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夜明けの空

 辺りが微かに明るみを帯び始める。夜が終わり、朝が来たのだ。街を抜けた頃から、黒い影たちは追ってこなくなっていた。

 その後もひたすらに歩き続けたライは疲れきってしまったようで、繋ぐソウリャの手にもたれ掛かるようにして歩いている。黒い影の恐怖から解放され、気が抜けた事も影響しているだろう。


 とぼとぼと引かれるがままに歩いていると、ひとつあることに気づいた。


「ソ、ソウリャ……」


 目の前にうっすらとソウリャの姿が浮かび上がって来たのだ。


「あー、効果が薄れてきちゃったかな」


 言っている間にも、見る見るうちに姿がはっきりとしてくる。

ライは慌てて自分の姿を確認した。


「まだライの姿はみえてないから安心して」


 ソウリャはそう言うと、またライの手を引いて歩き出す。朝靄の中、二人は静かに手を繋いで歩いた。

 こんな事態だった為忘れていたが、ふと我に返るとライは手を繋ぐという行為が少し恥ずかしくなった。

 

「もう見えてるから大丈夫だよ?」

「……そっか」


 ライに言われたソウリャはは寂しそうに微笑み手をひっこめる。

 そして、前を向き歩き出したのだが、ふと何かに気づいたようで立ち止まった。


「でも、私にはライが見えていない。だから、つないでいてもいいかな?」


 スッと目の前に差し出された手。

 心の奥から何か熱いものが込み上がってきた気がして、ライはしがみつく様に握り返した。


 何も無い草原をひたすら歩く。会話などない。凄まじい疲労感に、脳すら機能しなくなっていたのかもしれない。

 時折吹くそよ風がじっとりとした嫌な汗をなでていった。


 草の匂いが鼻を掠める。

 足元を見れば朝露に濡れた草たちが風に吹かれ揺れている。気づけば空は青白く光り始めていた。

 真っ白な朝靄に包まれたここ空間に、どこか幻想的な雰囲気が漂う。


「さすがだね、ライは」


 唐突にソウリャが言った。 


「……なにが?」

「ん? まだ魔術薬の効果が続いている事さ。なかなか出来ないことだよ」


 そうなのか、とライは自身の手を見つめる。


「太陽が登ったら、その魔術を解くといい」


 魔術を解く? そんなことが出来るのか、とライは首を捻った。


「みえるようになりたい、とでも思えばいいらしい。長老が言うにはね」


 ソウリャが寄港早々長老の家に行ったのは、寄港報告の他にこの魔術薬を貰う為でもあったのだ。


 なるほど、とライはひとり納得する。

 長老はこのガザラで唯一魔術を使える人だ。

 この町の住人はひどい風邪をひくと決まって彼の所に行くのだ。そして、そこで彼が調合する魔術薬をもらって飲む。ライも何度も飲んだことがあるが、相性が良いのかは分からないが、何故か効き目は抜群だった。

