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三話 帰りたくないんだよ

 俺の大活躍から一週間後の、昼下がり。仕事に慣れたせいか割と早く終わったため暇を持て余していた俺の元に、一人の少女が訪ねて来た。わざわざ裏まで回って物置に直接訪ねて来たのだから、リーレではなく俺目当ての客なのは間違いない。


 見た目からして、騎士の方だと思われる。着ているのは鎧ではなくチェーンメイル、鎖帷子(くさりかたびら)。確か昔の騎士がこんなのを着ていたはずなので、多分そうなのだろう。


 なんで俺なんかのところに、そんな人が来たのだろう。まさか、不法入国扱いで捕まえに来たとか!?


 ないとは言えない。俺はこの世界から見れば、不法にやって来たよそ者なのだから。村の誰かが、俺のことを街に行った時にでも話したのだろう。


 金の延べ棒ですら隣に置けば霞んでしまいそうな艶やかな金髪は、ショートカットにされていて、見た目よりも邪魔にならないのを優先されているように見える。瞳は深いグリーンで、とても美しい少女だ。


 少女とか言ってるけど、多分年上だよなこの人……


 女子の年齢はよくわからないが、二十歳になるかならないかくらいだと思う。ということは少女と言うより、女性か。腰にさげている剣は立派なもので、騎士の中でも位が高そうだ。


「あなたが、噂の最近村に来られた博識な方ですか?」


「え、ええまあおそらく……」


 あ、やっぱり噂になってるんだ。て、マジで捕まえに来たってこと!? ど、どうしよう!? どこに逃げるべき!?


 冷や汗をだらだら流し引きつった笑みを浮かべる俺に、騎士の少女は思ってもみなかった質問をした。


「間違っていたらごめんなさい。あなた、地球人ですか?」


「……ふへ?」


 地球人、って言ったこの人!? なんで地球を知って……いや待て、知ってるってことは――


 驚いて固まる俺を見た少女は、それで確信したようだ。


「やはりそうでしたか。わたしは長宮来楽(ながみやらいら)と申します。長宮などという苗字はこの世界にはありませんから、ライラと呼んでください」


「は、はぁ。俺は辻本愛富(つじもとまなと)です、けど……」


 名前が和名……えっと、この世界に来ると見た目が変わるとか? いやでも俺まったく変わってないぞ? 染めたようにも、カラコンつけてるようにも見えないし……


 つい金の髪に視線が向かってしまい、それに気づいたライラさんが説明してくれた。


「ああ、わたしのこの容姿に驚いているのですね。名前は日本のものですが、日本人なのは半分だけです。残りはスイス人ですね」


 つまりスイスと日本のハーフってことか。


 ライラがどこの国の人か云々よりも、もっと重要なことがある。それを先に訊かねばなるまい。


「で、その地球人の方がどうしてこんなところに、ていうかどうやってここに?」


「わたしもあなたと同じだと思います。気がついたら、この世界にいました」


「ライラさんもでしたか……」


 どうやら、この世界ではそれがデフォルト設定らしい。いやまあ、俺達の他に地球人がいるかどうかを知らないから、断言できないけども。


「で、その偶然この世界に来たライラさんは、なんで俺のところに? まさか、それも偶然だとは言いませんよね?」


「ええ、もちろん。それはですね……」


 とりあえず物置の座れるところに通したライラさんの話は無駄に長かったので、まとめるとこんな感じだ。


 もとの世界に帰りたい。


 ……たった一文のこのことを説明するのに、なんと二時間かかったのである。


「――というわけです」


「あーはいはい了解しました……」


「なんですかそのおざなりな返事は!!」


「気のせいですよ」

 普通、延々とどうして地球に帰りたいのかのを、それはもう横道に逸れまくって語られればうんざりもする。おかげで、誰かもよくわからないふーちゃんとやらのことが無駄に詳しくなってしまった。


