RESISTANCE
――RESISTANCE。
テナエラ妃殿下の口から出た言葉にライは心当たりがあった。
今日、午前中にドレッドの布を買った客のうちの一組がそんな言葉を言っていた様な気がする。ドレッドにレジスタンスとは何かを聞いた所、苦い顔をされた。
「そこまで知っているのなら話は早い。どうだろう? 我々の革命に名を連ねてみはしないかい?」
男はテナエラ妃殿下に向かって右手を差し出す。
これを握れば、ライ達二人はこの怪しげなRESISTANCEと同盟を組むことになるのであろう。その位の事はライにだって分かる。
そして、そう簡単にテナエラ妃殿下が握るはずが無いことも分かっていた。
案の定、テナエラ妃殿下はピクリとも動かずに微笑んでいる。
「如何だろう?」
彼女の返事を急かすように男は更に手を伸ばしてきた。それを受けて彼女は相変わらずの笑顔を向けた。
「言ったはずだが? 私とてそちらに利用されるだけではつまらない、とね」
こちらにだって条件がある、とでも言いたげなテナエラ妃殿下。それを受けた男は大人しく手を引き、とても面白そうに笑った。
「ああ、間違いない。私はキール=ブリタニー。例の組織の頭領だ。私はどうしても君が欲しくてね。これから私達の隠家に招待しよう」
月の高い深夜。ライ達二人は薄暗い路地裏を抜けた先にある隠家へと向かった。
「キール! どうだった?」
キールが扉を明や否や、中から心配の声が飛ぶ。そして、彼の後ろに二人が控えていた事を確認すると、「うおおお」と歓喜の声を上がった。
ライは少し背伸びをして中の様子を覗き込む。隠家と言っても、一般的な家の内装と何ら変わりはない。机、棚、暖炉と、至って普通の造りだった。
中央の机では十数人の若い男達が座っていて、何やら書物を漁っていた。
「お前ら煩いぞ。何もまだ彼らが協力してくれるとは決まっていまない」
「え、そうなんすか?」
キールは外套を脱ぎながら、呆れた様に言う。
完全に早とちりだった男達は、目を丸くしてキールと二人を交互に見比べていた。
「えっと……それじゃ、何故に隠家に連れて……来たんで?」
「お互いにそれだけの利用価値があるからだ。な?」
しゅるしゅると首元のリボンを解き、リラックスしたキールは、嫌味を含みながらテナエラ妃殿下に話を振る。
「さあ?」
扉の前に立たされたままのテナエラ妃殿下は、これまた不機嫌そうに答える。
二人の険悪なムードを見た男達は、慌ててテーブルの上を片付けライ達二人を通した。
一人の男によってライの目の前に紅茶が運ばれる。甘い茶葉の匂いが立ち上り、ライの心を幾分か穏やかにした。
ありがとうございます、と口をつけようとした所、テナエラ妃殿下に鋭く睨まれる。“毒でも入っていたらどうするつもりか”とでも言いたげなその視線に、ライは静かにカップを置いた。
ライの正面に座るのはキール。ライとテナエラ妃殿下の一連の流れを見ていたが、別に何を言うでもなかい。
そんな事はどうでもいいといった感じで話を進める。
「では改めまして。ようこそRESISTANCEへ。RESISTANCEはこのレーデル王国領内に点在する革命軍だ」
自らを革命軍と呼んだキール。その胸にはRESISTANCEの証なのだろうか。“R”を象ったブローチが刺してある。
「近頃感じることは無いだろうか? ――我々の文明の遅れを。南部に住む我々は二百年前と何ら変わらない生活をしている。だがどうだろう? 北部は次々に新しいものを生み出し、国家を前進させてきた。ヴェネア教が分裂してからというもの、我々の時は止まってしまった」
痛々しいような顔つきで話すキール。高い壁の中に居ながらも、きちんとした知識を持っている人もいるのだ。
其の証拠に、彼らが先程読み漁っていた物は分裂以前の書物だった。
「凄まじい国力の差を開かれた状況で、西域では北部対南部の戦い“オーベルガン対戦”が勃発。きちんとした目でみれば、レーデル王国が負けるのは一目瞭然だ。なのに、なぜか領主共は気づかないのだ。それ故、この負け戦に大量の騎士を注ぎ込む。このままではレーデル王国は全滅。残された民は打首、又は奴隷だ」
敗戦国の民の行く末。そんなものは昔から決まっていた。
打首、奴隷と悲惨な言葉を聞き、ライはそっとテナエラ妃殿下を盗み見る。
彼女は何かを考えるような表情で机上を見つめている。
「我々が掲げる目標は一つ。“新教派”からの脱退……つまり、新教派国家であるレーデル王国から分離し、“正統派”と対立しない新たな国家の建設だ」
