二十四話 これからどうするのか
王からあらぬ疑いをかけられた俺達を囲む包囲網に、一分の隙もありはしない。すでに抜剣している騎士達は、今にも刃が当たりそうなほど近くで俺達を囲んでいた。
「正直に話さぬのであれば、少しばかり痛い目を見てもらおうか」
酷薄に笑う王は、俺達が何もできないことを確信しているようだった。普通は、疑いもしない。大量の魔物を倒して英雄とまで讃えられたのだから、登城命令が出たのは褒められるからだと思う。実際、リーレ達もそう思っていた。ならば当然の帰結として、俺達はあえなく捕まるしかないのだ。
そう。普通なら。
「全員痺れとけ!!」
床に両手を叩き付けると、何人かは痺れて倒れる。が、俺がこの技を使うことは百も承知。なぜなら、俺がこの技を使うのは初めてではないのだから。
俺のこの攻撃を予想していた何人かは、どうやら何かの魔法で防いだようだ。防げなかったやつらは、俺がこんなにも早く状況に適応して襲って来るとは思ってなかったからか。つまり、舐められている。そしてそれは、俺達にとってすこぶる好都合だった。
「ようやっとあたしの出番だねっ!!」
実に楽しそうに獰猛に笑うライラが、目の前にいた騎士をモーションもなしに斬りつけた。
「がっ!?」
甲冑を着込んでいたおかげで致命傷どころか生身に傷がつくことすらなかったが、それでもその衝撃は意識を刈り取るには十分すぎた。
「おいライラ、やりすぎるなよ!! あとが面倒だ!!」
「わーってるって!!」
と言いつつも、ライラが攻撃の手を緩める様子は微塵もない。ライラが相対した敵は、必ず動きが鈍くなるか、攻撃が異様に軽くなるか、はたまたちょっと小突かれただけで目を回していた。おそらく、ライラの固有魔法の応用だ。ステータスのどれか一つを上げる代わりに、どれか一つを下げる。使い方によっては、相手の動きを鈍らせるデバフとして使えるということだ。
「な、何をしている!? 相手はたかだか女子供だぞ!?」
後ろから王の慌てたような声が聞こえて来るが、騎士達がそれに応える余裕はない。戦っているのは、ライラだけではないのだ。
「眠りなさい!!」
リーレが至近距離にも関わらず弓を構えると、矢をつがえずに弓を引いた。ただの弓のはずなのに、そこからはハープのような美しい音色が響き渡る。
「なん、だ、これは……」
「急に力が……」
あちこちで、バタバタと騎士達が倒れて行く。どうやらリーレが指定した相手がその音を聞くと、急激に眠くなるらしい。非殺傷で敵を無力化するのには、持って来いの能力だ。
「我も負けておれんな!!」
「いやファロンはいいから!! それよりも、隙はできた!! とっとと脱出するぞ!!」
「我何もやっておらぬのに!?」
出番がなかったせいで落ち込むファロンをなだめながら、俺達は城の出口へとひた走る。
「ふざけるなよ貴様ら!! 早く追いかけんか!! 指示がなければ動かないとか、お前らNPCかっての――」
遠くから怒鳴り散らす王の声が聞こえて来るが、今更追いつけるわけがない。そもそも、半分以上の騎士が倒れるか眠ってしまっているのだ。追いかけて来たところで、恐るるに足らず、だ。
逃げる途中にも騎士に出くわしたが、全員簡単に昏倒させられた。不意打ちで倒しているのだから、当たり前と言えばそれまでだが。
「出口よ!!」
リーレが指した先にあった扉に飛び込むと、そこは城の外へ繋がってはいなかった。どうやら中庭のような場所で、美しい草木が生い茂っている。
「よ、ようやく追い詰めた……観念しろっ!!」
気がつけば、数十人規模で騎士が集まって来ていた。ここまで派手にやって来たんだから、仕方がない。が、騎士達は一つ間違っている。
残念ながら、俺達は追い詰められてなんか、これっぽっちもない!!
