三十話 どちらが地獄か
世界が黒に染まったのは、ほんの数瞬のことだった。色を取り戻した世界はやはり洞窟のままだったが、明らかに空気が違う。なんというか、もっと重苦しい空気なのだ。
「一応、出られたんだよな……?」
辺りを見回して、少なくとも自分達が結界から出られたことだけは確かになった。なぜなら、辺りにはランランと目を光らせる、無数の魔物がこちらをにらんでいたのだから。
「っ、来るぞ!!」
俺の警告は間に合い、十体を超える魔物が飛びかかって来たのにも関わらず、攻撃を喰らった者は皆無だった。全員が無傷で初撃をしのぐも、魔物達はワラワラと集まって来ている。
「あーもう!! 結界張られたままじゃ一生出れないし、結界出ても魔物塗れとか難易度設定どうなってるんだよ!!」
半ば叫びながら、魔物達に向かって魔法を乱射する。俺が使えるあらん限りの魔法をぶち込むも、数が多すぎて対処しきれない。前ではライラが目につく魔物を片っ端からからなます斬りにし、後ろではリーレが目にも止まらぬ早業で矢を射る。ファロンも尻尾に変えた髪で攻撃をしていて、四人総出でどうにか相手ができていた。が、それも時間の問題だろう。
「くっ、このっ……!!」
剣を振るライラの動きが、明らかに精彩を欠いている。ここまでの道のりで、体力を使いすぎたのだ。ムリもない。襲い来る魔物のほとんどを、ライラが迎撃していたのだから。いくら相手が雑魚だったと言っても、魔物は魔物。戦い続けていれば、疲れるに決まっている。
「ライラ、大丈夫か!?」
「これくらい、どうってこと――」
あからさまに強がろうとした、まさにその時。岩のような色合いと巨体のカニが、ライラめがけてその固いハサミを振り下ろしたのだ。
マズい、俺じゃ間に合わ――
「か、壁よ現れよ!!」
震え声の詠唱らしきものが聞こえ、地面からせり上がった壁がライラとカニの間に立ちはだかったのだ。
石でも殴ったかのような重く鈍い音が響くが、突如現れた壁が崩れる様子はみじんもない。それどころか、ヒビすら入っていないように見える。
「っ、はぁっ、はぁっ……」
それをやってのけた当の本人は、呼吸を荒くし洞窟の壁に手をついていた。
「ユース、ナイス!!」
ユースがカニの攻撃を防いでくれたおかげで、俺がそのカニに向かって雷を飛ばすことができた。魔法の直撃したカニは、断末魔すら上げることなく絶命した。
「すみま、せん……ボクには、これくらいしか……」
「充分すぎるくらいだよっ!! あんがとね」
ユースの魔法により窮地を脱したライラは、目の前の土壁がボロボロと崩れ去るのと同時、その奥にいた先ほどと同じカニに向かって突っ込んで行った。
「おい、ホントにムリすんなって!!」
「あたしゃ戦うことくらいしかできないんだから、ちったぁムリするくらいでちょうどいいの!!」
俺の忠告も聞かず、ライラは襲いかかる魔物が途切れるまで剣を振るい続けたのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ふぃー……とりあえず、一息吐けるくらいには片づいたかなっと」
額に噴き出す汗を拭いながら、ライラはそうつぶやく。口調こそ軽いが、やはりムリをしているのは間違いないようで、かすかに膝が笑っている。このままでは、近いうちに動けなくなってしまうだろう。
「おいライラ、ムチャしすぎだって」
「大丈夫だって」
「どう見ても大丈夫じゃないわ。ライラ、本気で休んだ方がいいわよ」
「ライラ、おぬしそのままムチャしとったら死ぬぞ」
「あ、あの、あまりムリなさらない方が……」
俺達三人だけでなくユースにまでそう言われ、形勢不利と見たのか盛大にため息を吐いた。
「あーはいはい、わーった。わかりましたよ。よほどのことがない限り、大人しくしてますよー」
投げやりそう言って、それまでいた先頭からしんがりのリーレの前まで下がるライラ。一番魔物と接する可能性の低い場所なので、少しは休めるだろう。
それに、もうムリをする必要性がなさそうだ。なぜなら、前方から柔らかな光が差し込んでいるのだから。つまり、出口である。
疲れながらも洞窟をようやく出た俺達は、その先に広がっていた光景に絶句した。
陽が傾きはじめ、淡いオレンジの光に染まる崩れた建物の数々。その建物の周りどころか、俺達が今出て来たばかりの洞窟の壁すら覆い尽くす花がある。花びらはまるで雫が集まってできたかのような、無色。キラキラと太陽の光を反射するその花は、美しいの一言では言い表せないほどにキレイだった。
「もしかして……これが、虹色つゆ草か?」
「そうよ。あの花びらは、見る角度によって反射する光の色が変わるの。虹を閉じ込めたみたいに光るから、ついた名前が虹色つゆ草。私も、実物を見るのは初めてだわ……」
「そーいやこれ、超高級品ってウワサだもんね」
「キレイじゃのー。父様の管理しておった、桜の森には負けるがの」
俺達が幻想郷のような光景に見惚れる中で、一人だけそんなことはお構いなしにその花を摘み取ろうとする者がいた。もちろんユースで、ユースからしてみれば見た目なんかよりも効能の方が重要なのだ。今は見惚れてる場合などではなく、一刻も早く花を家族の元へ届けなくてはならないのだから。
