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同じ策を練る

 リンドーン、リンドーン、と朝の鐘が鳴り響く。

 強めに握った拳に、生ぬるい汗が伝った。


「……随分と生意気な口を聞くな。まあ、分かってるなら話は早い。昨日は随分と私の街をかき乱してくれたようだからな」


 ルベルト伯爵は片肘を付き、嫌味ったらしく溜息をついた。


「この朝の鐘で街は目覚める。動き出した市場は大荒れだろうよ。……貴様は何が嬉しくてこのような事態を招いた? 申してみよ」


 この場に召集された名目が処罰ではないにしろ、ルベルト伯爵は大変お怒りの様子。それも当たり前の事だ。自分の領地の均衡をこれでもかと言うほど崩されれば怒らない領主は居ない。


 だが、両手を後ろ手に縛られ、敵陣の中に一人放り投げられた状態であっても、こちらが劣勢であるとはライは感じなかった。

 その証拠に、先程からルベルト伯爵はこちらに質問をぶつけてくる。つまりそれは、“自分達の知らない情報を引き出し、それをこれからの行動に生かそう”という事であろう。


 今現在、ルベルト伯爵にとってライは“貴重な存在”なのだ。


――大丈夫、絶対に成功する。


 ライは自身にそう暗示をかけ、テナエラ妃殿下を思い浮かべながら話し出した。


「はい。昨日の御無礼、誠に申し訳ございません。ですが、一言の嘘も申してはおりません。全ては、ここでこうして貴方様にお会いする為でございます」


 こうでもしなければ、一介の行商人が壁を越えて貴方様に会うことは出来ないでしょう? と、ライはルベルト伯爵を見る。

 思いもよらぬ回答だったのか、ルベルト伯爵は目を丸くした。


 その反応を受け、ライは内心安堵の息を吐く。

 きっとこれがベストの答えだった。

 ここに召集されたのがテナエラ妃殿下ならば、同じように答えただろう。


 自信を持った真っ直ぐな目をしたライを、ルベルト伯爵は不思議なものを見る目で見た。


「貴様は、私に会いに来たと、申すか」

「はい」







「お前に会いに来た、とでも言えばいいさ」

「会いに、来た?」


 怪訝な顔をするキールに向かってテナエラ妃殿下は人差し指を立てる。


「ええ、そう。何としても貴方に会いたかった。でも、領主様になんて簡単には会えないから、騒ぎを起こしたんです。とでも言っておけば、なんとかなるでしょ」


 淡々と話すテナエラ妃殿下だが、キールはやはり腑に落ちないようで、頭を悩ませる。


「……そんなに上手くいくのか?」

「上手くいかなかったら、ライが帰ってこないだけ」

『それでいいの!?』


 近くで聞き耳を立てていた幹事メンバーが瞬時にツッコミを入れる。いよいよ薄情な人だとおもったのかもしれない。


「バカだなお前らは……信頼関係って奴だろ。――で? これが好都合って、どういう事かを聞いてるんだが」


 単純思考の幹部メンバーに呆れたキールは、彼らを無視して話を進めるよう、テナエラ妃殿下に促す。

 テナエラ妃殿下は、クスクス、と笑ながら面白そうに話を続けた。


「私はあの子に十分な知識を与えた。そうだね、あの子で思いつきそうな話だとすれば……オーベルガン対戦に――」






「オーベルガン大戦にルベルト兵団を援軍として送る事を進言します」


 なぜ私に会いたかったのか、というルベルト伯爵の質問に、ライは胸を張って答えた。

 その予期せぬ回答に、またもや伯爵は目を丸くする。


「……オーベルガン、大戦……? はたして、なぜそこに援軍を……?」


 何故そこに援軍を? 答えは簡単である。

 昨晩聞いた話によると、RESISTANCEレジスタンスが革命するにあたって弊害となっている部分は、“ルベルト兵に対抗する力が無い”事だった。

 それならば、ルベルト兵をこのプリアテンナから遠ざけてしまえばいいのだ。


 ライは四日前にクニックに見せてもらった世界地図を思い出す。

 このプリアテンナのあるグランデール大陸はとてつもない大きさだった。

 という事は、プリアテンナから大陸の中央部、オーベルガン渓谷まではかなりの距離があるはずだ。間違っても数日間で行き来できる距離では無い。


 オーベルガン大戦にルベルト兵が行っている間に、革命を起こせば、その情報が伝達するのにも、さらにルベルト兵が引き返してくるにも、かなりの時間がかかる。


 “その間にこの城を陥落出来れば、革命は成功するのではないだろうか”とライは考えたのである。


 だが、それをそのまま伝える訳にはいかない。


 あくまでも、ルベルト伯爵様の為の提案ですよ、と伝える必要があった。


 ライは戸惑いを察されない様、テナエラ妃殿下から学んだ“完璧な笑顔”を作りその場をしのぐ。

 それに上手く騙されてくれているのか、ルベルト伯爵はライの次の言葉を待っていた。


――思い出せ……思い出せ! ルベルト伯爵を説得できる様な理由・・が必ずあるはずだ!


 ライは必死に頭を回転させる。


 オーベルガン大戦で優勢なのはどっちの国だっけ……?

 なんで、こんなに力の差が出来たんだっけ……?

 プリアテンナの人々が知らなかった事実って、何だっけ……?


――これだっ!


