少年と王女は
テリー=ミル=スリアームはここにいる。
その言葉で、退出を始めていたルベルト兵達の足が止まった。だが、振り返ろうとはせずに、ライ達に背を向けた状態で固まっている。
そのただならぬ緊張感に、ライは唾をのんだ。
どの位の時間沈黙していたのか分からないが、しばらくしてから男を怒鳴り散らしたリーダーがライを嘲笑う。
「思っていたよりも、随分と若い声だ」
「……わ、若いといけないですか?」
その声があまりにも冷たく、怖気づきそうになりながらも、ライは必死に返す言葉を探す。
「ククッ……揶揄うのも程々にしたまえ。そんな震えた声で言っても説得力が無いぞ。そうだなぁ……もし君がテリーだと言うのなら、魔術の一つや二つ見せてくれたまえ」
「くっ……」
完全にライの事を子供扱いしているリーダーは、出来ないだろう? と肩をすくめると、そのままこの部屋から出ていこうと歩き出す。
信じてください、と必死にその背中に声をぶつけるが、帰ってくるのは乾いた笑い声のみ。
ライはぐっと握り拳を作った。
このままでは奴らは本物のテリーを見つけ出してしまう。そうすれば、RESISTANCEに足がつくのも時間の問題であると思ったのだ。
ライは意を決してルベルト兵に向かい走り出した。
「……駄目だよ」
だが、すかさずドレッドに腕を捕まれ、その行動は阻止される。
「ドレッドさん、離し――」
「喧嘩を売って良い相手じゃない」
「……っ」
そうこうている間に、ルベルト兵達は次々に部屋を出ていってしまった。
――だめだ! 待ってくれ!
ライは慌ててそのルベルト兵へと手を伸ばす。
すると……!
「うわっ!」
その場から立ち去ろうとしていたルベルト兵全員が同時に転んだ。
「――!?」
その場にいた皆が言葉を失った。そして、転倒したルベルト兵に向けていた驚きの目をそのままライへと移す。
――なんだ……? 今のは……。
ライ自身、自らの手を見つめる。
今、強く“駄目だ”と思った瞬間、肩から手の先に向かって何かが走った感覚があった。そしてすぐに、ルベルト兵達が一斉に転倒したのだ。
なにもライが直接彼らのマントを引っ張った訳ではない。
「……法だ」
「ま、魔法だ!」
周りが騒ぎ立てる中、ライは呆然と立ち尽くした。
「……何? ライがルベルト兵に捕まった……?」
「ライって、昨日の一緒に居た少年か?」
ライがルベルト兵に捕まった事は、RESISTANCEの情報網で、隠家に居たテナエラ妃殿下に直ぐに伝わった。
「……まずくはないか?」
キールはその報を聞くなり、自分達RESISTANCEの存亡に関わるのではと疑っている様だった。
「見た所、彼はマラデニー王国の使者という歳では無かったが……。それとも、彼も何か凄い人なのか?」
キールは昨晩のライの様子を思い出しながら、テナエラ妃殿下に聞く。
十二歳になっているとはいえ、身長の低いライは更に幼く見えてもおかしくない。それにオドオドとした性格も合わせれば尚のことだ。
俺達の秘密をバラしてしまうのではないか、といった不安を隠そうともしない。
彼も団体のトップに立つには未熟な部分が多いな、とテナエラ妃殿下は客観的に判断をしながら、敢えてこう言った。
「いや、あの子はついこの前拾ったタダの子供だ」
キッパリと言い切ったテナエラ妃殿下に、RESISTANCEメンバーは皆タジタジである。
両腕を縛られたライは、引き摺られるようにして宿から連れ出された。そして、放り投げられるように馬車に詰められる。
“どこへ連れていくのか”という問に何も答えられないまま、馬車は街の奥へと進んで行った。中央広間を抜け、更にその奥へと進む。修道院の脇道を通り林の中をしばらく走ると、目を見張るものが現れた。
「こんな所にも、壁……?」
ここ二日間の滞在中には気づかなかった、高い高い壁が目の前に現れたのだ。
ゴゴゴ、という大きな音を立て開いた扉をくぐり抜けると、その中は壁の外とは様子が一変した街が広がっていた。
すれ違う女は裾を引きずるようなドレスを身にまとい、日除けの傘をさしている。男はというと、高いヒールを履きステッキを付きながら優雅に歩いていた。建物自体、外の木造作りとは違い、一つ一つ丁寧に積み重ねられたらレンガ造りだ。
昨晩、キールが言っていた“身分制度という名の差別を作り、高い壁で分け隔てている”という意味が少しわかってきた気がした。
このプリアテンナという街は、高い壁を二重につくり、それぞれ農奴、平民、貴族と身分別に居住区を分けているのだ。民衆はは壁の外側へ出ることは許されても、内側へとは入れない。
中の様子を知る由もない民衆は、自分が置かれている状況に気づきにくい。
むしろ、この修道院裏にうまく隠されたこの壁に気づいていない人すらいるのではないだろうか。
