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使命

「麦……ですよね? テリーさん」

「……麦?」


 キール達はライの言葉に弾かれたように後ろを向く。背後にある扉のその向こうに麦が保管されているという事だろう。


「ライ、続けてみな」


 ここでテナエラ妃殿下にバトンを渡そうと彼女の目を見ると、彼女は試す様に言う。

 これも勉強の一貫なのだろう。

 ライはテーブルの下の手を強く握り、自身で考えた憶測を思い切って声に出した。 


「日中、テリーさんの流した噂は皆さん知ってると思います。そして皆さんもそれに乗っかったのでは? ならば明日以降、麦の価格が上がった所で今日購入した麦を売れば、買った時の金額よりも高い金を手にすることが出来る。それを武具等を揃える代金に充てるんです」


 自分で説明しながらも、テナエラ妃殿下の用意周到さに圧巻される。この自体が全て“偶然”と呼ぶには余りにもできすぎていた。


「……ああ! なるほど!」


 キール達は麦の購入を“テナエラ妃殿下との接触の手段”としか踏んでいなかったのであろう。ライの説明に納得の意を表した。

 皆が頷いた所で、テナエラ妃殿下が続ける。


「私の計算だと、銀貨一枚分の麦の価格はおよそ四倍まで膨れ上がると思う。そこで、大切なのが今保有している麦を売りに出す“タイミング”。早すぎてもいけないし、遅すぎてもいけない。丁度ここが頂だと思った瞬間に売りに出すんだ」

「四倍……」


 幹部達は麦のある部屋を見つめながら、ボソリと呟いた。


「不思議だろう? 上手く行けば、銀貨二枚が金貨に化けるって訳さ」

 

