十六話 約束のごほうび ファロンの場合
「おお! これがロットンの街か! 人間の姿では、初めて来たのじゃ!!」
やたらハイテンションにくるくる回るファロンと、そのハイテンションっぷりにすでにげんなり気味の俺は、ロットンに来ていた。
先日起こった、溶解スライム襲来事件。あれについては、一応の終息を迎えていた。大半の金貨が溶けて使えなくなってしまったものの、それについては溶解スライムを全滅させた功績を称えられて、おとがめなしになった。それどころか、ヴァラ村のみんなだけではなくロットンの街の人達にもとても感謝され、大量にお礼を貰ってしまったくらいだ。大半はなくなった金貨の補てんということで、返却したが。
あとで聞いたところによると、溶解スライムによる被害は多々あったものの、死人はいなかったらしい。ただ騎士の人が何人か、溶解スライムを退治しようとして負傷してしまったのだとか。ヒドイ人は、右足を失くしてしまっていた。その騎士さんにもすごく感謝をされ、泣きながら喜ばれたくらいだ。
俺は本当に大したことはしていないのに。別にあれは、ちょっと魔法が得意な者なら誰でもよかったのだ。ただたまたま、それを思いついたのが俺だったってだけで。
森の樹が結構なダメージを負った件については、ファロンがどうにかしてくれた。そのせいでファロンが本来住んでいる桜の咲き続ける樹が減ってしまい、少々落ち込んでいた。あの樹達はファロンが憑いているというか、依代にしている大事なものらしいのだ。そんなに大切なものまで使かわせてしまい、とても申し訳なく思う。そしてそこまでしても、森が完全に回復するのには十年はかかるのだとか。森としては短いのかもしれないが、人間には短くない期間だ。
さて、そんな中なぜ俺達が街にいるのかと言うと。溶解スライムと戦っていた時の、ご褒美の話が原因だ。
端的に言うと、なぜかご褒美として、交代で一日デートすることになったのだ。レフィーだけは仕事があるからと辞退したが。
これについては、本気で意味が不明だ。俺と一日一緒にいたところで、何が楽しいんだろう。後処理も手伝ってもらったせいか、気づけばそんな話になっていたのである。言い出したのはライラなので、何か企んでいるのかもしれない。
「ファロン、あんまり目立つ行動やめてくれないかな?」
「む? なぜじゃ?」
「なぜって……一応俺、のんびりって言うか、スローライフ? っつーの? そんなの目指してるんだよ。簡単に言うと、普通にこの世界に馴染んで行きたいわけ。どこにでもいるような人目指してるの。まあお金はあった方がいいから、お金持ちでもいいけど。とにかく、悪目立ちだけは絶対したくないの。どこでどうねじ曲がって、怨みを買うかわからないし」
「ムリじゃと思うがのー。すでにマナト、超目立ってるぞ?」
「それな……」
そう。確かに目立っていた。原因は考えるまでもなく、溶解スライムを退治したことだ。しかもどこで話がねじ曲がったのか、俺が一人で数千もの溶解スライムを倒したことになっている。
だから街をちょっと歩くだけで、
「お、マナト様じゃないですか! あなたのおかげで、家族全員無事でした! よかったら、このリンゴ持って行きませんか?」
とか、
「マナト様! あなた様は新時代の神です! 握手してください!」
とか、挙げ句の果てに
「英雄マナト様のために、今銅像を造る計画が持ち上がってるんですよ!」
なんて、とんでもないお祭り騒ぎと化していた。
「銅像については全力で遠慮させてもらったけども、このままだと勝手に造りかねないよなぁ……」
元の世界で目立つことなんて全然なかったから、かなり疲れる。声をかけられる度に、引きつった笑顔で手を振るくらいしかできないのだ。頼むから、もうちょっとひっそり暮らさせてくれよ。目立ってもいいことなんてないんだよ、と言うかぶっちゃけ怖いんだよここまで目立つの……
盛大にため息を吐く俺を心配したのか、いつの間にかファロンは回るのをやめ正面から俺を見上げていた。
「まあまあ、そのうち飽きるじゃろ。いくら救ってもらったとはいえ、このまま何もなければ次第に人は忘れていくものじゃ。マナトから何か新しく行動でもせん限り、それほど問題なかろう」
「なんだろう、フラグにしか聞こえない……」
ふらぐ? とファロンは首を傾げていたが、特に説明はしない。龍神様にそんなもの教えて、変なことを覚えたりしたら困るからである。ファロン父の二の舞だけは、何が何でも避けねば。
「とにかくじゃ! 今は我と二人っきりで、でーと、とやらをするのであろう!」
「間違ってはないかもだけどさ……」
それを教えたのは、他ならぬライラだ。まあデートって言葉自体はあったっぽいから、それはいいんだけど。それとも、勝手に不思議パワーで翻訳とかされてるんだろうか。未だに言語が通じる謎は、解けていないのだ。もっとも、解けなくても困らないのでいいのだけど。
「でーととやらは、男が女を楽しませる儀式と聞いたぞ! さぁマナト、我を楽しませるのじゃ!!」
「それ教えやがったのライラだな!?」
なんてことを言ってくれやがった。全くもって的外れとまでは言わないけども、それって女子目線での願望だろ。男側としては、結構釈然としないんだけど。いやまあ地球でデートなんてしたことないから、本当はどうか知らんが。
「ライラは色々教えてくれたぞ! 案外物知りなのだな!」
「すっげー嫌な予感!? 何教えたアイツ!!」
