十四話 弱点さえわかれば
溶解スライム。名前からして、触れたものを溶かすタイプのスライムだってことはわかっていた。だからきっと、さぞやおどろおどろしい見た目をしているものと思っていたのに。その見た目は、拍子抜けするほどにごく普通にゲームなんかで出て来るスライムのものだった。
ぶよぶよとした、水っぽい青緑色のかたまり。ゲームのスライムよりも、現実で洗濯糊を使って作るものの方が近いか。あれを、一メートルくらいの大きさにすれば、きっと今見ているスライムが出来上がるだろう。
ただ一つ、異様な点があった。数千匹は軽くいるであろうスライム達は、身体のあちこちから表面がグズグズになった樹や石を飛び出させているのだ。他にも、誰かが攻撃しようとして失敗したらしき剣の残骸も突き刺さっている。それもおそらくは、いくらもしないうちに跡形もなく溶かされるのだろう。
「聞いてたイメージより、だいぶちっこいな」
もっとこう、数メートルはあると思っていたのに。あれなら足にまとわりつかれたところで、溶けきる前に引っこ抜けそうである。まあ、なんらかの理由でそれができないから恐れられているんだろうけど。
「さて、んじゃさっそく……」
意外と移動速度の速いスライムに目を見張りつつも、とっとと目的を達成することにする。こんなところでうだうだ悩んでいて、気がついたら足元にいました、だなんて、笑い話にもなりゃしない。
スライムに向かって、魔法を発動させた。
『問題点:乾燥に弱い』
「それはわかってるんだよ。そうじゃなくて……なんか他ないのか」
『問題点:一定以上の物体を吸収し巨大化しないと、分裂して数を増やせない』
「あいつら分裂して増えるタイプかよ……」
厄介さが増した。ならある程度大きさがあれば、切ろうが爆ぜようが、そこから分身を増やせるってことだ。面倒にもほどがある。しかも物体を呑み込んで増えてるってことは、あいつらは進めば進むほどに数が増えていくってことでもあるのだ。こんなの、手に負えるわけがない。
「じゃっ、じゃあ、溶かせる限界!」
『問題点:硫酸で溶かせない金属は溶かせない』
「硫酸クラスかよあれ!?」
マズい。なら大抵の金属は、あっさり溶かすってことだ。硫酸が肌に触れたら、量にもよるが焼けただれてヒドいことになる。つまり、まとわりつかれるどころか触れられた時点でアウト。呑み込まれゆっくり溶かされ、じわじわと死んでいくことしかできない。
「くそっ、マジで打つ手ないのかよ……!!」
このまま指をくわえて、全てが呑み込まれるのを見てるしかないってことかよ。みんなの住む村も、街も、全部溶かされるのを見ていることしか。
俺が諦めかけた、その時だった。
「マナト!!」
「り、リーレ!? なんでここに!?」
確かに撒いたはずのリーレが、なぜか樹の下にいて俺のことを見あげていた。
「なんでも何も、マナトがどこかに行っちゃうから……! 心配したのよ!?」
そうか、むしろ撒いたからこそ来たのか。……そう言えば、災害時の約束で、『おかしも』ってのがあった。押さない、駆けない、しゃべらない、戻らない。あんなヤバいやつが来ているのに戻って行く人を見かけたら、そりゃあ心配になって探しにも来る。
「ごめん、リーレ。もしかしたら、俺の魔法でどうにかできるんじゃないかって」
「それって……問題点がどうとかって、前に言ってた?」
「ああ。けど、ダメだった。あいつらの問題点を視ても、どうやったら倒せるのか見当もつかないんだ。弱点がわかる魔法なんてもの持ってるくせに、情けないよな……」
蒸発させればいいってのも、森の中であるここではそう簡単にできることではない。簡単に樹に引火して、スライムではなく火事で死ぬことになるだけだ。遅いか早いかの違いだけ。仮に周りを覆ってから火をつけても、酸素不足で全部蒸発するまで燃やすのはムリだろう。それにあんなほぼ水みたいなやつらを全滅させられるほど、高い火力の炎が燃料もなしに持続するとは思えない。
情けない告白をした俺を、リーレは責めなかった。それどころか、優しく微笑んでさえいた。
「大丈夫よ、マナト。何もできないのは、あなただけじゃない。誰にも、あいつらを倒す方法なんてわからないの。だから、自分を責めないで」
「リーレ……」
その言葉はとてもありがたかったけれど、同時に苦しくもあった。このままなら、こんな風に言ってくれたリーレも死んでしまうかもしれないのだ。あの、悪魔みたいなやつらに飲み込まれ溶かされて。
それは、すごく嫌だった。
「ごめん、あとちょっとだけ待って。もう一度、魔法を使ってみる。これで何も思い浮かばなかったら、大人しく逃げるから。だからリーレ、先に逃げて」
