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笛吹きの国

 空が赤く染まる。一日の終わりを告げる鐘がその門の向こう側から微かに聞こえてきていた。

 マルサレニアへ向う旅の一日の終わりを、せめて町で過ごそうというドレッドの提案の元、四人は先に彼が自慢げに話していた町の門の前に立っている。

 入場の為にドレッドは一度荷馬車から降り、片手で木製の扉を押した。するとその門には鍵すらかかっておらず、意図も簡単に開いてしまった。


「それじゃ、行きますか」


 操縦席に戻ったドレッドがたずなを鳴らすと、ヒヒィンと馬が鳴きゆっくりと前へ進み出す。

 こうして四人はプリアテンナより北に位置する、小さな集落ニノンへと足を踏み入れたのだ。


 ニノンというこの集落は、町と呼ぶにはいささか物足りなく、時間帯もあってか、どこかひっそりとした空気が漂っていた。

 城壁に代わるのであろう柵は木造で、猪一頭すら防げそうにない。この村に設けられた柵は外敵から身を守る為ではなく、単に敷地を示しているだけに過ぎないのだとドレッドは言った。

 荷馬車を走らせる地面も、外とは変わらず野ざらしの土で、ろくにならされてもいない。

 時折、ガタン、と荷馬車が大きく揺れるのは相変わらずだ。


 少し街の中へと進むと、小さな広場のような場所が見えて来た。そこには簡素な木造の屋根がえられた、古井戸が一つ。差し込む夕日に照らされ、哀愁あいしゅうただよわせている。


「少し水を拝借はいしゃくしておこうね」


 朝から丸一日荷馬車を走らせてきた一行。プリアテンナ出立前に各自汲んでおいた水筒も、残り少なくなっていた。

 ドレッドがギシギシと唸るロープを操り、井戸水を組み上げる。ライはその桶を受け取り、自身の水筒へと水を移していった。


こぼさないようにね」

「はい」


 水が満たんになったので、お礼を言おうとライが顔を上げた瞬間。


「……?」


 井戸を挟んだ向こう側に、いつの間にか立っていた女の子と目が合った。


「あ、すみません。少しお水をいただいて――」

「貴様よくもっ!」


 目が合った途端に、彼女はライ目掛けて一目散に走って来た。ライが声を上げる間もなく女の子はライに飛びつく。そして水を汲む為に手に持っていた桶で、殴りかかって来た。


「痛っ……」


 慌てで手で防ごうとするも、反応が遅く見事に額にぶつかってしまう。グラリ、と視界が一瞬歪み、ライはその場にうずくまった。


「……うう」

「ちょっと、あんた何!?」


 ライが痛みに顔を歪めると、すかさずにテナエラ妃殿下が少女の胸ぐらをつかみあげる。


「お、お前もナルの仲間か!? 出ていけ、出ていけっ」


 グッと強い力で掴み上げられ、身動きの出来ない少女は、手足をバタバタと動かしながら、意味のわからない言葉を吐いている。


「……ナル? 何の事?」 


 その意味深な言葉に、テナエラ妃殿下は眉を寄せた。テナエラ妃殿下は紅い目をさらにきつく釣り上げその少女を睨む。だが、少女も負けては居ない。彼女は酷く脅えながらも、その目を懸命に睨み返していた。


「――ヒメリア?」

「……へっ? ド、ドレッド様?」


 今にも喧嘩に発展しそうな二人の間を割る様にドレッドが介入する。


「やっぱり君か。ヒメリア、一体どうしたって言うんだ」

「……知り合いか?」

「ああ。行商に来る度にお世話になってる、この町の長の孫だ」


 ドレッドは怪訝な顔をしたテナエラ妃殿下に、手短に説明を入れる。テナエラ妃殿下は深呼吸して気持ちを落ち着かせると、少女から手を離した。


「ドレッド様! なんでそんな奴と一緒にいるですか!」


 一方、ヒメリアと呼ばれた少女は先程の勢のままのようだ。ドレッドの腕を掴み、必死に何かを伝えようとしていた。


「そんな奴って……ヒメリア、君はライ君と知り合いなのかい?」

「ラ、イ……? あ……緑色の瞳……。た、大変(たいへん)失礼(いた)しましたっ!」


 完全に誰かと勘違いしていたのだろう。ヒメリアと呼ばれた少女は、その間違いに気づいた途端、ライの足元で土下座をする。


「これだから、女はいけ好かねぇ」


 ボソッと零されたミレンチェの小言にも、ピクリとも反応せず、額を地面に付け続けていた。





「誠に申し訳ございませんでしたっ」


 日も落ち、暑さもやや和らいだ頃。ライ達一行は村の長の家に招かれていた。そして、第一声に放たれたのは、ライへの謝罪である。


「いや、あの……。そこまでは……大丈夫です。大した怪我でも無いですし」


 ライは浅く切れたおでこを隠しながら言う。

 このヒメリアという少女――十にも満たない年頃――は、ドレッドの言う通り、このニノンの村の長の孫であった。彼女は先程の激しさはどこへ行ったのか、今は水差しを手にライ達一行の背後に控えている。


