目覚め始めた力
「マジで燃やしやがったよ……」
少し離れた所に馬車を止めていた二人は、轟々と燃え上がるニノンの村を呆然と眺めた。
突然の襲撃を受けた村からは、非常事態を鳴らす鐘が聞こえる。
「やっぱり、逃げられていない人が居るんだ」
真っ暗な闇の中、赤く燃える炎は瞬く間に広がり、あっという間に村を飲み込む。徐々に鐘の音が聞こえなくなると、赤い炎の中に見えた教会のシルエットが、ボロボロと崩れ落ちて行った。
「ナル! 燃えたよ」
「要らないもの、燃えたよ!」
自分たちのやった事が、いかに恐ろしい事か解らないのか、子供達は歓喜の声を上げる。それを誉めるように、ナルは優しそうな笑みを浮かべて、近くにいた子供の頭を撫でた。
――自らの故郷……そして村人を焼き殺して、なんて顔をするんだ。
「目を覚まして!」
耐えきれなくなったライは大声で怒鳴り散らし、子供達の方へと駆け寄る。そして手前にいた子供の肩を無理やり掴み問いただした。
「自分が何をしたのか解らないの!?」
「……要らないものを燃やしただけだよ」
「あそこには、君のお母さんやお父さんだっていたかもしれないんだよ!?」
「……魔力の為なら、別に要らない」
邪魔だ、とその子供はライの手を振り払った。
自分より背の低い子供。ライがその位の年の頃は、ただひたすらにソウリャの帰還を待っていた。そして、会えない両親を思い浮かべ、写真を眺めては涙をこぼしていたと言うのに……。
――この子達がこうなってしまったのも、全て闇の民のせいだ。
そんな怒りを込めて、ライは闇の民を睨んだ。
「……分かったかな、忌々しい少年。この子達は自分の意志でここに立っている。だから――そうやって影から魔術をかけても意味が無いんだ」
我々より強い力を持つ闇の民。やや離れたところから魔術をかけるテナエラ妃殿下の存在にも気がついていた。彼は左手を彼女の居る方へ向け、こちらには聞こえない声で何かを呟く。
「や、やめろっ!」
ドーン、という激しい音が地面を響かせる。テナエラ妃殿下が居た辺りは、凄まじい砂煙が立ち上っていた。
きっと彼女なら大丈夫……そう思ってはいるのだが、中々姿を確認出来ずに、焦りがつのる。
「マラデニー王国の姫君と言えど……大した事もないな」
「――このっ!」
闇の民のテナエラ妃殿下を侮辱するその言い草に、ライは剣を握る力を強め、後先を考えず闇の民に向って突っ込んだ。
「なんだ、その剣さばきは……。何も教わらずに育てられた様だな」
ライが無理矢理に叩き込んだ一撃を、闇の民は手早く抜いた短剣で抑える。
むしろ、たかが刃渡り十センチほどの短剣に押し負かされそうになっていた。噛み合った部分を始めとして、グラグラと震える二つの剣。ライは押すにも引くにも出来なくなってしまった。
「くっ……」
「忌々しい少年。一体どんな風なのかと期待していたが、私は大層がっかりしている所だ」
ライが身動きを取れなくしていると、闇の民は空いている方の手でグッとライの首を押さえつける。
「ああっ……は、な……せっ」
慌てて奴の手を解こうとするが、大人の力には適わない。徐々に締めつける力も増し、完全に息が出来なくなってしまった。
「んー! んーっ!」
「チカラを使え。さもなくば死ぬぞ」
必死のライに対し、闇の民は訳の分からない言葉を投げかける。そのうちにも意識は遠のいて行き、目の前が真っ暗になった。もうダメだ、と思った瞬間……。
「――うっ」
ライの首を締め付けていた手が離された。
地面に尻餅をついたライは、激しい吐き気に見舞われる。その場で胸元を抑え呼吸を整えていると、その体を誰かに支えられた。