「あ、あの、リーレさんってお医者さんとかですか!? この花のことも知っていましたし、もしそうなら煎じ方とか知ってませんか!?」
詳しく話したわけではないが、会話の端々からそれを推理したらしい。優しすぎるだけで、頭が悪いわけではないのだ。人間を襲うかもしれないとわかっていても、ユースにはどうしても魔物の仔をそのままにすることができなかった。愚かかもしれないが、その行いを全否定することは俺にはできない。
ユースの言葉を受けて、リーレは摘まれた花を受け取りながら答えた。
「医者ではないけど、これを煎じることはできるわ。実際にやったことはないけど、心配しなくても大丈夫よ。順番さえ間違えなければ、すごく簡単にできるから」
「お願いします!! これを使って、ボクの家族を助けてください!!」
「ええ、わかったわ。任せて」
頷いたリーレは、力強い微笑みを浮かべていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
大急ぎで洞窟を突破した俺達は、その足でクレーへと向かった。すでに陽は沈み切っておりかなり危険ではあったが、だからと言ってこの辺りで野宿をするのはもっと危険だったのだ。森の中なのだからファロンがいればたいていの魔物なんて目じゃないのだが、ファロンに負担を全部押し付けるわけにはいかないだろう。それに一刻も早く虹色つゆ草を持って行かねば、ユースの家族が危ない。
森で遭遇する魔物を全て薙ぎ倒し、どうにかクレーの街に戻って来ることができた。ユースの案内で領主宅へ到着すると、リーレがさっそく虹色つゆ草を煎じてくれる。一時間もしないうちにできた薬を飲んだユースの家族は、すぐに目を覚ました。
「本当にありがとうございます。感謝してもしきれません」
ベッドで上半身を起こし頭を下げたのは、ユースの父でこの街の領主。フーシェンド・シュガットその人だ。線が細く理知的な人で、ユースと同じ赤い髪と金の瞳を持つ男性である。ユースの歳を考えると三十は過ぎているはずなのだが、どう見ても二十歳くらいにしか見えない。
ユースの家族は他にもいるのだが、一番早く回復したフーシェンドさんが代表して俺達会っている。他の人達はまだ目が覚めたばかりで、話すのは難しいらしい。
「い、いえ。ホント偶然なんで……」
大人の男の人に頭を下げられる場面なんてそうはなく、むやみに緊張してしまう。フーシェさん|《長いので略して呼んでいいと言われた》はとてもいい人なのはわかるのだが、最近会った王のやつのせいで変に疑り深くなっていたらしい。
俺がどうしたもんかと視線を泳がせながら答えると、フーシェさんは不意に真剣な目になった。
「マナトさん、でしたね。偶然でもなんでも、あなた方がわたくしどもを助けたのは揺るがぬ事実。そのように謙遜せず、胸を張ってください」
「フーシェさん……」
照れくささでなんと返していいかわからなくなった俺が黙り込むと、フーシェさんは苦笑いだった。
「あなた方のしたことは、とても尊いことです。それを奢らずにいられるのはすばらしいですが、謙遜がすぎれば事の本質を見失いますよ」
「は、はぁ……」
そう言われても、こんな風に面と向かって感謝されるのはどうしても慣れない。
そんなことを話していると、他の家族の様子を見ていてユースが戻って来た。
「ち、父上、その、今回は――」
「ユース、わたしは魔物の仔を持ち込んだことについては、怒っていないよ。お前は優しい子だからね。傷ついている生き物を見つけて、放っておけなかったのはわかる。でもね、一人であんな危険なところへ行ったのはいけない。マナトさん達に偶然出会ったからよかったようなものの、もしそうじゃなかったら今頃命を落としていたかもしれない」
「……はい。反省、してます」
「よろしい。ああそうだ、頼んでいたものは持って来たか?」
「あ、はい!」
フーシェさんに言われ、ユースが懐から小さな革袋を取り出した。
「こちら、わたくしどもからのお礼です」
「いえ、そんな気を使っていただなくても……」
「聞けばユースと、護衛の契約を交わしたとか。これはそれに対する謝礼ですよ。自らがした行いの対価は、遠慮せずに受け取るべきです」
「……なら、ありがたく頂戴します」
受け取った革袋は、何かが妙だった。小さい割にずしりと重いのに、金属がこすれ合うジャラジャラといった音がしない。となると中身は貨幣の類じゃないのだと思うが、だとすれるとこれは……
俺が不思議そうな顔になったのに目敏く気づいたユースが、中身がなんなのかを説明してくれた。
「中身はマジックアイテムです。一度だけ致命傷を癒してくれる、治癒石が入っています。効くのはケガだけで、毒や病気には効きませんが」
「え、それってすごく貴重なものなんじゃ……」
「命の恩人なんですから、これくらい当然です」
お金に直したらいくらになるのか、想像しただけで震えが来る。絶対高い超高い。下手に金貨をもらうよりありがたいけど、これマジでいくらするんだろう……
大層なものをもらってしまいへどもどする俺だったが、返すのも悪いのでけっきょくは受け取ったのだった。もらったはいいけど、使う時が来なければいいなと思いながら。




