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王都へ「繋がる」関所

「……ひゃっ……」


 ピチャン……と水溜まりに雫が落ちる音がした。

 辺りは薄暗く、辛うじて数メートル先が確認できる程度。勇気づけに出した声は、反響することもなく闇に吸い込まれていった。

 ライは拳を強く握り、前だけを見て進む。だが、その拳が小刻みに震えている事に、気づかない訳はない。

 それでもライは歩む足を止めずに歩き続けた。


 ソウリャの元を離れ橋を渡りきると、目の前には大きな白い関所が立ちはだかった。

 隣国の凱旋門を連想させられるその建物の中央には、豪華な装飾が施された扉が一つ。その扉は見るからに分厚そうで、ひと独りでは開けられそうにない。

 ライは「こんな扉、どうやって開けるのだろう?」と疑問に思い、表面に軽く手を添える。

 すると、その分厚い扉はギィィと音を立て、勝手に開いてしまったのだ。

 こんな簡単に開くものなのか!? と驚いたのもつかの間。

 ライが一歩中へと踏み出すと、扉は自動的に閉まり、戻ることは許されなかった。


 更に、この関所の中は、外見からは想像出来ないほど広く、まるで迷路のようになっている。

 貧しい港町に面している関所といっても、やはりこれは王都へ繋がる場所。簡単に通過できるものではないらしい。


 歩き始めて、一体どれ程の時間が経ったのだろうか。

 同じような廊下をひたすらにぐるぐると練り歩いていると、時間の感覚が湧かなくなってしまう。

 ライは時間を確かめようと無意識に腰元に手を伸ばす。しかしそこで触れた物は、いつもとは違うものだった。


「あ……そっか。時計、あの時部屋に置いてきてしまったのか」


 昨夜、ソウリャが部屋に入ってくる直前、枕元の時計を探していた事を思い出す。いつも腰のベルトにつけていた懐中時計だ。

 その代わりと言っては何だが、今は兄にもらった短剣がさしてある。


「……こんな物騒なもの、触れるなんて考えてもなかった」


 その触り慣れないものを確かめるように、つう、鞘を指でなぞる。


――なぜこんな事になったのだろう。


 どうしてもその疑問が消えることは無い。

 だが、ソウリャが行けと言うのなら、ライは行くしかない。たとえその理由を告げられていなかったとしても、彼が何らかの考えを元にしての行動である事に変わりはないからだ。


「……頑張ろう」


 ソウリャの期待に応えたい。

 汗ばむ右手で、ぎゅっと通行許可証を握りしめた。


 これはソウリャが自分を未来へと繋いでくれた大切な物。これさえあれば何事も上手くいく――そんな気がした。


 だが何を言おうが、ライもまた光の民。闇を怖いと感じるのは本能に近い。


「……せめて、灯りくらいいてくれないかな…」


 気を張っていても、弱音が零れた。

 すると……。


「……え?」


 ボッ、と小さな音が聞こえ、後ろを振り向くと、壁に一つの灯りが点いていた。


「……な、なんで……?」


 先程まではそんなものは無かったはずの場所に突然現れた燭台しょくだい

 誰か居るだろうかと辺りを模索するが、そんな人影は見当たらない。

 

――まさか、闇の民!?


 ライは瞬時に短剣を抜き構えた。

 しかし、先程よりも視界が悪い。燭台の明かりによって狭められた瞳孔は、その光が届かない闇に包まれた部分の情報を読み取ってはくれないのだ。

 

