二十七話 子供でも魔物は魔物
ユースと名乗った少女|(?)に何があったのかと問うと、険しい顔だがどうしてそこまで行くのかを教えてくれた。
「少し前に、ボクは友達と近所の森に行ったんです。誰も来ないから、魔法の練習には持って来いの場所なので。そこで、ケガをした可愛らしい魔物を見つけて……魔力を持っていても魂を持たない魔物は、絶対に人になつくことはないと言われました。でもケガをしていたその子を、ボクは見過ごすことができなかったんです」
途中でファロンにしてもらった解説によれば、魂はあっても魔力がないのがただの動物。魔力はあっても魂がないのが魔物。魔力も魂も持つ存在は、人間以外だと精霊扱いになるのだそう。ちなみに肉体の組成はさほど変わらないので、魔物を食べようが動物を食べようが、味は種族次第である。
「それで家に連れて帰って、治療しました。けどその子はケガが治ると、すぐにボク達を攻撃し始めたんです。ボクは強くはないですけど魔術師なので、辛うじて防げたのですが、そうではない家族はみんなその子の毒攻撃を喰らってしまって……みんな、昏睡状態のまま目を覚まさないんです」
なるほど。それで責任を取る、か。地球で言うと、クマの赤ちゃんがケガをしているのを見つけて治療したら、元気になったその子が暴れてみんなにケガさせた、みたいなもんだ。要はユースの認識が甘かったのだろう。
「ユースくん、その魔物の種類、わかるかしら?」
「毒牙トラの子供、です」
トラ!? え、何この子、ケガしてるとはいえトラ持ち込んだの!? 例えトラの子供だったとしても……だったと……うん、見た目がほぼネコだったらわからなくもない。
昔動物園で見たことあるが、子供のトラは足が太くてたくましいのを除けば、かなりネコっぽい。そりゃまあネコ科なのだから当たり前なわけで、ネコっぽい生物がケガをしているのを見かけたら、俺でも治療したくなるかもしれない。
なんと声をかければいいかわからない俺の代わりに、薬師であり魔物にも詳しいリーレが何やらブツブツとつぶやきだした。もしかしたら、そんなどう考えても危険っぽいところに行かなくても、なんとかなる方法を思いついてくれるかもしれない。
「毒牙トラ……子供なら、毒牙が発達してないから昏睡で済んでもおかしくは……なら虹色つゆ草は正しい……他に有効な薬草は南の方にしか……」
「リーレ?」
「あ、ごめんなさい、つい考え込んじゃって……ダメだわ、この辺だと確かに虹色つゆ草の煎じ薬しか、有効なものはないわね」
「そっか……」
なら、それを採りに行くしか道はないか。けど、ユース一人に行かせるのは、激しく不安だ。洞窟に神殿跡地なんて、闇属性の魔物と光属性の魔物がわんさか出て来るイメージしかない。しかも、やたらと強い中ボスまでいそうだ。そんなのはゲームだけで、この世界じゃ違うってんならいいんだけど……
「プロシ神殿? つったっけ。そこの周りとか洞窟って、魔物は強いのか?」
俺の質問に答えたのは、ユースでもリーレでもなく、なんとライラだった。
「強いって聞いたことあるよ。半年に一回くらい、騎士団が討伐隊組んで数を減らしてるんだってさ。ほっとくと、洞窟からあふれて来て町にも被害が及ぶから」
ロットンの時の、溶解スライムと一緒だ。決まった時期に討伐しないと大変なことになる、面倒な敵。そんな危険なところに、大量の魔物を引き連れちゃうような子供を一人で行かせるのは、見知らぬ他人とは言えかなり気が引ける。
よほど魔法が達者で強いならともかく、逃げるしかなかったみたいだし、それすら一人じゃできなかったんだから。本人の言う通り、それほど強い魔術師じゃないんだろう。なのに一人で行こうとか、発想からして無茶過ぎる。
どう考えても、この子がやろうとしていることは見過ごせない。止める機会があったのに、みすみす危険地帯に一人で行かせて、あとで死体になって帰って来ましたー、なんてことになったら、寝覚めが悪いにもほどがある。
「……なあみんな。ちょっと頼みって言うか、提案があるんだけど」
「私はいいわよ」
「早っ!? まだ何も言ってないぞ!?」
内容を言わずに了承したリーレの方を向くと、そこにあったのは呆れたような苦笑いだった。リーレだけでなく、他の二人までまったく同じ顔だ。
「言わなくったってあたしにもわかるっての。ファロンちゃんもわかったっしょ?」
「そうじゃの。マナトの言いたいことは、なんとなくわかるのじゃ。大方、そこの小僧の手伝いをしようって言うんじゃろ」
正解である。俺、そこまでわかりやすいかな……?
