二十二話 わるだくみ
襲撃者を騎士の詰所に連行すると、またもやしばらく待たされた。どうもこの世界の騎士は、適当な人間が多いようだ。隣にいる人を見れば、それがよくわかる。
「どうしたの? なんか呆れたみたいにあたしの顔見て」
「気のせいだ」
それにしても、悪趣味な部屋だな……
やたらとお金だけかけられた、機能性なんてこれっぽっちも考慮してない、派手な装飾。あちこちゴテゴテと飾り付けられていて、この部屋の主は相当変人だ。でなければ、センスが全くないのかのどちらかだろう。
それから二時間近くも経ってから、ようやくこの部屋の主が帰って来た。やたらと派手な蛍光ピンクの髪をした、偉そうな中年騎士。しかも、縦幅と横幅がそれほど変わらないので、だるまみたいだ。素人目に見ても、この男がまともに戦ったことがないのは明らかだった。
「どうも、私はフィーブ・カサロニアスと申します。ここで騎士団長を務めさせていただいておる者。以後、お見知りおきを」
団長室の真ん中にある豪奢な椅子に座り、慇懃な態度でそう名乗ったフィーヴは、俺達にいかにも慌てて持って来たと言った感じの椅子を勧めた。こちらの自己紹介は、襲撃者を連れて来た時に受付にいた人にしたので、そこから伝わっているはずだ。
つーか今考えることじゃないんだけど、この世界名字ある人ちゃんといたのか。あれか、貴族しか家名がない的な感じか。ていうかそれ以前に、この世界貴族っているのかな。領主がいる、みたいな話は聞いたことあるから、多分いるんだろうけど。一度も見たことはないし、聞いたこともない。今度リーレ辺りに訊いてみよう。
そんなことを頭の片隅で考えていると、フィーヴは芝居がかった仕草で話し始めた。
「災難でしたねぇ、あなた方も」
「まったくです。それで、あの人達は何者だったんですか?」
こういう会話は好きじゃないので、さっさと切り上げようと単刀直入に言う。正直、かしこまった喋り方も苦手だし、相手が年上ってだけで緊張するんだよな……こういう喋り方だって、前に読んだ本を参考にしてどうにかしてるくらいだし。ライラはノーカン。レフィーは初対面の時に年下だと思ったせいなのか、問題ない。まあ端的に言うと、コミュ力があまり高くないのである。相手が合わせてくれるか、気兼ねしなくていいと言うのであれば別なんだけど
とりあえず俺のにわか敬語に問題はないようで、フィーヴが気分を害した様子はなかった。
「私達が調査いたしましたところ、あなた方はとても捕まえるのが容易そうだった。だから捕まえて売り飛ばそうとした、だそうです。確かにあなた方は、手強そうに見えませんからねぇ。役に立たないまだ小さい子供に、いかにも世間知らずそうな村娘。それにボーっとした目立つ格好の少女と、騎士の恰好とは言え抜けていそうな女。唯一の男であるあなたも、戦闘向きとはとても言えない身体をしていらっしゃいますからねぇ」
「……」
なんなんだ、こいつ。ものすごく失礼だ。俺が男の割にはヒョロくて弱そうってのはいいが、他のみんなを舐め過ぎじゃないだろうか。役に立たないだの世間知らずだの、何様のつもりなんだ。
はらわたが煮えくり返る思いだが、いちいち怒っていては話が進まない。それにもしこいつがなんらかの目的で俺をわざと怒らせようとしてるのなら、思うつぼだ。少なくとも、今は我慢しなくては。
抑えたはずなのに顔に出てしまったのか、フィーヴはニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべた。まるで、しめしめとでも思っているような、そんな笑顔。
「ああ、お気に触ったのでしたら謝りますよ。ですが、あなた方を捕まえるのが簡単だと言うのは事実。そのせいで、あんな盗賊崩れに襲われたのです。まあ、あなた方にも落ち度はあったってことですなぁ」
「はぁ!? おいこらふざけんな、あたしらのどこが――」
「ライラ、押さえてくれ」
「……ちっ。わーったよ」
不機嫌さ丸出しの顔だったが、今こいつにケンカを売ったところで何も得をしないと理解してくれたのだろう。案外あっさりと引き下がってくれた。
やはり俺達を怒らせたいのか、フィーヴはますます笑みを深めた。はっきり言って、気持ち悪い。
「それで、ものは相談なんですけどねぇ? あなた方、今日はこのまま引き下がっちゃあくれませんか?」
「……それは、どういう意味ですか? 俺には、泣き寝入りをしろと言われてるように聞こえるのですが」
