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月の光の下で

 聖堂に残った人々が作戦を練る中、ライ達が自室に戻ろうとした。

 テナエラ妃殿下とライは立ち上がったのだが、先程からずっと黙っていたドレッドとミレンチェはその場から動こうとしない。


「……ドレッドさん?」


 ライが二人の顔を覗くと、彼らは目を点にしていた。


「……ゆ、勇者……さま?」

「何か隠してるなぁとは思ってたが……まさかそんな大それた事だったなんてなぁ」


 ああそうか、彼らは知らなかったんだった、とライは苦笑した。数日一緒に居た人が、例の伝説の勇者だったなんて知れば、驚くのも無理もない。


「勇者と言っても、まだ何も」 


 まだ何も出来ないんですよね、と言おうとした瞬間。バタン、と勢いよく聖堂の扉が開けられ、大慌てで人が駆け込んできた。


「た、大変です!」

「!?」

「こ、子供っ、子供達が……!」


――間に合わなかった。


 ライは眉を寄せながら、テナエラ妃殿下と目をわせた。









 “丘を越えて行こう、海を越えて行こう、僕らにはそれが出来る力がある〜! 丘を越えて――”


 ライ達が教会を出ると、村の至る所から例の歌が聞こえていた。まだ幼く、純粋な声である。


「丘を越えて行こう、海を越えて」

「やめなさい! そんな歌っ……」

「僕らにはそれが出来る力がある~」


 母親が必死に腕を引っ張るも、無理矢理にどこかへ歩いて行こうとする少年。少年の目はうつろで、明らかに正気ではない。


「いい加減にしなさっ……きゃあ」


 強い力で抑えようとした母親が、子供の物とは思えないほどの力で弾き飛ばされた。

 背後の家の壁に強く背中をぶつけた母親は苦しそうに胸を抑える。慌てて駆け寄ったライだが、少年はそんな様子を気にせずどこかへと歩いていってしまった。


「ああ、お願いっ! お願い……私の坊やを助けてぇ」


 苦しそうに呼吸をしながら、ライの腕にすがる母親。目の前のその様子に、ライは胸がはりさけそうだった。当の本人は、一体どれだけ辛い事だろうか。

 ライは震える心をギュッと押さえ付けて、母親と目線を合わせて言った。


「大丈夫、僕は勇者です。必ず僕が彼を貴女の元にお返しします」


 泣きじゃくる母親の肩に、ライは優しく手を乗せる。彼女がこくりと頷くのを見届けると、静かに立ち上がり、少年が消えていった方角を見つめた。


――きっと向こうに闇の民(やつら)が居る。


「行くの?」

「……」


 ライが足を踏み出した瞬間、呆れたような声が背後から聞こえる。その声の持ち主はもちろん、昨晩“直接対決は絶対にしない”と言ったテナエラ妃殿下だ。

 彼女は勇者として死なない事を優先しろと言う。もちろんそれは大切な事であり、守らなければいけない。その考えと今からライがやろうとしている事は、明らかに矛盾している。

 ライが眉を寄せたその時、テナエラ妃殿下はキーン、と言う音を鳴らして、腰に据えていた剣を抜いた。


「……遅れるんじゃないよ」

「――!?」

「あたしもね! 身分も肩書きも捨てれば、救ってやりたいのよ。目の前であんな光景を見せられちゃ、自制が効かなくなるわ」


 走り出したテナエラ妃殿下は、後を追ってくるライに向かって投げやりにそう言った。






「丘を越えて行こう、海を越えて――あっ! ナル!」

「ナルだぁ〜!」


 村の門を出た所で子供たちを待っていたのは、例の如く真っ白のローブに身を包んだ、道化師ナルであった。

 彼は駆け寄って来る子供達の姿を見ると、笑みをこぼす。


「さあ、みんな準備は出来た? 君達には力がある。その力を強くするのも、無くしてしまうのも、それは君たち次第だ。強くしたい……そう思う子だけ、私の後ろを着いてきなさい」


 道化師ナルはそう言うと、くるりと後ろを向き歩き出した。


「どこに行くんだろうね」

「きっとすごい所に連れていってくれるんだ!」


 好奇心旺盛な子供達は、満面の笑みでナルの後に続いた。






 ガダン、と大きく荷馬車が跳ねた。

 時期にこの村は焼かれる、とドレッドとミレンチェに忠告したテナエラ妃殿下。二人は少し離れたところで待っていて欲しいと言ったのだが、ミレンチェがこんな興味深い話に首を突っ込まない理由はなかった。

