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一話 もしかしてここ、異世界じゃね!?

 気づけば俺は、知らない森にいた。


「いや、いやいや!? なんで!?」


 ちょっと待て現実。脈絡がなさすぎやしないか? なんで数秒前まで俺んちのマンションの屋上にいたのに、気づいたら森なんだ? というかなぜ森。うっかり屋上から落っこちて、空中にいるとかならまだギリギリ理解できるけど、森なんて近所にはないぞ?


 意味不明だった。前後の記憶がつながらない。俺の最後の記憶は、屋上で家に帰りたくねーなーすでにマンションの中だけど、とちょっと鬱になっていたというものだ。今日帰って来たテストの点数は散々で、母親に見せたくなかったからだ。


「国語と家庭科だけやたら良かったけど、あのクソババアそれじゃぜってぇキレるからどうしようって考えてて……で、なんで森?」


 ダメだ。やっぱりわからん。つーかよく見たらこの森、なんかおかしくないか?


 針葉樹なのか広葉樹なのかもよくわからない、葉も幹も毒々しいピンク色の樹が生えているのだ。しかも、生っているリンゴに似た木の実は鮮やかな紫色をしているのだから、相当やばいと思う。もしこれが食べられるんですよ~とか言われたところで、すぐには信じないだろう。


 他にも、妙なことがある。学校の制服である紺のブレザーしか着ていないが、寒くない。と言うよりも、むしろ暑かった。さっきまではもう冬も近いし、スクールコートをクリーニングに出さないと、とか考えていたのに。


 そんな時だった。二メートルはある樹のうちの一本が、ギシャア! と奇声を上げていきなり襲いかかって来たのは。


「うえぇっ!?」


 ちょお三次元!! 待って何が起こった!? どう考えてもこれ地球上の生物じゃないよな!?


 慌てふためく俺なんか一切お構いなしに、樹は根を足に、枝を腕代わりにして攻撃を仕掛けて来た。


「ほあっ!?」


 枝の振り下ろしを辛うじて避け、バックステップで距離を取る。着ているのが制服だから動き辛いし、持っているセカバンが重い。捨てようかとも思うが、これからさらに飛んでもない展開が待ち受けているかもしれないのに、丸腰のうえ一文無しはキツイ。そう考えると、軽々しく捨てるわけにもいかなかった。


「相手が樹なら燃やせば……いやでもライターもマッチもねえぞ!?」


 マズい、詰んでる。逃げようにも森の出口がわからない。やみくもに走り回って遭難するか、でなければ目の前の樹の養分にされるか。道は二つに一つ。


「って、どっちも受け入れられるか!!」


 再び向かって来た樹に向かって、蹴りをかましてみる。腕代わりの枝は数本折れたが、大したダメージにはなっていない。しかも蹴った感触からして、強度は普通の樹と変わらないどころか、ずいぶんと頑丈そうだ。つまり、素手で壊すのは困難である。完全に沈黙させるには、チェーンソーでも持って来ないと歯が立たないだろう。


 どうするかと迷ったのを隙と見たのか、今度は枝でも根でもなく生っていた木の実を飛ばして来たではないか。避ける間もなく頭に直撃すると、案外柔らかかった木の実が潰れ、果汁を全身に浴びてしまう。なんか、甘ったるい匂いが漂って来た。しかも、頭がクラクラして来るおまけつきだ。


「なんだこれ……もしかして酒!?」


 クソババアが前にハマっていたカクテルが、丁度こんな匂いだった。直接的な攻撃だけではなく、人を酔わせるデバフまで使うとは……


「くそっ……! ここどう考えても日本どころか地球じゃないよな……異界の地で一人果てるとか、俺何か悪いことしたっけ!? ええいもうここがマジで異世界だってなら、火ぐらい出ろよ!!」


 やけっぱちになって右手を樹に向かって突き出した瞬間だった。


 ボンッと爆発音がしたかと思うと、本当に右手から火が出たではないか。その火は狙い通り樹に当たると、アルコールそのものの木の実に見事引火した。樹はしばらく身もだえするかのごとく身をよじっていたが、唐突に動きを止めたかと思うと、地響きと共に横倒しになり動かなくなった。


「え、マジで出るの……?」


 右手をまじまじと見つめてみるも、見た目に変化はない。今の現象は、一般的に魔法とか呼ばれるものだ。こんな芸当ができるということは、やはり俺がいるこの場所は100パーセント地球ではない。


「魔法が使えるなら、難易度はそこまで高くないかな……」


 しかも特に呪文を唱える必要もなく、イメージすれば出るようなタイプだと思われる。


「よ、よし! これなら森を抜けるくらいわけな――」


 ギシャアッ!!