微妙に落ち込む俺には気づかず、ユースはファロンの言葉の意味を理解して驚いていた。
「そ、そんな! さっき助けてもらっただけでもありがたいのに、これ以上頼るだなんて……これはボクのせいで起こったことです。だから、ボク一人で――」
「いやムリだろ」
「ムリだと思うわ」
「ぜってームリ」
「ムリじゃな」
「ぜ、全否定ですか!?」
喰い気味で全員に真っ向から断定されたせいで涙目になるユースに、代表して俺がどうしてムリなのかを言って聞かせた。
「あのな、ユースの具体的な強さは知らないけど、あの数の魔物も振り切れないんじゃ一人で洞窟とか絶対にムリだ。倒さなくても逃げる算段があるってなら話は別だけど、そんなのないんだろ?」
「それはっ……そう、ですけど……でも」
「でも、じゃない。それにもしユースが一人で行って、帰って来れなくなったらどうするんだ? 君の家族全員、昏睡状態のまま放っておく気か? 早くしないと、衰弱死することだってあるんだぞ?」
この世界に、昏睡状態の人間を年単位で生かしておく技術なんて、存在しないだろう。下手をすると、三日と持たないかもしれない。そんななか、こんな子供を一人だけで危険地帯に行かせるなんて、ちょっと変わった心中をしたいと言っているようなものだ。
くちびるを噛みしめて黙り込んでしまったユースに、仕方なく俺が妥協することにした。このままでは何を言っても埒が明きそうにないとくれば、俺の方が折れるしかないだろう。
「なら、こうしよう。俺達は今から、君の護衛をする。それが成功したら、あとで報酬を払ってもらうってことでどうだ? 額は……まあ、応相談だな。成功する保証もないし、とりあえず前金なんかはいらない。完全成功報酬の後払いで、護衛として俺達四人を雇う。それでどうだ?」
無償で頼むのが心苦しいと言うのであれば、仕事の依頼ということにしてしまえばいい。そうすれば、ビジネスだからという理由で、俺達がユースを手伝うのを気に病む必要はなくなる。報酬はあとで適当に銅貨でももらっておけば、万事解決だ。
ぶっちゃけ騎士団の罠を利用して得たお金があるから、お金には困ってないけどな。と言うかこれ以上金貨が増えても、重いから持ち運ぶのが面倒なんだよ。「
しばらく、ユースは何も言わなかった。突然言われたこの提案に戸惑っているからか、はたまた疑っているのか。たいてい、美味い話には裏があるという。見知らぬ人間が、いきなり出て来て助けてやるから金寄越せと言って来ているのだ。詐欺だと思われてもおかしくはない。
「…………産」
「え?」
「ボクの全財産、あなた達にあげます! だから、どうか。ボクを、助けてください! ボクにできることなら、なんだってします! みんなを、家族を、助けてください!!」
いや全財産もいらないんだけど……まあ、いいか。子供の全財産なんだし、それほど多くはないだろう。そういうことにしておいた方がユースの気が楽だと言うのなら、それでいいや。
「交渉成立、だな」
俺が差し出した手を、ユースは迷うことなく握り返した