「どうやら金色の髪を持つ方々はお心が広い様で……。ほら、ヒメリア、お前もきちんと詫びをっ!」

「申し訳ございませんでした」


 お爺様であるおさに急かされて、ヒメリアは再び頭を下げた。


「いや、あの……」

「お詫びと言っては何ですが、ライ様御一行に最高のおもてなしをさせていただきます。ごゆっくりと滞在してくださいまし」


 長は早口で言うと、ライ達の返事を待たずに手を三回ほど鳴らした。


「……ん?」


 すると、部屋の済に腰を下ろしていた男達が一斉に何かを口にくわえる。

 そして、全員が同時に息を吸ったかとおもうと、綺麗な音が響き出した。


――すごい。


 細い音色。でもどこか暖かく、天に登る天使が笑うかのような可憐さを持つ。

 それらが幾重にも重なり、小鳥達が透明な小川の上で遊んでいる情景が浮かび上がった……。


 ライがその音色にうっとりとしていると、ピタリ、と音が途切れてしまった。奏者である男達が立ち上がり、深々と礼をしていたので、どうやら演奏は終わってしまったようだ。


「いかがでしたでしょうか、これはここニノンの名産品“オカリナ”でございます」

「……オカ、リナ……?」

「はい。ここニノンでは良い土が取れましてね。その土を練って焼き上げた物がこの“オカリナ”でございまして……。遥か昔はこれを吹けば雨が降る神器だったのでございます」


 長は自慢げに話した。聞くところによると、この“オカリナ”という楽器は昔は神と交信する道具だとされていたらしい。その為、日照りが続けばこれで雨乞いをし、病が流行ればこれで祈祷をする。


「今や我々の力は薄れ、人の心にまでしか届かぬものになりましたが、それでもこの音の素晴らしさに変わりはありません」


 彼らのいう力――きっとそれは魔術の事だろう。彼らも時代と共に魔力を無くし、そして残ったのは“魔力を引き出すための道具を作る技術”だけという事だ。


「と、思って居たのだが……つい先日、その力を使った方がいらっしゃいまして……。そう、ちょうどライ様の様な美しい金髪の青年だったのです」


 長のその一言で、バッと一斉にライに注目が集まった。突然に注目の的になったライは、慌てて辺りを見回す。


「……ぼ、僕……ですか?」

「左様でございます。ただ、あの方はライ様のようなエメラルドの瞳ではなく、深く真っ青なオパールのような瞳をしておりました」


 格好悪く裏返った声で返事したライを可愛く思ったのか、長は少しニンマリとすると、その“彼”について話し出す。

 ライは頬を染め小さくなりながら、その話に聞き入った。


「彼が来る数週間前より、このニノンは何者かによって食べ物が荒らされておりました。困り果てていた所に彼はやって来て“これはネズミの仕業だ”と言ったのです。確かに、以前よりは多く鼠を目にしていた様な気がします。そして彼は“このままでは黒の死神が来る”と言って、このオカリナを吹き鼠を退治してくれたのです。そして、彼はお礼は次の時にでも、と言ってこの村を後にして行きました」


 何かの武勇伝の様に語る長。そんな鼠を退治しただけでここまで言われるのか、と思っていると、隣に座るテナエラ妃殿下がこっそりと耳打ちをしてきた。


「黒の死神って、二百年前に大陸で流行した黒死病ペストの事。研究の結果、原因は鼠のかじったチーズを人が食べた事だったの。その再来を防いだとなれば、見事と褒めるしかないわね」


 流石と言うべきか。彼女の博識さには感心する。ライがゆっくりと頷いた時、ガシャン、という音と共に子供の甲高い声が響き渡った。


「馬鹿じゃないの!? ナルが……アイツがっ……何の見返りも無しにあんな事してくれる訳ないじゃないっ。今にきっとこの村は大変な事になるわ! だから言ったのよ、私はあんな知らない人に頼んじゃいけないって!」

こんばんはm(_ _)m

今週から第5章突入です。

これからもよろしくお願いします!

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