「嫌よ。マナトが逃げないのなら、私も逃げない」
「リーレ、頼むから――」
「絶対に嫌」
そう言ったリーレの顔には、梃子でも動かないと書いてあるようだった。俺が何か言ったところで、リーレは自分の考えを曲げない。ならばここは、一刻も早く済ますべきだ。
だから俺は、一縷の望みを懸けて魔法を――
「あれ……?」
知らない間にずいぶんと近くに来ていた溶解スライムを見た俺は、違和感に気づいた。たいていのものは簡単に溶かせるという触れ込みの溶解スライムのうち、とある一匹がやたらとキラキラ輝いているのだ。しかもその輝きが、曇った様子は微塵もない。
なんだ、あれ……? 金色の何か……なんであれは溶けてないんだ? 硫酸っつったら、たいていのものが溶けるんじゃないのか? いやでも、確か硫酸を入れておくガラス瓶以外にも、溶けないものがあったような……
「……リーレ。お金持ってる? 金貨、それもできるだけたくさん」
「金貨……私はあまり持ってないけど、街へ行けば結構集まるんじゃないかしら」
「なら、大至急集めるのを手伝ってくれ。金貨があれば、助かるかもしれない」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「てなわけで、うちの全財産と、街で協力してくれた人の金貨を持ってやって来たッスよーお客さん。あ、今お客さんじゃないッスね。名前なんでしたっけ?」
すっとぼけた調子で大量の金貨を持ってやって来たのは、街で古着屋を経営するレフィーだった。他にも、ライラやファロンもいる。こんなにも早く金貨を集めることができたのは、ファロンが龍の姿になってくれたのが大きい。ファロンに乗って飛べば、街まで五分とかからないからだ。
「マナトだ。そんなことよりレフィーって、この金貨を操ってあいつらに一枚以上同時に飲み込ませられたりする?」
「これまた難題ふっかけるッスねー。まあ不可能ではないッス。瞑想してイメージ力高めるんで、ちょっち時間もらえれば」
「十分だ。俺にも時間が必要だろうし」
俺がどういう作戦を実行しようとしているかを話すと、レフィーだけでなく聞いている人達はみな一様に首を傾げていた。その中でリーレだけが、まっすぐな目で俺を見てくれている。この信頼には、応えたい。
「俺が先頭で魔法を発動させます。それなら失敗しても、飲み込まれるのは俺だけで済むでしょう? だから他の人は逃げてください」
何人かが、困った風に顔を見合わせていた。俺の言っていることがよくわかっていないせいで、作戦に乗っていいのかどうか判別がつかないのだ。けどだからと言って、俺一人をここに置いて行くのも……と言ったところだろう。
「私は残ります」
そう宣言して真っ先に俺の横に立ったのは、リーレだ。
「確かに信じがたい作戦かもしれません。けど、他に方法もないじゃないですか。私は、マナトのことを信じます」
「ま、マナトくんができるって言うなら、あたしも残るでしょ。バカだからそういうの苦手でよーわかんないけど、できたような気はするし」
相当ふわふわした理由で、ライラもついて来てくれる。
「我はマナトの妻じゃからな。何があろうと、そばを離れる気はないぞ」
小さな胸を張るファロン。いざとなったら、森の植物を全滅させてでもあの溶解スライムどもを止めてくれるだろう。自分が失敗しても別の方法があるというのは、とても心強い。とは言え本気の最終手段なので、そんな方法採らせないのがいいに決まっている。
そして最後に、意外な人物も協力を申し出てくれた。
「うちも残るッスよー」
「え? でもレフィーに頼んだことは、もっと離れたところからでもできるだろ?」
「できるッスけど、やっぱり近くにいた方が確実ッスからねー。それにマナっちも、可愛い女子守るためなら頑張ってくれるじゃないかと思ったんスけど」
「自分で可愛い言うか……」
理由はともかく、すごくありがたかった。
他の人達と言えば、さすがに命を預けるのは無理だと判断したのか、すまなさそうな顔をしながらも森を後にした。仕方ない。いくら可能性のある作戦とは言え、俺は流れて来たばかりの新参者。普通、そんな簡単に信用なんてできるはずもないのだ。でも、普通じゃない人達も、確かにいた。
残ったのは、全部で五人。うじゃうじゃといるスライムどもを倒すには、いささか以上に頼りない人数だ。でも、やるしかない。
「さて、じゃあいっちょやりますか。魔物討伐イベント」
失敗すれば死が待っている、強制イベントが幕を開けた。