 何も見えない事程、恐怖心を煽るものは無い。

 額から生温なまぬるい汗が吹き出す。


 ライの今まで必死に抑えてきた恐怖が、これを起爆剤に爆発した。


 いつまでも続く回廊、光のない真っ暗闇。突然に現れた燭台に揺れる炎……。どこを取っても奇怪な現象である。


「……や、やだ……」


 今にも泣き出しそうな声が虚しく反響した。

 この広い空間に何度もこだました声は、無音の闇へと吸い込まれて行く。

 とうとう我慢の限界が来たライは、大粒の涙を流しながら叫びだした。


「ねぇ、誰か! ねぇ……お願い助けて!!」


 ライが力いっぱいにSOSを叫んでも、無論誰かが助けてくれる訳は無い。

 改めて“独りぼっち”を認識した瞬間だった。


 所詮、自分はただの子供なのだ。なんの教養も特技もない田舎者が、王都などに渡れるはずは毛頭ない。

 昨日からの出来事で、まるで物語の主人公にでもなったような気分だったライは、自身の弱さに落胆した。

 そもそも自分が物語の主人公であれば、あの光の民からガザラの町を守ることが出来たはずだ。


 はぁ、とライが短く息を吐いた途端とたん

 バババババッという音とともに、一気に視界が真っ白になった。


「――っ」


 目に焼けるような痛みが走り、ライは両手で目を覆いうずくまる。

 だが、何かが変わったような気配を感じない。不審に思いゆっくりと目を開くと、驚く景色が目に飛び込んできた。


 純白の部屋に朱色の紋様。良く見ると壁にはたくさんの蝋燭ろうそくが設置されていた。そのひとつひとつには、小さな炎が揺らめいている。


「……むら、さき?」


 しかし、それは見慣れた蝋の炎ではなかった。やや紫がかかった炎――よく、長老の家の壁で燃えていたものと似ていた。


 風ひとつ吹かないこの空間に、ゆらゆらと紫色の炎が揺らぐ。


「……」


 前も後も区別のつかないような造りの回廊。等間隔にならべられた燭台に真っ白なタイル。自分が進もうとしているこの空間は、これだけ煌々と光に照らされながらも先が見えない程に遠くまで続いていた。


――外から見た時、関所はこんなにも大きかっただろうか。


 今更ながら、そんな疑問を抱く。

 迷い込んではいけないところに足を踏み入れてしまったような感覚に晒された。


 まさか、昨晩の闇の民の魔法にかけられたのではないかという恐怖がライを襲う。

 一刻も早くここを出ようと思うのだが、どちらに進めばいいのかすら分からない。

 もうダメだ、と思ったその時。


「唱えればいいものを。いつまで何をしておるのだ」

「!?」


 突然、声が降ってきた。

 慌ててその姿を探すと、声はケラケラと笑う。


わしの姿を見ようとか。ほんとに変わった小僧だ」


 先程までは感じなかった気配を背後から感じた。慌てて振り向くと、なんとそこには大人一人分くらいの大きさの鳥が、宙に浮いていたのだ。

 驚いているライの目の前で、その鳥は黒茶色の大きな羽を、ばさり、ばさりと羽ばたかせる。


「……鳥が喋った」


 余りにも奇想天外な事態に、ライは見たままの事を口走る。


「失敬な。儂は鳥ではない。たかじゃ! 言葉を謹め小僧」


 鳥と呼ばれたのが気に食わなかったのか、不機嫌そうに鷹は怒鳴る。

 耳を劈くような声と驚きにライは指をさし、口をぱくぱくさせていた。 

 一方鷹も、どうやら随分と機嫌が悪くしたようで、ライのそのとぼけた顔を見て皮肉を言う。


「小僧、貴様まるで魚のようだな。そんなに口をぱくぱくしとると、食いたくなるぞ」


 人よりも巨大な鷹。そのくちばしは鋭く尖り、ライを一呑みするには十分過ぎる大きさだ。

 完全にパニックになっているライは悲鳴を上げ、その場から逃げようとする。

 顔を真っ青にし絶叫するライに、鷹はバッサバッサと羽を振り回し頭を叩いた。


「ええい、いい加減にしろ小僧! ……お主、まさか……わしの様なものを目にするのは初めてか?」


 鷹はライの取り乱し様をみて、面倒くさそうにため息を吐く。

 そして、落ち着け、と言うように今まで叩いていた羽でライの頭を優しく撫でた。


 触り心地の良い上質な羽の感覚に、幾分か落ち着きを取り戻したライは大きく深呼吸をする。

 その様子を見た鷹は、ゆっくりと地面に足を下ろすと羽を綺麗に畳み、ライの前に立った。


わしの様な物を見たことは無いかい?」


 人間の物とは思えないほどに黒く澄んだ瞳がライを映す。ライはその黒い瞳に見覚えがあるのを感じながらも、思い出す事は出来なかった。

 そんなことを考えていると、鷹に早く答えるように促される。

 

