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選ばれし者

 月に一度訪れる、月隠しの夜――新月。

 光の民が一番に恐れる夜として代々言い伝えられてきた。


 石造りの王城、マラデニー王国の王都

にある王宮も、城を固く閉め、ひっそりとしていた。加えて今日は風が強く、分厚い雲が空を次から次へと流れてゆく。我らの太陽旗も、暗闇のなかバタバタと音を立てて不気味にはためいていた。


 そんな王宮の一角を、紫色の炎を灯した燭台を左手に、一人の男が歩いていく。

 

「まったく……いったい何時だと思っているのですか」


 やや呆れ気味に呟いた彼は、眠い目を擦りながら、とある場所へと向かう。

 時は深夜。まだ夜明けまでに数刻を残したこの時刻に、先程から騒がしい物音がするのだ。

 彼はそれが迷惑だと注意を促すために、その音の出どころへと向かっている。

 

 しばらく廊下を歩いていると、ある一室から明かりが漏れていた。昼間こそ賑わっていれど、本来この時間帯にはだれも居ないはずの場所。

 彼は溜め息をこぼしながら、格子の取り付けられた窓からこっそりと中の様子を覗き見た。


「……っ、まだまだ。もう1回っ!」

 

 遠慮がちに灯された燭台。その薄暗い光の中に揺れるのは二人分の影。二人の手元には、ギラリと光る棒状の物体。


「こんな深夜に、剣の稽古なんて……ほんとにもう」


 男は頭をかかえ、ため息をついた。

 小窓から覗かれているなんて思いもしない二人は、再び剣を絡め合う。その度に目が覚めるような金属音が響いた。


「……んぁっ!」


 一人が頭の高さで地面と平行に構えた剣を、滑らかな動作で操る。その動作に無駄なものは何一つない。

 それをもう一方が受け止め、剣を巧みに操り、全ての攻撃を綺麗に流している。

 双方一歩もゆずらない状況だ。

 ひらり、と、まるで蝶が舞うように剣を交える二人だったが、途中で一方が足を絡められ態勢をくずした。その瞬間を相手は見逃さない。そのまま地面に押し倒し、喉元に剣の切っ先を当てる。

