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高い壁の国

 くぐもった騒音が、厚めの木製の扉の向こうから聴こえてくる。何だかんだあった一日に疲れたライは、よし、と気合を入れてからその扉を開けた。


「――坊主! おっせーぞ、こっちだこっちー!」

「話はキールさんから聞きました! いや、まっこと凄い」


 ギイ、と控えめに開けたはずだったのだが、すぐにRESISTANCEレジスタンスのメンバーに気づかれ、手招きをされる。キールやギニアール達も顔を合わせるその集まりの中に、テナエラ妃殿下も腰を下ろしていた。


「いえ、そんな……。上手くいったのかは分からないんですけど……」


 近寄ってもいいのかな、とテナエラ妃殿下の様子を伺いながら返事をすると、彼女に無表情のまま頷かれる。その承諾を得て、ライは空いている席へと腰を下ろした。

 ライに隣に座られた男に、英雄が来たぞ、頭を撫で回されるなど、盛り上がりの材料にされる。

 

「なーに、充分さ、充分さァ。昼の鐘の時に“オーベルガン大戦へ出兵する”って、お触れが出されただろう? 武器の配布の話が来るのたってそんなに時間はかからねェぜ」

「そう! そのお触れがでれば後はキールさんの思うつぼさ。演説を聞いた民衆は才色兼備なキールさんの元、一つに団結して立ち上がるって訳さ」


「……才色兼備はレディに対しての褒め言葉なんだがな」


 才色兼備という言葉に、ピクリと反応するキール。いつものやり取りなのだろうか、少し不機嫌になったキールに対し、ギニアールが更に追い打ちをかけた。


「何言ってんだァ? お前、女顔負けのいい顔してるじゃねぇか」

「喧嘩売ってるのかギニ」


 頬を微かに染め、ギニ、と愛称で呼ぶキールは確かに可愛らしいかもしれない。あはは、と笑い声が耐えない和やかな空気が流れている。

 だが、たわいも無い会話が続けられるその風景を、ライはただぼうっと見つめるしか出来ないかった。そんなライと一瞬目が合ったキールは、軽く咳払いをして、話を元に戻す。


「んん……そんな事はどーでもいい。今回ここに集まった目的を忘れるんじゃあない。今回の目的は何だ?」


 明らかに照れを隠そうとする彼は、たまたま目の前に腰掛けていた幹部メンバーを指す。指された男は、俺かよー、と文句を言いながらも、きっちりと答えた。


「明日にはテリーさんとライ君が旅立ってしまう。その前にこれまでの感謝とこれからの行動予定をしっかりと伝えること。で、間違いありませんね?」

「そうだ。今回ここまで大きく前進が出来たのは、彼ら二人があってこそだからな」


 キールは深く頷くと、椅子から立ち上がり、テナエラ妃殿下に向かって深くお辞儀をする。それに合わせてテナエラ妃殿下が会釈をすると、目の色を変えて話し出した。


「まず初めに、テリーさん。色々な策を提案しているくれて、更には後ろ盾までもを作ってくれた。本当に感謝している。これから何か困った事があれば、できる限りの力となろう」


 それから、ライ君、と言葉を続けながら、彼はこちらへと体を向ける。


「今日の君の働きは最高だった。君のお陰でこの運動が一歩前進したよ。どうもありがとう」


 彼がそう言い終えるなり、集まっていた人々から拍手が巻き起こる。それにはやや恥ずかしくなって、どうも、どうもと頭を下げるライ。だが拍手は止むことがなく続くので、どうしようかとテナエラ妃殿下に視線を送ると、彼女は呆れたようなため息を着いた。


「――それで? 今後は?」

「今後は、まず暫くは武器配布のお触れを待とう。まあ、それが出るにしろ出ないにしろ、彼らが出兵をしてから八日後には次の行動に移そうと思っている。つまり、出兵八日後から表立っての革命運動開始ということだ」


 八日――出兵したルベルト兵達がオーベルガン渓谷に着くか着かないかの境目といった所だろう。

 その時点でプリアテンナからの伝達が早馬で出たとしても、追いつくのには三日はかかる。その頃には先の兵達は戦線に混ざっている頃だ。

 既に戦力に混じっている兵を引き返させるのにはやや無理がある。報を受け帰国した兵と言っても、元の数の半分にはなっているだろう。


「なるほどね」


 テナエラ妃殿下もその戦略に深くうなづいている。


「まず、民衆に伝えたい事は“高い壁の存在”。例の修道院裏の奴だ。昼間にライ君にも話を聞いたのだか、中は大層豪華に作られているらしい。では、その資金はどこから出ているのか? といった問題を突きつけよう。これは皆が思ってはいるが口に出せずにいる不満要素だ。……更にここで武器配布があった場合、“壁の内側の奴らは我々を捨て駒として使った。自分達は壁の中に隠れたまま、外にいる我々に敵から守ってもらおうという魂胆なのだ”と訴える」


 これは中々の効き目だろう、と面白そうに話すキール。

 