 最後にテナエラ妃殿下は手をヒラヒラとさせ、おどけてみせる。


「さぁて、無謀すぎる話じゃないだろう? ゆめ目前もくぜんのこの場で怖気付いちゃあ、商人の名が廃る。我らマラデニー王国は貴殿等のその芯の強さを買ってるんだがな」


 “商人の名”に“夢”。この短い言葉は商業の街プリアテンナならではの効果を発揮した。

 RESISTANCEレジスタンスの一員と言えど、本職は商人。

 テナエラ妃殿下は一気に彼らの“商人魂”に火をつけたのだ。


「やってやろう。やってやろうじゃぁないか!」

「そうだ! 確に商いは教会の唱える理念には沿わねぇ。だが、新教派教会の俺らに対する扱いには目を見張るものがある」

「ああ、そんな俺達商人を褒めてくれる国家があるなら、そっちにつくのも至極当然」


 幹部一同が一斉に声を上げる。


「キールさん!」


 最後には、幹部の方からキールに返事を促すような声が出た。


「分かってる、分かってるさ。よし、まずは明日が腕の見せどころだ。物の値を詠むのは本職と言っても過言じゃない。麦の一件はお前に任せた。高値で売ってこい」

「はい!」

「そらからお前――」


 キールが次々に指示を出していく。彼もまたこのRESISTANCEレジスタンスを率いる者。驚く程に的確に、そしてわかりやすい指示だった。


「そして、テリー殿」

「……何?」


 最後にキールはテナエラ妃殿下を呼ぶ。


「貴殿はいつまでこのプリアテンナに?」


 その質問もまた的確なものだ。革命とて今日明日に直ぐ始まる訳では無い。それこそ長い準備期間の上ようやく始められるものだ。

 それまでの間、どれほど手を貸してもらえるのかは予め聞いておかなければ予定が立たない。

 だが、ライ達の本来の目的は革命ではない。一刻も早く剣の力を取り戻し、闇の民を葬るところにある。

 彼女はどう答えるのだろう? とライは様子を伺った。


「明後日、開門と同時に発つ」

「なっ!? 明後日!?」


 あたかも当然の様に答えたテナエラ妃殿下。明後日という予想以上に短い期間に、ライを含め一同唖然とした。


「言ったでしょ? マラデニー王国は革命後の手助けをするが、それ以前には関わらない、と」


 開いた口が塞がらない、とはまさにこの事。テナエラ妃殿下を完全にアテにしていたRESISTANCEレジスタンス一行は、みんな揃って驚きの表情をした。


 唯一違う顔をしたのはキールだった。


「アハハハハっ、――違いない。それでは貴殿と密会が出来るのも明日まで、ということだな?」

「ええ。明日、朝一にまた伺おう」


 そういうと、テナエラ妃殿下は紙を一枚キールに差し出した。


「……?」

「署名を」


 キョトンとしてその紙を見入るキールに、テナエラ妃殿下はペンを渡した。


 その用紙に書かれていた内容。それはこれからの事を進めるのに大切なものだった。


“一つ、新設国家は、革命の後に太陽の旗を掲げる事を約束する”

“一つ、マラデニー王国は独立後の新設国家を属国とし、他なる強敵から守る事を約束する”

“一つ、新設国家は、すぐさま正統派宗教に改宗することを約束する”

“一つ、マラデニー王国は五年の後に、新設国家を属国から解放、一国家とし対等な立場をとる事を約束する”


 そして、文の最後に二人分の署名欄が設けられている。

 これはマラデニー王国と新設国家を結ぶ誓約書だ。


「……五年後、属国からの解放とは……」

「いつまでも支配下に居たいのならその一ヵ条は取り消ししても構わないが……。だが、それでは革命の意味が無くなるだろう?」


 驚きに固まるキールに、テナエラ妃殿下は悪戯な笑みを向けた。

 何かを企むようなその笑みだが、それが悪い笑み出ない事が徐々に分かってきたキール。

 その証拠に、この誓約書。


 わざわざ手に入れた属国を解放するなど聞いたことがなかった。余程の流行り病でも蔓延しない限り、領土を減らすような真似は普通はしない。

 それをマラデニー王国はこの時点で約束として掲げている。その理由として、この目の前の青年は「革命の意味が無くなるだろう?」と、言った。


「……身分制度という名の差別を作り、高い壁で分け隔てているこの国とは違う」


 マラデニー王国は更にその一歩先に進んでいる国なのだ。


――この国についていきたい。


 キールは迷わずにペンを走らせた。そしてその紙のへりで親指を切り、署名の脇に血判けっぱんを押す。


 熱の篭ったその瞳に、テナエラ妃殿下は目を細めた。


「……それでは、これで大丈夫だな」


 彼女はなれた手つきで紙に名を書くと、それをパタパタと織り込んで行く。そして、誓約書を鳥型に折った。


「窓をあけて」


 テナエラ妃殿下の一声で幹部達がいそいそと窓を開け始める。

 無駄に四つの窓が開かれたところで、テナエラ妃殿下は折り鶴に右手をかざし、目をつぶった。


「千羽は居なくとも大丈夫。――さあ、聖命なる鳥の子よ、メルサテナ=マラデニーの元へ」


 彼女が詞を紡いだ瞬間、突如部屋の中に旋風がまきおこる。そして、その風に乗るように折り鶴が舞い上がった。


「わっ!」


 その折り鶴は自身で羽を羽ばたかせ、開けられた窓へ向かって飛んでゆく。

 一同が驚いたその瞬間には既に折り鶴は窓から外へ飛び出し、見えなくなっていた。


「これでマラデニー王国への伝達は済んだ。後に正式な協定書が飛んでくると思う。この続きは明日って事にする。私達はそろそろ帰らせて貰おう」


 生まれてこの方初めて魔術を目にしたであろう幹部達が言葉を失っている間に、テナエラ妃殿下は言うことだけを言って席を立つ。


「それじゃ」


 行くよ、と声を掛けられたライもあわてて彼女のあとを追った。

 

「魔術……」

「す、すげぇ……」


 カランカラン、と音を立て閉まった扉を幹部達は見つめるしかなかった。

 






 物音一つしない裏道をライとテナエラ妃殿下は歩く。

 

「あんた、随分と頭が効くようになったんじゃない?」

「……あ、ありがとうございます」


 手厳しい彼女だが、よく出来た時は素直に褒めてくれる。


「じゃあ、ここから質問。この革命はうまく行くと思う?」

「……」


 だが、それで終わらないのも彼女だ。


「――そう。このままじゃ上手くいかない。いくら武具を揃えても圧倒的な兵力に素人が勝る訳がない。やっぱりルベルト兵の量を減らさなければ話にならない。そこを何とかならないか、考えなければ……」