 勝負、有りだ。


 見事な動き。廊下に備えつけられた微かな灯りのみの暗がりで、ここまで動けるのは流石大国の王国兵といったところか。

 だが、それとこれはまた別の話。

 彼はそこまで見届けると、そろそろいい頃合だと二人に声をかけた。


「お見事! とでも言われるとお思いですか?」


 いきなりの声に驚くかと思いきや、負けた方の王国兵はため息をひとつ履く限りだ。


「全くね。だって負けましたもの!」


 思いのほか高いキーの声。

 先程の負けがよほど気に食わないのか。八当りのように声を荒らげる。


「そういう意味ではありません。今何時と思っておられるのですか」

「日の出前よ」

「そういう事を聞いてるのではありません、テナ姫」


 テナ姫と呼ばれた王国兵――否、この国の第一王女は束ねた髪を解きながら振り返った。


「毎日毎日見廻りご苦労ね。こんな剣術熱心な人が将来国を継ぐと思えば貴殿の老後は安泰であろう?」


 皮肉めいたその口調だったが、否定出来ないのもまた事実。だがそんな完璧を目指しすぎる彼女だからこそ、男は心配するのだ。


「テナ様、今は剣術の稽古の時間外でございます。ましてや、貴女様は女性でいらっしゃる。そこまで剣術に励まなくても……」


 男は語尾を濁す。それは、彼が彼女の教育長として、小さい頃からずっとお傍についていたからこそのもの。


「……本気でそう思ってるの?」


 どこかくぐもった声。先程までの威圧感はどこかへ行ってしまっていた。


「焦らずに」

「……私は勇者よ。あの先代テナレディスの子孫なのだから、私こそが勇者に選ばれるべき者よ」


 ポツリとこぼす。

 その震えた声は冷えきった王宮に吸収されていった。


「……足りないの。きっと何かが足りないの。もっと、もっと強くならなくては、ヴェネア様は私を勇者として認めて下さらないんだわ!」


 薄い唇をきつく噛み締め、彼女は俯く。

 切羽詰まったその表情からはひどい焦りと恐怖が読み取れた。その後「ありがとう」と稽古相手の王国兵に告げると、剣を腰にしまいその場を立ち去ってしまった。


 その場に残された王国兵と教育長。二人はテナの消えていった先を未だみつめ続ける。

 先に口を開いたのは王国兵だった。


「ヘンゼン様…。彼女は今とても傷ついているのです。昔から自分こそがあの光の伝説の勇者、テナレディスの意志を継ぐ者だと信じ、厳しい稽古にも耐えていらっしゃいました。それなのに、闇の民が復活してしまった今になっても、あの例の剣を抜くことが出来ない。その事に酷く罪悪感を抱いています。自分に足りないものはなんだろうかと、日々悩んでいらっしゃるのです」


 王国兵は痛々しく語る。だから、このくらいは許して上げてください、と。


「知っている。私が一番理解しているつもりだ。なにせ、私は彼女が三歳のころから御一緒させていただいているからな。だからこそ言うのだ。今になってやけになっても人間性を失うだけだと。少しは気を休めなくては選ばれるものも選ばれない」


 彼も彼で彼女の身を案じての話だ。

 どうにもならないことはある。しかし、それを仕方ないと諦められないことも存在するのだ。

 静寂を取り戻した宮廷の中庭に、二つのため息が落とされた。





 いっぽう彼女はというと、軍服のまま長い廊下を歩いていた。向かう先は自室ではなく、第一講堂『剣の間』だ。


「開きなさい!」


 先程の苛立ちが残っている彼女は、八つ当たりをするように扉にむかって怒鳴った。すると、なんと、かなりの重量のある扉が自動で開いたのだ。


 その扉の向こうから溜まっていた空気が流れ出し、彼女の髪を揺らす。

 静寂を保つ剣の間は、全く明かりを取り込まず暗闇に包まれている。

 だがテナ姫は臆せずに足を踏み入れた。

 幾度となく足を運んだこの講堂。どれ程の距離に何があるかなど、とうの昔に覚えてしまったのだ。

 コツコツ、と足音のみが響く。

 その一定のリズムを刻む音は、行動の一番奥まで進んだ所でピタリと止む。


「……点きなさい」


 代わりに、小さな鈴がリンと鳴ったような声で呟くと、その声に従うかのように、ボッ、ボッ、ボッ……と、連続して燭台に光が灯り始めた。


「いい子、ありがとう」


 彼女は、自分の言葉に反応し光を灯した燭台達に、優しくお礼を述べる。

 明るく照らされ全貌が明らかになったその部屋は、神殿のような雰囲気を醸し出していた。


 前方には演説台があり、それを中心に半円を描くように椅子が配置されている。

 壁高くにはステンドグラスが埋め込まれ、それぞれストーリーの一場面が描かれているようだ。

 正面の壁からは赤と紺の大きな旗が垂らされ、そこ旗の麓には黄金細工のほどこされたケースに丁寧にしまわれた、古剣が一つ。


――伝説の剣だ。


 かの伝説で、唯一神ヴェネアが我々にさずけたと言われる剣。それが保管されている場所こそが、この“剣の間“なのである。


 テナ姫は片膝をつき、祈りを捧げるように両手を合わせた。


「ヴェネア様……私に足りないものは何でしょう。私は確実に勇者の血を継いでおります。そして、この光の民を守ろうとする強い意志も継いでおります。既に闇の民は復活し、光の民は苦しんでいる……それなのに、それなのに……っ」


