事の結末は
「もちろん、僕はルベルト伯爵様だけにこの案を持ちかけているのではありません。分け隔てなく、近隣の国々に進言しております」
そう、だから貴方も出遅れては行けないのです、と畳み掛ける。
「……チテリア候や、シーラス伯爵も、その案には乗っているのか?」
チテリア候、シーラス伯爵、と全く分からない人物名がルベルト伯爵の口から出てきた。
――チテリ……、誰だ……?
一瞬ライは戸惑う。だが、焦ることは無い。
何となくではあるが、爵位の関係性はクニックに教わっていたのだ。その爵位の中で、“候”は二番目、“伯爵”はそれに次いで三番目に高い位だ。
つまり、彼はこの案に乗らない事によって、自身の立ち位置がどうなるのかを気にしているらしい。
ここで「彼らもこの案には賛成をしています」と肯定すれば、きっと彼は首を縦に振る。
だが、実際にそんな名前の人が存在するのか、ライには分からない。もしかしたら、伯爵に試されている可能性もあるのだ。
どうするべきか、と一瞬考えてから、ライは「そうだ」と頭を切り替える。
どうせ考えたところで正解は分からない。ならば相手にそれを考えさせればいいのだ。
ライは背筋を伸ばし、瞳を閉じる。そして、ゆっくりと再び目を開き、口の両端を微かに引き上げた。
――完璧な笑み。
テナエラ妃殿下の全てを達観したかのような笑みを真似、ルベルト伯爵に向けた。
二人の人物が存在するの人であれば、彼らは既に賛同していますよ、という意味に。
二人の人物が存在しない人であれぱ、その様なおふざけはおやめ下さい、という意味に。
言葉を発さずに、都合よく解釈してもらおう。
「……そうか」
はたしてそれがどちらの意味になったのかは曖昧だが、ルベルト伯爵は勝手に納得した様だ。
「ならば私もやらねば顔が立たんな。だが、一つばかり問題がある。国をあげて援軍を送るのであれば、それなりの数を送らねばならんだろう。だが、我が兵にあまり余裕が無い……」
余裕が無い、と言ったその表情は、自身を恥じているようなものだった。彼は頭を悩ました挙句、もし出兵中にこの地が攻められれば太刀打ち出来ない、とも付け加える。
ライは当初ルベルト伯爵の事を、身分差別を強いる暴君かと思っていたのだが、一概にもそう言いきれるものでは無いらしい。凝り固まった様な脂肪に包まれた彼は、周りから嫌がらせも受けることなく大事にされ、真っ直ぐ素直に育ったのかも知れない。
そんな皮肉が頭の中では語られる中、ライはある事に気づく。
――あっ……凄い……! 見事にRESISTANCEとルベルト伯爵の利害が一致したっ!
バラバラのピースが組み合わさるように、この話の終着点が見えてくる。ここまでのやり取りで、何故かルベルト伯爵はライを信用し始めた模様。その証拠に、頬ずえをつき考え事をしている彼は、悩ましげな目を時折ライへと向けてくる。
この様子ならもう少し突っ込んだ話をしても大丈夫なのではないかと、ライは思い切って口を開いた。
「武装させるんです」
「武装……?」
「はい。出兵中、第一の壁を敗られてしまった際の事を考えて、平民や農奴達を武装させるのです。そうすれば、正規の兵が不在の時でも、ある程度の自衛が出来ます」
これでルベルト伯爵が首を立てに振れば、ライの仮定したシナリオが完成される。
ルベルト兵の不在中に武力を得る平民達――言い換えればRESISTANCEのメンバー達だ。今までよりグッと革命への道は近くなる。
どうだろう、とライはルベルト伯爵に視線を向ける。
「……うむ。如何なものか……」
彼は未だ何かを考える様子で、自身の座る椅子の数メートル先を見つめていた。
「坊主!」
馬車を降りると同時にミレンチェが駆け寄ってくる。
「ミ、ミレンチェさ――」
「お前よく無事で帰ってきたなぁ! もう帰ってこないかと思ってたよ」
「そんな大袈裟ですよ……」
駆け寄ってきたそのままの勢いで抱きしめられたライは、その腕から逃れようとしながらも、心地さを感じた。
「……うぐっ……ふっ……」
「な、お前……泣いてんのか?」
どうやらルベルト伯爵の城で、思いの外気を張っていたらしい。あまり好かないミレンチェの顔を見ただけでも気が緩み、両目から大粒の涙が溢れる。
「んだよ、格好がつかねぇなぁ。仲間思いの勇敢な男なら最後までやり遂げろ」
「大丈夫です、ただ単に今になって怖かったっていう事が分かってきて……」
両腕で目をゴシゴシ拭くライに、ミレンチェはケラケラと笑った。泣きながら“怖かった”と言いつつも、腕の隙から時折見えるライの顔が、ひどく晴れやかだったからからだ。
その後ろから遅れてドレッドが登場する。ライ姿を観るや否や心配そうにするも、ミレンチェが笑っているのを見て安心した模様。
「ライ君、今回の行動はすごく頑張ったのかもしれないけど、無茶は絶対に駄目だよ」
「ふぐっ……ご、ごめんなさい」
「次からは、自分の身の丈に合った――」
ドレッドがライの頭を撫でようとした瞬間。
ドドドド、と彼の背後から沢山の街人が走って来た。ライは慌てて道を空けようとするが、猪のように突進して来る人々にぶつかって弾き飛ばされる。
「うわっ」
「ちょっと、邪魔だよ! 出遅れちまうじゃないか」
体格のいいおばさんは、スカートの裾を片手でたくし上げ走り去って行く。彼女の空いている方の手には、大きな麻袋が握られていた。
「……ってて。あんなに急いで何があるの」
思い切り打ち付けたお尻を撫でながら少し毒を吐くと、ドレットが手を貸してくれた。
「何って……。この騒ぎの張本人達がそれを言うの?」
「え……?」
「この街の住人はみんな、君たち二人が作り上げた“物資不足”によって買い占めに走ってるって言うのに」
――君達二人が作り上げた……物資不足?
