十五話 異世界でも役立つ理科知識
うねうねと不気味にうごめく溶解スライムの大群は、手近な樹を飲み込み成長しながら、こちらへと向かって来ている。こいつらがどうやって進行方向を定めているのかはわからないが、とりあえずまっすぐこちらへ進んで来てくれているようだ。これなら、進路をこっちで誘導する必要がなくなる。それだけ余計な手間が減るわけで、作戦が成功する確率が上がったということだ。と言っても、微々たる差だろうが。
溶解スライム達が、ほんの少しだけ樹の減った場所で到達した時だった。
「さて、まずは我の出番じゃの!!」
元気よく木陰から飛び出したファロンが、まるで指揮をするかのように両手を振る。それと同時、溶解スライム達を避けるかのように生えていた植物全てが飛び退いた。
それまで我がもの顔で森を飲み込んで来ていたスライム達の動きが、明らかに変わった。顔も何もないので判断が難しいが、動揺しているのだと思われる。その場に留まり、あちこちを見回すようにその身をくねらせていた。
「マナトマナト、我、上手くできたかの!?」
「ありがとうファロン、上出来だ」
「えっへん! 褒美に、あとで頭を撫でてもらえたりするかの!?」
「それくらいならお安い御用だ!」
ファロンの仕事が終わると、スライム達の様子を窺っていたライラが、別の木陰から飛び出した。
「ったく、マナトくんも人使い荒いよねぇ!! あたしゃ魔法苦手だって言ったのに!!」
文句を言いつつもなぜか嬉しそうなライラが、腰の剣を抜くと虚空を四角く切り取るように動かした。
「うりゃあっ!!」
気合いの入った掛け声が聞こえるや否や、樹々がなくなり学校の校庭くらいのスペースになったその場所に、風が唸りを上げ始めたではないか。それは見る間に形をとると、スライム達が全匹収まるサイズの巨大な風の檻が完成した。
「マナトくん、言っとくけどこれあんまもたないかんね!?」
「ああ、十分だ!!」
「あと、あたしにもあとでなんかご褒美ほしいなっ!!」
「あ、あんまり妙なものじゃなければ……」
「いよっしゃやる気出て来たぜ!!」
それ以上は軽口を叩けなくなったのか、口をつぐみ脂汗を流しながら風の檻を維持するのに集中するライラ。規模が規模なので、魔法があまり得意でないライラが長時間維持するのは困難なのだ。だが他に、この役目を頼める相手がいなかった。だからライラに頑張ってもらうしかない。
「んじゃ、次はうちの出番ッスねー」
こんな時でも焦った様子のないレフィーは、村や街から掻き集めて来た数千万円の価値はあろうかという大量の金貨を取り出した。
「なんかこれ成功したらご褒美もらえるらしいッスねー。うちはお金でー」
「だと思ったよ!!」
「にゃははー」
冗談を言いながらも、レフィーの目はどこまでも真剣だ。それが魔法を使うためなのか、お金のことなのかは定かではないが。……魔法の方だと信じたい。
「そーれッス!!」
レフィーは景気良く夥しい数の金貨を、空に向かってばら撒いた。
重力に任せて落ちるだけのはず金貨達は、空中で縫い止められたかのように動きを止める。そしてすごい勢いでライラの作った風の檻を飛び越え、上から中に降り注いだ。俺が注文した通り、しっかり檻の上部は開けておいてくれたらしい。魔法が苦手なのに、細かい注文まで叶えてくれて本当にありがたかった。
キラキラと宙を舞う金貨達は、意思を持っているかのごとく複雑な軌道を描くと、またピタリと動きを止めた。今度は、スライム達の真上で静止している。
「今度は私の番ね」
それまで俺の後ろにいたリーレは、背中から何本もの矢を一度に引き抜いた。その矢は、普通では考えられない改造を施されたものだ。なんと矢じりの代わりに、金貨がくくりつけられているのである。
「リーレ、大丈夫か?」
通常では絶対、こんな矢は射らない。それでもこの役は、リーレにしかできないものだ。
リーレの持つ矢の先にある金貨は、今レフィーがやっている制御とは別口で動かす必要がある。ファロンは周りの樹を枯らさない形で避けておいてくれるのだが、これ以上頼むのは難しい。魔法の得意不得意ではなく、単純に狙いが大雑把だからだ。ライラはライラで風の檻だけで手一杯だし、レフィーに頼むのも難易度が高過ぎる。左右の手で、別々の言語の文章を書くようなものだ。
だがもしも他の人の手が空いていたところで、俺はこの役をリーレに頼んだだろう。それくらい、リーレのことを信頼している。だがいくらリーレが弓矢の扱いに慣れていても、いつもとは何もかも違う。
俺の心配をよそに、リーレは力強く微笑んだ。
「大丈夫よ、絶対成功させるから」
「……ああ!! 頼んだぞ!!」
「ええ」
スウッと刀のように研ぎ澄まされた空気をまとったリーレは、持っていた十本近い矢を一度につがえる。そして一瞬のうちに弦を引き絞り、空へ向けて射った。
ヒュウッと甲高い音を響かせながら、矢は空を駆け上る。矢達はちょうど風の檻の上に来た辺りで頂点を迎え、まっさかさまに降り注いだ。それを見計らい、レフィーが静止させていた金貨の制御を切る。
「喰らええぇっ!!」
矢が落ちる動きを見せた刹那、俺は待機していた魔法を発動させた。
