二十五話 立ちふさがるのはいつだって現実
キャルラ王国を脱出した俺達は、そこから一番近かったミルフという国近くの森に着地していた。さすがにファロンに乗ったままで入国するのは目立つ。
歩いてすぐにミルフ皇国の端にある町、クレーに辿り着いた。見た目も中身もロットンとそうは変わらないそこで、これからどうするかを話し合うために手近な宿に泊まることにしたのだ。
「で、とりあえずどうすんの? マナトくんの機転のおかげでお金あるし、しばらくは何もしなくてもいいみたいだけど」
二部屋取った部屋のうち、広い方に集合するなりライラがかったるそうな声を出す。色々あったせいで、ライラも疲れているのだろう。
「だからって、遊び歩くわけにはいかないだろ」
「そうね。何か方法を考えないと」
キャルラ王国にいたままでは危険が及ぶからと脱出したが、これからのことは考えていない。日本円にして数千万もお金を持っているのだから、どうにかなるだろと思っているからか。四人であれば年単位で暮らすことだって可能だろうが、それにしたって限度がある。早めに住むところと仕事をみつけ、生活の基盤を築くべきだ。
「いっそ、持ってるお金を使って、手ごろな家を買うっていうのはどうかしら。仕事も大事だけど、やっぱり落ち着けるところがあった方がいいでしょう」
「それもそうだけど……」
この世界に来て半年は経つのだが、生活範囲がヴァラ村だけでほぼ完結していた俺は、未だに詳しいことはわからない。地球にいたころだって、日本から出てしまえばこんな感じになっていたことだろう。もっとも、地球で同じ目に遭っていたら余裕で死んでるが。
「というか疑問なのじゃが、ここにいる四人で住む気かの? けっこう広い家が必要な気がするのじゃが」
「そこなのよね……」
「それな」
俺達四人が不自由なく暮らせる家となると、割と広い家が必要になって来る。部屋数は居間に相当する部屋を除いて、最低二つ。性別の関係上俺だけが個室ということになるが、他にどうしようもできない。贅沢を言えば、全員個室があるというのがベストだ。
「ライラ、一応訊くけど冒険者ギルド的なのに心当たりは?」
「いやない。あたしもさー、それできたら何も考えなくていいから楽だなーって思って探したことあるんだけど、どっこにもなかったんだよね。どうもそういうのはないみたい」
これまで村で生活して来て、更にロットンに行っても影も形もなかったのだ。そりゃあないだろう。あれば話は簡単だったのに。不安定でもそれなりに稼げる仕事と、場合によっては住むところを紹介してくれたかもしれないのだから。
リーレとファロンは言葉の意味がわからないのか、首を傾げていた。そのことから見ても、やはりこの世界にそんなものはないのだろう。
「とにかく、まずは情報収集だな。ファロンのおかげで移動スピードがケタ違いだったから、追っ手がすぐ来ることはまずないだろ」
「ってかよく考えるとさー、ここってキャルラからいっちゃん近い隣の国なわけじゃん? もっと離れとかないと、あとで面倒なことにならない?」
「それは……まあ、そうだな」
となると、もっと遠くへ逃げるべきか。でもそうなると、どこまで逃げればいいのか具体的な目標が必要になって来る。
「ここからまだ遠くへ行くとして、どこか行き先にあてがある、もしくは行きたい場所がある人」
この質問にはみんな頭を悩ませるかと思いきや、意外なことにライラがさほど考えた様子もなく手を挙げていた。
「あ、だったらあたし行きたいとこあるわ」
「え、どこ?」
「こっから南に行った先にある、アニンって国。そこには変わった魔法使う人がたくさんいて、なんか別の世界に行く研究してるとかってウワサ聞いたんだよね」
「別の世界?」
リーレがキョトンとするのを見て、話していいことなのかどうか迷う。ここまで着いて来てくれたのだ。きっと、こんな突拍子もないことを話したって信じてくれるだろう。
そう思い説明しようとした瞬間だった。
