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ナル

「……なるほど。奴は勇者軍の船を沈没させたその足でこの村に来たってわけね」


 寝る支度を始めていたテナエラ妃殿下は、解いた髪をそのままにしながらテーブルにつく。

 向かい合うように座る二人は、神妙な顔で事柄を整理してゆく。


「でも、どうして奴は人助けのような事をしたのかしら」

「ヒメリアさんが言うには、彼はこの村を出ていく時に“次きた時に褒美をもらおう”って言っていたらしい。という事は、彼は再びこの村に現れる……その時に、何かまた破壊行動をするんじゃ無いかなと思うんです」


 破壊行動。ガザラを例えにするのであれば、この村は焼き払われ、住人は蒸発し消えゆく。


「僕は……なんとしてもそれを止めたい……!」


 一度目にした風景は消えること無く心に刺さり続けている。あの時は救えなかった事も、勇者という肩書を持った今なら救えるかもしれない。――否、救えなかったとしても、もう見ているだけなのは嫌なのだ。


「今のあんたには手に負えないでしょう? 私がその剣を手にしているなら別として、魔術も何も使えないあんたは死なない為に逃げるしかできない」

「――でもっ」


 そんなライの心情を知ってか、テナエラ妃殿下はあえて現実を突きつけてきた。


「初めにも言った。あんたは光の民の希望……光の民は“勇者が居る”という事実だけで生きて行けるの。つまり、あんたは光の民の最後の一人が死ぬまで死んではいけない。……わかってる?」


 彼女のいう事はいつも正しい。

 闇の民はとてつもない力を持っている。救えるかどうかも分からないこの村一つのために、奴らと一戦を交えるのはリスクが高すぎるという事だろう。


「テリーさん、でも僕は目の前で消えるかもしれない命を放ってはいれない」


 ここで消える命も、勇者が死んだ事によって消える命も、重さは違わないのではないだろうか。


「あのね! この村は居たって数百人よ? あんたの背中には今その数百倍、数千倍の命が乗ってるのに分からないの!?」


 テナエラ妃殿下は耐えきれずに大声を上げた。

 彼女が言おうとしている事は、ライにだって分かっている。でも、おかしくはないだろうか。

 ライは思い出した。数日前、勇者軍の船からたった二人で脱出してきた時に感じた彼女の考えに対する疑問だ。

 ここで初めて、自分の考えは彼女の考えと相違している事に気づいたのだ。

 今まで彼女に反抗したことなど無い。でもそれは、彼女が正しいと思っていたからである。ライは意を決して口を開いた。


「……生きている人にとっては、沢山の命の方が大切かもしれない。でも、死んだ人にとっては、命の大切さなんて同じだと思います」


 まさかライが反論してくるなど考えていなかったのだろう。テナエラ妃殿下は口をポカンと開いたまま数秒停止した。そして、フツフツと怒りの感情が沸き起こっているのが見てわかった。


「……」


 謝った方がいいのかもしれない、とライは思ったが、全てが全て彼女の意見で決まっていくのもおかしい。決して自分は間違いを言った訳では無いと言い聞かせ、震える手を強く握りながら、彼女の目をじっと見つめていた。


「……あんたのいう事も正しいわ。一日、一日だけ待ちましょう。私達が先を急がなければならないのは変わらないから、待てるのはそれだけよ」

「テリーさんっ!」

「でも、真っ向勝負は絶対にしないわ。負ける事が目に見えてるからね。私達が明日一日かけてできることは、この村の人を近隣に逃れさせる事だけよ」


 最後にテナエラ妃殿下に“自分の力量を図り間違えないように”と杭を打たれた。








 弱々しい月の光が降り注ぐ夜。

 明かりの消えた村を丘の上から見下ろす影があった。


「――ねぇ。随分と洒落しゃれた名前を持つようになったのね」

「お義姉ねえ様。からかうのはよして下さい」


 豊満な胸を存分に見せつける作りのドレスを来た女の肩に、隣に立つ男が真っ白なローブを掛けた。


「良さそうな素材は集まったのかしら?」

「素材なんて、幼子おさなごは皆同じ。それを磨くか錆らせるかですよ」

「アッハッハ! 随分ですこと。じゃあ、見せてもらおうかしらねぇ。―――ナルさん」





 “丘を越えてゆこう、海を超えてゆこう。僕らにはそれが出来る力がある”