「貴様、ふざけるのもいい加減に――」

「伯爵様、対魔蓄石です」






「悪い。全く意味が分からない」

「ああ、俺もさっぱりだ」


 テナエラ妃殿下が事細かに説明するも、魔術とかけ離れた生活を送るRESISTANCEレジスタンスの幹部メンバーは、理解に苦しんでいた。


「もう一度言うよ。魔術を使うのには“精力”と呼ばれる力を使うんだ。ほら、ずっと走ってたら疲れてくるだろう? 魔術も一緒でずっと使っていると、疲れてくる。さらに、その限界を超えると生きる力すら使い切ってしまって、術者は死んでしまうんだ。魔蓄石を利用して魔術を使うという事は、言わば“自分の命を削って魔術を使う”事に等しい。ここまではいいね?」


 テナエラ妃殿下は、はぁ、と溜息を吐きながら説明を頭からやり直す。


「マラデニー王国がデルヘッサに送ったものは、魔蓄石のみ。という事は……どういう事か考えてみて?」

「……えっと」

「……うーん」

「すみません、分かりません」


 RESISTANCEレジスタンスメンバーは、必死に頭を巡らすも答えは得られず、テナエラ妃殿下に助けを求める。


「……はぁ、だめ。外れてもいいから自分達で考えなさい。ねぇ? キール」


 先程から肩肘を付き、机を指で叩いていたキールは、テナエラ妃殿下にやっと話を振られると、への字に曲げられていた口を開く。


「……答えていいか?」

「どうぞ」


 話を理解出来ない人の為に、かれこれ数十分同じ話を繰り返し聞かされていて気が立っているのだろう。キールは出来の悪い部下達に怒鳴りつけるように話す。


「送ったのは魔蓄石のみ、って事は、それを使う術者はデルヘッサの人達だけだってことだろう? そもそも、この大陸では魔術は死んだものとされてきた。それは北も南も同じさ。もちろん、その間も魔術を操ってきた人はいるだろう。だが、大方の人間が、長い間俺たちのように魔術のない時代を生きてきた。だとすれば、今現在デルヘッサにいる術者は少人数と考えて間違いない。な?」


 そういう事だろう? とキールはテナエラ妃殿下に聞く。テナエラ妃殿下も、やっと伝わった、と首を縦に振った。

 そこまで細かく説明され、ようやく他のメンバーも思考が付いてきたらしい。

 メンバーのうち一人が、手をポンと打った。


「あ、なるほど! だから、いくらデルヘッサが魔蓄石を手に入れても、使える魔術の規模や時間は限られてるって事ですね!」


 頭のモヤが晴れて、スッキリした顔の幹部に、キールは深いため息をつく。


「そうだ。ったく、お前らはRESISTANCEレジスタンスの幹部なんだから、少しは頭を柔らかくしてろよ。革命が済めばお前は立派な国の閣僚になるんだから」

「へぇ、すんません。魔術は専門外なんでぇ……ハハッ」


 ピシャリと怒られた幹部は、いつもの事のようにヘラっと笑う。

 先程キールはテナエラ妃殿下に、“信頼関係”だの何か言っていたが、それはお前達のことだろう? とテナエラ妃殿下は思った。


 そして、ふとライの事を考える。

 あの憎たらしい程勇者に似合わない少年に出会って、早一週間。少しでも同じ時間を過ごせば、彼が勇者に選ばれた所以ゆえんが分かるかと思っていたのだが、未だに分からない。

 だが、恐ろしく“正義感が強い”事だけはわかった気がした。


「……せいぜい頑張りな」







「――というように、魔蓄石って言ったって、そんな凄いものではありません。こちらが手を撃てば、勝機も十分にあるのです」


 ひと通り、ライが魔蓄石についての説明を終える。

 その頃にはルベルト伯爵やその取り巻きからの敵意は、完全に消え去っていた。


「魔蓄石の弱点が、術者の体力を奪う所だということはわかった。だが、それと援軍の関係性が分からんのだが」

「はい。これから説明します。ですが、これからお話する事は凄く残酷なものです。あくまでも“魔蓄石に勝つためには”という事だけを考えた物だと覚えていて下さい」

「……」


 ライは敢えてここで釘を打っておく。途中で「そんな事が出来るか!」とルベルト伯爵を逆上させない為だ。

 だが、それが逆に事の深刻さを深めたようで、ルベルト伯爵はやや前に乗り出しながら、ごくり、と唾を呑んだ。


 緊迫した空気はライにも伝わっていた。

 今までの自分だったら、膝が震えてどもってしまっていただろう。

 その証拠に、胸の鼓動がうるさい程に鳴り響いている。

 しかし、今は違う。


――落ち着け、僕は勇者だ。


 その言葉だけを何度も暗唱し、ライはわざと少し大きな声で話し始める。


「オーベルガン大戦の戦況が変わった理由は魔蓄石だと、僕は言いました。魔蓄石に弱点があると言えど、その力はこれほどまでも強大です。オーベルガン渓谷の砦が崩れるのも……時間の問題になります。砦がくずれれば、デルヘッサは魔術という恐ろしい力を振りまわし、レーデル王国領に侵入してきます。そうすれば、このプリアテンナだって安全ではない」

「……」

「それを未然に防ぐ為の“援軍”です」


 静まり返った部屋に、響くのは自分の声だけ。

 ライは勝ちを確信した。


「魔蓄石を使える人の数には限りがある。ならば、オーベルガン渓谷に援軍を送り、長期戦に持ち込む。そこで術者の体力を消耗させ、底を尽きさせてしまえばいいんです。術者の居ないデルヘッサは……魔術を使う事は出来ません」


 きっと今、ルベルト伯爵の頭を色々な思いが渦巻いているのだろう。

 この少年が言っている事は確かなのか。

 この少年を信じてもいいものなのか。


「……オーベルガン渓谷で、術者を消しておくという事か」

 

 そして、ルベルト伯爵はライの後ろに控えるルベルト兵に目をやり、たいそう難しそうな顔をした。


「そういう事です、伯爵様」

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