二十九話 洞窟
魔物を倒し続け、進むこと約六時間。俺達は、まだ洞窟内部にいた。
「……ねえ、どう考えてもおかしくない?」
「ええ、私もそう思っていたところよ。ユース、道は間違っていないのよね?」
「は、はい! 壁にところどころある目印さえ見失わなければ、一時間ほどで着くはずなんですけど……」
一時間で着く道のりを、六時間かかっても踏破できない。これは明らかに異常事態だった。
「ファロン、何か変な気配とか、おかしな感覚とかないか?」
この中で一番感覚の鋭いファロンに訊いてみるが、結果は芳しくない。
「それが、驚くほど何もなくてのー。ここまで何も感じないことなぞ、そうそうないんじゃが。魔物が出て来ても、気配がやたらと薄くてのー。まるで、霞でも相手にしているみたいじゃ」
ファロンがこれじゃあ、人間である俺達が何かを感じ取るのは難しい。いったいぜんたい、どうなってるんだ? 確かに洞窟の内部構造は複雑だし、魔物も出て来る。けどユースの言う通り、ここまでずっと道しるべがあった。壁にはうっすらと緑色に光る小さな石が埋め込まれていて、それのたどって行けば迷うなんてないはずなのに。
俺達は、完全に行き詰っていた。一度戻ってみようという話になって来た道を引き返したのだが、入り口にたどり着くことはなかったのだ。
「ここまで何も感じんとなると……どこかの誰かが、結界でも張っとるのかもしれんの」
「結界?」
ファロンによれば、誰が洞窟に結界を張って意図的に迷うようにしている恐れがあるとのことだ。
「ってことは、これ罠ってことか?」
「かもしれんのー。小僧が誰かに恨みでも買ったのやも知れぬ」
突然引き合いに出されびくりと身をすくめるユースだったが、何かやましいことがあるようには見えない。それに俺達をこのタイミングで罠にハメる理由が、ユースにあるとも思えないのだ。他の誰かからの依頼だとしても、国から出たばかりで俺達の情報がこんなところまで出回っているはずがない。
となると、やはりユースが狙われているという線が濃厚だ。毒牙トラの毒を解毒できる材料がこの辺にしかないのを知っていれば、ここに罠を張るのは納得できる。
俺達全員の視線が集中する中、ユースはおどおどと怯えた様子だ。
「ぼ、ボクが恨み、ですか……? すみません、思い当たることは何も……」
「……なら、ユースの家族は?」
「家族、ですか?」
「ああ。もしかしたらユースの家族が恨みを買ってて、それをどうにかするためにこんな手段――は、さすがに迂遠すぎるか」
「……いえ、ない話ではない、です。恨みとは少し違いますが」
「え、あるの!?」
俺としてはたとえ話に近かったのに、予想外にも肯定されてしまう。
ユースは言いにくそうに口をもごもごとさせていたが、言わないといけないことだと思ったのだろう。うつむいてはいるものの、ハッキリとした口調で話し出した。
「すみません、家の事情で言えなかったんですが……ボクの家は、この辺りではけっこう名の知れた家なんです。ボクのフルネームは、ユースティアーガ・シュガットって言います」
「え、それってクレー治めてる領主様じゃない!!」
「はい」
まさかの領主。ということはユースは貴族であり、他に兄弟がいるのかわからないが、かなり高い地位を持っていることになる。
「ボクは一応長男なのですが、こんな風に頼りないので期待されていなくて……魔法以外はからっきしで、その魔法だって強くはありません。なので、みんなもうシュガット家は終わりだなってウワサしています。もし今の当主に何かあれば、完全に没落するだろうと。もし、うちを没落させて成り上がろうとする人がいれば……できうる限り自分が関係ないと思われるような、迂遠な手段を使うと思います。バレれば、自分の首が飛びかねないですから」
つまり、自分が領主になるために今の領主が邪魔ってことか。だから自分が疑われない方法で暗殺を企て、魔法が使えるため毒が効きそうにないユースが来そうな場所に、罠を張ったというわけだ。考えてみれば、最初にユースを襲っていた魔物の集団。あれがもうおかしかった。相手がどこのどいつかは知らないが、相当用心深く、性根のねじくれたやつだと言うのは間違いない。
相手は、どこからどこまで計算しているのだろう。少なくとも、俺達の存在は予想外のはずだ。ただユースの行動をかなり高い確度で予測できているので、ユースのことを知っている人間というのが一番妥当だ。犯人がわかれば、何か解決方法があるかもしれない。
「ユース、犯人に心当たりは?」
「ごめんなさい、多すぎてなんとも……今のクレーに、ボクの家の味方はいないと言っても過言ではないんです。あ、市民の方はよくしてくれています。なので、可能性があるのは領主の座を奪おうとしている貴族だけです」
ということは、市民には好かれているってことか。だからこそ、相手は没落を待たずに殺すになったのかもしれない。市民に好かれているなら、多少失敗しても温かい目で見てもらえる。あまり大きな失敗だと、信用をなくして終わりだけど。
そこまで話を聞いて、ふとライラが嫌そうな顔をした。
「これやった犯人はおいといてさ、あれだよね? あたしら今超ピンチってことだよね?どうにかしてここの結界破らないと、あたしらここで餓死して骸骨になるぜって感じで」
「もしくは、先に体力が尽きて魔物に食べられちゃうかね」
「解除できなきゃそうなるよな、くそっ」
いつの時代も、性格の悪いやつはいる。他人を蹴落とすだけならまだわからなくもないが、バレないようにこっそり殺してまでその地位を奪おうとするのは、どう考えたってありえない。
ああもう、どうしたってこんなことに……!! 襲って来る魔物が弱いからまだいいものの、これが強かったらひとたまりも――
そこまで考えたところで、おかしなことに気づく。
「……なんで、魔物が弱いんだ?」
「え? それは……なんでかしら」
言われて初めて気づいたのか、リーレ以外の三人もハッとした顔になる。
「そうだ、おかしいんだよ。俺達を――ていうかユースを罠にハメるのが目的だとして、なんでこんなにも弱い魔物ばっかりなんだ? ユースを誰にも見つからないように事故に見せかけて殺したいって言うなら、むしろ強い魔物を呼ぶべきだろ」
「それはそうね。ならなぜ、相手は弱い魔物を差し向けたのかしら?」
「可能性としては、あれじゃの。ここの結界は内向きではなく、外向きなのやも知れん」
結界構造うんぬんは難しかったので、俺なりにかみ砕いたところこんな感じになった。
強い魔物が入って来れないようにするのか、出られないようにするか。それが外向きと内向き。この場合内向きは閉じ込めるためのものだが、外向きは閉め出すためのものだ。つまり俺達は、閉じ込められたのではなく、逆に守られた結界内にいるということになる。
「それなら、我の感覚をすり抜けた理由も頷けるのー。攻撃の意思はなく、むしろ守られているからじゃな」
「ちなみにその場合、解除の方法って?」
「どこかに起動するために触媒があるはずじゃ。多いのは宝石とかじゃの。ものによっては、魔力をたくわえることも可能じゃし」
「宝石? そんなものどこに……」
あるんだよ、と言いかけて。一つの可能性にたどり着く。もしも俺達が、決定的に何かを間違っていたのだとしたら。本当は全然別のものなのに、そうだと思い込まされていたとしたら。
俺は自分の直感に従って、壁に向かって雷の魔法を放った。そう。これまで俺達が道しるべだと思っていた、光る石に。
固いものが割れるような音がした直後。世界が、真っ黒に塗り潰された。