 まるで懺悔をするような震えた声。

 彼女は一呼吸置くと、たんを切ったように悲痛の叫びを上げる。


「私に足りないものは何でしょう……! 私には何が足りないのでしょうっ!」


 大きな講堂に、ひとり虚しく声がこだまする。


 光の伝説では、千年後に闇の民が復活すると記されていた。そして、それと同時にこの剣も、もう一度目覚めるとされている。

 そう。千年ののちに、この剣を鞘から抜ける人が再び現れるとされていたのだ。


「お応え下さい、ヴェネア様。私に貴女様のお声をお聞かせ下さい……」


 彼女は願うのだ。伝説の勇者、テナレディスの時のように声をきかせてほしい、と。


 静まり返った講堂は一人の呼吸音だけが聞こえていた。





 その時……。

 フッと、全ての明かりが消えた。


「……なに……?」


 テナはすぐさま腰の剣に手をかけあたりを見回す。

 何度も言うが、時刻は深夜。新月の今日は、夜を照らす灯りが無い。

 あまりの暗さに何も見えなかった。


「点きなさい、点きなさい!……チッ」


 突然の出来事に焦った彼女は、苛立ちを隠さずに叫ぶ。

 しかし、燭台達は彼女の言うことを聞かない。

 それには二つの要因が考えられた。ひとつは、彼女の魔力が弱っている場合。もうひとつは、彼女の魔力をはるかに上回る魔力が燭台にかけられている場合だ。

 今の状況で考えられるのは、後者だろう。


 敵の侵入か? とテナ姫は神経を研ぎ澄ます。

 だが、空気が揺らぐ様子もない。


――一体、どういう事なの!?


 じっとりとした嫌な汗が背中を伝う。


「応えなさい、燭台!」


 彼女は異常事態に激しく叫ぶ。

 目が覚めるような声。すると、燭台の半数が弱々しい光を灯した。


「感謝する」


 彼女は吐き捨てたように言うと、薄暗い講堂の中を目を凝らし、あたりの様子を伺った。


――何が起きている?


 辺りは先ほどと変わったものはない。人影もなく、静寂を守っている。

 暗転前と変わったものは何一つ無い。

 何一つ、無かっ……。


「ヒャッ……!!」 


 あまりの出来事に悲鳴に近い声が上がった。

 なぜなら、目の前で信じられない事が起きていたからだ。


 先程まで、頑丈なケースに鎮座していたソレ。

――そう。長年の眠りについていたはずの伝説の剣が、目を晦ますような青白い光を放っていたのだ。


 極度の緊張で喉が乾き、呼吸をする度にヒュッ、ヒュッという空気が抜ける音がする。

 彼女はピリピリと痺れる手足に力を入れ、這うようにして近寄って行った。


「……めざ、めた……?」


 ケースの前に膝立ちになりながら、中の様子を窺う。謎の青白い光は、鞘の中に納められている刀身ブレードの部分から漏れているようだった。


「……」


 彼女はゴクリと息を呑む。

 生まれてこの方、ずっとこの剣を見てきた。その中でこんな現象を見たのは初めてだったのだ。いや、それだけではない。残されている著書の何処を調べても、こんな現象は記されていない。

 これは“伝説の剣が蘇った“と考えるに十分な事象ではないだろうか。


「……やっと、やっと認められた……」


 待ちに待った瞬間――自分自身が勇者と認められる瞬間が来た、とテナ姫は大急ぎでケースの鍵を解く。

 そして、ガチャリ、とに鈍い音をたて開いた南京錠を、その場に捨てるように地面に落とした。

 期待に満ち溢れた顔で、伝説の剣の柄の部分に手を伸ばす。


 伝説の剣に指先が触れる。そこから、ひんやりとした無機質な感触が伝わってきた。高鳴る鼓動を落ち着かせ、グッと力を入れ、剣を持ち上げる。


 すると……。


 ガシャーン、という破裂音とともに、キラキラに光る粉末状の物が飛び散った。


「――っ!?」


 突然に剣を囲っていたケースが砕け散ったのだ。咄嗟に魔術で防御を取ったテナ姫は、幸いにも大怪我は免れた。だが、避けきれなかった指先から赤い血が流れる。それを見た彼女は更に興奮した。


