十一話 究極のお酒
美酒の樹。それは俺が最初に出逢った、樹の魔物だ。そして今日、あの魔物をいつもの四人で狩ることになった。理由は高く売れるから。ただし、普通の美酒の樹ではないらしい。
「なんだっけ、極酒の樹? つったか、めっちゃ美味い酒が採れるっていう」
昨日聞いたところによると、そんな感じだった。どうも、ものすごく美味しいらしい。その他はライラの説明がアバウトすぎて、よくわからなかった。というわけで、魔物に詳しいリーレに訊いてみる。
「そうよ。しかも度数が美酒の樹から採れるものより高くて、火が点くくらいなの」
「え、マジで!? 超高いじゃんやったウォッカクラス!!」
リーレの説明を聞いて、ライラはテンションが相当上がっていた。そう言えばライラはすでに成人しているので、酒が飲めるのだ。
「そう言えば、いつくから酒って飲んでいいんだ?」
「え、二十歳じゃないの?」
「俺らの住んでたとこではな。住んでる場所によって、法律って違うだろ」
「あ」
ライラって、ホント色々適当だな……こんなんで、よくこの世界で生きて行けたものだ。それも、一人で。そう考えると、ライラって意外とすごいのかもしれない。
「この辺りは、十六で飲めるわよ。隣の国だと、法律でお酒飲んじゃいけないことになってるけど」
リーレによれば、そこの国以外でもたいていは十六らしい。つまり、その気になれば俺でも酒が飲めるということだ。飲むかどうかは……まあ、あとで考えよう。うちの母親を見てると、酒ってそんなにいいものだとは思えないんだよなぁ。酔っぱらってグッタリした挙句、翌日の朝めし作らなかったりするし。そのせいで、ムダに料理スキル上がったじゃないか。
俺が内心ぼやいていると、ファロンがとんでもないことを言い放った。
「人間は面倒じゃのー。我は普通に飲んでたぞ?」
「はい!? いやダメだろ!?」
待って!? ファロンって十歳くらいじゃなかったっけ!? 色々マズくないか!?
俺のリアクションを見たファロンは、不思議そうに首をかしげている。
「なぜなのじゃ? 我、人間ではないのじゃから、人間の法律は関係ないじゃろ」
「そりゃまあそうかもしれないけどさ……子供のうちから酒を飲むのは、よくないと思うぞ?」
成長に影響があったはずだ。だから、子供がお酒を飲むのはよくない。
そう説明したのだが、ファロンは納得していないようだ。
「そんなものなのかのー。うーむ、よくわからんのじゃ。我って龍神じゃから、酒はお供え物として飲むのじゃけど。それに我のような神の類は、心の年齢と身体の年齢が同じになるものじゃ。じゃから、子供じゃろうが大人じゃろうが、たかが見た目の話じゃ」
「え、そうなの!?」
そういや、実年齢は十歳くらいなのに、身体は六歳くらいとかずいぶんと中途半端だ。ってことは、ファロンの精神年齢が六歳くらいだから、この見た目ってことか。
そんなことを話しているうちに、前に美酒の樹がいた場所にたどり着いた。俺がこの世界で、始めにいた場所でもある。ここに来るまでにも魔物は割と頻繁に出て来ていたのだが、それらについては雑魚ばかりだったので、たいていは一撃で葬った。
「さーて、ここに美味い酒があるんだよねっ!!」
「いや極酒の樹だよ? 魔物だからな?」
「どっちみち全部は売らないんでしょ? 高く売れるっつったって、多少はもらっても……」
ライラがチラリとリーレの方を見ると、その意図を正しく察したリーレが苦笑いで頷いた。
「私としては、こうして魔物を倒すのを手伝ってもらってるんだから全然構わないわ」
「いよっし今日の晩酌けってーい☆」
「やったのじゃー!」
テンション高いなぁ……って、よく見れば、ファロンもテンション上がってるし! いやまあいいけどさ!
