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【ここからは手直し前です。お待ちください】伝説の再開

 海岸沿いの高い崖の上。そこには、かなり古びたお屋敷がひとつ建っている。

 トントントン、と控えめに三回。沢山の宝玉が飾られた年季の入った扉をソウリャはノックした。


 しかし、中からの反応はない。耳を済ますと何かを煮詰めているような音が聞こえた。反応はないが、どうやら留守では無いようだ。


「長老、私です。ソウリャ=サーメルです。只今遠方より戻りました」


 聞こえるようにと、今度は大きめの声をかける。

 すると、先程まで中でしていた何かを煮る音が止んだ。ソウリャは長老が出てくるのを静かに待つ。


 ギイィィ、と木と木が擦れるような音を立て、ゆっくりと扉が開いた。


「……待っておったぞ。入れ」


 中から出てきたのは、紫のマントを頭からかぶったシワだらけの老人。右手には鷹の頭がついている杖を持っている。


「適当に座りんさい。……いやはや、今回は長旅になったの……はて、飲み物は何がいいかな」


 さぞ楽しそうに老人は飲み物を用意する。

 見ると屋敷の中には古ぼけたツボがたくさん並べてある。また、大きな釜戸や暖炉もあり、先ほどまで煮ていた形跡があった。


「長老、急ぎですので結構です。お話があります」


 暖炉のそばの棚を眺めてなかなか戻って来ない長老に対し、ソウリャは口早に言った。

 だが、長老はまだ二つの瓶を手に迷っている。


「ほれ、どちらが良いか聞いとるんじゃ」

「長老、お言葉ですが今は時間が……」


 痺れを切らしたソウリャが声を荒らげると、長老は人差し指をソウリャに向け、彼の口を閉じるように指を滑らした。

 長老はこの町唯一の魔道士。自ら魔力を持ちそれを施行することの出来る、極限られた存在だ。


「フォッフォッ……若いのぉ。立派になったとはいえ、まだ若い。そんな君には今朝積んだメイロの茶にしよう」


 瓶から1つ花びらを取り出すと、彼はそのままコップに入れた。

そのマグカップに、先程まで煮ていたものを少し注ぐ。

 長老はマグカップの上で手を数回かざすと、それをソウリャに差し出した。


「ほら、飲みなさい」


 ソウリャがそれを受け取ると、長老は今度はソウリャの口を開く様に指を動かした。


「……ぷはっ……い、いただきます」


 口の封印を解かれたソウリャは、淡いピンク色の不思議なお茶を一口含んだ。

 何の香りだろうか。口の中から鼻に抜ける香りが、どこか懐かしい気持ちにさせる。


「……美味しいです」

「おお、それは良かった。それには心を落ち着かせ、正しい判断を導かせるまじないをかけておいたからの。……時間がないのはよくわかる。だからこそ急ぐでない。急いでしまうと、まず良い判断は出きん」