 今回ソウリャは効果が切れても、ライの効果が続いている理由はこの当たりも影響しているのかもしれない。


 ふと、振り返れば今歩いてきた方角に金色の太陽が顔を出し始めていた。


「……ソウリャ、そろそろ試してみてもいい?」


 一度効果を切らしてしまえば、その効果に預かることは出来ない。その効果を終えてもいいのかと一応確認をとった。


「うん、やってみなさい」


 初めての体験なので、どうしたらいいかはわからないが、ライは自分の中にある魔術薬に向かって語りかけてみた。


――みえるようになりたい。


 すると、いきなり体が重くなるのを感じた。その違和感と同時にこの場に座り込みたくなるような倦怠感もライを襲う。


「もう少し頑張ろうか」


 崩れ落ちそうになったライを慌ててソウリャが支える。 

 その手にしがみつきながらなんとか態勢を整えた。


「……見えてる?」

「うん。きちんと見えてる」


 どうやら魔術薬の効果を切らす事に成功したようだ。

 ちょっとした達成感に口元を緩めながら、ライはまた手をひかれて歩き出した。


 前後左右に永遠と続く草原。

 ガザラにこんな所があったなんて知らなかった。ここならジリン達と遊ぶのに丁度いいな、と考えて思考を止める。

 ジリンの無事さえ、分からないからだ。


 気がつけば足元に影が伸びている。太陽は既にしっかりと輝いていた。

 先程まで立ち込めていたもやも晴れ、幾分か先も見通せるようになっている。

 すると、地平線の先になにかがあるのがわかった。


「ねぇ、ソウリャ。あれ何?」


 まっ平らな草原の一辺にちょこんと飛び出た白いものを指さす。


「今まであれを目指して歩いていたんだよ」

「……え?」


 そういえば、どこに向かって歩いてるのかを考えてなかったことに今更気づく。


「あれは王都とガザラを結ぶ関所だよ。あそこの門をくぐらないと王都へはいけないんだ」

「王都……」


 その関所とやらはだんだんと大きくなってきた。

 よく見ると、目の前には行く手を阻むようにして大きな川が流れていて、そこには橋がかけられている。その橋の降り口に、純白の関所は建てられているのだ。

 この川がガザラと王都を隔てる区切りということか。

 法的にも物理的にも王都へ行くためにはこの関所を通ざるを得ないようだ。

 その大きな橋の前に着くと、ソウリャはそこで立ち止まり、胸元に手を入れ何かを取りだした。


「はい、これ」


 ライはそ目の前に差し出された紙に書かれた文字を読む。


「つ……うこう……きょこ、しょ?」

「あははは、違う違う。通行許可証。これがあればあの関所を通ることが出来るんだ」


 一文字の読み違いに顔を赤らめながらも、納得する。

 そして、この場でソウリャとお別れしなければならない事にため息をついた。


「ん?どうした??」

「……ソウリャ、行っちゃうんだね」


 そこまで言ってライは気づいた。

 この場でソウリャは一人王都へ旅立ってしまう。残されは自分はどうすればいいのだろう。見渡す限りの何も無い草原。いつまた闇の民が襲ってくるか分からない恐怖。燃えた我が家に消された町……。

 今までは目の前の事で手一杯だったのか、忘れていた恐怖と悲しみが一気に押し寄せてきた。


――町の人はどうなったのだろう。ジリンは? リサは?


 何故燃え盛るあの家にリサを置いてきてしまったのかと自問自答する。

 ソウリャに手を引かれた時、リサの手も引けば良かったのだ。そうすれば、今この隣にリサもいたかもしれないのに。

 

「悪いがここからはひとりで……」


 ソウリャが空いている方の手でライの頭を撫でる。

 ハッと我に返ったライは、怒鳴るように声を荒らげ、繋いでいた手を振り解いた。


「これから僕にどうしろっていうんだ!」

「聞いてくれライ」

「嫌だ。聞くもんか! おかしいよ、僕ひとり逃げたって、嬉しくなんかないよ! ソウリャはこれから王都へ行って暮らせるかもしれない。でも僕にはもう何も無い……! 町も、家も、リサも……。ねえ、どうしてリサを助けなかったの? あの時リサも一緒に……」


 ライは勢いに任せて叫んだ言葉をそこで止めた。

 誰よりもリサを助けたかったのは、紛れもないソウリャだったはず。それでも僕の手だけをひいた優しい兄には、言ってはいけないことだと悟ったのだ。


「良く聞いて」


 ソウリャは再びライの頭に手を乗せる。


「私は王都には行かない」


 想定外の言葉に耳を疑った。聞き間違えかと、眉を寄せてソウリャの次の言葉を待つ。


「行くのは私じゃない。ライ、きみだ」


 全く状況が飲み込めないライに、ソウリャはもう一度言った。


「ぼ……く……?」


 夜の間に冷やされた空気が、ライの前髪を静かに揺らしてゆく。


「君はなんとしてでもあの闇の民から逃げなくてはいけない。それはこの光の民のすべての望みだ。ここにある通行許可証は君のもの。これを持って王都に渡りなさい」


 そウリャはグッとライの肩を抑え熱弁する。


「………ソウリャは?」


 目の前にあるのは真新しい通行許可証一枚。ペラリ、と開かれた所には“ライ=サーメル”と刻まれていた。

 

「私はこの街に残るよ。この街のために全力を注ぐ」

「ダメだよ! このガザラには闇の民が来たんだ。こんな所にいたら今度はソウリャが消されちゃう。王都なら安全でしょ? なら今まで使ってた通行許可証でソウリャも一緒に……」