堂々と言い放ったキールは、じっとテナエラ妃殿下を見つめる。
「その為に、貴方の知識と魔力が欲しい」
「……」
「どうか、貸していただけないだろうか?」
頼む、と言ったようにキールは頭を深々と下げた。周りの男達もそれに倣う。
「……」
沈黙を貫くテナエラ妃殿下。
この場に居あわせる人全員が彼女の次の言葉を待った。
彼女は日中、「街を買う」と言っていた。その方法として、反乱分子を利用する事を挙げている。最終的にはこのプリアテンナをマラデニー王国の属国にし、南部での親マラデニー国家を建てたいようだった。
即ち、このRESISTANCEこそ彼女の言う“反乱分子”。そして新たな国家建設という最終目標までもが一致していた。
この後どう出るのだろう? とライは耳を澄ませる。
「キール殿。私に一つ提案が」
「……提案?」
かなりの時間を溜めたテナエラ妃殿下はゆっくりと話し始める。
「あなた方は城壁の中に居るにも関わらず、素晴らしい目を持っている。だが、戦に負ければ見境無く処罰が下る事は免れない。例え、レーデル王国からの独立をした後であっても、デルヘッサからの処罰をうける事が予想される」
独立を果たした国家だとしても、何も後ろ盾が無ければ意味がない。その相手国が魔蓄石を手にいれたデルヘッサともなれば、後の反乱を危惧し、抹消される事だって容易に考えられる。
「ここから先の話は賭けてもらおう。これ以上を聞いたら最後、貴殿たちは私の言う通りに動く事。それが約束できなければこれ以上話すことは出来ない」
テナエラ妃殿下は背もたれに仰け反るようにし、わざとらしく腕を組んだ。
「どうしましょうか? キール=ブリタニー。貴殿の様な頭のキレる者になら、独立後の事だって想像していただろう? 私にはその心配要素をすべて取り払うことが出来る。独立後、生き延びていたければ、私に従う他ないと思うが?」
テナエラ妃殿下はここで言葉を止める。これ以降は全てキールの決めることだと言うことだ。
「……そうだ。独立後、考えられるのはまず初めにレーデル王国からの圧力。そして、オーベルガン大戦敗戦後はデルヘッサからの圧力……。独立直後の小さな国家に耐えられるものでは無い」
全て見抜かれたキールは、顎に手を当て頭を捻った。
「私は彼の作戦を聞こうと思う。……異論のある者は今の内に発言願う」
暫く考え抜いた末、キールは思い口を開いた。
これからの運命をこの旅人にかけてもいいものなのか、彼らに取ってはリスキーな賭けである。
だが、自分達の力ではどうしようもない問題。この滅多に無いチャンスを逃してもいいものなのかを悩んでいた。
「異議なし」
キールのすぐ側に控えていた男が言う。彼もまた知的な雰囲気を醸し出す青年だった。
それに続くように賛成の意が飛び交う。
「――よし。では、テリー=ミル=スリアーム殿。我々は貴方様の作戦を受け入れ、革命運動をしてゆく事を宣言しよう」
キールが再度手をテナエラ妃殿下に差し出す。
「……了解した」
テナエラ妃殿下は今度こそしっかりとキールの手を握り返した。
「――それで、貴方が言う“作戦”とは、一体どんなもので……?」
「ライ、その袋の中の物を出して」
キールの言葉に半ば被せるようにしてテナエラ妃殿下はライに指示を出した。
その袋、とは、彼女がずっと肩から下げていた袋のことである。ライは指示された通りに袋の口を緩める。
「……っ!」
そして、その中に入っていた物に驚愕した。
「……テ、テリーさん? こ、これを、出してしまって大丈夫なのですか?」
「早く出しな」
ずっと彼女が持ち歩いていた袋。一体そんなに何を持ち歩いているのかと思っていた。
だが、考えてみればそれも当然だった。
こんな物が他の人の手に渡ったたりしたら、大変な事になるからだ。
「……」
ライはキール達の顔色を伺いながら、テーブルの上にひとつずつ並べる。
「……っ! う、嘘……だろう?」
次々に出てくる信じられない物にキール達の表情は強ばる。
そう。彼女が終始持ち歩き、今、このタイミングで見せびらかした物。
赤の紺で彩られた色鮮やかな洋服。まんべんなく入っている金の刺繍が高級感を出していた。上着の胸元には煌々と輝く太陽を象ったブローチ……。
誰の目に見ても、これが何なのかすぐに分かった。
敵対関係の国にあるはずの物――マラデニー王国の軍服である。
こんばんは。作者の千歳実悠です。
今週からこの時間帯に投稿させて頂くことになりました。
これから宜しくお願いします。
また、午前中よりお世話になっている方々、これからも宜しくお願いします。