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五話 盛大なすれ違い

 儀式が終わった直後、リーレは一人森の奥へと向かうのが見えた。誰にも何も言わず、一人で行く気だ。


「と、とりあえず追いかけるぞ!!」


「はいよー」


 返事は軽かったが、ライラの目は意外と真剣だった。同じ女子として、リーレの境遇に思うところがあったのかもしれない。変人ではあるが、悪人ではないのだ。


 リーレを追いかけて着いた先に広がっていたのは、目を疑う光景だった。


 満開の、桜。それも一本や二本ではない。辺り一面がピンク色に染まるほど、何本もの立派な桜の樹が生えていたのだ。どれもこれも、最高に美しいと思える瞬間から時を止めてしまったかのように、現実離れした美しさだ


「この季節に桜……!? 今秋だぞ!?」


「異世界だからねー。秋に咲く桜あってもいいじゃん。ていうか、根本的な話として、これが桜じゃないって可能性もあるんだけどね?」


 言われてみれば確かにそうだ。どこからどう見ても桜だが、ここは異世界。全然関係のない植物だってことがありえるし、秋に桜が咲いたっておかしくない。それに記憶を探ってみれば、地球にも年に二度咲く桜があったはずだ。その親戚なのかもしれない。


 なんにせよ、あまりの美しさに息を呑むような幻想的な光景なのは間違いない。だが、ここにはお花見に来たわけではないのだ。


「リーレ!!」


 ひと際大きな桜の樹の前で立ち止まるリーレに声をかけると、驚いた様子で振り向いた。


「ま、マナト!? それにライラさんまで……!! どうして来たんですか!?」


「どうしてもなにも、おかしいだろこんなの!! リーレはなにもしてないのに……!」


 隣ではライラが『あたしはただの付き添いー』とでも言いたげな顔をしていたが、幸い口には出さなかった。ライラなりに、空気を読んだのかもしれない。そしてそれは正解だ。


 リーレは一瞬だけ悲しそうな顔で目をつむる。その瞳が再び開かれた時にそこに宿っていたのは、確かな決意だけだった。


「私が逃げれば、村のみんなに迷惑がかかるから。だから、いいの」


「だからって!!」


「もう決めたの」


 ダメだ。リーレは、このまま生贄になる気だ。



 そんなこと、俺が絶対にさせない!!


 俺がそう決めたのを見計らったようなタイミングで、それは現れた。


『来たか、人間の娘よ』


 重々しい声を響かせるのは、一匹の巨大な蛇だった。


 周りの桜と同化するような、美しいピンク色の鱗と瞳。俺達をまとめて一飲みにできそうな、巨大な(あぎと)。蛇神と呼ばれるだけのことはある。


 だが、俺はそれに違和感を覚えた。


  確かに蛇と言われれば蛇だ。蛇なんだけど、なんだろう。なにか変だ。蛇にしては、頭が大きい気がする。頭だけ見れば、蛇と言うよりワニだ。しかも、ちょこんと茶色の角が二本、生えている。もしこの蛇神にたてがみが生えていて、なおかつヒゲがあったとしたら。蛇と言うよりも――


「龍?」


 独り言のつもりが、思ったよりも大きな声が出てしまった。慌てて口を塞いだが、時すでに遅し。蛇神は、はっきりと俺のことを真正面から見据えた。


『お前、今我のことをなんと言った?』


「え? あ、いや……へ、蛇って言うより、龍に見えるなぁ、なんて……あ、褒めたつもりですよ!? 威厳あるなぁ、って!!」


 俺に向けられた視線が鋭すぎて、気付けば蛇神のことをおだてていた。


 あれ、俺こいつをどうにかしに来たんじゃなかったっけ。なのになんで相手褒めてんの? いやまあ、別にこいつのこと倒さなくたって、リーレのこと諦めてくれればそれだけでいいんだけど。