 王都への渡航権利をもつソウリャには自身の許可証がある。それを使って一緒に逃げればいいじゃないか。


 そう言おうとして、ライは諦めた。

 ソウリャがそれを考えなかった訳が無い。王都へ行けない理由があるから、彼は王都に行かないのだ。

 大人しくなったライの頭をソウリャが撫でる。


「いい子だ、ライ。よく聞くんだ。まず、向こうに渡ったらルーザンというひとのお世話になりなさい。彼はお父さんやお母さんの昔からの知り合いだ。この橋の向こうで待ってくれているはずだから」


 こうなる事をあらかじめ予想していたソウリャは、既に向こうでの準備を整えてくれていた。


「………」

「行ってくれるよね? ライ」


 静かな風が僕達2人の間を吹き抜けていく。


「……どうしても行かなければいけない?」


――出来るならば、あなたと離れたくない。


 そう、目で訴える。

 だがソウリャの意思は強かった。


「行くことが、君の使命だ」


 はっきりと言い渡される。

 少しの希望はあったのかもしれない。「やはり君はまだ幼いから一緒に行こうか」や「危険でもいいなら一緒にガザラに残ろう」など、甘い言葉を聴けるのではないだろうかと。

 どうやら、そんな甘えは通用しないらしい。


「……わかった。ねえ、最後にひとつ聞いていい?」

「……ん?」


 ずっと気になっていた事を口に出す。


「さっき言いかけた、真実って何?」


 この騒ぎが起きる前、二階の部屋でソウリャが言いかけた事。


『ライ、最後にひとつ……私から真実を』


 ソウリャは一瞬目を見開き驚いた様子を見せたが、すぐに表情を和らげた。はにかむように目尻を下げ、諭すように語る。


「ライ、覚えておくといい。“真実”なんて、この世に生きている人の数だけ存在するんだ。その生きている人それぞれが信じる事実、それが真実……信実しんじつなのかな……」


 なにか吹っ切れたようなその表情。


「要するに、これからは君が信じたことを正しいと思ってやり遂げればいいってことよ……それじゃ答えになってないって顔をしているな?」


 ソウリャは一人で納得している様だが、ライには何を言っているかさっぱりわからない。

 ライは眉を寄せながら大きく頷いた。

 その様子を見て、ははは、と楽しそうに笑う彼。


「そうだね、じゃあ私の信実をライに伝えよう。……君は私にとって最高の弟だった! それ以外の何でもないな」


 君は私にとって最高の弟だった。


 弟だった。


『だった』


 ソウリャの言葉がこだまする。

 また熱いものがこみ上げてきた。それは留まることを知らず視界をぼやかしてゆく。嬉しい涙なのか、寂しい涙なのか、それとも絶望の涙なのかわからない。ただただひたすらに胸が痛かった。


「さあ、行け。ライ」


 ソウリャが関所にかかる大きな橋を指さす。


「お別れの時間だ」


 “お別れ”


 ライはその言葉に弾かれたように歩き出した。

 大好きな、尊敬する兄に背を向ける。

 ずっと暮らしてきたガザラに背を向けた。


 朝日を浴びる橋は美しく白く輝いている。

 だが、僕の足元に付きまとう真っ黒な影は未だ濃い。


――振り返ってしまいたい。


 一歩踏み出す度に、そんな考えが浮かんだ。


 だが、だめだ。

 今までが最高の弟だったなら、これからも彼の最高の弟でいよう。少なくても、今くらいは最高の弟を演じなければいけない。


――僕は、あの『ソウリャ=サーメル』の弟だから。


「ソウリャ、待っててね。王都で強くなって、必ずガザラに戻ってくるから」



 ライ=サーメル。齢十二歳。

 まだ夏とは言えぬ肌寒い季節の朝。破壊された故郷に兄を残し、ひとり王都へ向かう。

 兄の言った信実が信じる事実ならば、彼の真の事実はなんなのか。


 何も知らされぬまま彼は進んでゆくのだった。

第1話完結です。まあ、第1話と言ってもまだまだ冒頭ですが(笑)

泣き虫な主人公ですが、2話からはもっと勇ましくなってもらわないとね(`・ω・´)キリッと思う作者です。

今後の成長に期待しましょう( ^-^)_旦

これからもよろしくお願いしますm(_ _)m


よろしくお願いします(:D)| ̄|_

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