 “丘を越えてゆこう、海を越えてゆこう。僕らにはそれが出来る力がある”


 朝、日が昇って間もない頃。ライの目を覚ましたのは、不思議な歌声だった。


「……なんの、歌……?」


 まるで何かの聖書を暗唱するかのように不気味に揃ったその歌声の出どころを確かめようと、ライは慌てて表へ出る。

 すると、目の前の道を自分よりも小さな子供たちが、列を組んで行進していた。

 何回か同じフレーズを歌い終わると、皆手に持ったオカリナを吹き始める。そしてまたしばらくすると、呪文の様に歌を歌い出した。


「……おかしいでしょ?」

「ヒメリアさん! 一体これは?」

「ナルがこの歌を教えて行ったの。コレを唱えれば君達も魔法が使えるようになるって。それから、みんなずっとコレをやっているのよ」


 “丘を越えてゆこう、海を越えてゆこう――”


 子供の数は十数人では収まらない。この村の子供全員なのではないかと思う程の人数だった。


「これ……大人達はおかしいと思わないの?」

「全く思わないみたいね。これで魔法が使えるようになれば、昔のように栄えるなんて言い出す人もいるくらいよ」


 ヒメリアは悔しそうにその隊列を睨んでいる。

 ライのような素人目に見ても、この子達の行動は異常だぅた。物事に集中している、なんて範囲は越している。


「きっと、大人も子供も、ナルの悪い魔法にかかってしまってるのよ」


 そのヒメリアの言葉にライは深く頷いた。あれほどの力を持つ闇の民だ。彼らに少し気持ちを操る魔術をかけるのなんて、お手の物だろう。

 すれば、話は簡単だ。その魔術を解いてしまえば、ナルに対する信仰心のようなものが多少薄れるに違いない。


 魔力というものは、力と同じ原理である。向かい合った人が両手を合わせる様にして押し合ったとすると、それぞれが同じ力であればその場に留まり、どちらかが強い力で押せば、そのまま押し切ることが出来る。

 よって、魔力に魔力をぶつけた場合、それぞれが打ち消し合う事もあるのだ。


「……試しに少し魔術をかけてみて、彼らがなにか反応を示せば、この読みが当たってるって事、ですよね……?」


 ライは頭の中で推測した物の正解を、背後に立つ人に仰いだ。


「ご名答。……ったく、この位の魔術も人任せにしておいて、昨日は散々偉そうに」


 少し前から気配を感じていたが、すぐ後ろには仁王立ちになって様子を見るテナエラ妃殿下がいた。

 彼女はポカンとするヒメリアを一瞥してから、右手を隊列に伸ばし、詞を並べた。 


「――幼子に掛けられた闇の片鱗を打ち消し、安らかな光の兆しを差し込め。今こそ目覚める時、覚醒せよ」


 テナエラ妃殿下がそう唱えた瞬間、ピタリ、と歌声が止んだ。

 ライはすかさずにテナエラ妃殿下を見る。


「黒ね」

「……はい」


 彼女が手を引くと、隊列を組んだ子供たちは再び歌い出した。


「……っ! す、凄いわ! 貴方も魔導師なの?」


 一環のやり取りを側で見ていたヒメリアが黄色い歓声を挙げた。それに対しテナエラ妃殿下はやや眉を寄せ、冷たく言い聞かせ、その場を後にした。


「私は奴にはかなわない。だから、貴女が期待するような事は出来ないと先に言っておく」


 まだ小さな娘にその言い方はどうか、と思いライはヒメリアの顔を覗き込む。案の定、唇を噛み締め、悲しそうな顔をしていた。


「……ヒメリアさん、あの人がああ言うのは、別に意地悪をしてる訳じゃなくて……。その、なんて言うのかな。僕達にできる事を知ってるからなんだ。むしろ、君に余計な期待をさせて悲しませないようにしているんだ」

「……」


 賢いヒメリアにはその意味は分かっているらしい。ただ、気持ちが追いつかないだけなのだろう。涙をこらえつつコクリと頷くと、彼女はライの手を引いて歩き出した。

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