三十一話 出発したばかりなのに
翌日。朝日が昇り切らないうちに、俺達はクレーを出る予定だった。ユースに見送られ、俺達はクレーを出――ることができればよかったのだが、そうもいかない事態が起きたのだ。
空から突然、ヒラリヒラリと巻いて封をされた羊皮紙が落ちて来たのである。
「これ……もしかして、手紙か?」
巻物には宛名のようなものが書かれているのだが、残念ながら俺には読めない。横からひょいと顔を出したリーレが、書かれた文字を代わりに読んでくれた。
「レフィーから、私達宛てになっているわ」
「なんだって!?」
何か王に動きがあったら、知らせると言って残ってくれたレフィー。そのレフィーから、こんなにも早く便りが来るだなんて思ってもみなかった。どうやって俺達に届けたのかも含めて。
嫌な予感がしつつも封を解き、リーレがそのまま中身も声に出して読んだ。
「『まどろこっしい挨拶は抜きにして、手短に書くッス。王様がマナっち達を国家反逆者として、指名手配したッス。このままだとマナっち達は犯罪者にされて、どこにも行けなくなるッスよ。だから一刻も早く決めるッス。そのまま王様が諦めるまで逃げ続けるか、どうにかして疑いを晴らすかを。何かアクションを起こす場合は、うちも手伝うんで声かけるッスよ』だ、そうよ」
重い、沈黙が下りた。事情がわからずポカンとするユースを除き、全員がどうすればいいのかわからなくなっていたのだ。
このまま逃げ続けるのは、不可能ではないだろう。ファロンに乗って行けば、目立つかもしれないが人間には追いつけないスピードで移動ができる。見られるのを覚悟でファロンに乗り、即刻アニンへ行くのもいい。もしかすると、そこから元の世界へ帰れるのかもしれない。帰りたくはないが、究極的にはそうしてしまえば追って来るのはムリだろう。
けど、リーレ達はどうする? ライラは帰れるから喜ぶかもしれないけど、二人はこの世界の人間だ。いきなり地球に連れ込むわけにはいかないし、もしそんなことをしても二人には戸籍もなにもない。余計な苦労をさせるだけだ。なら、選択肢は実質一つしかない。
「……俺は、王を説得したい。いや、あの様子じゃムリか。なら王を倒す。ずっとひっかかっていたこともあるしな」
「引っかかってたことってなんなん?」
「俺達が逃げる時に、王がなんて言ってたか覚えてる?」
「ごめんなさい、覚えてないわ」
他の二人も同じようで、首を横に振った。
「俺達が玉座がある場所から逃げ出した時に、あいつ言ってたんだよ。『お前らはNPCか何かかっての』って」
その言葉に反応できたのは、ライラだけだった。リーレとファロンはキョトンとするばかりで、意味がわからないらしい。そして、この世界の人間としてはそれが正しいのだ。
「もしかして、あの王ニセモノってこと?」
「可能性は高い。少なくとも、地球から来てる人間だってのは間違いない。この世界の人間であるリーレとファロンにNPCは伝わらなかったことからみても、あいつがこの世界の人間って線は薄い。それなら、王のくせにやたらめったら細かったのも頷けるしな」
「ちょいタンマ。マナトくんなんの話してるの?」
「は? いやだから、あそこにいた王めっちゃ細かっただろ。俺なんかよりも全然」
「いいえ、私が見た王様は恰幅が良い方だったわ」
「あたしも」
「は!?」
意味がわからない。あれで恰幅がいいと言うのなら、俺なんかすげーデブになる。あんな針金みたいなやつを見て、恰幅がいいってどういうことだ……?
