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四話 神様らしいっちゃらしい

 季節は巡り、秋。相変わらず森の木が緑なので実感が湧かなかったが、暦の上では立派に秋なんだそうだ。この世界の暦は元の世界と大差はなく、ただきっちり一か月が三十日なだけである。計算がしやすいから、こっちの方が便利なくらいだ。

 十二カ月で一年、一つの季節が大体二ヶ月半。季節と季節の間が無季(むき)と言ってなんの季節でもない季節だそう。ちなみに梅雨はない。


 その秋が始まった頃から、リーレの様子がおかしくなった。


「マナトって、料理はできる? 洗濯と掃除は? できないなら教えるわ」

 とか、

「この村では空き家は誰が住んでもいいの。もしこの家が空き屋になったら、マナトに譲るね」

 とか、挙句の果てに


「マナト、一人暮らしってのは結構寂しいものよ。だからお金ができたら、街へ行くといいわ。あそこなら人も多いし、移住しなくてもたくさん出会いがあるだろうし」


 と、あたかも自分がもうすぐいなくなるかのようなことを言うのだ。理由を訊いても、返って来るのは寂しそうな微笑みだけ。


 だから悪いとは思いつつも、リーレの問題点を視させてもらうことにした。


 この力を使ってわかったが、割とえげつない問題点を見ることがある。何の気なしにとある村人をこの力を使って見たところ、出て来たのが『問題点・ゲイ』だったのだ。ガチムチの気のいいおっさんで、みんなからは頼られているみたいなのだが……これを知ってから俺は、あまりあの人のそばに行きたくなくなってしまった。


 つまりこの力は、知りたくもないことまで知ってしまう恐れがある、ってことだ。だが逆に、全くわからないかもしれない。それは俺の力の使い方次第だ。


 決意を固めた俺は、早速リーレに対して魔法を使ってみた。見つかった時の言い訳が面倒なので、物陰からこっそりとだ。まるでストーカーみたいで嫌だが、背に腹は代えられない。


『問題点:一人で抱え込む』


「ダメか……」


 使う決意をしたところで、全く意味がなかった。一人で抱え込んでいるからこそ、リーレはこうして暗い顔をしているのだから。


「悩んでる理由、とかわかんないのかよこの魔法! 誰か取説くれよ!」


 一人になれる場所で愚痴るも、それに反応してくれる者などいるわけもなく。わざと誰もいないところへ行ったんだから、当たり前だ。とすると、これは自力で調べるしかない。


 そんなわけで俺はリーレに内緒で、こっそり村人達に何か知らないかと尋ねて回った。だけど、色よい返事は一つとしてなかった。と言うより、みんな知っていて隠している、みたいなニュアンスなのだ。おそらく、よそ者の俺だけはわからない情報があるのだろう。


 俺にもう少しコミュ力があったら……いやまあ、そこまで低い方じゃない……と思うけども。それでも、あれば多少は違ったかもしれないのに。


「誰か籠絡(ろうらく)できそうな人はいないものか……」


 盛大にため息を吐くと、物陰からがさりと足音のようなものが聞こえた。


「誰かいるのか?」


 声をかけると、気付かれていたことに驚いたような気配がした。


 ってことはやっぱり、誰かいるってことか。


「誰かいるなら出て来てくれ。ここでかくれんぼしてたってなんにもならないだろ?」


 そう呼びかけて、待つこと数十秒。姿を現したのは、一人の少年だった。


 灰をまぶしたみたいな色の髪と目をした、十歳くらいの男の子。俺の記憶が確かであれば、ハーフエルフとかだった気がする。ここから見ても耳が少し尖っているので、多分そうだろう。この村で最年少のこの子の名前は、ミィクだったか。


「あ、あの、ボク……」


「何か話があるの? さっき訊いた時は、知らないって言っていたけど、何か思い出してくれたのかな?」


 中腰で目線を合わせながら問うと、みるみるうちに瞳が涙で潤んでいく。今にも泣きそうな顔で、ミィクは何があったのかを話してくれた。


「じ、実は、ボクのせいで、リー姉ちゃんが……!」


 ほとんど泣きながらミィクが話してくれた内容を要約すると、こうだ。


 曰く、森の奥である日蛇神を見つけた。驚いたものの悪い神様だとは聞いていなかったため話しかけたのだが、なぜか逆鱗に触れてしまったらしい。いたくお怒りになった蛇神様は、ミィクにこう言ったそうだ。


『おぬしは我を怒らせた!! 我の怒りを鎮めたければ、秋の収穫祭が終わると共に、生娘を捧げよ!! さもなくば、我の怒りがこの地一帯を覆い尽くすであろう!!』


 ミィクの話からだいたいこんな感じだろうと思っただけなので、実際言ったことは違うかもしれないが、大筋は間違ってないと思われる。蛇神様はそう言うと、姿を消してしまったらしい。


「つまり、それでリーレが生贄に選ばれたってことだよな……」


 ミィクはどうしてリーレが選ばれたのか不思議がっていたが、さもありなん。この村にはそもそも、リーレ以外に若い娘がいないのだ。リーレのすぐ年上の女の人がいるにはいるが、その人は子持ちで当てはまらない。というかミィクの母親だ。他に候補がいないのであれば、リーレを差し出すより他ない。