「何を固まっておる、さっさと答えんか。儂を見たことはあるかと聞いておるのじゃ」

「……わし、……わしなら、よ、よく南の山の方で見かけました」


 人間、極限の緊張の中では頭が回らないと言うもの。


「バカもん。わしではない、わしたかじゃ。まあそれは置いといてだな。わしには疑問があるのじゃが、どうも納得が行かなくての。儂は小僧からは力を感じるのじゃが、お主はなにも知らぬというのか? 儂は長年儂のこの目でずっと見てきたが、お主のようなものは初めてじゃ。儂の目がおかしくなった訳ではあるまい。儂のこの感は狂わぬ。お主、儂に申してみよ、儂が聴いてやろう」


 一生懸命に話を聞こうとするのだが、どうしてもワシが気になって会話に集中できない。

 寧ろ、ワシしか頭に入ってこない。


「……すみません、ワシしか聞こえません」

「ええい小僧やかましい! 鷲ではないと儂は何度も言っているであろう! ……貴様と話していると儂だか鷲たか分からなくなってくる! 食っちまうぞ!」


 もどかしくなったのか鷹はくちばしを大きく開いて、ライの頭を咥えようとする。

 

「ごめんなさいっ!」

「では鷲と呼ぶのをやめんか! ……もう、全く話にならん。よいか? 話をすすめるぞ、小僧」


 やれやれ、と呆れ気味に鷹が首をふる。

 先程からワシワシ騒いでいるのは其方そちらではないか? と思うライであったが、敢えてそこを突っ込む程の肝は座っていない。

 

「よく聞け、儂は南の防人さきもりムゼ=リッヒニーニじゃ。かれこれ数百年王都の南を守っておる。まあ、この関所の番人と言った方が分かりやすいかの。ここで通行人が許可されてる者かどうか見張っておるのじゃよ」


 自らを南の防人さきもりと呼んだムゼは淡々と話を進める。


「王都には南北に関所が設けられていて、そこに儂のような防人がついておる。ちなみに、北がわし防人さきもりデルゼンじゃ。奴と一緒にせんでほしいの」


 なるほどそのデルゼンとやらとは仲が悪いのか。鷲を断固拒否した理由もそこにあるようだ。


「……え、待って下さい、ムゼさん……」


 一つの疑問を抱くライ。


「ほ? なんじゃ?」


 自分から声をかけられる程、大分落ち着いたライの様子を見てムゼは耳を傾けた。


「ムゼさん以外にも、喋る鳥がいるんですか?」


 ライの純粋な質問にムゼは目を丸くした。


「儂は鳥ではなく鷹じゃ。……何も知らないようじゃな。いったいどんな教育を受けてきたのか」


 額に手を当てるように、羽を頭に当てるムゼ。 

 こんな常識も分からないのか、と言ったような態度だ。


「いいか、小僧。この世に存在するのは何も人だけではない。生命あるものすべては人と同等に存在しておる。魚や虫、鳥や獣。生きとし生けるもの全てじゃ。それはわかるな?」


 幼子に語りかけるような口調。ライはゆっくりと首を縦にふった。


「なんじゃ? 儂のような鷹はどのくくりに位置するか……悩んでいる顔だな」


 ムゼが真っ黒な瞳をギラリと輝かせる。


「今話した大雑把なくくりで言えば、儂は鳥じゃ。鷹じゃからな。だが、“ただの鷹“じゃない。“未だに魔力を操る鷹“じゃ。人も太古の昔は皆が魔力を操ることができたであろう? 鳥や魚も人と同じなのじゃ。昔はどの生物も強弱はあれど、全てに魔力を操る力が備わっていた」


 ムゼはそこで一旦言葉を切り、ライの顔をチラリと見た。

 真剣なライの顔を確かめたムゼは遠くを見つめるように話し始める。


「……しかし時とは恐ろしいものじゃの。時が流れるにつれ、人も鳥も魚も、獣も…魔力を操る事を忘れてしまった。人はただの人に。鳥はただの鳥に……成り下がっていったのじゃよ。ただ勘違いをするでない。魔力を操る力をすべての生物が失った訳では無い。今となってはほんのひと握りになったが、魔力を操る生物も残っておる。それが、儂のような存在じゃ」