首を傾げる俺達に、ファロンがなんてことのないように言った。
「おぬしら、気づかんかったのかの? あそこにいた王とか言う男じゃが、妙な魔法で化けておったぞ」
「ば、化けてた!? それってあれか、変身魔法的なやつか!?」
一体どうやってと思うのと同時、それなら説明がつくとしっくり来ている自分がいた。もしファロンの言うことが正しいのであれば、あの王はニセモノで、本物とすり替わっているってことになる。
「簡単に言えば、そうじゃの。魔力のまとい方から見るに、おそらく何かしらのマジックアイテムを使ったのじゃろう。すでに存在する人間だと、周囲に誤認させるタイプのものじゃ」
「じゃあ、俺にだけ見え方が違ったのは?」
「マナトは魔法に対する耐性が高いみたいじゃからのー。自力で看破したのじゃろ」
そう言えば前にライラにステータス見てもらった時に、魔法耐性の項目があった気がする。しかも、九とか十とかその辺だった。なら、俺には細い男に見えた理由も頷ける。つまり俺が見ていたあの針金男こそが、王の真の姿であり、ニセモノの本当の姿ってことだ。何をどうやったか知らないが、姿が変わっていた理由はわかった。その魔法を解くことさえできれば、王は失墜するだろう。ニセモノなんだから。
「するってーと、あれか。あたしらは王の真の姿を突き止めれば勝ちってわけだね」
「そうなるな」
「けど、二人はいいの? 王様が地球から来た人ってことは、同胞なんじゃないの?」
「「いや、それはない」」
俺とライラでキレイにハモっての否定。いくら地球人だからって、あんなことされといて同胞扱いとか、普通にムリだししたくもない。それにどうやったのかは知らないが、王とすり替わっていると言うのなら、本物の王に何かしたと言うことだ。自分が王のフリをするのに、本物の王がいては都合が悪いのだから。
「たまたま同じ星に住んでたってだけの悪党だ。余裕でぶっ潰すよ。まあ変身のタネを割ったら、適当に騎士にでも突き出して――いいのか?」
よくよく考えれば、騎士達にも王の息がかかっているかもしれないのだ。だとすると、王の正体を暴くのは逆効果かもしれない。
俺が何を心配しているのかがわかったのか、ライラがハッキリと言い切った。
「大丈夫大丈夫。王様悪いやつだとしても、騎士は平気だよ。だって、そんなに王様に忠誠を誓う理由ないもん。仕事だからやってるって人ばっかだったし」
「いやライラはそうかもしれないけど、ちゃんと忠誠誓ってる人だっていただろ」
「まあ、あいつがニセモノって知ったうえで忠誠誓ってんならそうだけど……あたしが詰所にさ、超お堅い先輩いるんだよね。まさに騎士の鑑! って感じの。あの人に連絡すれば、たとえ相手が王でも悪党なら捕まえるよ。絶対にね」
ライラがここまで断言するのだから、きっとその人は信頼できるのだろう。ただ、なぜかその先輩の話をする時、とても嫌そうな顔になったのが不思議だったが。もしかして、仲でも悪いんだろうか。
気にはなったものの、それはライラの事情だ。話さないってことは、わざわざ話すことでもないのだろう。それに、今は急いでスタードまで戻った方がいい。
「あ、あのー……」
と、それまで端っこで話を聞いていた――と言うより話に参加するタイミングを見失っていたユースが、おずおずと手を挙げた。
「どうした?」
「いえあの、何か大変なこと――なんですよね。隣の国の王様にケンカを売るってことですから」
「そうだな。今そうしないと、これから先もっとマズいことになりそうだし」
「……ボクも、一緒に行ってもいいでしょうか」
「はぁ!?」
いきなりそんなことを言われて、ついそんな声を上げてしまう。だがユースの言ったことは、それくらい突飛だった。
「さっき渡したものは、その、シュガット家の者としての謝礼です。ボク個人は、何も返せていません。そ、その、足手まといにだけはなりませんから!!」
「いやでも……これは俺達の問題であって、ユースは関係ないだろ」
「護衛の話だってそうです。あれはボクの問題であって、みなさんには関係ありませんでした。それでも、みなさんは助けてくれた。だから、今度はボクの番です!!」
力強く言い切られ、断ることはできなかった。それに、ユースの魔法の腕は洞窟で見ている。もう少し度胸さえつけば、足手まといにはなるまい。
そう判断した俺達は、ユースが仲間に加わることを了承したのだった。ただし、一度帰ってフーシェさんと話し合うことを条件に付けたが。