「凄い……凄い……!」


 足元に散らばるガラスの破片を踏みながら呟く。

 嬉しさの余り引き上げた口角がヒクヒクと痙る。長年の夢とあり、どうしたってニヤけが止まらない。

 そんな不気味な笑顔を撫でるように、ツゥ……と一つ頬を涙が伝った。

 

「……ありがとうございます……。ありがとうございますヴェネア様っ……!」


――やっとこの瞬間が来た。


 この力さえ有れば、先代勇者の様に、闇の民から光の民を守り抜くことが出来る。これで自身の役目をまっとうする事ができる、とテナ姫は感動に震える。


 テナ姫はその場で片膝を付き、伝説の剣を頭上に高らかと掲げる。足元に硝子の破片が散らばっているのなど、気にもしない。


 誰もいない大きな講堂。光の民が震え上がる新月の夜……。

 テナ姫は頭上に剣を掲げたまま、一気に剣を抜こうと力を加えた。


「――っ!」


 だが、剣はピクリとも動かない。


「……ど、どうして……?」


 テナ姫は、また眠りについてしまったのか、と不安になり伝説の剣をもう一度見る。

 だが依然として剣は静かに青白く光っていた。

 意を決して震える手でもう一度柄をにぎる。


「……抜けなさい」


 今度は剣に対し心を通わせ、魔力の力を少しずつくわえてゆく。


「――あぁっ!」


 柄から抜ける、と思った瞬間。

 全身に激しい痛みが襲った。


 余りの痛みにテナ姫は剣を放り投げ、両肩を抱き悶える。

 暫くうずくまっていると、次第に電撃のような痛みは引いていった。

 この痛みが何の痛みなのかは容易に想像出来ている。

 テナ姫は、地面に落ちて尚光り続ける伝説の剣を鋭い目付きで睨んだ。


「……これも試練って事でいいのかしら?」


 ピリピリと痺れの残る指を伝説の剣に這わす。


「んんんっ……」


 触れた先から再び痛みが走った。

 だが彼女は負けない。このチャンスを逃すまい、と必死に剣にしがみついた。そして、勢いをつけ剣を抜こうとする。


 彼女が加える力を増せば増すほど、剣の発する光も強くなっていく。


「私……こそが、ゆう、しゃになるのっ……っ!」


 テナ姫が歯を食いしばり、全力を注いだ瞬間、目が眩むような閃光が剣から放出された。

 余りにも強い光は白と黒しか認識出来ない。どうやら人間の処理能力をはるかに超えた光が溢れだしているようだった。

 そんなモノクロの世界にテナ姫は必死にしがみつく。


――なんて強い魔力ちから……。


 溢れだす光は凶器となって、身体を痛めつけた。ピリッという痛みが走ったかと思うと、その場所から細い鮮血がなびく。

 強すぎる魔力を浴びているからなのか、気を失いそうになるほどの痛みが節々を襲った。


 続いて、ガシャーン、と何かが粉々に破裂する音が響く。

 伝説の剣から溢れる魔力ひかりと、剣をぬこうとするテナ姫の魔力ちからがお互いにぶつかり合い、巨大な魔力かぜを巻き起こしていたのだ。

 それに耐えられなくなったステンドグラスが、ハンマーで叩き割ったかのように次々に割れていく。



「何事ですか!?」


 その音を聞きつけてか、後方の扉から夜警軍が乗り込んで来た。


「うわぁぁぁあ!」


 彼らはその先にある光景にど肝を抜かれる。

 扉を開けた向こう……そこには目にしみるような光の壁が形成されていたのだ。

 夜警のうちの一人が、慌ててその中に入ろうとしたのだが、はじき返されてしまう。


「……ゲホっ」


 彼は尻餅をつき、息苦しいのか胸元を抑え咳き込む。

 慌てて駆け寄ったもう一人の夜警が、咳き込む男の背中を擦りながら言う。


「……だめだ。この強さの魔力の中に俺達は入って行けない……! 入った所で精力を吸われて終わりだ」


 一瞬触れただけでも、人の精力を奪ってしまう程の恐ろしい光の壁を睨みつける。


「なんの騒ぎだ」 