「ファロン、頼む!!」
「やっと出番なのじゃー!!」
よほど嬉しかったのか、その場でぴょんぴょん跳ね回るファロン。その様子を見た騎士達が、数瞬だけ毒気を抜かれたようにぽかんと口を開けている。それを狙い澄ましたかのように、それまで幼女の姿をしていたファロンが、唐突に巨大化した。
『はぁ!?』
ほんの数秒前まで跳ね回っていただけの幼女が、何の前触れもなく巨大な龍の姿になったのだ。騎士達は驚きの声を上げるだけで、手を出そうとはして来ない。いや、思考が追いつかずできないのだ。
チャンスを見逃さず、俺、リーレ、ライラの順で、龍化したファロンの背中に飛び乗った。
『いっくのじゃー!!』
いつにも増してハイテンションなファロンが、それでも城の壁を壊さないように注意しながら上空へ飛び上がった。
「おわああぁあぁ!?」
「きゃあっ!?」
「わ、わわっ!?」
俺もリーレもライラも、ファロンがほぼ垂直に飛び上がるもんだから危うく落っこちかけた。その前に俺が風を魔法で操ることで、どうにか振り落とされるのを防ぐ。こんな時レフィーがいてくれたらだいぶ違ったのだろうが、あいにく彼女はもうここにはいない。
それにしても、いつになったら上昇を止めて――って、なんか雲突き抜けてるんだけど!?
「ふぁ、ファロン!? どこまで昇ってく気だ!?」
『なんと言ったかのー……たいきけん? とかいうのを超えてみようかと思っての』
「は!? いややめてやめて!? 普通に息できなくなって死ぬからぁ!!」
『む? そうなのかの? 人間は面倒なのじゃ』
残念そうにつぶやいたファロンは、ようやく上昇をやめてくれた。ギリギリ雲の下まで戻ると、これ見よがしにヴァラ村とは反対方向へと飛んで行く。
どうにかファロンの飛行が落ち着いたものになってくれたからか、余裕のできたライラがしみじみとぼやく。
「マジで王様があんなやつとはねー。一応騎士として、超残念な気分だわ。あんなのに仕えてることになってたとか、めっちゃ落ち込む」
「それは別にライラのせいじゃないだろ」
どうやったのかは知らないが、少なくともやましくない方法で騎士になり、トップがあれとは言え仕事はまともにやっていたようなのだ。なら、ライラに落ち度はあるまい。
「ま、そーかもだけど。にしてもさー、まさかあそこまでマナトくんが予想してた通りになるとか、思ってもみなかったわ」
「マナトって、頭いいわよね」
「あれは……頭の良い悪いって言うより、タイミングの問題だったからなぁ」
あとは、美味しい話には裏がある、と思って行動していたとこか。
そもそも、今回の話は色々と妙だった。
まず、溶解スライムを倒したあと、王から連絡が来るのが遅すぎた。いくら話し合いの必要があったとしても、もっと早く呼ばれてもよかっただろう。それにさっき喋った王の性格からして、話し合いなんてせずに独断で俺を呼びそうだ。
次に、ゴーレムの件。あれはあからさまに、人為的なものだった。馬に幻術がかけらていたことからも、それは間違いない。あの馬車は王が用意したものらしいので、ここで容疑者の筆頭候補が王になった。
襲撃者の件もおかしい。俺達があの宿に旅の垢を落としに行ったのは、完全に偶然だ。知っているとすれば、俺達の他は居場所を知らせた騎士団のみ。そしてその騎士団は、王の命令で動く。
ここまで怪しい出来事が重なれば、誰だって王を疑うだろう。
「タイミングがよかったのだとしても、普通あそこで騎士団長相手に罠を仕掛けたりしないわよ」
「それは……まあ、成り行きで?」
リーレの言う罠とは、騎士団長にお金をせびったことだ。
あの段階で、目的は不明だが王は俺達を捕まえようとしていることが察せた。だから、もし王が黒幕だとしたら、事情を知っていそうな騎士団長にお金を要求したのである。あんまり頭が良くなさそうだったし。
あそこでお金を出さずに突っぱねられれば、襲撃者の正体はただの貴族の坊っちゃんとかの、もみ消しが容易な相手。こちらにお金を払わなくても、権力で潰せる。
そして、お金を払った場合。どうせあとで簡単に取り返せるからと、タカをくくっている可能性が高い。つまりあの襲撃者は騎士団だけでなく、もっと偉い人と繋がっている。例えば、王とか。あの人は、俺達が王直々に呼ばれたのを知っている。リーレが初めに思ったように、大量の、それも強力な魔物を倒したから呼ばれたとあれば、何か褒美を取らせると思うはず。なのに、騎士団長は俺達を優遇どころか冷遇した。だからこそ、あんな大金を渡して来たのである。あとで捕まえることを知っているのならば、その場でいくら支払おうとも関係ないのだ。