この壁の国プリアテンナの仕組はこうだ。
農奴が収めた租税を壁の中の人々が食いつぶし、商業で稼いだお金は大半が更にその内側の壁の中の人に吸収される。
そしてそれを助長しているのが新教派宗教という事だろう。
それでもプリアテンナの平民階級の大部分を占める商人達が反発しないのは、ヴェネア教では肩身の狭い思いをしている商人達にとって、こう堂々と店を広げられる場所は他に無いからなのかもしれない。
だが自分達で生み出した利益を横取りされるのはどうも理不尽だ、とライは思った。
そこまで考えて、ライは一昨日ここに入国する前のテナエラ妃殿下の言葉を、ふと思い出す。
『人って怖いものなの。生まれてからずっとその環境にいる人は、それが“当たり前”になるのよ』
まさにその通りだ。
きっとプリアテンナの商人達はこの理不尽さに気づかずに暮らしている。きっとその中でその理不尽に気づいた人々こそが、RESISTANCEなのだ。
「降りろ」
ライが物思いにふけっていると、突如馬車の扉が開かれ雑に降ろされた。
目の前に広がるのは厳かな建物。周りの外装の豪華さから見るにここがルベルト伯爵の城だろう。
「テリー=ミル=スリアーム。ルベルト伯爵様が貴様に謁見の許可を下ろした。下手な気でも起こしたらすぐさま首が飛ぶと頭に入れておけ」
謁見など望んではいなかったのだが、物は言い様だな。テナエラ妃殿下に会いたいのなら“会いたい”と素直にいえばいいのに、とライは苦笑した。
それはさておき、どうやらここに連れてこられたのは、制裁を受ける為では無かったようだ。
そうとなると、事の状態は百八十度回転する。
これはライやRESISTANCEのメンバーが追い詰められている訳ではなかった。
――寧ろ、都合が良い!
「寧ろ、都合がいい」
先程の一報を聞いてから落ち着きのないRESISTANCEのメンバーに向かって、テナエラ妃殿下は唐突に声を出した。
「……! な、何が、でしょう?」
もちろんRESISTANCEのメンバーは目を丸くさせる。
「そんなに何度も外の様子やら何やらコソコソしてたら、ライがドジ踏まなくたって捕まってしまうよ」
「うっ……」
痛い所を疲れたメンバー達はグウの音も出ない。
「私が言っているのは、ライがとんでもない馬鹿でなかった場合、こちらにとっては都合が良いという事だ。追加の話を聞くに、別にライは処罰を受けに行ったわけでは無さそうだろ? すれば、ライが召集された理由は必ず他にある。さあ、何だと思う?」
「……?」
幹部一同が眉間に皺を寄せその答えを模索する。
「私達は昨日、散々魔蓄石やらデルヘッサやらの話を言いふらした。そして、あなた方の目論見の内で魔術すら披露している。そして、ルベルト伯爵すら知らない情報を、知っている」
「更にはこの国にまで届いておらぬ情報を貴様は知っておった。貴様、何者」
随分と体格のいい領主ことルベルト伯爵は、息苦しそうに椅子に腰掛けながら、脂肪に塗れた顎を必死に動かす。
マラデニー王国の王宮とはまた違った豪華さを誇るルベルト城。玉座のような立派な椅子に腰掛けるルベルト伯爵はもちろん、その場に居合わせる者全員がライに敵意の目を向けている。
両腕をきつく縛られたまま領主の前に通されたライは、この場では独りぼっちだ。
あのガザラが襲われてから半月。頼りない自分の周りにはいつも支えてくれていた人が居た。
だが今は、優しく手を引いてくれるソウリャも、笑わせてくれるルーザンも、導いてくれるテナエラ妃殿下も居ない。
――自分だけの力で乗り切るしかない。
ライは落ち着きを取り戻そうと、肺いっぱいに空気を吸い込む。そして、ゆっくりと吐き出した。
すると不思議な事に、思考が段々とクリアになってくる。
ルベルト伯爵がわざわざテナエラ妃殿下をこの場に呼んだ理由。昨晩テナエラ妃殿下の言った、全ての事柄は起こるべきして“人為的に“起こされている、という言葉を思い出す。
そう、ただ単にテナエラ妃殿下を処罰したいだけであれば、こうしてルベルト伯爵と顔を合わせる必要がない。
つまり、ルベルト伯爵はテナエラ妃殿下に会って、何かをしたかったのだ。
それが分かれば上手くこの場を切り抜けることが出来る。
そして、更に上手くやれば、こちらの思い通りに事を進めることが出来る。
ライは意を決して一か八かの掛けに出てみた。
「つまりはルベルト伯爵様。私が知っている情報を全て吐き出せ、という事で間違い無いでしょうか?」
今週もお越しいただき誠にありがとうございます。
ここに来てライの頑張りが見えてきました……。負けるな!ライ!
と、密かに応援している作者です(笑)
近頃は冷えてきましたが、体調等気を付けてくださいね!まずは明日の台風……乗り切りましょう(´˘`*)