 世界が時間を進めるのを、忘れてしまったかのような静寂の後。突如として、蛇神の体が弾けた。


「え!? あれ!?」


 ボフンと煙玉を炸裂させたかのような音が聞こえたのだが、蛇神の姿がどこにもない。おだて方があからさま過ぎて気を悪くしたのか、はたまた褒められて嬉しくて怒りが鎮まったのか……どちらにせよ、助かったのだろうか。


 どうしたらいいのかわからずきょろきょろしていると、突然小さな女の子の声が聞こえた。


「おぬし、いいやつじゃな!!」


「おぅわっ!?」


 いきなり腰の辺りにタックルをかまされ目線を下げると、そこには桃色のなにかが抱き付いていた。


「人間の割には見る目があるな。うむ。よしよし」


 やたらと尊大な喋り方をするその薄い桃色のかたまり。よく見ればそれは、七、八歳くらいの小さな女の子だ。


 身長ほどもある長い桃色の髪。同じ色のぱっちりした大きな瞳。どう見ても子供なのだが、相当態度が大きい。


 っていうかこの子、服着てないんだけど!?


「ちょ、ちょっと待って、君誰!?」


「ん? 我か? 我はこの地を統べる龍神が娘、ファロンである! 敬うがよいぞ!!」


「龍神の娘……え、君ドラゴン!?」


「ドラゴンではない、龍だ!! 我のすれんだーな身体のどこにあのようにずんぐりむっくりで、皮ばかりの翼が生えている!! 我はあんなものなくても、空くらい飛べるぞ!!」


 よくわからないが、龍とドラゴンは別の種類の扱いらしい。そしてこの子は、龍の方なのだろう。言い方から推察すると、中国風の緑の蛇みたいのが龍。翼が生えたトカゲ系がドラゴンなんじゃないだろうか。


 龍の区別はともかくとして、今はこの女の子に訊かなくてはならないことがある。


「えっと……それで、ファロンさん? はなんでリーレを生贄に捧げよーみたいなことになったのでしょう? それになんで人間の姿に、あと服……」


「ん? そのようにかしこまらずともよいぞー人間! ふむ、人間、おぬしの名は?」


「え、マナトだけど……」


「ではマナト、我は寛大だからな。質問に答えてやろう!!」


 えっへんと胸を張るファロン。可愛らしい子供の姿だからいいけど、これ大人の姿だったら色々まずいよな……


「我は前にな、小さな子供に言われたのだ。蛇だ! と。我はあんなしょぼい存在ではないのだぞ! 世界最強の龍種の末裔だというのに、蛇とは酷いと思わぬか!? だから我がちゃんと龍だと気づくまで、ちょいとばかりこらしめてやろうとしたのじゃが……ついぞ誰も気づかぬまま、この日が来ての。もういっそ、娘を喰らってやろとう思ったのじゃ」


「食べるつもりだったの!?」


 てっきり嫁にするとか、そっち系だとばっかり……冷静に考えればこの子どこからどう見ても女の子だし、嫁もらってもしょうがないか。


 ファロンはふわふわの髪を地面に付くことも気にせずに、首をかしげた。


「なにかおかしいかの? 父様が昔言っていたぞ? 『やはり人間を生贄にいただくなら、生娘が一番じゃな』と。つまり、人間は美味なのじゃろう?」


「えぇっとその……」


 い、意味が違う!! でもこれをどう説明すればいいんだ!? ていうか説明していいのかこれ!? つーか龍のくせになんだその俗っぽいってか変態じみたセリフ!!


 俺が何をどう説明すればいいのか悩むなか、ファロンは首をかしげたままだ。


「生娘とは、生の娘ってことじゃろう? 若い娘は生で食べられるほどおいしいって意味ではないのかのー?」


「えーあー、じゃあそれで……」


「ねえねえマナト。なんならあたしが説明してやろうか? いっそ一から教えてやってもいいんだぞ? 手取り足取り」


「話がややこしくなるからマジ黙れライラ」


 なんで今まで黙っていたのに、このタイミングで口をはさむ!! つーか何をどう手取り足取りするつもりだ!!