 廊下の奥からまた一人、小走りで駆け寄ってくる人影があった。

 深夜にもかかわらず、長いマントを携えたその体格のいい男は、扉の向こうを見るなり険しい表情をする。


「この魔力ちから……」

「こ、国王陛下……!」


 国王陛下は、その場で溜息をつくと、気合を入れるように腕まくりをする。


「……この中にいるのはテナであろう?」

「は、はいっ! この騒ぎの前に、テナ様がここへ入っていく姿を見かけた兵が一人……」


 その一言で理解したのか、頭を抱える国王陛下。


「……あの、小娘が」


 そして、一言零すと手を光の壁に当て叫んだ。


「賢明なるいにしえ魔力ちからよ、我を入れ給え!」


 手を前に出したまま、国王陛下はゆっくりと壁に向かって歩いて行く。

 すると、国王陛下は光の壁に飲み込まれるように消えていってしまった。


「へ、陛下っ」


 慌てて一人の兵が続こうとするが、魔力の小さい彼ははじかれてしまう。


「……」


 国王陛下を飲み込んだ光の壁を、ただただ呆然と見つめるしかできなかった。


 いっぽう、中へと踏み込んだ国王は吹き荒れる嵐に絶えながら一歩一歩確実に前へと進んだ。


「……っ」 


 予想以上の凄まじい嵐の中を前へと進む。

 どうやらこの嵐はとある一点を中心にして巻き起こっているようで、陛下はその出処を探すように歩いた。

 風に逆らうように歩いていくと、案の定、一つの人影を見つける。

 そして、その人影の正体も、案の定テナ姫だ。


「離せ! 離すんだテナ!」


 国王陛下は、吹き飛ばされない様に椅子に捕まりながら声をはる。


「――っ」


 だが、当の彼女は聞き入れない。

 この嵐の中、陛下の声が届いていないのか、届いてはいるが従わないのかは不明だが、未だ剣を抜こうと奮闘している。


 その姿をみて、国王陛下は目を伏せる。彼とて、自身の娘の努力は報われてほしいと思っているのだ。

 しかしこのままではこの講堂も、彼女の身も持たない。


「……仕方ない」


 彼は指先をテナに向け、大きく右に弾いた。


「!? ……うっ」


 その指の動きに合わせて、はじかれた様に吹っ飛んだ彼女は、背中を後の椅子に強打し、その反動で剣を離してしまった。

 途端にテナの手から解放された剣が、光や風を吸引し始める。先ほどとは逆に剣に向かって風が吹き込みだした。瞬く間に嵐は収束し、物音すらしないほど静かになる。


 遺されたのは、荒れ果てた剣の間。

 そこに立つ国王陛下と、うずくまる王女。


 そして、未だ淡く光る伝説の剣。


 陛下はゆっくりとその剣へと近づく。再び魔力が爆発するのを恐れ、初めは軽く指先で触れる程度。やがて何も起きない事を確信すると、両手でしっかりと持ち上げた。

 テナ姫の奮闘は虚しく、剣は1ミリも鞘から抜けていなかった。


 立ち上がる気力すらないのか、吹っ飛ばされ倒れたままの彼女は、その様子を横目に見る。


「……なん、で……」


 やっとの事で発した言葉。それは誰かに問うものでは無かった。

 ボロボロと流れ落ちる涙が、既に答えを悟っている証拠だ。

 だが、その涙の奥でメラメラと燃える紅い瞳は、まだ諦めたくないと言っている。


「テナ。……この剣は目覚めた。だが――」

「父、上……。やめて……っ……。言わない、で……」


 ボロボロの体で、彼女は必死に手を伸ばす。だが、その手は伝説の剣には届かない。


 いつの間にか辺りは明るみをおび始めていた。割れたステンドグラスの向こうに夜明けの空がのぞく。

 先ほどとは違う、優しい光がこの場を包んだ。


 そんな静かな剣の間に、残酷な言葉が降る。



「――だが、お前は『選ばれし者』ではない」




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