「……我々を盾として使うルベルト伯爵。我々を守って、尚且つ独立をも約束してくれるマラデニー王国。この二つを比べれば、どちらに付くが得か、皆分かるだろう」 

「間違いなく、過半数の民衆はRESISTANCEこちらの仲間になりますね!」

「そうさ、そしたらギニアールを筆頭に軍旗を挙げるんだ」


 幹部メンバーが畳み掛けるように次々発言する。


「目標は――挙兵から一月ひとつきで革命運動の完了だ」


 決意に満ち溢れたRESISTANCEレジスタンス一行の瞳。まさに、これからの時代を創る男達の瞳であった。









「ふぁ~」


 ガタン、と大きく車輪が跳ねる。座り心地の悪い木製の椅子の上で、ミレンチェは気持ちよさそうに欠伸をしていた。


「ライ君、ここら辺は道が悪いんだ。危ないからきちんと掴まって座っててね」

「はい」

「おい坊主。そこの飲み物こっちに投げろ」

「はい、……って、え」

「ミレンチェ、それは俺の。らないで」


 よく晴れた空の下。仲良さそうに肩を並べて走る荷馬車が二台。この溶けそうな暑さの中、じゃれ合うような会話が飛び交う。


「ちぇっ……いいじゃねェかよぉ。少しくらい。ケチだ――」

「ねぇ!」


 その会話に我慢出来なくなったテナエラ妃殿下は、怒りを隠そうともせずに声を張り上げた。


「なんで貴方も着いてくるのさ! ミレンチェ、貴方の行路は聞く限りだと、とうの前に西へ進路を変えてもおかしくないんじゃないか?」

「んー? あー、そーだな」

「そ、そーだな、じゃなくて!」

「強いていうならァ、興味って奴か?」


 ニタァ、と笑ったミレンチェに、ドレットの荷台に乗せられたテナエラ妃殿下はブチ切れている。

 たずなを引くドレットの脇に座っていたライは、彼と目を合わせて、あはは……と苦笑いをした。


 ルベルト伯爵の領土、プリアテンナをあとにして数刻。この喧嘩を聞くのは何度目だろうか。ライがミレンチェを苦手としているのに同じく、テナエラ妃殿下もミレンチェとは馬が合わないようだった。彼女にしては珍しく感情をあらわにし、食ってかかっている。


 これも何かの策なのだろうか? と気がつけばライは疑っていた。それも仕方が無い事。何せ、この一連の騒動を全て仕組んだのは他ならぬ彼女なのだから。

 彼女は最初、わずかばかりの貨幣を握りしめ、馬を買うと言った。それが結果はどうだろう。

 馬を買うばかりか、今や二人も仲間――彼女にとっては従者かもしれないが――を引き連れ、国境に向かっている。さらには彼女の手持ちの硬貨は「銀を金に」のくだりで数倍にまで増えていた。

 そして一番大きな事と言えば、敵国しか存在しない大陸南部に、親マラデニー国家が誕生するきっかけをたかが数日で作ってしまった事だ。

 素晴らしい、以外の何者でもない。


「見習えって、最初からレベル高いよ……へっくち!」


 辺りは乾燥した土地。埃っぽい空気のせいか、先程からくしゃみが絶えない。砂漠とまでは言わないが、時折吹く突風に巻き上げられた砂のせいで、洋服は砂だらけである。


 大型商業都市プリアテンナも、この乾燥した荒れた土地に建てられた都市だったのだ。そこに無理やり田畑を作ったところで、上手くいくとは思えない。土地に見合わない税を強いられた彼らが、ボロボロになって行くのは至極当然のことであった。

 そんな苦労はいざ知らず、その内側の人々は生き生きと働いている。彼らは彼らで重い税を課せられ、働きに見合うほどの暮らしはしていないと不満を漏らす。

 では皆が作ったその富はどこに集まっていたのかというと、紛れもないルベルト伯爵とその傘下の貴族達である。


 高い壁によって作られたこの理不尽な仕組みは、くつがえされるべき。


「――革命は、正しい事。……だったのかな」


 ライは荷馬車のへりに頭をもたげながら、悲惨にも殺伐としてしまった現在いまのプリアテンナを思い浮かべた。


 太陽が傾き、辺りがややオレンジ色を帯び始める。


「ライ君、そろそろ町が見えるはずだよ」

「……んん」


 いつの間にか眠ってしまっていたライの肩を、ドレットが優しく叩く。


「まあ、プリアテンナと比べちゃいけないけど、小さな教会が立っている町さ」


 眠い目を擦って遠くを見つめると、はるか先の方にちょこんと建っている何かが目に入った。


「あの町の名産品はすごいのさ。何てったって――」


 自分の自慢話をするかのように語るドレットの荷馬車を筆頭に、ミレンチェの荷馬車も後に続く。


 この時、ライは忘れていたのかもしれない。


 あまりにも真新しい事に包まれ、素晴らしいテナエラ妃殿下の背を追う事に目を引かれ……。


 本来の目的が何であったか。

 その為に起きた犠牲は何であったか。


 一体自分は何の為に旅を始めたのかを。



 和やかな会話が続く馬車の後ろには、輝かしい太陽によって引き伸ばされた、真っ黒な影がついてまわっていた。

 

 

 こんばんは。千歳実悠です。

 今週もお越し頂き誠にありがとうございますm(*_ _)m


 今週分で第4章が完結になります。このキールという人物……実は後で主要なキャラだったりします。(ここだけの話……)

 覚えてあげといてください(笑)


 それでは、次週もよろしくお願いします!

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