「……はい」


 ソウリャはもう一口、確かめるように飲んだ。

 その様子をみて長老は切り出す。


「話せ。何が起きた」


 ズズ、ともう一口。

 ソウリャは甘ったるい味の後にくるミントのようなスッとした味を噛み締め、意を決したように息を吸った。


「……やはり、光の伝説は正しかった」


 ソウリャは長老の目をまっすぐ捉える。


 光の伝説。

 それは、千年前の「全面戦争」を舞台にした伝説である。

 千年前はこの世に大きくわけて二つの種族が存在した。ひとつは「この世は光から生まれた」とする『光の民』。ひとつは「この世は闇から生まれた」とする『闇の民』。

 彼等は幾度となく戦を繰り広げてきた。そして、その規模が最大となったものを「全面戦争」とよんでいる。

 長い戦いに土地は荒れ、光の民は窮地に陥っていた。

 そんな時、神が地上に一本の剣を落とす。その剣は、一振りで闇の民を封印することが出来るものだった。

 しかし、なかなか剣は鞘から抜けない。この剣は自ら「持つべきもの」を選ぶらしく、どんな力持ちが試しても抜ける気配がない。

 困り果てていたところに、一人の青年が現れた。


「剣の声が聞こえる」


 彼はそういうと、簡単に剣を抜いてしまったのだ。

 それからは光の民が優勢にたつ。あっという間に闇の民を葬り、世界の平和を取り戻した。

 彼の名はテナレディス。彼は世界を救った勇者として、この地に大きな王国を築いた。


 建国神話にもつながるこの話。しかし、実は続きがあったのだ。


 ここ以降は人々に語られていない部分なので、存在していることを知るのもごく一部である。


 闇の民の王は、消滅する寸前に残りの力を使い、彼の子供たちを長い眠りにつかせた。


『その子供、千年の後目覚め、五人揃いし時再びこの世に暗黒の闇を放つ』




「……この伝説通り、南の島は既に復活を遂げた子供達に侵略されています。我々の船も彼らに……」


 ソウリャは目を閉じ痛々しく話す。


「…………目覚めたのか、闇の民は」

「残念ながら」


 長老もうーん、と首をひねる。


「パラマの研究所では、どうにもならなかったのかね」


 パラマの研究所。それこそこの世の技術の最高峰施設のような研究所だ。そこで闇の民の力が抑えきれなかったのか、と長老は問う。

 ソウリャは静かに首を振った。


「いくら、ここ数十年伝説について調べた機関だとしても、千年前の彼らの力には到底及ばなかったようで」

「……そうか」


 すっかり肩を落とした長老に、追い打ちをかけるようにソウリャは続ける。


「そのほかの諸島も荒地です。魔力を失った光の民は、未だ千年前の魔力を持つ彼らに叶うわけがない」


 長老は、はぁ、と大きくため息をつく。


「……千年もあれば時代が大きく変わるのに充分よ。化学の進歩によって、魔力の存在価値は小さくなってしまったからの。今や我ら光の民で魔術を使えるのはほんのひと握りしか残っておらん……」


 長老の言う通りだ。

 昔は魔術を用いて夜を照らしていた。だが今は違う。マッチを擦って蝋に点火すれば明かりがつく。

 魔術で水を導かなくたって、ポンプを漕げば速効で出る。 

 千年の時をかけてわざわざ努力し、魔術を修得せずとも生きていける世の中になってしまったのだ。次第に魔術が廃れていくのも当たり前なのである。


「港についたのはマリーナ号ではないようじゃが…?」


 どこから噂を聞いたのか、長老は家に居ながらもその情報を知っていた。


「パラマ研究所付近の海域を通過中、闇の民の攻撃に会いまして……。今回の寄港が遅れた原因です。その後王都から代わりの船が迎えにきて難を逃れましたが、被害は甚大です」