「なんじゃ、おぬしら異世界人だったのかのー」
「え?」
「ふえっ!?」
俺とライラがほぼ同時に驚くなかで、ファロンはなんてことのないように言い放ったのだ。
「道理で妙なことを知っていたり、我らには意味のわからぬ単語で会話するわけじゃ。それならそうと、最初から言うてくれればよかったというに」
「待って、ちょっと待って。え、何、俺達が違う世界から来たって信じるの?」
「信じるも何も、異世界の民なぞ探せばけっこうおるみたいじゃぞ?」
「何それ初耳!?」
衝撃の事実だった。まさか、俺達以外にも異世界から来た人がいるとは……俺とライラと二人もいるんだから、もっといたって何もおかしくはないんだけど。それでも驚きだ。そしてそれ以上に、ファロンが当たり前って顔でそれを知っているのが驚きだった。リーレと目が合ったので視線で知っていたかと問うと、全力で首を横に振られてしまう。となると、一般人は知らないとみていいだろう。
「えっと、まとめるとマナトもライラも、その異世界から来たってことなの?」
「まあ、そうなる」
「よくわからないけど……マナトがそう言うんじゃ、そうなんでしょうね」
納得はしていないものの、とりあえずそういうものだと思うことにしたらしい。詳しく説明してくれと言われても全然できないので、ものすごくありがたい。
「んじゃ話戻すけど、アニンって国で異世界行く研究してるらしいから、あわよくば元の世界帰れないかなーって思ったんだよね」
「それはわかったけど……やっぱ、帰りたいのか?」
「帰れるってなら、そりゃあね。つっても、この世界と向こうの世界、自由に行き来できるようになるのがベストだけど」
それが可能なのであれば、俺もまあ一回くらいなら帰ってもいいかもしれない。向こうにあるものを売ればこっちでは簡単に稼げるだろうし、食料にはそうそう困らないだろう。それにあのクソババアに、一言文句を言ってからこの世界に来るのも悪くない。
そんなことを思っていた時だった。ファロンが、さらにとんでもないことをのたまったのは。
「その元の世界とやらがどこの世界かは知らぬが、その気になれば行けると思うぞ?」
「……は? え、何どういうこと!?」
あっさり言われすぎて言葉も出ないライラに代わって訊くと、ファロンから返って来たのは非常にシンプルな説明だった。
「我ら龍神は、世界を行き来する能力があるのじゃ」
「それ早く言って!? 知ってたらもっと早く頼んでたんだけど!! そうすれば冬コミに参加ができたかもしれないのにっ!!」
「冬なんとかってのはよくわからぬが、それはムリじゃな。我、子供じゃから空渡できんぞ」
空渡、というのが別の世界に行ける能力のことなのだろう。つまりこの先、ファロンが大きくなれば元の世界のこの世界を行き来が可能になるかもしれないということだ。現状ではムリだが。
ファロンにムリだと言われたライラは、よほどショックだったのか部屋の隅でお手本のようなorzの恰好になっていた。完全にぬか喜びだったのだから、そりゃ落ち込みもするだろう。
「できるのかできないのかハッキリしようぜ……いやまあ詳細訊かず喜んだあたしも悪いんだけどさ、もうマジままならないよね人生」
「えーっと……元気出せよ、な? ほら、なんだっけその……アニン? ってとこ行けば何かわかるかもだろ」
そう声をかけると、ライラはガバリと顔を上げ目を輝かせた。
「……行ってくれるの? マジで?」
「そこまで落ち込まれちゃ、スルーしづらいしな。他の二人の返事次第だけど……二人とも、それでいい?」
「私は全然構わないわ。他に行くあてはないのだし、行ってみる価値はあると思う」
「我も構わぬぞ。これでは、我が悪者みたいになるしのー」
そんなわけで、俺達の次の目的地はアニンと決まった。そう毎度毎度ファロンの背中に乗せてもらうわけにもいかないので、ここからは徒歩で旅をすることになる。それを考えるだけで憂鬱になるが、仕方あるまい。俺はせめて、そこで平和に暮らせることを願うだけだ。