 そのおかげでドレッドも巻き添えを食い、四人揃って闇の民の追跡をしているのだ。


「ごめんね、もうちょっと頑張って!」


 ライは、無理矢理に走らされている馬に、申し訳ないと声をかけた。

 やや時間を食ったからと言っても、こちらは馬の足を借りている。大勢の子供を連れた闇の民に追いつく事は読めていた。


「居た! 右斜め前方、丘の方角に向かっているわ」

「さっすが、勇者さんとその片腕娘は目がいいなぁ!」

「ふざけないで! そんな場合じゃないでしょう?」


 珍しくミレンチェの脇に乗るテナエラ妃殿下。彼女は危険をもかえりみず、腰掛に立って闇に目を凝らしていた。

 ガラガラと大きな音を立て走る荷馬車。闇の民に気づかれるのも時間の問題だろう。もしかしたら既に気づいていて、わざと誘い出されている可能性もある。


「さあさあ、ここまで追ってきたはいいけど……どうしたものかしらね」

「え!? なんにも考えてないの!?」


 腕を組み、ボソリと零したテナエラ妃殿下に対し、果敢かかんにもツッコミを入れた者がいた。


「ひ、ヒメリアさん!?」


 ドレッドの荷物の間からひょっこりと顔を出したのは、まさかのヒメリアであった。


「あっ……えっと……私も、力になれたらって……ごめんなさい」


 彼女は居心地悪そうにそういうと、ドレッドの脇に座るライの隣に腰を下ろした。

 ライが驚いた顔で彼女を見つめると、彼女は眉を下げて笑った。


「私は貴女の事を守る余裕はないからね」

「……はい」


 ライは気を取り直して、今のこの状況を整理する。

 この場で何か事を起こせるのは、魔術の使えるテナエラ妃殿下しか居ない。だが、全てを彼女に託すのには無理がある。彼女自身、自分の力では闇の民に叶わないと言っている。


「ライさん……あのね――」


 その時、ヒメリアがライの耳元で囁いた。


「!!」


――それなら、少しは時間が稼げるかもしれない。


「あのっ――」


 少し危険なこの策。でも、可能性は無いとは言いきれない。

 ライは意を決して声を上げた。


「僕が奴の気を引きます。その間に、魔術で子供達の洗脳を解いてください」

「……!?」


 突拍子もない発言に、一同呆気(あっけ)に取られる。


「……あんた、そんな事出来るわけないでしょ? ふざけたこと言わないで真面目に考え――」

「私が援護します」


 テナエラ妃殿下の言葉を掻き消すように言ったのは、またもやヒメリアだった。

 彼女は、腰のポシェットから、幾重にも布の巻かれた塊を取り出す。そして丁寧にその中身――オカリナを取り出した。


「一族の長の娘。一通りの事は叩き込まれました。でも、そのうちに出来たのは援護魔術だけ。これだけでは役に立ちませんか?」


 囮になるライを、ヒメリアが援護する。

 理想的な方法ではあった。


「でも、闇の民(あいつ)の力に耐えられるほど使えるようには見えないけど」


 しかし、言い方を変えれば……ヒメリアの魔術が破られた時点で、ライは終わりという事だ。


「……考え直そう?」


 一通りの話を聞いていたドレッドが、口を挟む。


「いいえ、これで行きます。僕は勇者……ヴェネア様が本当に僕を必要としているなら、僕をこんな所では殺さない。こんな所で死んでしまうなら、きっとすぐに次の勇者が現れる。他に案がなければこれで行きます」


 甘い考えかもしれない。それでも、怖気付いて逃げるのはもう嫌だ。

 ライは腰から剣を抜く。


「テリーさん。もしヒメリアさんの結界が破れて、僕が死んだら、なによりも先にこの剣を魔術で手元に引き寄せて下さい。この剣が貴女の手にあれば、また次の勇者を探し出せる」


 厚い雲の切れ目から、薄い月明かりが指す。

 それに照らされたライの顔は、勇者の顔つきになっていた。


「……分かった。あんたが死んだら私が引き受ける」


 テナエラ妃殿下はそれを見届けると、軽々しく荷馬車から飛び降りた。


「行くよ! ライ、ヒメリア」

「ヒメリアさん、大丈夫?」

「は、はい!」


 三人が馬車を降り、駆け足で闇の民の元へと向かっていく。残された二人は祈るような気持ちでその背中を見送った。





「みすみす出てきたな。忌々しい少年」


 闇の民は歩む足をピタリと止め、そう言った。それにあわせて子供たちが一世に背後を振り返る。


「……僕からしてみれば、貴方の方が忌々しいですよ」


 彼らの目線の先にいるのは、月の薄明かりに照らされ、白々しく光を帯びた光の勇者――ライであった。

 彼の声を初めて聞いたライ。あの卑劣な闇の民でさえ、言葉という物を持っていたのかと、皮肉を思う。


「ははは、それを君が言うのか。……面白い」

「子供たちをどうする気です?」


 虚ろな目をした幼い子供達。こんな子達を連出して何になるのだろうか。


「簡単な事さ。生まれた時には皆平等に持った魔力ちから。光の民はそれを育てずに捨ててしまっている。ならば私が拾って使おうじゃないか。この子達にとってもいい事だとは思わないかい?」

「……だからって洗脳をする必要は」

「洗脳? そんな事はしてないさ。私はただ彼らに“魔術を求めたくなる呪文”を教えただけさ。その呪文を唱えた事で自身の魔力が反応して魔術が成立したんだ。簡単に言うなれば――魔術を習得したくなる魔術を自分で自分にかけてる状態って感じだね」


――魔術を自分で自分にかけてる?


 そんな事があるのか、とライは疑った。


「つまりは、彼らは自分の意志だと言うことだよ。そもそもこの歌は、これを歌えば魔術が使えるようになるって言って教えた歌だから、魔術が欲しいと願ったのは魔術にかかる前の話だしね」


 納得はできないが、彼の言っている事に一理あることは間違いない。ライが唇を噛んでいると、闇の民は不敵な笑みをこぼし、子供たちに命令した。


「強い魔術を覚えるのには、故郷ふるさとなんて甘いものは要らない! 燃やしてしまいなさい」


 彼が右腕で村を指さすと、子供たちは各々の呪文を称え始めた。


「燃えろ」

「消えろ」

「無くなれ」


――魔術の基本は、強く想う事。


 ライの背後で大きな爆発音が響いた。

「燃やしてしまいなさい」

をどうしても、

「焼き払え!」

にしたかった作者ですすみません(笑)

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