 カップに手をかけ、ゆっくりと口元に持ってゆく。


「……そうか。では、もうじきにここにも彼らは来るかもしれんの」


 長老はゆっくりと言葉を噛み締める。

 緩やかな時間が流れた。”嵐の前の静けさ”そんな言葉が丁度いい心地よさと不気味な時間だった。

 壁にかけてある不思議な振り子時計の音が時を刻んでいる。


 その静寂を切ったのはソウリャの方だった。


「長老、そろそろ時期だと思います。私は、彼を……」


 眉間にシワをよらせ、ひとつひとつ、言葉を紡ぐ。


「すべてを伝えるのか?」


 いつの間にか傾いてきていた日差しが部屋の中を一気に照らした。床や机の上に乱雑に置かれた宝石の原石。黄色い西日に照らされ、生きているかのように綺麗に輝き出す。


「その方が、彼のため。ですよね?」

「……」


 長老は先ほどの瓶から花びらを取り、そのまま口に含んだ。


「……うむ、これも旨い。成功じゃな」

「では、私も一口」


 ソウリャも、ひと欠片貰い口に含む。


「ソウリャ」

「はい」


 長老はシワが刻まれた硬い皮膚の手を、微かに震えていたソウリャの手に重ねる。

 ほんわりと温まる密着面。ソウリャは人肌以上の熱を感じた。


「そなたに決断の力をさずけよう。……あの子を守りなさい。それは世界を守る事にもなる」







「ライ、もう食べちゃいなさい」


 丘の上の家では、未だに帰らないソウリャを二人が待っていた。


「もう少し、ソウリャを待ってる」


 頑なに夜ご飯を口にしないライ。テーブルの上には新鮮だったはずの魚のお造りがのせられたままだ。


「必ず帰ってくるって言ったんでしょう? もう遅いんだから寝る支度をしなきゃ。全部支度をした後でアイツの帰りを待てばいいじゃない」


 机に突っ伏し、今にも眠ってしまいそうなライの肩をリサはゆすった。


「……ん」


 渋々と起き上がり、冷めきったスープをスプーンで口に運ぶ。

 その様子を確認すると、リサは台所へ向かった。戸棚から白いカップを手に取り、ミルクティーを注ぐ。


 昼間、広場で墓標を見た時は、背筋が凍る思いだった。その後に聞いたマリーナ号沈没の話も、未だに全部は信じられない。

 ソウリャの無事はライの口から聞けたが、彼の言った三つの約束が引っかかる。


――これから更に、嫌な事が起こるんじゃないだろうか。


 そんな予感がしてならない。


 リサはミルクティーの入ったカップを持って、ライの向かいの席に座った。


「……美味しよ、リサ」

「うん、ありがとう」


 不安の色が顔に出ていたのだろうか。リサの顔を見るなり、ライは励ますように言った。


 テーブルに置かれたランプの灯りが揺らいでいる。どこからかすきま風が入って来てしまっていようだ。


「……風が強いね」


 リサがボソリと呟く。

 ライもつられて細かく振動する窓の外を見る。二人が見つめる窓の外には不気味なほどにも暗い闇が広がっていた。

 

――夜はこんなに黒かったのか?


 二人の脳裏にそんな言葉が浮かぶ。


 まるで、この真っ暗な闇こそが、この先の運命を暗示しているよう。


「ごちそうさま……」


 いつの間にか皿を空にしていたライが、胸の前で手を合わせていた。


「おかわり……あるよ? それも、これも」


 少しでも元気を付けようと、リサがお代わりを進める。だが食欲がないのか、ライは首を横に振った。


「ごめんね、もうお腹いっぱいだ」

「そう、……それならいいの」


 ガタガタと、窓ガラスが鳴る。


「……ソウリャ、遅いね」

「ええ、そうね」

 




