!! この世界、外食とかどうなってんの!? あれか、食堂とかそういうのか!!


 俺がどれほどツッコミを入れようとも、ライラが料理をできるようになるわけではない。というわけでライラには、仕事が少なくなったとは言えまだほんのちょっぴり残ってる、うちの前の畑を手伝ってもらうことになった。なので、この場にいないのがまた腹立つ。


 言うまでもなく料理なんてまったくできないファロンは、その辺に座って一人でジェンガをしていた。前に余っていた廃材で作ったところ、いたくお気に召したようで、暇さえあればしょっちゅうやっているのだ。一人でやって何が楽しいのかは、よくわからないけど。


「ごめんな、リーレ。ライラの思いつきなのに、こんなことになって……そのうえ本人いないわ、ひとんちの台所当てにするわ」


「私は気にしてないわよ。マナトが謝ることでもないしね。赤玉子がこんなに大量に手に入ることなんて、滅多にないんだし。この玉子、すごく美味しいのよ」


「へぇー」


 それは楽しみだ。この世界の玉子、どんなやつなのかめっちゃ気になる。うちの朝食なんかに出ていた玉子は、地球のものと変わらないものだったし。


「ライラがいないってのが癪だが、まあ仕方ないか。せいぜい、美味しく食べさせてもらおうぜ」


「そうね」


 というわけで、調理開始だ。にしても、何を作るか。玉子か……あ、せっかく異世界来たんだし、ここはやっぱりマヨネーズだろ! そこそこ日持ちするし、もしかするとバカ売れしてそれだけで暮らしていけるかもしれない。あ、でも一応あるかもしれないし、訊いてみるか。


「なあライラ、マヨネーズって知ってる?」


「まよねーず? それはどんなものなの?」


「こう、玉子に油とか酢を入れて作る調味料」


「んー……あ、もしかして卵油の仲間?」


「卵油?」


 知らない単語が出て来た。響きからして、玉子に油を足したものっぽいが……


「説明するよりも、見てもらった方が早いかな」


 言うが早いか、リーレは手近な入れ物に赤玉子を一つ割ってみせた。


「何これ!?」


 出て来た中身は、地球の玉子とは違うものだった。


 まず、黄身が一つではなく二つある。これはまあ地球でも双子の玉子とかあるからいい。けどこの玉子は、そのうちの一つだけが殻と同じく真紅に輝いているのである。しかも妙にツヤがあって、何やら油っぽい。


 俺の反応が面白かったのか、クスリと笑いながら説明してくれた。


「やっぱり、マナトは知らなかったのね。この赤いのは赤身って言って、油のかたまりなの。ニワトリの中で消化しきれなかった油が、固まったものでね。これと玉子をよく混ぜて、お砂糖を加えてパンに塗って食べると美味しいのよ」


「マジか……」


 説明しながら手際よく作られた卵油を味見してみると、食感と言うか口に入れた瞬間はマヨネーズっぽい。が、そのあとが全然違う。どちらかというと、マヨネーズよりもカスタードクリームに近い味だ。これなら、パンに塗って食べれば美味しいのも頷ける。


 マヨネーズ無双、失敗である。これに酢を加えたくらいのマイナーチェンジでは、それほど喜ばれまい。それによく考えれば、この家に酢はない。存在しないからなのかはたまた別の事情があるのかは知らないが、ないのだからマヨネーズは作れまい。


「んじゃどうすっかなー」


 何でもいいから玉子を使うものねぇ……他にある材料って言うと、古くなって固くなったパンとかバター、あと牛乳か。それと調味料が数種。何かちょうどいいものは……あ、あれでいっか。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇  



「何これうまっ!! 超美味いよ!?」


「ほんと、すごく美味しいわ」


「美味いのーこれ!」


 三人とも喜んでくれたみたいで、よかった。マズかったらどうしようかと思った。


 俺が作ったのは、さほど変わったものではない。玉子と牛乳、砂糖を混ぜた液体に固くなってしまったパンを浸して、バターで軽く焼いたもの――を、更に油で揚げたものだ。他にも玉子料理を作った際に、余った玉子の赤身を溶かして使ってみた。さすが元は玉子、相性は抜群だ。


「これ、マナトくんが考えたん?」


 もぐもぐと俺の作った料理をリスのように頬張るライラに訊かれ、少々答えに困る。別にやましいことがあるわけではないが、これについてはすごく微妙な気分になる一品なのだ。


「えーとな……俺的にはそのつもりだったんだよ」


「どういうこと?」


 俺のハッキリしない答えに興味を持ったのか、リーレにまで訊かれてしまう。


 まあ答えづらいのは俺の勝手な都合だから、いいんだけどさ……


「これは昔、調理実習――えと、複数人で料理を作った時のことなんだが。サンドイッチを作ったら、耳がたくさんあまったんだよ。もったいないからって油で揚げたけど、油吸ってマズくてさぁ。それで閃いて作ったのがこれ……なんだけど。ずいぶん後になって、クックパ……料理のレシピ集見たら、同じの載ってたんだよ」


 せっかく自分で思いついたオリジナル料理かと思いきや、すでに先駆者がいたってわけだ。俺としては、超ショックだった。もし中学生の頃にケータイがあれば、この俺命名、揚げフレンチのレシピを投稿していたと言うのに……!!


 ライラだけでなくリーレ達にも伝わるように一部ぼかしたが、ウソは一切ない。と言ってもファロンは揚げフレンチを食べるのに忙しくて、俺の話なんかまったく聞いてないけど。


「そういうこともあるわよ。マナトが自分で思いついたって言うなら、それでいいじゃない」


「だねぇ。ま、あれってマジなんのレシピでも載ってるから、そういうこともあるっしょ」


 二人とも俺が見栄で適当なことを言っているとは思わなかったのか、そんな風に慰めてくれる。


「ありがとな、信じてくれて」


「マナトがこんなことでウソを吐く理由、ないもの」


「そーそー。ほれ、マナトくんも食べようぜ。他にも色々あるんだから、冷めちゃうし」


「……おう!」


 これを思いついた昔の自分に感謝しながら、俺はまだ温かい揚げフレンチを口に放り込んだのだった。


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