 これで村人達にリーレのことを訊く度に、苦しげな顔で知らないと答える理由がわかった。リーレは何も悪くないのに、リーレを捧げることでしか村の危機を救えない。きっと、誰も強制はしなかった。それでもリーレは、みんなのためだからと生贄になることを受け入れてしまったのだろう。だって無理矢理決められたことならば、とっくに逃げ出してしまっている。そして、それを誰も責めたりはしなかっただろう。


 この話を聞いて、一つ腑に落ちたことがあった。


「リーレが初対面の俺に優しくしてくれたのは、多分……」


 自分がもうすぐどうなるかを考えて。それを受け入れたからこそ、最後に何かしたいと思ったのだろう。最後くらい、知らない誰かに優しくしたかった。だってそうすれば、その人は自分のことをきっと忘れないでいてくれるから。


「あーもうどうすりゃいいんだ!?」


 リーレは俺が事実を知ったことを知ったら、とても気に病む。自分のせいで俺に負担をかけてしまったと。知らないままでいて欲しかったと。だから、リーレ本人と相談することは難しい。話したところで、はぐらかされる可能性が高いと思われる。


 問題の収穫祭。地球ではハロウィンが近いと思われるその祭りは、明後日に差し迫っている。俺にできることなんて、あるのだろうか。


「その蛇神とやらがどれくらい強いのか知らないが、まあ神様名乗ってるくらいだし、余裕で俺なんかひとひねりだよな」


 見かけ倒しってのもあり得なくはないが、いくらなんでも楽観視し過ぎだろう。俺一人では、絶対に勝てないと見て考えるしかない。


「蛇神ってのが、どれだけ蛇の性質を持ってるかにかかってるか……?」


 なら相手は変温動物なのだから、冬まで逃げ切れば冬眠するかもしれない。その隙に逃げ出すとか……


「いやダメだ。八つ当たりで村を攻撃されたらひとたまりもない」


 どうしても神様ってやつは、世界を問わず理不尽なんだろう。気に入らなかったら人間には何してもいいと思ってるんだろうか。


「思ってるんだろうなぁ、だって神だし」


 人間なんて神様から見れば、ちょっと面白い猿くらいのものだろう。見ている分には楽しいし可愛いが、調子に乗った挙句襲いかかったりなんてすれば迷わず駆除する。人間の扱いなんて、そんなもんじゃないだろうか。


「もうマジでどうすりゃいいんだよ……」


 そうやってうだうだと悩んでいるうちに、ついに収穫祭の日がやって来てしまった。


「結局何も浮かばなかった……」


 本来ならもっと楽しい雰囲気であろう収穫祭は、どこかお通夜のような空気が漂っていた。それとも生前葬か。どっちみち、祭とは呼べそうにない。


「なんか、今年は暗いねー収穫祭」


「のんきだなあんた……」


 隣でどこから持って来たのか不明なビスケットをバリバリかじっているのは、ライラである。今日は仕事が休みとかで、遊びに来たのだ。


 まあ、どうやら収穫祭をやっているのはこの村だけじゃなくて国全部みたいだから、休みなのは当然っちゃ当然だろうけど。それとも騎士なんだから、お祭りで問題が起きないように見張らなきゃいけないタイプか? だとするとここでボリボリお菓子食ってる理由が謎だが。ていうか、軽装とはいえなんで休みの日にも防具つけてるんだこの人。剣まで持ってるし。私服着てくりゃいーのに。


 突っ込みにお前だけのんきにしすぎだろ、みたいなトゲが含まれてしまったのか、ライラは眉をひそめていた。


「そもそもの話、なんでのんきでダメなん? 今日収穫祭だよ? 普通はこう、楽しもうっスタンスで来るもんじゃない?」


「それは……そうだけど」


 言われてみればそうである。何も事情を知らなければ、ライラの態度はなんらおかしなものではない。お祭りを楽しみに来た、ただの一般人なのだから。


「で? なんかみんなピリピリしてるけど、マナトくんに心当たりは?」


「……」


 これは……正直に答えるべきなんだろうか。何があったか教えたところで、ライラがどうにかしてくれるとは思えないし。けど腐っても騎士だ。もしかしたら、なにか知ってるかも。


 淡い期待を抱き、ライラに何があったのかを全て話した。


「うん、あたし一人の手に負える事態じゃねーな」


「言うと思ったよ!!」


 話して損したよ!!


 洗いざらい話した結果がこれって、話した時間が無駄だっただけじゃないか。


 憤慨する俺をよそに、ライラは残っていたビスケットを口に放り込んだ。


「だって、相手神様なんでしょ? むしろなんであたしがどうにかできると思った」


「そうだけど!! せめてなにか考えろよ!! 一応騎士だろあんた!!」


「まあ剣しか取り柄ないし、あたし。他にできる仕事なかったんだよねー。聞いて驚け、これでも剣道でいいとこ行ったんだぞ? インハイだって出たし」


「じゃあ蛇神も倒してくれよ」


「だから、神様相手じゃ勝ち目ねーだろって」


 それがわかっているから、俺を始めとした村人達全員が悩んでいたのだ。本気でまったく役に立たない人である。


「っと、もう終わりっぽいぞ」


「嘘だろ!?」


 慌てて村人達の方を向けば、それまで行われていた今年の豊作を喜ぶ儀式が終わったところだった。ということは、もうリーレは蛇神のところに行かなくてはならない。


「どうすんだよこれ……!!」


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