「ライさん、大丈夫ですか?」
「……はぁ、ヒ……ヒメリアさん……っ、その血は!?」
差しだされた手が血塗れになっている。指摘されたヒメリアは、自分の服でその血を拭って再びライに手を差し出す。
「さっきの爆発……慌ててバリアを自分たちに移したんだけど、力を使いすぎてオカリナが割れてしまったの。……立てる?」
少し悲しそうな顔をしたヒメリアはライに立つように促した。
「そ、そんなっ! だってあれは――」
「馬鹿ね、グズグズしてないで早く逃げなさい!」
「っ! テリーさんっ!」
その通る声にはっと顔を上げると、目の前にはライが一番頼りにしている背中があった。
その向こうには、彼女に弾き飛ばされたのであろう、マントの汚れを払い立ち上がる闇の民の姿。
「……許せない。黙って見てられない!」
彼女はそう言うと、剣を握り直し、闇の民へと駆けて行った。先程のライのみすぼらしい一撃とは違い、ふわりと舞うような軽やかさがある。その動きに対して闇の民は微かに口元を緩めた。
「……捕らえよ」
闇の民がそう言うと、彼の純白のマントの裏から例の真っ黒な影が飛び出てきた。それらは蝙蝠のような羽を広げると、テナエラ妃殿下の元へと飛び掛る。
「散らせ」
テナエラ妃殿下がそう言うと、光が拡散する様に弾き飛び、蝙蝠を攻撃した。
「その力があれば、ボーイフレンド一人くらい守れたんじゃないか?」
「黙れ!」
キーンと高らかな音を立てて剣を組み交わす二人。だが、やはり二人には大きな力の差があるようだった。余裕な顔で会話を投げかける闇の民に対し、テナエラは額に汗を浮かべている。
「君が見殺しにしなければ、彼は今生きていたかもしれないのにね」
「うる、さ……いっ」
ギリギリとせめぎ合う二人。だが、この場に居るのは二人きりではない。
「や、やめてみんなっ! テリーさん逃げて!」
テナエラ妃殿下は目の前の敵に精一杯になっている様で気づく気配がないが、回りにいる子供達も皆、闇の民の味方なのだ。
「ナルの敵は僕の敵」
「ナルを困らせるな」
「ナルから離れろ」
子供達は思った事を口にする。例えまだ弱いとは言っても、魔力が目覚め始めた子供達が、強く想った事を口にするのは、非常に危険な事なのだ。
ライは子供達の中へと駆け込み、その“想い”を口にする事を防ごうとする。
「やめよう! 僕達はみんなを助けに来たんだ!」
しかし、その努力も虚しく、彼らの心には届かない。
そんな事をしている内に、キャア、と悲鳴が上がる。そちらに目をやれば、テナエラ妃殿下が地面に叩きつけられ、蹲っていた。
「テリーさ……」
「あそこに大きな岩がある」
「あれをあの女にぶつけよう」
「ぶつけよう」
「だっ、ダメだって!」
子供達の視線の先には、露出した斜面に嵌め込むようにして置かれていた球体型の岩。子供達はそれを指差しながら、再び各々の詞を連ねる。
その魔術に懸かった岩は、ミシミシ、という音を立てながら宙に浮き、ゆっくりとこちらへと飛んで来た。
「ヒメリアさん、防い――」
防いで、と言おうとしたのだが、彼女の血塗れの指を見て思い出す。彼女達の一族はオカリナを吹き魔術を操る。そのオカリナは砕け散ってしまっていた。
「……くそっ」
その間にも岩はライの頭上を通り越し、テナエラ妃殿下の方へと飛んでゆく。テナエラ妃殿下は肩を震わせるだけで、立ち上がる力すら残っていない。
「落ちろ」
「堕ちろ」
「あの女の上に墜ちろ」
非情な子供達は、心無い詞を並べる。
ライの身体は反射的に走り出していた。