「マナト、あんなところに美味しそうな食べ物があるぞ!?」
「って聞いて!?」
ピューッとファロンが駆け寄って行ったのは、甘い香りのする屋台の前だ。
「マナト、我これが食べたいぞ!!」
「まあこれくらいならいいか」
ふわふわのパンに甘いハチミツをかけたような、ハーミュという食べ物を二人分買った。この世界の住人は甘党が多いのか、甘い食べ物がやたらと多いのだ。あと味が濃い。
立ったまま食べると通行の邪魔になるので、俺達は適当に座れるところを探した。すぐ近くの広場には椅子もあったので、そこに座ることにする。
というか、案外すごいな異世界。広場の造りもかなり立派だし、ベンチもある。さすがに分別はされていないみたいだけど、ゴミ箱だって設置されている。この世界、文明どのくらい進んでるんだろう。
今度もう少し詳しく調べようと決め、今はファロンとのデートに集中することにした。ご褒美、という体裁なので、ここでファロンを放って考え込むわけにはいかないのだ。
初めて食べるハーミュは、なかなか美味しかった。
「うむ、これは美味いな!」
「確かに。それにこれくらいなら、帰っても簡単に作れそうだし」
「む? マナトは料理ができるのか?」
「まあ、多少」
女の子が欲しかった俺の母親は、俺のことをまるで女の子みたいに育てていた時期があった。あったと言うか、ずっと続いていた。成長しそれが異常だと気付いた俺が拒絶しているから、最近はマシになってはいたけど。そのせいで、女子力は必要もないのに無駄に高い。掃除洗濯、料理に裁縫。そんじょそこらの女子よりもできるが、そんなことができたって嬉しくもなんともないのである。
地球でのことを思い出して憂鬱になる俺をよそに、ファロンはぱあっと顔を輝かせた。
「本当かの!? なら、今度これを作ってほしいのじゃ!! そうしたら、我はとても嬉しいぞ!!」
「はいはい」
そんなことで喜んでくれるなら、お安い御用だ。
「あとあと、前にマナトが言っておったかれーらいす、とやらも食べてみたいぞ!!」
「えー、できるかな……あれって、かなりのスパイス必要だしなぁ」
「ならばはんばーぐとやらでもよいぞ!!」
「それならまあ、できるかな。ここでお肉買って行けば、どうにかなるだろ」
牛乳はあるし、パン粉やタマゴも大丈夫だ。あ、でもタマゴが普通じゃないな……あの赤身って、そのまま入れっぱでハンバーグ作ってもいいんだろうか。それにタマネギ……はあるかなぁ。それと肉の臭みを消す、ナツメグとかもあるといいんだけど。それについては代用が効きそうだ。
俺の返事を聞いたファロンは、文字通り飛び上がって喜んでいた。
「やったのじゃ!! 何やら美味しいものが食べられるぞ!!」
ハンバーグで喜ぶなんて、本当に子供だ。見た目通りの精神年齢ってのは、わかりやすくていいのかもしれない。期待に添えるよう、頑張るとしますか。
そうやって、別のことを考えながら食べていたのが悪かったのだろう。自分の分を食べ終えたらしいファロンが、俺の頬を指さして笑っていた。
「マナト、ほっぺたにパン屑がついているぞ! 子供みたいじゃな!!」
「リアル子供に言われたくないんだけど……」
そう言いつつ、くっついたパン屑を取ろうとした時だった。
ペロンッ
「わっ!?」
慌てて飛び退くと、ファロンが幸せそうな顔でもぐもぐと口を動かしていた。
「うむ、美味しいのじゃ」
いや幸せそうなのはいいんだけど、今直接ほっぺたからパン屑舐め取っていかなかったか!?
「えと、ファロン?」
「なんじゃ? 美味かったぞ?」
「……いや、なんでもない」
本人が気にしてないなら、別にいいんだけど。
そのあとも、ファロンはずっと楽しそうにロットンを見て回った。見たと言うよりも、食べ歩いた、の方が近かった気がするけど。どうもその気になればいくらでも食べられるらしく、相当な量の甘いものを食べていた。龍って便利だな。
「今日は楽しかったのじゃ!」
「そりゃよかった」
夕暮れの道を手をつないで帰りながら、ファロンは未だに楽しそうだ。
「でーと、とはよいものだな! またやりたいのじゃ!」
「はいはい」
「その次はしんこんりょこーじゃな!!」
「げふぉっ!?」
ライラぁっ!! 絶対あんただろそれ教えたの!! あいつどこまでも余計なことしか教えないな!! 過程をすっ飛ばしすぎだ!!
盛大にむせる俺に、ファロンは不思議そうだった。
「ん? どうしたのじゃ? しんこんりょこーとは、愛し合う男女が、共に遠くに行くこと、と父様が言っておったのじゃが、違ったかの?」
犯人そっちか!! ロクなこと教えねえなファロン父!! ……いやまあ、間違ってはないけど、だからこそ困る。
「ファロン、新婚旅行って言うのは、結婚して夫婦になった人達が行くものなんだ。ファロンが大人にならないと結婚できないから、新婚旅行にはそうそう行けない。それに、そんな先までファロンが俺のこと好きだとは限らないだろ? もっといい人が見つかるかもしれないし」
「大丈夫じゃ!! 我は、ずっと、ずーっと、マナトが好きじゃぞ!!」
そう言ってファロンは、嬉しそうに抱きついて来る。その体重はとても軽く、やっぱり子供なんだなぁと思った。これはあれだ。小さい子が、「わたし将来パパと結婚する!」と言っているのと同じなのだ。
だから、耳元で聞こえた甘く妖艶なささやきは、きっと何かの聞き間違いだ。
「待っておれ。我は、きっといい女になるからの」