 流石のテナエラ妃殿下も首をうーんと捻った。

 








「ライ君。ライ君、起きて!」

「んん……ん……」


 早朝。寝不足で頭がガンガンする中、ライは揺さぶられ起こされた。


「ライ君、大変だ」

「……ん?」


 目を開けると、切羽詰った顔をしたドレッドが居る。


「あっ、寝坊しました!? ご、ごめんなさ――」


 朝一で麦を買いに行く約束に遅れてしまったのかと慌てて飛び降りると、ドレッドはライの口を塞ぐ様にして小声で言った。


「そんなんじゃない! ルベルト兵がテリーさんを探し回ってるんだ。一体君達はここで何をしたんだい?」

「……え?」


 突然の出来事に頭がついて行かない。

 ルベルト兵とは、昨晩も話に出ていたプリアテンナの治安維持や戦闘の任務に当たる騎士団の事。もちろん彼らの忠誠を誓う主はルベルト伯爵である。

 つまりは、RESISTANCEレジスタンスと敵対する相手。


――まさか、密会の事がバレたのか……?


 一気に嫌な汗をかく。


「……」 


 辺りを見てもテナエラ妃殿下の姿は無い。既にRESISTANCEレジスタンス隠家アジトへ出かけたのだろう。


「坊主、奴らが来たぞ! ほんとにお前ら何をしでかしたんだァ!?」


 入口を勢いよく開けて入ってきたのはミレンチェだ。柄にも無く額に汗を浮かべている。


 こういったことに鈍いライですら、今この状態が如何に危険な事かは理解出来た。

 きっとこれは、テナエラ妃殿下の策略ではない。


――どうするべきか。


 ライがじっと考え始めた瞬間、バン、という壊れんばかりの大きな音を立てて、扉が豪快に開いた。


「ルベルト兵団だ! その場を動くな!」

「……っ!」


 少し、遅かった。

 唯一設けられている出入口から、茶色のベストを着た大軍が駆け込んで来た。


「テリー=ミル=スリアーム! 貴様がここにいる事は分かっている! 直ちにこちらに来たまえ!」


 彼らは右手を左腰に構えたまま叫んだ。“我々はいつでも戦闘に入れる”という事だろう。

 先程まで聞こえていた話し声はピタリと止み、驚くほどの静かさに包まれる。


「ライ君、後ろに隠れて」


 ドレッドがライの手を引き、自身の後ろへと誘導する。


「おい、お前、ここで見ただろう? いつもフードを被っている怪しい少年だ! 黙っていれば貴様もただじゃ済まないこと位分かっているよな」


 痺れを切らしたルベルト兵が、入口の近くに座っていた男の胸ぐらを掴み、怒鳴り散らした。

 男は涙目になりながら、ワナワナと震える唇で必死に答える。


「……そ、その少年なら……あ、朝早くに、出かけたんでねぇけ?」


 男は指先で扉の向こう側を指す。

 ルベルト兵は辺りを見渡し、この男が嘘を付いていないかどうかを確かめる。そして胸ぐらを掴んでいた男を投棄てるように乱暴に離した。


「……ちっ、入れ違いか」


 そう呟くと、わざとらしくマントを翻し、来た道を戻り始める。


――ダメだ。


 ライは直感的に思った。


 この勢いならば、RESISTANCEレジスタンス隠家アジトが見つかるのも時間の問題。すれば、彼らの革命も失敗に終わる。

 ルベルト兵に捕まったRESISTANCEレジスタンスのメンバーは、無論ただでは済まない。


――何としても阻止しなくては。 


「……っ!? ライ君?」


 ライはドレッドの手を振りほどき、来ていたマントのフードを深々と被った。


――僕は勇者。世界を護る者。……それは宗派なんて関係ない。今、目の前の人々を守る事が使命だ!


「待て!」


 静寂を守る部屋に、やや高めの子供の声が響いた。


「僕だ。テリー=ミル=スリアームはここに居る!」

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