 ライラが話に参加してくるともう面倒なので放置するとして、今はリーレの件だ。龍が女の子の姿になったせいか、驚きで硬直しっぱなしなのである。


「よくわからぬが、我何か間違ったのかのー?」


「まあ、そういうことになるかな……」


 龍神だからか子供だからか、発想が乱暴すぎる。いくら蛇と間違えられてイラッとしたからって、人間食べようとするとか……神なんて、そんなものなのかもしれない。人間にはわからないルールで動いているのだ。


「とりあえず、人間は食べられないってことは覚えておこうか」

「でも父様は嘘吐かないぞ?」


 くそファロンの父親、変態発言してるくせに、妙に娘から信用されやがって! 会ったら一発ぶん殴ってやりたい……!!


「あーっと、あれだ! 子供には無理、みたいな!」


「……ふむ、いわゆる大人の味というやつじゃな!!」


「うんそれそんな感じ!」


  一応納得してくれたらしい。なら、このまま丸め込めるんじゃ?


「じゃあファロン、でいいのかな。ファロン、人間は食べられないって納得してくれたなら、もうリーレをどうこう言う気はないよな?」


「うむ。別に我としては、人間がどうしても食べてみたかったわけでもないからのー」


「じゃあこれで、おとなしく帰ってくれるか?」


「嫌じゃよ?」


「はい!?」


 納得してくれたのに、帰ってくれないの!?


 ファロンはぱぁっと満面の笑みを浮かべると、とんでもないことを言ってのけた。


「いいこと思いついたのじゃ!! ここに我一人でいても、暇なのじゃ。おぬしいいやつじゃから、我の婿にしてやるぞ! 喜ぶがよい!」


「よ、喜べって言われても……」


「なんじゃ、不満なのか!? 龍神の婿になる人間なぞ、滅多におらんぞ!!」


「不満っていうかなんて言うか、ファロンまだ子供だし……」


 それにそもそも人間じゃない。好き嫌いはさておいて、結婚とかは難しいだろう。でもとても寂しそうな顔をするファロンを見ていると、なんとなく心が痛む。


「人間の寿命は短いしのー……我が大人になる頃には、おぬし死んでいるじゃろうし」


「え、ファロン今いくつ?」


「人間の歳だと六つくらいじゃのー」


「実際生きて来た期間で言うと……?」


「うーむ、人間の暦は難しいからのー……春は十回くらい来たぞ?」


 なら、実はメチャクチャな年数生きてる見た目だけロリの、通称ロリババア、ってやつではないようだ。詳しい歳は覚えていないようだが、流石に百回以上と十回くらいを間違えたりしないだろう。龍って種族は、人間よりも少し成長が遅いが寿命が長い種族だと思われる。


「ごめん、子供とは結婚できないんだ」


 龍の成長の仕方とかは不明だが、ファロンが大人になるには数十年かかることはわかった。だったらこれを理由にして、体よく断ろうと思ったのだが。ファロンは俺の予想よりも、しつこかった。


「ふむ……ならばおぬしが死んだらその魂を召し上げてやろうぞ。それならば、我が大人になってから結婚できるのじゃ!! のじゃのじゃ!!」


「よくわかんないけどそれ、俺の魂になにかするってこと……?」


「なあに。ただ足りない魂の格を補ってやるだけなのじゃ。そうすれば、肉体を失くしても問題なかろう」


「大ありだよ!!」


 それって、俺死んだら改造される的な感じじゃ……?


「あーもううるさいのじゃ!! 何を言われようと、我はおぬしと夫婦になるぞ!! わかったかマナト!!」


 その後の説得にも、ファロンは応じず。なぜか俺に、龍の許嫁が勝手にできてしまったのだった。


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