 ふーちゃんってばもう可愛いんですよ。好きなものはリンゴで、あ、リンゴって言っても青い方なんですが――とか、心の底からどうでもいい。


「家に帰りたいのはわかりました。それで?」


「それで、とは?」


 キョトンとするライラさんに、どう言えばいいのかとても悩む。


 ……いっか、別に悩まなくても正直に言えば。



「俺、別に帰りたくないので、一人で頑張ってください」


「はい?」


 ぴしりと音が聞こえそうなくらい、綺麗に固まるライラさん。俺の返答が、よほど予想外だったのだろう。


「ちょ、ちょっと待ってください。あなた帰りたくないんですか? ここ異世界ですよ?いつ死ぬかもわからない、危険な世界なんですよ? なのに帰りたくないとは、正気ですか?」

 正気って……そこまで言うか。まあこんなところに突然放り込まれてるのに、馴染んでるうえに帰る気はサラサラないとか、少数派だろうか仕方ないけど。


「正気ですよ。というかそもそもの話ですけど、俺家嫌いなんで。帰ってもろくなことにならないし」


「そりゃあわたしも家には帰りたいとは思いませんけど、地球には帰りたいですよ。だってこの世界、コミケがないんですよ!?」


「あー……」


 その理由は納得だ。確かにこの世界にコミケはない。リーレに訊いてみたところ、どうやら本自体があまり広まっていないみたいである。文字を読めるようになる魔法があるみたいなのだが、魔力を常時消費するので燃費が悪いらしい。だからわざわざその魔法を使ってまで本を読もうとする人は、ほとんどいないとか。だいたい口伝で済むみたいだし。


 冷静になって考えてみると、言葉はなんで通じてるんだろ。どうも自動で翻訳して伝わってるらしく、メートルでもグラムでも話通じるんだよな。その辺もおいおい調べていかないと。

 俺の考えてることなんて知るよしもないライラさんは、未だに熱弁を振るっていた。


「この世界、二次元さえあれば完璧なのですが……もっとも重要な要素が抜けているのです。そうは思いませんか?」


「まあ俺も行ったことはありますし割と楽しかったですけど、別に元の世界帰ろうと思うほどじゃないんで」


「なんでですか必須事項でしょう! あれがあるからこそわたしは地球で生きていたと言っても過言でないのですよ! 同人誌書いていれば、働かなくても収入はそこそこありましたし!!」


 それは羨ましい。趣味でお金が稼げてるなら、確かに地球も悪くないかも。けど俺にはそっち系の才能はない。下手の横好きなのだ。だからこの世界の方が、俺に合っている可能性が高いのである。


 よく考えるとこの人ニートなのかと残念な気持ちになるのがそれはさておき、今は元の世界に帰るかどうかって話である。


「とりあえずあなたの言うことはわかりました。わかりましたけど手伝う気はないです。帰ってください」


「いいじゃないですか手伝ってくれても!! 帰れたら報酬あげますから!!」


「それでうっかり俺まで元の世界に帰れちゃったら困るんですよ。俺は、絶対に元の世界には帰りません」


 あんなとこいたっていいことなんてない。やりたくもないことを母親に押し付けられるだけの人生、二度とごめんだ。


 断固として拒否した結果、ライラさんに落ち込まれてしまった。落ち込まれても俺としては困る。嫌なものは嫌なのだ。


「どうしても、ダメですか?」


「うぐっ……」


 潤んだ瞳で上目遣いをされると、うっかり頷いてしまいそうになる。


 この人、絶対わかっててやってる間違いない。だって少しずつ上目遣いのままにじり寄って来てるしちょっ、このままだと押し倒される!?