「ちょ、待って! どこに行くの!」
その言葉に弾かれたようにライは走り出した。向かう先は昨日ドレッドと共に行った市である。
「どーゆー事だい!? 昨日は三デシル(デシル=南大陸でのお金の単位)でこれだけの量が買えたじゃないか。それが今日は十五デシルだって? ふざけてるんじゃないよ」
「仕方ないでしょう、お客さん。もうウチも麦が底を付きそうなんだ! そんな安値じゃ売ってらんないよ」
「貧しい人は飢え死ねってか!? これからオーベルガン大戦で大変な時に、蓄えがなくちゃ生きてけないよ」
着くなり早々に喧嘩の声が聴こえてくる。いや、聴こえてくると言ったレベルではなかった。至る所で店の主と麻袋を持った街人が口論をして、それが重なり合い喧騒に変わっている。
昨日は活気で溢れていた市が一転し、今は少しでも火をつければ燃えてしまうかのような、ピリピリとした空気に包まれていた。
「きゃぁぁあ」
長く続く市の一角から、悲鳴が上がる。
驚いたままずっと見開かれた目を、ライはゆっくりとそちらへ移した。
「食料を出せェ! お前らの仕事は客に物を売ることだろうが。何売りしぶりをしてるんだ!」
店の主の胸ぐらを掴む男。人のすき間から一瞬見えた彼の手元には、ギラリと光る物が握られていた。
「……こんな事になるの……?」
「よくここまでやってくれたよ。君達二人は」
「!? ……キール、さん」
口を半開きにし呆けていたライは、突然肩に手を載せられ驚く。
「伯爵と何を話したんだ?」
「……ルベルト兵を援軍としてオーベルガン大戦に送った方がいい、という事と、彼らが留守の間、街を守るために平民を武装させたら、っていう事……」
ライは段々と、自分の言っている事に自信を持てなくなってきた。そのせいもあって、後半は聞こえるかどうかと言った小声になっている。
「クッ……クククっ……あっはっはっはっは! 君、最高だね! これで我々の勝利は目に見えた。あとは奴が動き出すのを待つだけだ」
「キールさん……?」
そんなライの不安を他所に、キールは道の真ん中で腹を抱えて笑い出した。
時は進み、夜の鐘が鳴る。ルベルト兵に監視されている恐れも考え、ライは隠家へは行かず、ドレッドやミレンチェと共に市に出ていた。
その帰り道の彼らの荷台には、恐ろしくなるほどの金貨銀貨が積まれていた。
「人の危機感たァ、凄いな」
「うん。俺もそれは思った」
ミレンチェやドレッドが買い込んでおいた麦は、当初の五倍の価値で売りさばかれた。それだけには留まらず、彼らの他の販売品もが数倍の価格で売れていったのだ。
どうやら、生活の基盤である麦の値上がりは、他の物にまで伝染していたらしい。「麦がなくなるなら、他の物も手に入れなくては」といった街人同士の張合いで、こちらが交渉せずとも値段が勝手に上がって行った。
つまりは、競り落としの様な状態になったのだ。
お陰で二人がこの一週間で売りさばこうと持ち込んだ品は完売。その代わりに多額のお金を積んでいるという訳である。
「どうした?」
「……いや、何でもないです」
売れ行きに彼ら二人は晴れた顔をしていたが、どうもライの気持ちは沈んだままである。
「ほら、もう着いた。俺らは厩に預けてくるから、先に戻ってて。多分テリーさんは酒場にいると思うんだ」
「分かりました」
ドレッドの脇から飛び降り、彼らの後ろ姿を見送る。
薄暗い路地をコトコトと馬車を走らせ、彼らは細い道を曲がって行った。
こんばんは。
先々週は投稿が遅れてしまい申し訳ございませんでした。
引き続きお楽しみいただければ幸いです。
よろしくお願いしますm(*_ _)m