 厚い雲に覆われた深夜。ドアの上部に取り付けてある来客を知らせる鈴が、カラン、と鳴った。


 随分と遅くなってしまった、とソウリャは足音を殺して部屋に進む。消えてしまっていた部屋の明かりを付けると、机で眠ってしまってるリサの姿があった。

 ソウリャは音を立てない様に、荷物を机の端に置く。


「そうだよね。待ちくたびれてしまったよね」


 小声で語りかける。


「ずっと君に逢いたかった」


 優しく、慈しむように。

 子猫を撫でるような手つきで、リサの髪を撫でる。


「……顔を上げてごらん」


 ソウリャが言うと、リサはゆっくりと動いた。彼女が狸寝入りだった事などソウリャにはお見通しなのだ。

 ボロボロと涙をこぼすリサ。そんなりさに向かって、ソウリャは片膝をつき、彼女の左手の甲に口付けをした。


「ソウリャ=サーメル、ただ今帰りました、リサ姫」


 何処ぞの王子様気取りか、だが妙に板についてしまっているのが鼻につく。

 リサはその優しくふざけた言い草に、口元を緩めた。


「……バカ。あんまりに遅いから、泣いちゃったじゃないのよ」


 声に出した途端、感情がヒートアップしたのか、リサは両手で子どものように涙を拭う。

 ソウリャは胸が締め付けられた。

 いつも決して弱音を吐かないリサ。だが、決して強い訳では無い。


「ありがとう、リサ」

「……ん……」


 小さな返事。

 ソウリャは彼女の呼吸が整いだしたのを確認すると、抱きしめる力をゆるめ顔を覗く。


「なんて強い子だ」


 その顔に涙はもう無かった。いつもの強い意志をともすリサの顔に戻っていた。

 むしろ、怪訝な表情でソウリャの匂いを嗅いでいる。


「ん? どうした?」

「……あんた、臭い。何の匂いなの、これ。……魔術薬まじゅつやく?」

「……いやぁ、困ったね。君は感が鋭い。……もう少し感傷に慕ってくれてもいいんだよ?」

「誤魔化さないで」


 食い気味の追求。

 一度ははぐらかそうとしたソウリャだったが、彼女には嘘はつけないと、ひとつ呼吸を置いて意を決した。


「ライは? 二階?」

「ええ、多分もう眠っていると思う」

「そうか。うん、分かった。……それじゃぁ、今回も包み隠さず話すよ。以前に私達兄弟の話をしたようにね」


 ソウリャはそこでひとつ言葉を切った。それは、彼女の意志を確認する為でも、彼女が何が反応したからとかではない。


 単に、自分が決断するための時間だ。


「じゃあ、結果から言うよ」


 リサは、大きく唾を飲む。


「闇の民が復活した。光の伝説の再開だ」

「……前に話していた千年の目覚めってやつ?」


 ゆっくりと頷くと、リサは目を伏せソウリャとの距離を少し開けた。

 

「南は既に侵略された。じきにここにも来る」

「……!? それじゃあ」

「時間が無い。明日、王都へ逃げようと思う」

「……」


 ガタガタ、と風が窓を叩く。


「……すまない。君の分の通行許可証カードは用意出来なかった」

「……」


 王都への関所を通るには、事前に発行された許可証が必要。ソウリャの手に握られていたのは、二枚のみ。


「分かってる。……分かってた。単なる平民出身の私なんかに、王都への関所を潜る通行許可証カードが出るわけなんてない」


 リサは震える肩を自分自身の手で抱いた。

 このガザラに、復活した闇の民が来るかもしれない。それが分かっていても、自分はここから逃げられないのだ。


「……本当に、すまない」


 ひたすら謝り続けるソウリャに、リサは頷くこともできない。出来ることは、必死に笑顔を作ることだけ。


「……お願いね、ライを守ってね」

「……」

「……ソウリャ?」


 返事の無いソウリャの顔をリサはのぞき込む。


「その件なんだが、……長老とも相談した結果、打ち明けるべきだと言うことになった」

「……え?」

「光の民の為には、全てを打ち明け、理解してもらうべきだと」


 光の民の為には、ライには自分がどういう存在なのか知ってもらうべきなのは言うまでもない。だが、彼には荷が重すぎる話だ。リサは必死になって反対する。


「そ、そんな勝手な! 今の今まで隠してきて、平和に暮らして来たのよ!? それを今更、実は自分が光の民――」


 必死になりながら叫ぶリサを沈めるように、ソウリャは怒鳴るように吐き出した。

 リサは驚きのあまりソウリャの顔を凝視する。


「……どこまで?」


「全てだ」


 むなしく、ソウリャの声が響く。

 きっとこの虚しさは、全ての内容を知っているソウリャとリサにしか分からない。


「酷い…酷すぎる。最ッ低! こんなのありえない……あってはいけない! 何で……? 普通に今まで過ごしてきたんだよ!? なんでこんな勝手に、勝手に!」


 先程よりも涙をボロボロ流しソウリャに掴みかかるリサ。

 昔から彼女は、自分の事よりも他人を心配するような人だ。

 そんな彼女を王都へ連れていけなかったことを後悔しながら、彼女の頭を優しく撫でた。


「……この嫌われ役は私の役目だ。君は出発の支度だけしておいてくれ」




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