「また!?」


 慌てて鳴き声らしきものが聞こえた方へ向くと、またもさっきと同じような樹がゆらゆらと太い幹を揺らしていた。それも、三体。


「な、仲間がやられたからって別のやつ引き連れて仕返しかよ!? そりゃないだろ‼!」


 向こうからケンカ売って来ておいて、いくらなんでもヒドくない!?


 俺の言葉はやはり通じていないらしく、樹木トリオはそれぞれ枝や根を振り回して襲いかかって来た。


「もっかい! もっかい火よ出ろ! できればさっきよりデカいの!!」


 右手の平に意識を集中させてそう叫ぶと、俺が思ったよりも小さかったものの、樹木トリオを丸ごと飲み込めるくらいの火が出た。


 ギシャッ!?


 樹木トリオはまったく同じ悲鳴を上げると、似たように身をよじり灰と化した。しばらく周囲を警戒するが、他にやつらがいる気配はない。


 そのことに、ホッと安堵した瞬間だった。突然、どこからかパチパチと拍手するような音が聞こえて来るではないか。


「だ、誰だっ!?」


 音のした方向を大慌てで振り返ると、そこに立っていたのは一人の少女。見たところ十七歳前後だから、俺と同じくらいか。俺が中肉中背よりちょっとだけ小柄で、黒髪黒目のはっきり言って特徴に欠ける風貌なのだが、それとは大違いの少女だ。


 いかにも村娘といった深緑色の地味なワンピースに白い前掛けなのに、手にしているのは丈夫そうな弓だし、背中にあるのは矢筒だ。ということは、狩人辺りか、それとも晩御飯を調達に来た村人か。


 亜麻色の背中まである長い髪と、陽が沈んだばかりの空みたいな紫の目。じっと見ていると、吸い込まれそうなほど綺麗な目をしている。ふわふわとした微笑みが、実によく似合っていた。


「まさか、美酒の樹を一発で倒す人が近所にいるなんて思ってなかったわ。あなた、強いのね?」


 美酒の樹、というのは名前からして俺が今しがた倒したあの樹のことだろう。大方、美味い酒の木の実が生るから、美酒の樹ってとこだ。びっくりするほど安直なネーミングである。誰がつけたのかは知らないが。


「えぇっと……」


「あ、ごめんなさい。驚いたものだから、自己紹介をしていなかったわ。私の名前はリーレ。近くのヴァラ村で、薬師をしている者よ。今日は薬の材料を森まで取りに来たの。あなたは?」


「お、俺は愛富(まなと)……」


「マナト? とってもいい名前ね!」


 弾けるような笑顔で言われて、顔が赤くなるのを感じる。名前を褒められたことなんて生まれてこの方一度もなくて、耐性がないせいだ。大抵名乗って漢字を教えると、『愛ちゃん』とか言ってからかって来る奴が大半だった。少なくとも、学校では。


「あなた、どこから来たの? 見慣れない恰好をしてるけど……」


「あーっと、それは……」


 やっぱりこの恰好は普通じゃないか。だよなー異世界っぽいもんなーここ。どう言って誤魔化そう……


 言い訳に頭を悩ませていると、不意にリーレが悲しそうな顔になった。


「あなたもしかして……口減らしに村を追い出されたとか? 今はだいぶ少なくなったらしいけど、そう。まだそんなことをする村があるのね……」


「い、いやまあそんなところで、あはは……」


「そっか……そうよね。そうでもない限り、なんの準備も武器もなく、こんな魔物の住む森になんて来ないもの」


 なんか勝手に納得してくれたみたいで、助かった。これならどうにかなりそうだ。


 ホッとしたのもつかの間、リーレはいいことを思いついたと言わんばかりの表情で、手を叩いた。


「そうだ。マナト、よかったら私の家に来ない? 何もないけど、その、寝るところと、少ないけどごはんもあるし……」


「え、いいの?」


 なんでこんなに至れり尽くせり。そりゃとてつもなくありがたい申し出だけど、これ受けていいのか? 怪しくない? 初対面の、それも男を自分ちに招くだなんて。普通そんなことをする女子、いないだろ。いやでも異世界だし、そういう人間もいるのか? ていうかもしこれが純粋に善意からの申し出だとしたら、それはそれで迷惑なんじゃ……


 悩む俺に、リーレはふわふわと笑った。


「いいのいいの。私一人で寂しかったし、話し相手になってくれれば、それで」


 そう言った笑顔に、嘘なんてこれっぽっちも見当たらない。冷静になってみれば、俺みたいな貧乏そうなやつを騙したところでメリットなんかないだろう。それにリーレは俺がどこかの村から追い出されてここにいると思ってるんだから、なおさらだ。だったら、この申し出を受けない手はない。


「そんなんでいいなら、いくらでも」


 行く当てもここがどこかすらまともにわからなかった俺は、ありがたくこの申し出を受けることにした。それに、せっかく異世界の美少女とお知り合いになれたのだ。このチャンスを逃すなんてありえなかった。


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