「だぁーっストップストップ!!」


 どうにか肩を掴んで押し戻すと、

「ちっ」


「舌打ち!?」


 まるでお手本のような、見事な舌打ちだった。まさか、この人確信犯じゃ……


「あーあ、やめやめ!! もームリ猫被るの疲れた!!」


 いきなり正座していた足を投げ出し、かったるそうにするその姿は、それまでのライラさんとはえらい違いだった。


 ていうか、自分で猫被ってたって暴露するんだ……


「もーいいじゃんおねーさんなんでもしてあげるからさぁ、一緒に帰る方法探そうぜ?」


「急に態度ってか、キャラ変わりましたね……」


「だってもう面倒だもん猫被るのー!! あたし向いてねーのよ敬語とか!! あ、君も敬語やめていいよ。ってか、あたしみたいなの尊敬できないっしょ」


「自覚あるならどうにかしろよ……」


 本人の言う通り尊敬できる部分が一切ないので、敬語はやめさせてもらった。


 ライラは、しばらく考え込む素振りを見せていた。それから、何かよからぬことを思いついた顔をしたあとにこりと笑うと、なぜかよどみない手つきでチェーンメイルとふわふわした綿入りらしき服を脱いでいく。その中に着ていたのは薄手のシャツとホットパンツで、なんというかこう、鎧とか鎖帷子とかそっち系着てると、体型とかサイズとかわかんないよね。アルファベット的には六番目とかじゃないかなーみたいな。


「どうにかできたらニートなんてやってねーって。てかいいじゃんさーマナトくんよー。帰る方法見つけられたら、おねーさんけっこうなところまで許してあげてもいいんだよ?」

「……けっこう、とは、具体的にどこまで……?」


 ここで訊いちゃうのが男の悲しい性というかなんというか……


「さあて、どこまでかなぁー?」


「あ、あのライラさん!? その恰好で寄りかかられると、色々と危険な感じにっ!?」


「んー? うふふふー」


 ど、どうしようなんか獲物を狙う女豹のオーラが見えるんだけど!? だ、ダメだ、落ち着け俺! これは食べちゃいけない据え膳だと思うんだ!! こういう時は素数を数えるのが主流だよなアニメとかだと! えっと一……え、一って素数だっけ違うっけあれ二からだっけそれとも零!?

 そう言えば数学苦手だったなー、あ、返却されたテストどうしようまだカバンに入ってるんだよなー薪代わりにでもしようかなーあはははーと、もはや現実逃避を始めた時だった。


「あのー、そろそろ夕ご飯の時間なんだけど……」


 コンコンと控えめなノックの音と共に、救いの女神の声が聞こえて来た。


「も、もう帰るって!! だから大丈夫!!」


「いやあたしそんなこと言ってな」


「あんたは黙ってろ話がややこしくなる!!」


 ライラを小声で怒鳴りつけると、再びリーレの声が聞こえて来る。


「わかった。今日はこの前のお礼にってお隣のウェイネさんに美味しい木の実をもらったから、それでサラダを作ったの。マナトの口に合うといいんだけど……」


「わーい嬉しいなっ!! 俺はライラを見送ったらすぐ行くよ!!」


「ライラさんて言うの、その方? じゃあ私にも紹介して――」


「いやもうほんとすぐ帰るから!! 騎士さんは忙しいんだよ!!」


「そう……じゃあすみませんライラさん。また来てくださいね」


 それだけ言い残したリーレは、俺の言ったことを素直に信じてくれたらしく母屋へ戻ってくれた。

 これで問題は、目の前の迷惑女だけである。


「ってわけだから、帰れ」


「冷たいなーまったく。まあいいや。また来るし」


「二度と来るな!!」


 もうなんか、自制心その他もろもろを試されてるみたいでやばいんだよ!!

 俺の心の叫びにもライラは動じた様子はなく、けたけたと笑って帰って行ったのだった。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 

「ちゃお! マナトくん☆」


「なんで来やがったぁー!!」


 翌日の午後もそのまた次もライラがやって来るとは、俺は全く思っていなかった。あの日以来、ライラは三日と開けずうちに来るようになったのだった……


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