「ええそうです。この件を、なかったことにしてくれないかと言っているんです」
「……なぜですか?」
嫌な予感がしていた。もし俺のこの予感が合っていたとすれば、これから絶対にすごく厄介なことになる。だから、当たっていてほしくないんだけど……
だが無情にも、その予感は的中することになる。
「あなた方を襲った者達なんですがね? ちょーっとややこしい事情をお持ちでして。さるお方から密命を受けて、それを実行していた最中だったんです。なので襲撃した者達の素性が割れると、少々面倒なんですよ。それにこの件は、もしあなた方が何かを訴えたとしても、こちらとしては受理できないものとなりますから」
「要するに、上から圧力がかかるような犯人だから、見逃せってことですか」
「素晴らしい! 頭の回転が速くて助かります」
一言で言おう。ふざけんな。
そう怒鳴りつけてやりたいのは山々だが、そんなことをすればこっちが悪者にされそうな雰囲気だ。襲撃者達は、よほど隠さなくてはいけない素性なのだろう。フィーヴの態度やこれまでの発言から、襲撃者の正体はなんとなく思い当たる。だがもし俺の予想が当たっていた場合、俺だけでなく俺達全員の命が危ういかもしれない。
なら、一つ賭けに出てみるか。
「……一つよろしいでしょうか」
「なんでしょう?」
「あのような安宿に泊まっていたところからわかる通り、少々懐がさみしいものでして。ここまで来るのにも、魔物に襲われてしまいましたし」
「ほうほう、それで?」
段々と眦を吊り上げるフィーヴに内心ビビりながらも、俺はなんでもないかのように笑顔を取り繕って告げた。
「人の口を閉じさせるのに、黄金色の輝きは最適だと思いませんか?」
うるさいくらいに鳴り響く心臓の音がフィーヴに聞こえやしないかとドギマギしながら、返答を待つ。
しばらく動きを止めていたフィーヴだったが、やがて気味の悪いほど機嫌の良さそうな笑みを浮かべたではないか。
「なるほどなるほど。あなたも悪い人ですねぇ」
「いえいえ、それほどでも」
「……いいでしょう」
言うが早いか、フィーヴは机の中から妙にツヤのある紙、それから羽ペンとインク壺を取り出した。そこにさらさらと何かを書き終えると、机の上にあった小さなハンドベルを短く鳴らす。
「お呼びでしょうか!」
呼ばれるのがわかっていたのではないかと思われるほどすぐに、一人の騎士がやって来た。中肉中背で金髪金眼の、特徴に欠ける男だ。
「ジャグ、この紙に書かれたものをすぐに」
「承りました!!」
ジャグと呼ばれた男は紙を受け取ると、足早にどこかに去って行く。そして、待つこと数分。
「持って参りました!!」
ジャグが差し出したのは、ずっしりと重そうな革袋。
「ではマナトさん、あちらをお納めください」
「……では、遠慮なく」
明らかに百枚はあるその重みに、冷や汗が出て来る。口のヒモを緩めて中を覗くと、そこに入っていたのはどう見ても全て金貨。
……自分でやっておいてなんだが、ここまでもらえるとは思っていなかった。賭けには勝ったが、出た結果は最悪以外のなにものでもない。
「では、このことはくれぐれも口外しませんよう。したら、わかりますよねぇ?」
「ええ、もちろん」
そうして上辺だけにこやかに挨拶をすると、俺はできる限り速足でその場をあとにする。他の四人は何か言いたげだったが、詰所から離れるまでは黙っていてもらった。
十分離れたことを確認し、更に周りに誰もいないことを確かめてから、俺はようやっとホッと一息吐くことができた。さっそく、ライラがとてつもなく不機嫌な顔で訊いて来る。
「ちょっとマナトくん。何あれ。お金もらえたからとか、そう言うんじゃなくない?」
「いやまあ、そうなんだけどな? これからのことを考えると、お金は少しでも多い方がいいと思ってさ」
言っている意味がわからないとばかりに首を傾げるライラとは対照的に、リーレは全てを悟った、青い顔をしていた。
「マナト、もしかしてなんだけど――」
「ああ、多分リーレの思ってる通りだ」
俺とリーレが同時に嘆息するなか、ファロン達も首を傾げている。
「我にはさっぱりなんじゃが……」
「うちはなんとくなーくわかったッス。これ、超ヤバいやつッスね」
それぞれ違うリアクションを見せる四人に、一体どういうことなのか俺なりの推理を語って聞かせることにした。
「事の始まりは、襲撃者が来た時じゃない。もっともっと、前の段階だったんだ――」