 哀しむような、懐かしむようなその目。


 彼は先ほど、数百年もここに防人さきもりとして居ると言っていた。

 彼のその真っ黒な目は、その時代の移り変わりを焼き付けてきたのであろう。

 科学の進歩の中で不必要とみなされ、消えていった力。

 それがどれほどの価値だったのかは計り知れない。


「ほれ、小僧。聞いたことはあらぬか? 狼男や人魚、小人や化け猫の話を」


 その目がふと、ライに向けられる。


「……物語の中でなら……」


 おずおずと答えると、ムゼはまた一つ溜息をおとす。


「はぁ……そうか。物語か。――奴らも不憫やの」

「……やつ、ら?」

「覚えておけ小僧。それは作り物の話ではない。すべてが事実じゃ」

「……っ! 事実なんですか!?」


 昔おばあちゃんが話してくれた物語。そこには人々に悪をなす恐ろしい生き物が登場してきていた。その恐るべし対象が本当に存在するなんて……。

 あまりの驚きに、くいつくように聞き返してしまった。


「言ったであろう? 人も鳥も、魚も獣も……全て同等に存在しておると。人で未だに魔力を持つものが居るのだから、奴等もまた同じじゃ」


 そしてムゼはゆっくりと目を閉じ続けた。


「ただ、可哀想にのぉ。増え過ぎた人によって、隠され、嫌われ、使われ……モノガタリにされとるなんての」


 ライは彼の言葉が何を意味しているのかわからず、首を傾ける。


「……まあ良い、そのうち解るであろう。まあ、本題に戻すぞ。先程はなぜ唱えなかったのじゃ?」

「はっ!?」


 ムゼさんは何を言っているんだ、と困惑するライ。


「ずっとこの廻廊を歩き回っていた理由を聞いておるのじゃ」


 一歩、ムゼが近寄ってくる。余りの距離の近さに、自然にライは仰け反る形となった。


「この廻廊、いくら歩いてもきりが無いことくらいはお主も知っておるじゃろう!」

「えっ!? 知らない、知らない!」


 関所の中をひたすら歩いていたことを言っているのか、とそこで理解する。

 思い返せば、ムゼが登場した時に「唱えればいいものを」などと何か言っていた気がした。


「と、唱えるって、何を!?」

「小僧……そんな事も知らずに来たのか!? ここの関所は王都へと繋がる関所であるぞ!? そんな紙ペラ一枚でどんな奴も通す訳にはいくまい。そのため、一部の者が通るのには“合言葉“が必要なのじゃ。唱えない限りこの回廊は王都へ繋がることは無い。通行許可証これで通り抜けられるのは力を持たない一般の生物だけじゃ」


 ムゼが紙をひらひらと見せびらかす。握っていたはずのライの通告許可証は、いつの間にかムゼの手に渡っていたのだ。


「え? 僕は、だめなんですか……?」

「ダメに決まっているであろう!!」


 ムゼがいきなり大声を上げる。

 瞬間、煌々と輝いていた燭台の炎がふっと揺らいだ。空気までもが萎縮したのだ。

 そのれほどの威勢にライも肩を縮める。


「お主、まさか気づいておらんのか? それほどのモノを身にまといつつ……」


 身に纏う、と言われ慌てて自分の肩や腰を見る。

 だが、勿論の事何かを纏っている訳ではない。


「……!? な、何の事……?」


 そんな様子を見て、またもやムゼは頭をかかえた。


「よい、お主の様な無知な小僧は、気づかないまま死んでゆけばよい。……だがの、力の持ち腐れにも程があるの……」


 なにか含みを持った言い草に不安が募る。


「な、な、何が……?」

「もうよいと言っておるではないか。さあ、王都へ行け」


 ムゼが羽を広げ、ライの後方を指す。それに釣られたように後ろを向くと、すぐ近くに王都への出口が開いていた。


――先程までは永遠と続く回廊だったのに……。


 呆気に取られ立ちすくんでいると、背中をグイッと押された。


「わぁっ!」


 足がもつれ、転びそうになりつつ前へ進む。


「ムゼさん、押さないでくださいよ! ……あれ……?」


 振り返ると、そこにムゼの姿はなかった。


 すぐ背後にはガザラ側のゲートが開いている。壁には赤い炎を灯した燭台が数個。

 まるで先ほどのやり取りが嘘のように静まり返っていた。

 乾いた風が王都側の入口から吹き込み、故郷ガザラへと抜けていく。


「ム……ゼ、さん…?」


――不思議。


 ただこの三文字に尽きる。


 これこそが、南の防人ムゼの魔力しごと



 誰もいないその空間に寂しさを憶えながら、ライはムゼの居た方へと深く頭を下げた。

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