ともかく、俺達は周囲を捜索した。リーレの話によれば、極酒の樹の見た目は普通の樹とさほど変わらないらしい。妙な色をしていた美酒の樹とは、大違いだ。極酒の樹がただの樹と違うところは、ジッと見てると生っている木の実の位置がコロコロ変わるのだとか。
これは違うな、ただの樹だ。んじゃこっち……も違う。やっぱ極の字を冠するだけあって、そう簡単には見つからないのかな。
「うきゃあっ!? 動いたぁ!?」
後ろから響いた悲鳴に振り返ると、突如として襲いかかって来た樹に、ライラが驚いて飛び退いたところだった。
「ってこれじゃね極酒の樹!!」
「でかしたライラ!!」
ライラに襲いかかって行ったその樹こそが、俺達の探していた極酒の樹だ。
「って、でっけぇ!?」
極酒の樹と呼ばれるその樹は、高さが美酒の樹の優に五倍はある。見上げんばかりのその威容は、そう簡単に倒されてくれそうにはなかった。太さはだいたい二メートル。斧でもチェーンソーでも、そうそう切り倒せない太さだ。
「とりあえず先制攻撃だぜあたしの晩酌!!」
ハイテンションのまま、ライラが風をまとわせた剣を極酒の樹に叩き付けた。が、表面が削れた程度でダメージは大きくない。
「やっぱダメか!」
極酒の樹の攻撃を華麗に回避するライラの眼は、完全に相手を晩酌扱いしていた。舌なめずりするライラは、おそらく俺達が止めたところで聞きやしないだろう。
俺達が手を出す暇もないほど、ライラの攻撃は苛烈だった。上段から斬りつけたかと思いきや、そのまま手首を返して下から斬り上げる。ガラ空きになったライラの胴体目がけて、樹は下段に生えていた枝を水平に叩きつけようとするが、剣を持ったままライラはバク転でかわし切った。
目まぐるしく変わる攻防を、俺達はぽかーんと見ていることしかできない。
「え、えぇっと……」
「私達、必要ないわね……」
「みたいじゃのー」
というかライラ、普通に強いじゃないか。動きのキレがハンパない。昔剣道部だったらしいが、それは関係あるのかないのか。剣道に竹刀持ったままバク転するなんて動きが、存在するわけがない。
しばらくはライラの奮闘を見守っていたのだが、段々と様子がおかしくなって行った。
「くぉんのぉっ!!」
剣を振り下ろすその動きから、明らかにキレが失われていた。
「ら、ライラー! 大丈夫かー!?」
「いやもうムリってか見てないで手伝ってくれないかなみんなぁ!!」
半分泣きながら叫ぶライラに、慌てて加勢する俺達。
「とりあえず、燃やすのは……ダメだよなぁ」
「そりゃそうだよ引火するでしょ!!」
それにそんなことをすれば、せっかく採りに来た酒がなくなってしまう。つまり俺達は、この樹にダメージは与えても、木の実にダメージを与えないように闘わなくてはならないというわけだ。
一応、弱点見とくか。
『問題点:火に弱い』
ですよねー。
度数の高いアルコールをたらふく抱えているうえに、相手はそもそも樹だ。枯れ木ではないため普通より燃えにくいだろうが、それだって燃えないというわけではない。普通に考えて、火との相性は最悪だ。
俺がそんなことを考えているうちに、まずリーレが速攻で矢を放った。その矢は何か魔法が付与されていたのか、通常ではあり得ない勢いで樹の幹に突き立つ。が、それだけだ。さしたるダメージではないようで、樹は戦闘を続行している。前衛でライラがたいていの攻撃を打ち払っていてくれるが、それもいつまでもつかわからないものだ。ライラの体力が、いつまでもつかがカギになるだろう。
「こんにゃろっ!!」
ライラがやけっぱちに剣を振り回しても、極酒の樹は歯牙にもかけない。どこまで攻撃すれば動きが止まるのか未知数だが、この様子ではまだ遠そうだ。
ライラだけではない。俺だって見ているだけではなく、風の魔法で落ちている石を飛ばしているし、リーレだって何本も矢を放っている。だがそのどれ一つとして、決定打にはほど遠いのである。
と、それまで極酒の樹の動きをじーっと見ていたファロンが突然こんなことを尋ねて来た。
「のーマナト。こやつに生っている木の実を手に入れるのが重要なのであって、別にこの樹を倒す必要はないんじゃよな?」
「ああ! 究極的には、こいつが無傷でも木の実さえ手に入ればいい!!」
「ふうむ……」
そのままひとしきりうなっていたかと思うと、それまで力加減が苦手だからと戦闘に参加して来なかったファロンは、いきなり元の姿に戻った。
「ふぁ、ファロン!? いやダメだぞ踏み潰すとかそっち系は!!」
「じゃから、それをしていいかどうか訊いたんじゃがのー。ダメだと言うから、他の手を考えたのじゃぞ」
不満そうに言う龍の姿になったファロンは、その長い尻尾なのか胴体なのか、とにかく身体の末端部分を器用に極酒の樹に巻き付けた。それも、樹が動けなくなるだけの、絶妙な力加減で。
「ほれ、今のうちじゃ」
「その手があったか……」
何も攻撃して動けなくしなくても、こうしてファロンが龍の姿で巻き付けばよかったのだ。木の実さえ傷つけないように加減してくれるのであれば、これが最善と言ってもよかった。
ファロンが極酒の樹の動きを止めている間に、俺達は慌てて木の実を回収に向かったのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ヒドイよぉみんな超ヒドイよぉ……あたし一人であんなデカブツ相手させるとかぁ……」
「いやだって、なんか鬼気迫る様子であいつに向かって行くから、手を出しづらくて……」
両手いっぱいに大量の木の実を持って行く、帰り道。拗ねるライラを慰めながら、俺達は顔を見合わせた。リーレもファロンも、同じことを思っているらしい。
「だってさだってさ、あんな美味しいってウワサの酒を目の前にぶら下げられたら、テンション上がっちゃうじゃーん……」
「知るか」
「我の知るところでもないのー」
「あ、あはは……」
リーレまでもが苦笑するなか、更に拗ねたライラをなだめるのにそれからものすごく時間がかかったのだった。