『人間とは、本当に面倒じゃの。捕まえるのが億劫じゃからと、あの場で殺しに来たらどうするつもりだったのじゃ?』
「それはない。俺達の中の誰か――まあ今回のターゲットは俺だったんだろうけど、俺を殺すだけなら、王城に呼びつける必要はないからな。村にいる時に、こっそり暗殺した方が早いんだよ。ファロンの存在に気づいてやめたって言うなら、関係者全員で来いっておかしいだろ?」
ファロンと分断した方が、俺を殺すのは容易になる。もっとも、騎士も王も、誰一人としてファロンが人間でないことに気がつかなかったようだけど。
「……それよりさ、ごめんな、みんな。俺のせいで、国全部から追われる、みたいな羽目になって」
俺達が消えたからとあっさり諦めるようなら、最初から城に呼ばない。国の総力を挙げて、俺達を捜し出すことだろう。本当なら、あの場に行かずにすっぽかせばよかった。けどそれをした場合、王はヴァラ村を焼き討ちしてでも見つけ出そうとするかもしれない。俺のせいで村のみんなにまで迷惑をかけるのは、嫌だった。
迷惑をかけたのは、村のみんなだけではない。ここにいる三人にもだ。レフィーだけは、何かあった時にいち早く情報を得られるように店に帰ると言っていたが、三人は違う。自分の意思で、故郷や仕事を捨ててまで、俺について来てくれたのだ。こんな、何ができるのかもよくわからない、ただの子供なんかに。
「謝る必要はないわ」
振り向くと、優しげに微笑むリーレと目が合った。その目には、責める色なんてまったくなくて。ただ、少しだけ心配そうだった。
「悪いのは、マナトじゃないもの。マナトはただ、魔物を退治して私達を救ってくれただけ。それが悪いことだと言うのなら、私達は全員、あの場で死んだ方がよかったってことになる。そんなこと、絶対ない。例えキャルラ王国すべてが敵になったとしても、私はマナトと一緒に行く。そう決めたんだもの」
「リーレ……」
ヤバい。嬉しくて、涙が出そうだ。
「ま、あたしも賛成かな」
ライラは、子供みたいに屈託のない笑みを浮かべていた。
「悪いのは、マナトくんを悪者にした王の方。これ決定。で、あたしとしては、間違ってるとわかってるやつに尽す義理なんて、1ミクロンもないわけ。ま、もしマナトくんが間違っていたとしても、理由によっちゃあついて行ったけどね」
「いや間違ってたら止めてくれよ」
「にししし」
否定なのか肯定なのか、笑って誤魔化された感がある。まあ、ついて来てくれるって言うなら、確かに心強いけど。
俺のことを信じると言ってくれた二人とは違い、ファロンの口から飛び出たのはとんでもない言葉だった。
『なーマナト。一つ訊いても良いかの? どうしてマナトは、あの場にいるやつら皆殺しにしなかったんじゃ?』
「は!?」
なんだ、どこから出て来たその突拍子もない発想!!
ファロンが人間に詳しくないから出て来た発想かと思いきや、案外そうでもなかった。
『皆殺しにしておれば、追いかけられることはないじゃろう。見てたやつら全員いなくなるわけじゃし。それに……せいとーぼーえー? じゃったか? 人間の決めたルールじゃと、こっちが悪くないのに向こうが襲って来たら、返り討ちにしても良いのじゃろう? なのに、なぜそれをしなかったのじゃ?』
前を向いても龍化しているせいで表情はわからないが、多分、本気で不思議がっているんだろう。だったらちゃんと、真面目に答えるべきだ。
「確かに、それがもっとも確実で、もっとも賢い手段なのかもしれない。降りかかる火の粉は払うべきだ。それをしないのは、怠慢だと思う。けどさ、向こうは何する気か知らないが、こっちを殺す気はないんだぞ? それに目撃者が一人もいなくなったとしても、俺達があそこへ行ったことを知る人間はいる。犯人だってバレたら、誰が悪いかがわかる奴だっていないんだから、それこそ極刑だ。だったらリスクがあっても、国外にでも逃げてのんびり暮らしたいんだよ。俺はただ、この世界で普通に暮らしたいだけだからな」
そう。それだけで、十分なのだ。信頼できる仲間に囲まれて、普通に暮らせる。これ以上を望んだりなんかすれば、バチが当たったっておかしくない。
俺の答えを、誰一人として責めることはなかった。代わりにあったのは、全力の笑顔。
「なら、そうすればいいわ」
「そーそー。したいことしちゃえ!」
「やりたいならやるべきじゃぞ」
「……おう!!」
ホント、いい仲間を持った。
涙声にならないように気をつけて返事をした俺は、これから何が起こるかわからない未来に、想いを馳せたのだった。




