幕間(1)
毎日、夜になると――様が部屋を訪れる。
そのことを知っているからわたくしはどんなに眠くても起きている。部屋の扉の鍵が開く音と同時にベッドから起き上がると、嬉しそうに「まだ起きていたの?」と。その一言が聞きたくて。
――様がベッド脇に来て話を聞くために椅子に腰掛けるのを待つ。
それから今日は何があったのか、どんなことをして遊んだのか、と。屋敷にいると暴力を振るわれることを知った――様がわたくしを男の子の格好で外に出してくれたことがきっかけ。
平民の子どもたちとの遊びは楽しくて、そのせいで生傷が絶えない。どれもわたくしの勲章。
褒めてもらいたくて――様に誇らしげに語ると苦笑していた。
あれ、と思った後にわたくしは気付く。怪我をしないために外に出してもらえたのに、その場所で傷をつくっては元も子もない。
慌てて言い訳を始めようとすると「大丈夫、怒ってないから」と笑顔を向け、これから少しだけ気をつけようね、と言ってくれた。
遊ぶのを止めるようには言われなくて本当に良かった。
ただ、言葉遣いだけは注意されてしまった。時々『ゲッ』とか『ムカツク』とか言ってしまうからなんだけど、使っては駄目だと。ケチと心の中で呟くと「ほら、また」と笑われた。
心の中を読まれたことにビックリしたけど、笑顔が嬉しくてわたくしも一緒に笑う。
ひとしきり笑った後、――様はぽつりと零す。
「……大丈夫?」
心配そうにわたくしの髪を壊れ物を扱うように優しく、ゆっくりと撫でてくれる。
外に遊びに行っているから酷い目にあっていないと伝えても心配なようだ。
でも――様が酷い目にあっていないのか心配になる。
そう訊ねれば大丈夫、と嬉しそうに笑う。どことなく悲しそうだったけど幼いわたくしには何もできない。せめて心配をかけないようにするしかないのだろう。
そういえば……あの人もこんな顔をしていた。わたくしに暴力を振るう少し前まで。
「……仲良くみんなで暮らせないのでしょうか」
そう訊ねると――様は瞳に影を落とし、「おやすみ」とだけ言い部屋から出て行ってしまった。
「わたくしが……悪い子だから……? いらない子だから……?」
優しかった両親の笑顔が恋しい。どんなひどいことをされても、いつか前のように笑ってくれるのなら。わたくしは消えてもいい。大好きで大切な人たちだから。
(それにわたくしには――ううん、わたしにはお友だちができたから。孤児院だと親がいなくてもいいんだよって教えてくれたから、ひとりじゃない)
前に読んだ小説に書いてあった。
良い子でいると生まれ変わることができるのだと。
だったら、今回は一緒じゃなくていい。
次に生まれてくるとき、両親の子どもとして生まれてこられるのなら、それでいい。
わたくしは部屋の鍵を内側から閉め、今は両親のもとを離れ孤児院で暮らすことを夢みてベッドに潜り込んだ。