――誰も彼女を救えないのなら、僕が助けるしかない。
岩が落ちる寸での所で、ライはテナエラ妃殿下を庇う様に抱き抱える。しかし、彼女を抱き上げ安全な場所へ運ぶような時間は無く、二人の上に大きな岩が墜落した。
「ライさん! テリーさぁぁあん!」
目を覆い叫ぶヒメリア。
子供達は再び歓喜に湧いた。
闇の民は高みの見物と言った様に、にこやかに見つめる。
「……うそ、嫌っ」
「ははっ、自分から飛び込んでいくなんて」
真っ暗な闇夜に、悲鳴と歓声が響いた。
「……いい加減に、しろ」
「!?」
聞き馴染みのある声にヒメリアは指の隙間から辺りを見渡す。だが、その声がどこから聞こえてくるのかは分からなかった。それは子供達も同じようでキョロキョロと周囲を模索している。
「いい加減にしろ!!」
再び聞こえた声は荒々しく、強い想いが込められていた。それと同時にミシミシと音を鳴らし、岩が再び宙に浮く。その下をみれば、金色に輝く髪の勇者が、岩を片手で軽々く持ち上げていた。
「ふざけるなぁ!」
ライがそう叫ぶと、岩は粉々に破壊され、その破片が周囲に降り注ぐ。ヒメリアも姿勢を低くし避けようとしたが、いくつかの破片に当たり、血をにじませた。
「闇の民……お前の目的はなんなんだ」
ライはぐったりと横たわるテナエラ妃殿下を片手で支ながら、闇の民に向かって叫ぶ。
――そう。こんな気狂いな子供達を生んでしまったのも、全ての元凶は闇の民のせい。
「答えろ!」
そうライに強く言われた闇の民は、どこか可笑しそうに話し始めた。
「目的? そうだね。言うならば――新たな世界の創造かな。我々が眠りに付いていた千年の間に、この地は腐りきってしまった。ならば、創り直せば良い。穢らわしい物は全て無に戻し、我々五人がその新世界の王の座に君臨する。しかし、王がいても国は成立しない。国の成立に必要な物は、王と領土……そして、人民だ」
新世界の創造。穢らわしい物は全て無に。
――なんて勝手な発想なんだ。
「つまり、この子達はその新世界の住人の第一人者という事だ」
まだ穢れの少ない幼子達を誘拐し、今のように洗脳する。そして彼らが掲げる新世界の人民になれるよう、教育していくという事か。
「お前も、早いうちにこちら側に来ればいい。共に新世界を創造しよう」
闇の民はそう言ってライに手を伸ばした。彼の声は不思議と優しさを帯びている。
だが、騙されてはいけない。いくら口先で綺麗な言葉を並べても、彼がしている事は単なる破壊行動だ。村を壊し、家族を壊し……人を壊す。残酷で何とも邪悪な行為である。
「……何があっても抗ってやる。この世界を破壊する事は許さない」
ライははっきりとそう言った。
なにか攻撃を仕掛けてくるかと思いきや、闇の民は高らかに笑うだけ。
「ふん、生意気な少年だ。やれる物ならやってみろ。……あ、そうだ。これは大切な物なんだろう? 大事にな」
そう言って、ライの目の前に吊り下げられた物。
「――っ!! これはっ!」
それは、ガザラ崩壊時。部屋に置いてきてしまったはずの懐中時計だった。
闇の民はそれをライに手渡すと、踵を返し子供たちの輪の中へと歩いて行く。慌てて止めるライの声など耳に届いていないようだ。
「さあ、みんな。歌を歌おう」
“丘を越えて行こう、海を越えて行こう。僕らにはそれが出来る力がある~”
邪悪な闇の民と故郷を燃やした子供達は、歌を歌いながらオカリナを吹き、丘へと向かって歩いて行く。
そして、道化師達は、先程の岩を退かして見えた洞窟の中へ進んでいくと、彼らは二度と戻って来なかった。