レフィーが操っていた金貨と、リーレが降らせた金貨。それらが一本の線で繋がったかのように、ほんの数瞬だけ金色に瞬いた。次の瞬間、辺りに凄まじい轟音と、視界が塗り潰されるほどの青白い光が撒き散らされる。それと同時に、あちこちでボンボンと破裂音まで聞こえて来た。
「くっ……!!」
こうなることを予期していたおかげで、ひっくり返ったり魔法を中断した者は誰一人いなかった。俺も目をつぶっていたからか、想定よりも早く視界の確保に成功している。上手く行っているということは、最後のタイミングでレフィーがスライムどもに金貨を呑ませることもできたようだ。
「みんな、大丈夫か!?」
辛うじて溶解スライムの方は見えるが、その他は光が強すぎて見えない。なので声をかけると、全員から応答があった。
「我は大丈夫じゃよ」
「あ、あたしも一応無事っ。檻についてはリーレとレフィーが援護に入ってくれてる!!」
「てわけで、うちも無事ッス。だからまだ全然もつッスよー!」
「私も問題ないわ!」
全員の力強い反応に安堵するが、そればかりにかまけてもいられない。今もっとも大事なことは、空から落ちる雷の制御を手放さないことだ。ほんのちょっとでも制御を誤れば、いくら金貨を呑ませて電気を伝いやすくしても、どこに落ちるかわからない。せめて俺が、難しいからって諦めずに雷の魔法をもっと練習していれば、もう少し容易に制御できたのに。それも、あとの祭りだ。
無言の時間が、何分続いただろうか。不意にそれまで辺りに響き渡っていた破裂音が、全く聞こえなくなった。それを合図と見た俺は、慎重に雷を弱くしていく。俺が完全に魔法を使うのをやめた時。風の檻の中に、もうスライムの姿はなかった。
「終わった、のか……?」
風の檻の中に転がる、無数のガラクタ。それらは、スライムが飲み込み溶かそうとしていたもの達に間違いない。
「終わったみたい、ね……」
ホッとした様子のリーレが、いつの間にか隣でへたり込んでいた。他の三人も、同じように力が抜けたのか地面に寝転がっている。
「終わったのじゃー! おぬしら、もう元の位置まで戻ってよいぞ」
ファロンが声をかけると、溶解スライムを倒すために場所を開けていてくれた樹々達が、あるべき場所へと戻って行く。
「いや参ったわ。超疲れた。やっぱあたし、魔法向いてねーわー……」
消えた風の檻のそばで大の字になるライラは、本人の言う通り相当疲れていた。無理をさせ過ぎてしまったのかもしれない。
「いやぁ終わったッスねー」
レフィーも座り込んではいるものの、それほど疲れているようには見えない。やはりエルフの血が流れているだけあって、魔法は得意なのだろう。難易度が高い俺のオーダーにも、キッチリ応えてくれたのだから。
「それにしても、どうして溶解スライムは消えてしまったの? 私、よくわからないんだけど……」
「我もじゃ」
「うちもッス。蒸発したにしては、なんかボンボン言ってたッスし」
「あたしもあたしもー。なんで?」
「他の三人はともかく、あんたはわかれよライラ」
「え、なんであたしだけ!?」
なぜならこれは、高校生レベルの理科の知識だからである。
「まず、あいつらは硫酸に近い性質を持ってた。なら電気分解すれば、だいたい水と同じで水素と酸素に分かれる」
「え、それできるなら最初からすればよかったんじゃね? こんな大がかりなことしなくても、直接電気流せばよかったじゃん」
「いやだから……ライラ、前にも言っただろ? ここの樹は電気をやたらと通しやすいから、雷を落とそうとしたら真っ先にそっちに行くって」
言ってたっけー? とライラは首を傾げているが、もう面倒なので放置で。まあ実を言うと直接できなかった原因として、雲がある空から雷を呼べても、手から出るとか地面を這わせるとか、そういう高度な雷系の魔法は使えなかったってのもある。俺の練習不足だ。
「ファロンに樹を避けてもらったとしても、不十分だったからな。金貨を電気の通り道にして、あいつらに落としたんだよ。陽極と陰極の問題もあったし。それに金貨なら、あいつらでも溶かせないしな」
硫酸じゃ、金は溶かせない。もしかしたら溶けかけでも伝導率的には問題なかったかもしれないが、あいにくとうろ覚えの知識だ。もしそれで何かしら不都合があってはマズいので、念には念を入れた。銀貨ではなく金貨を使ったのも、それが理由だ。伝導率だけ見れば銀貨の方が上だった気がするが、銀が硫酸に溶けないかどうかを覚えていなかったのである。
「分解されてできた水素と酸素は、雷の火花で爆発させた。だからあちこちで爆発音が聞こえてたってわけだ」
「なんだか難しくてよくわからないけど……マナトは本当にすごいわ。あんなにいた溶解スライムを、全部倒しちゃうんだから」
「俺は大したことしてないよ。一人じゃ、絶対にムリだった。みんなのおかげだよ。ありがとう」
こうして俺達は、溶解スライムを倒すことに成功したのだった。だがこのあと、雷を落とした際の熱で溶けた金貨をどうしようとか、散らばりまくった溶けかけのあれこれをどうするかで頭を悩ませるのだが……まあ、どうにかなったとだけ言っておく。




